喜♪きりん

人が苦手なのに何故か販売員をしてる人の日々あれこれ

明日も明後日もいつもの顔で

2021-07-18 22:48:50 | ある役者の喪失(20207月19日~2021年7月19日)
もうすぐ日付けが変わる。

今日はもしかすると今までで一番ストーリーを見たかもしれない。

24時間で消えてしまうからその人の心がより素直に正直に出てしまうのだろうか。皆ずっと傷を抱えて生きている。

特別な日だから思いがあふれ出してしまう。

消えたら気持ちが切り替わったわけではなく。ただ、明日は前を向いて進んで行くだけ。

何も発しない人だって気持ちは同じだろう。
だけど私達は生きているから

今日も歩いてゆく。明日も明後日も歩いてゆく
いつもの顔でいつもの顔して
歩いてゆく(byエレファントカシマシ「歩いてゆく」)

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同じ青に大切な人へ思いを

2021-07-18 16:03:56 | ある役者の喪失(20207月19日~2021年7月19日)
やばいなあ朝から涙が止まらない。
休みを取って正解だったわ。

共演者や仲間がこぞって今日の空の写真を上げてて、皆が彼を想って見上げてくれてるんだなってほっこりと同時に涙が溢れる。

自分の中にドンだけ水分ため込んでたのかと思うほど止まらない。
ティッシュじゃ足りなくてタオルで拭ってるよ。

も―いろんな人たちが泣かせにかかってきてて愛され過ぎじゃん、マウント取り合戦じゃん。

そんな中推しときたら相方の宣伝部長化しててまー笑わせてくれるし、違う推しは音沙汰なくて通常運転だしで笑ったり泣いたり情緒が忙しいけど

皆生きてるんだよな

生きてるから彼の思い出を語ってくれたり画像を上げたり

同じ空を見上げてる。

彼も生きてる
画像の中に
音楽の中に
映像の中に

そして皆の心の中に
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青い空

2021-07-18 08:45:14 | ある役者の喪失(20207月19日~2021年7月19日)
快晴

やはりSNS界隈が騒がしい。この日だ情報に乗っかっちゃってる人もいるだろうし、変なアンケートを取ってる人達はスルーに限るね。

さて、9時からの特別映像は混み合いそうだけどチャレンジだけしてみようかな。

あさからボイトレの先生のインタビューや森さんやいいめぐさんの投稿で泣いている。春馬君愛されているなあ。

追記

特別映像が奇跡的に見れた。

思った通り「ホイッスル」の「独白」が少しだけ入っていた。先にオリジナルを聞いてしまったからちょっと物足りなさはあったけど、まさにミュージカル俳優として表現者として成長途中だったんだなと感じた。

ドラマ映像にに子役時代のがないのは前の事務所に権利があるからだろうけど、許可取るの大変だったろうなあ。海外ミュージカルなんて特に大変なのに独白をすこしでも聞けてよかったよ。あの労力を「やっつけ」なんて批判するする人には理解出来ないんだろうな。一人の役者の個人的映像の為にたくさんの共演者が協力してくれたし、事務所も相当頑張ったはず。そのくらい権利問題って難しい。無料テレビポータルサイト「映像は流せません」とかラジコである曲は本放送以外では流れない事あるでしょ、あれが権利問題。
春馬君の作品映像はちゃんと共演者も映像に映っていた。他事務所が快諾してくれたっていうのはこれなんだよね。

メッセージとかそんなのなくても彼が役者として愛され認められていた確かな証拠だ。

この日だけはネガティブな事をいいたくなかったけど

写真集の中から画像を選ぶときにスタッフがどんな思いで写真を見たか想像できないのかな?生きてる彼の映像をどんな思いで編集したか想像できないのかな。それを想うだけで泣けてくるのに、今もなお文句しか言わない奴らに別の意味で涙出るよ。こんな人たちがファンを名乗って多くの人達を傷つけて春馬君の尊厳まで台無しにした。
彼がいつか語っていた「人間は想像力を欠いた時にむごいことをする」
その人間は間違いなくあなた達だ。

追記(2022年5月現在)

追及派や過激な人達には想像力の無い人が多すぎる。
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一年

2021-07-18 03:11:39 | ある役者の喪失(20207月19日~2021年7月19日)
麻婆豆腐を作りキャンドルに火を付けて祈った。
彼が笑顔でいますようにと。

涙にくれた一年、作品を見続けた一年
短いようで長かった一年

区切りはない
一年前の昨日までは生きていたんだよって誰かは嘆くけど、彼がこの世とお別れをした2020年7月18日からは「彼の知らない未来」でそれ以前が「彼のいた時間」なだけだと私は思う。だから一年経とうと10年経とうと変わらない。一周忌とか三回忌とかそれは仏事であくまでも身内や親しい間柄の人達が偲べばいい。
ファンは所詮他人なのだからそこまで背負わなくていいと私は思う。
献花台とか自分の部屋で花を飾って偲べばいいし、家の仏間で唱えればいい。
そんなことを考えながら眠れない夜を過ごしている。

4月5日に灯した空色のキャンドルはだいぶ大きな穴が空いた。再び火を付けた。
雲をモチーフにしているので溶けた蝋が液体となって雲の中にプールが出来たみたいだ。オレンジ色の炎は鮮やかに燃え続けている。
澄み切った空の青さにひと際輝くその姿は清廉としたたたずまいの中に情熱を燃やした彼自身を思わせる。

クーラーの音しか響かないこの部屋は何とも殺伐としているが、心は不思議と落ち着いている。

陽が昇ればきっとざわつくだろう。
9時になればさらに動きは活発になり、きっとせわしない一日になるだろう。
だから責めて今だけはこの味気ない静寂をかみしめていたい。

追記(2022年5月現在)

今年は滋賀旅行で買った和蝋燭で偲ぶ予定
で、当日は舞台に行くけど泊りかどうかは決めていない。
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