先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

北海道アイヌ協会:加藤理事長が辞意 「健康上の理由」

2010-05-26 | アイヌ民族関連
(毎日新聞 2010年5月26日 2時30分 更新:5月26日 2時30分)
 北海道アイヌ協会の加藤忠理事長(71)が25日、札幌市中央区で開かれた理事会で辞意を表明した。加藤理事長は「健康上の理由」と説明。理事会は慰留を続けているが、6月10日付での辞任を求めている。同協会ではアイヌ民俗文化財保存・伝承活動事業をめぐって不適切な会計処理が発覚。協会側の対応の責任を問う声も上がっていた。
 加藤理事長は04年5月、理事長に就任。アイヌの伝統的生活空間「イオル」再生事業を白老町と平取町で進めた。また、アイヌを先住民族と認めるよう求めた国会決議(08年6月)を受けて設置された政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の委員として、アイヌ民族の権利擁護の先頭に立ってきた。
 理事会側は、政府のアイヌ政策推進会議の審議が進んでおり、この時期での理事長辞任の影響は大きいとし、引き続き理事長職にとどまるよう説得している。
 加藤理事長は毎日新聞の取材に対し、今回の辞意について一連の会計不祥事の引責辞任との見方を否定。「アイヌの権利回復に一定の道を開いたこの時期に身を引きたい。後は副理事長を中心に運営してほしい」と述べた。【千々部一好】
http://mainichi.jp/select/today/news/20100526k0000m040126000c.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

台湾先住民男性に勲章授与 「涙が出るほどうれしい」

2010-05-26 | 先住民族関連
(MSN産経ニュース 2010.5.26 00:31)
 日本統治下の台湾で警官を務め、戦後は先住民パイワン族の伝統工芸紹介などを通じて日台の相互理解に貢献したとして、今年春の叙勲を受けた台湾南部・屏東県の博物館館長、陳俄安さん(87)に旭日単光章を手渡す伝達式が25日、高雄の日本人学校で行われた。
 パイワン族の陳さんは、自ら作成した伝統的な木彫りや石版彫刻のほか、収集した伝統民具を展示する博物館を開き、日台歴史研究などで訪れる学者らに協力してきた。また日本人学校の児童らに石版彫刻を教えたり、先住民の伝説を語るなどして交流してきた。
 「精神一到何事か成らざらん」「正直は一生の宝」。警察学校で日本人の上司に教えられた精神を今も忘れていないと日本語で語る陳さん。勲章を受け取ると、「涙が出るほどうれしい」と感謝した。(共同)
http://sankei.jp.msn.com/world/china/100526/chn1005260033001-n1.htm

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

EARTH RISE-コロンボは発見者か、それとも侵入者か-

2010-05-26 | 先住民族関連
(スポットライト ジャパン 2010年5月25日 02:00)

クリストフォロ・コロンボ
大航海時代の申し子、日本ではコロンブスの名で良く知られているアメリカ新大陸の発見者であるが、彼の業績は大変にナイーブな問題を含んでいる。文化と干渉と倫理の問題は、まさにまとまりつつあるこの惑星において、ひとつの大きなテーマですらあるのだ。

1451年、イタリアのジェノヴァにて生まれる。父は毛織物業の商人だと思われる。1476年、25歳、航海に出たという記録があるが、その目的は不明。航海の後、弟のバルトロメがいるポルトガルのリスボンに移住し、ここで古代ギリシャの地理学者エラストステネスらの地球球体説に激しい影響を受ける。当時のヨーロッパ世界において、この地球は平面構造であると固く信じられていた。西端、つまりヨーロッパ大陸の端まで辿り着くと、そこは滝になっており奈落の底に流れ落ちていると考えられていたのだ。この常識を覆す情熱に燃えたコロンボは、1484年、33歳、ポルトガルの国王ジョアン2世に協力を訴えるが、これは却下される。1486年、35歳、続いてスペイン(カステーリャ王国)の女王イザベル1世に協力を訴え、挑戦そのものの意義は認められるも、イスラム勢力との戦争中にて申し出を却下される。が、1492年、41歳、戦争の終結によりコロンボ援助が認められ、同年8月3日に3隻の大帆船、乗員約100名で出航。奈落の底に突き進む船旅によりまともな乗員は集まらず、そのほぼ全員が監獄に入れられていた犯罪者である。2ヵ月後、10月6日、4海流が交わり時計回りの大きな渦を作っている不毛の海域、サルガッソ海に突入。風が無く、海藻で埋め尽くされる海――不気味さと恐怖から乗員の反乱や暴動が起きるも、これをどうにか収め、ゆっくりと進む。そしてその5日後、10月11日午前零時、大陸の発見。彼らスペインから西ルートを取って中米へ辿り着いたのであるが、コロンボは目的のアジア大陸だと信じて止まなかった。先住民を一掃して植民地を築いてイザベル女王の意図を達してから、1493年3月15日、42歳、スペインに帰国。彼の名声が天まで届くが如き勢いの高まりを見せる。が、先住民族たちの大反乱が勃発、その統治能力に批判が集まる。名誉挽回の為に同年9月、1498年47歳、1502年51歳と航海に出て新大陸を目指すも、成果は上がらず。最後の航海から帰国した際には、かろうじて彼を支えていたイザベル女王が亡くなっており、コロンボはスペインの人々から忘れ去られる。
コロンボが「新大陸の発見者」であるか「ヨーロッパの侵入者」であるか、それは分からない。筆者の知る限り、歴史は論じる事なく、語るのみである。
http://www.spotlight-news.net/news_aphv0TE0gi.html?right

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【白老】09年度は200万人割れ 苦戦の白老観光

2010-05-26 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報社 2010年 5/25)
 白老町を訪れた2009年度の観光客が、193万1980人にとどまったことが町産業経済課の調べで分かった。08年度比8.5%減。不況に加え、新型インフルエンザの流行と宿泊施設の相次ぐ閉鎖が大きかった。08年度に、9年ぶり到達した200万人を、再び割った。
 町内のホテル・旅館、観光施設、飲食店などへの聞き取りを基にまとめた。日帰り184万5503人(08年度比6.3%減)、宿泊客は8万6477人(38.6%減)の内訳。白老、虎杖浜両地区で最大規模の収容能力を持ち、日帰りの入浴施設も備えたホテルが2施設の閉館が響いた。
 アイヌ民族博物館が約19万5000人と低迷した。4割を占める外国人客が、新型インフルエンザの影響で上半期は前年度の半分近くにまで落ち込んだが原因。一方で、修学旅行客は増加した。先住民族認定の国会決議やアイヌ古式舞踊のユネスコ世界無形文化遺産認定などでアイヌ民族の文化的価値が一気に高まって、教育界の目を引いたものの、落ち込み分は埋めきれなかった。
 健闘したのは「食」と「レジャー」。白老地区で、「飲食店・みやげ」に38万3984人の入り込みがあり、6.8%増。牧場直営の白老牛レストランが人気を集め、虎杖浜地区では「スポーツ・レクリエーション」に13万4370人。9.1%増だった。釣り堀客が多かったという。
 町は「虎杖浜地区でホテルが営業再開するなど明るい材料もある」と今後を期待する半面、外的要因に影響されにくい「道内客誘致に力を入れたい」とも話している。
http://www.tomamin.co.jp/2010s/s10052502.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

IWC正常化 調査捕鯨は中止するな

2010-05-26 | 先住民族関連
(中日新聞 2010年5月24日)
 機能不全が続く国際捕鯨委員会(IWC)の正常化問題で、主要捕鯨国の捕獲頭数を大幅削減するIWC議長案が示された。検討に値するが、科学的データを集める調査捕鯨を中止してはならない。
 一九八〇年代後半から捕鯨支持国と反捕鯨国が鋭く対立し、非難合戦と多数派工作に明け暮れてきたIWC。二〇〇七年の総会を機に政治的休戦を求める声が高まり、ようやく妥協点探しの動きが活発化した。
 マキエラ議長の提案は(1)現在、鯨肉を商取引する商業捕鯨や資源調査に主眼を置いた調査捕鯨、先住民に認められる生存捕鯨などに分かれているカテゴリーを取り払った上で捕獲頭数の上限を大幅に削減する(2)捕鯨操業の監視・取り締まり措置を導入(3)加盟国は海上での安全を脅かす行為を防止するため行動する-などが柱である。
 暫定措置は一一年一月から二〇年十二月末までの十年間。
 日本の捕獲頭数については(1)南極海のミンククジラは前半五年間が年四百頭、後半五年間は同二百頭とする(2)北西太平洋ではミンク、イワシ、ニタリ合わせて年二百二十二頭を十年間認める。
 日本が長年主張してきた北西太平洋での沿岸小型捕鯨は認められるものの、南極海での調査捕鯨は姿を消し捕獲頭数も絞られる。
 赤松広隆農相は〇九年度の調査捕鯨の実績が五百六頭と捕獲枠の半分程度だったことから、「議長案と大きな開きはない。捕獲頭数が減っても構わない」と語り、政治決着に意欲的である。
 だが、加盟国の調査捕鯨の権利を縛ることは重大問題だ。
 調査捕鯨は国際捕鯨取締条約で認められた加盟国の基本権であり、IWC自体が「鯨類資源の保存と捕鯨産業の秩序ある発展」を目的とする国際組織である。
 日本が二十年以上にわたって続けてきた調査捕鯨は鯨類の生態系や繁殖力など多様なデータを集めており、食料資源として持続可能な利用を考える根拠となっている。これが捕鯨支持三十数カ国の主張を支えてきた。
 議長案は「各国の原則と権利は害されない」というが、調査捕鯨が規制されればデータは蓄積できず十年後の捕鯨は困難になろう。
 今年のIWC総会は来月二十一日からモロッコで開かれる。加盟国の間では「今年は正常化への最後のチャンス」との声もあるが、将来に禍根を残すような妥協は許されない。調査捕鯨の重要性をあらためて主張すべきである。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2010052402000037.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

太鼓やアイヌ舞踊でおもてなし 環境大臣2国会合

2010-05-26 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報社 2010年5/24)
 日中韓3カ国環境大臣会合(TEMM12)の2カ国間会議が22日、千歳市支笏湖温泉のしこつ湖鶴雅リゾートスパ水の謌(うた)で開かれた。支笏湖小学校の子どもたちが太鼓演奏で歓迎した。
 中国の周生賢環境保護部長、韓国の李萬義環境長官の順で到着。高橋はるみ知事が花束で出迎え、小沢鋭仁環境相、岩倉博文苫小牧市長、山口幸太郎千歳市長と固い握手を交わした。
 子供たちのが演奏したのはオリジナルの「山線鉄橋渡り打ち」。山口市長が「地元の小学校の児童たちです。きょうのために練習をしてきました」と紹介し、児童たちは声をそろえて中国語と韓国語で、「ようこそ、いらっしゃいました」とあいさつ。周環境保護部長は顔をほころばせながら、土産の上海万博のキーホルダーを贈った。
 大役を終えた児童会長の船越菜摘さん(11)は「声をそろえてあいさつを言えるか緊張しました。大臣を間近に見られてうれしかったし、ホッとしています」と話していた。
 夕食会では、地元のワインと食材を使った料理が出され、千歳アイヌ文化伝承保存会によるアイヌの古式舞踊が披露された。
 3大臣は湖畔で記念植樹もした。場所は、湖や樽前山を見渡せる支笏湖ビジターセンターの湖畔側園地。植えたのは、中国や韓国にもあり、長寿で知られるカツラ。大臣はそれぞれスコップを使って、高さ1.5メートルの若木を植え、友好の記念植樹を、随行員らも拍手で祝った。
http://www.tomamin.co.jp/2010c/c10052401.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする