沖縄で、また不発弾2113発!発見

2010年09月16日 10時00分00秒 | 沖縄の生活
 <琉球新報9月10日の社会面>

以下、琉球新報(9月9日、10日の記事)より
今年の7月、糸満市真栄里の道路工事現場で、不発弾が902発が発見された(以前、7月18日のブログに書きました)。
9月8日に、そこから約900m離れた畑の中から、不発弾2113発が発見されました。
発見したのは、県発注の「広域地区不発弾等処理工事」を受注した業者で、磁気探査中に反応をした場所を掘削したところ発見したとの事。
 <琉球新報9月9日の記事より>

また、翌日の9月9日にも、北中城村「米軍泡瀬ゴルフ場跡地」から、米軍のものとみられる未使用の20m砲弾2700発、機関銃弾60発、150m砲弾3発、照明弾26発など計2789発が地中から発見されたとの発表があった。
「米軍泡瀬ゴルフ場」は、平成10年まで営業をしていて、今年の7月に返還され、大型ショッピングモールと住宅地になる予定で、沖縄防衛局が8月2日から、同ゴルフ場を10カ所に分けて磁気探査をしていたところ、20日に75m砲弾1発が発見されたのを皮切りに、23日に20m砲弾が2700発みつかり、その後、25、30日、9月2日、3日に、150m砲弾3発、50m砲弾1発、機関銃弾60発、砲弾発射に使用する火薬3500発、照明弾26発、地雷などが発見された。なかには、箱に詰まったものもあった。9月17日まで磁気探査は続けられる。【追信】17日の琉球新報で、沖縄警察署が10日に未使用砲弾は、小火器弾など約8940個と発表したと報じていた。
 <琉球新報9月10日の記事より>

北中城村の担当者は、「沖縄戦争当時は、同ゴルフ場があった場所から米軍が砲撃していたと聞いている。土地収用後も、ずっと放置していたのかもしれない」と語っている。
日米地域協定4条一項により、米軍は返還に際し、原状復帰や補償の義務を負っていない。
戦後65年、沖縄戦の傷跡が今も残る沖縄であります。

※沖縄戦では、約20万tの弾薬が使われ、そのうち1万tが不発弾と試算されている。戦争後約7,800tが処理されているが、残る2,200tが今も地中に埋まったままだと見られている。毎年発見されるのが30~40tくらい。完全に処理するにはあと70~80年かかると言われている。

10月17日には、首里の住宅街で発見された不発弾を「市街地では初めての爆発処理」が行われる。半径300m、約1,140世帯、40事業所の2,850名が避難対象。那覇市内で爆破処理が行われるのは初めてだと、翁長那覇市長が記者会見で話していた。


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