(国境なき医師団 2010年05月19日掲載)
アンヘラは、コロンビアのアラウカ県にある先住民の集落ヘナレロスに住んでいる。2010年4月、彼女の7人の子どものうち2人がシャーガス病の治療を終えた。シャーガス病は、人びとが粘土と、わらでできた家で暮らしている農村地方に多く生息する昆虫によって媒介される病気である。アンヘラは、治療を終えたジョスネとマルジェリのほかにも、さらに2人の子どもが、この病気にかかっていることを発見した。
シャーガス病は、ラテンアメリカのほとんどの国で風土病となっている。コロンビアでは、アラウカ県が最も感染者の多い地方の一つである。この病気はクルーズ・トリパノソーマという寄生虫により引き起こされ、主にコロンビアでは「ピト」という名で知られる吸血昆虫サシガメによって媒介される。感染しても数年間症状が現れない場合があるが、治療しなければ、心臓疾患や消化器の機能不全などの深刻な健康問題を引き起こし、死に至る場合もある。
一次医療にシャーガス病の治療を導入
2009年末、国境なき医師団(MSF)は、ベネズエラと国境を接する紛争地域、アラウカ県で既に開始していた移動診療による基礎的な医療に、シャーガス病のスクリーニングと治療を加えた。MSFにとって、紛争地域でシャーガス病の治療を行うのは、これが初めてである。MSFのアラウカ県におけるプログラム責任者、パトリック・スワルテンブルックスは語る。
「これは大きな挑戦です。シャーガス病の治療には2ヵ月にわたって継続的な経過観察が必要ですが、この地方では治安の問題や武装勢力による道路封鎖が原因で、目的の集落にまでたどりつけないという懸念が常にあるからです」
スクリーニングを最初に行ったのが、アンヘラと7人の子どもが住んでいるヘナレロスの集落であった。生後9ヵ月から18歳までの子ども97人から採取した血液サンプルから、11人が陽性であると確認された。MSFのアラウカ県におけるプログラムの医療責任者、ラファエル・エラソ医師は次のように述べる。
「ヘナレロスで、じつに高い割合で感染者が見つかったことに驚きました。しかし幸いにも、他の集落ではこれほどの割合に達しているところはありませんでした」
顧みられない沈黙の病に対する60日間の治療
アラウカ県で活動するMSFのチームは、これまでに10ヵ所の集落で1617人の血液サンプルを採取し、514人分の検査を終えた。その結果、28人に1人がシャーガス病陽性と診断された。感染が確認された患者には、まず健康診断を行った後で2ヵ月間にわたる治療を開始する。この手順は、患者が既に病気を発症しているかどうかを確認するために重要である。エラソ医師は語る。
「例えば患者が重度の心臓合併症を発症している場合、私たちにできる治療はほとんどありません」
治療を行っている間、MSFは週に1度ヘナレロスを訪問した。なぜならば、通常、副作用を伴うため、経過観察や患者に治療を途中でやめないよう励ましたりすることが重要だからである。エラソ医師は説明する。
「中には、『私の子どもは元気だったのに、MSFのくれた薬を飲んだら皮膚の発疹や脚の痛みが起こるようになった』と言う人もいます。そのため、健康教育を担当するスタッフが患者とその家族のもとを訪ね、シャーガス病は死に至る、沈黙の病であることを改めて説明しています。治療を続けることが重要であり、副作用はいずれ消えることを強調しています。もし治療をやめれば、子どもは年をとってから重い心臓疾患を患う可能性があり、畑仕事をすることも歩くこともできなくなり、いつも疲れた状態で、死に至る場合さえあるのです」
最初の11人の子どもは治療を終えたが、まだ課題は残っている。
2010年4月にヘナレロスでシャーガス病陽性と診断された11人の子どもは全員治療を終えた。1年後に、ジョスネとマルジェリは再感染の確認のために、再び検査を受ける。なぜなら彼らが、この集落では一般的な「サシガメが生息しやすい」とされる家に今後も住み続け、またアラウカ県の他の先住民集落では再感染が問題となっているからである。MSFはアラウカ県の保健当局に対して、定期的に殺虫剤を散布するよう働きかけている。これはシャーガス病の感染を低減し、再感染を防ぐために不可欠だからである。エラソ医師は語る。
「もし家からサシガメを駆除しないままであれば、60日間の治療も、啓発活動も、副作用も、集落への訪問も、すべてが無駄になり、再感染が起こってしまうでしょう。私たちは、保健医療機関にさらに媒介虫駆除に力を入れるように要望すると同時に、治療が可能であることも伝えています」
http://www.msf.or.jp/news/2010/05/4777.php