首里城祭「伝統芸能の宴」 その①

2009年10月31日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

10月30日~11月1日で行われている首里城祭の首里城内下之御庭の「伝統芸能の宴」を、初日に観て来ました。
※この3日間、首里城「下之御庭」で、琉球舞踊や組踊を無料で観賞出来る凄い3日間なのです。
朝、10時から行われてますが、私は、午後からの演目を観ました。
【琉球舞踊】は、「四つ竹」、「谷茶前」、「上り口説」、「貫花」、「かせかけ」、の5つが演じられた。

▲<「四つ竹」は、艶やかでこれぞ琉球踊りといわれるものです。>

▲<「上り口説」は、琉球士族の公務「薩摩詣」の船旅の様子です。>


▲<「かせかけ」は、愛しい人のために、着物を織る女のやさしさを表現した古典舞踊の中でも、人気のある踊りです。>

▲<「谷茶前」海の幸への感謝と豊漁を喜ぶ踊りです。>



▲<「貫花」は、明治以降に出来て、瞬く間に広がった、紅白の花を用いた踊りで、女性の可憐さやゆかしさが表現されています。>

【地域の伝統芸能】は、「ティンベーとカマンティー」(南城市指定無形文化財)、「首里クェーナ」(那覇市指定無形文化財)でした(今回初めて観ました)。

▲<「ティンベーとカマンティー」は、で、古武術を取り入れたものです。ティンベーは、盾で、カマンティーは、鎌の事です。>

▲<クェーナーとは、沖縄の各地で歌い継がれている「古謡」の一つで、女性の歌です。「おもろ」に先行する歌謡形式とされ、1600年代から存在し、何百年も受け継がれた女性の祈りらしいです。>

【組踊】は、「執心鐘入」です。私は、「執心鐘入」を目的に行きました。
※「執心鐘入」は、次回に報告します。







首里城祭いよいよ開催

2009年10月30日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

▲<2007年の古式行列>

10月30日~11月3日まで、首里城において「首里城祭」が行われます。
●『伝統芸能の宴』10月30日~11月1日[首里城内下之御庭(無料区域)]で琉球古典舞踊が観賞出来ます。
●『冊封使行列・冊封使儀式』10月31日11:50~13:10[守礼の門~御庭]*御庭は有料区域
●『琉球王朝絵巻行列』11月1日12:30~14:30*「国際通り」
●『琉球王朝祭り首里』11月3日12:50~15:30[御庭~龍譚通り~鳥掘交差点]

▲<2008年の古式行列>

▲<左「龍譚通りで行われる首里地区の旗頭」、右「国際通り」を練り歩く行列>

首里城祭に先駆けて、沖縄都ホテルロビーで、『琉球ウィーク』が行われている。
座間味末子さんの「いにしえの人形」が、展示されている。
10月28日~11月3日まで行われているので、首里祭りに参加された人は、立ち寄られる事をお勧めします。





▲<特別協力展示の首里琉染「古式王朝衣裳」>

沈まぬ太陽 後篇

2009年10月29日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

私は、昭和26年生まれだから、映画の舞台になっている昭和30年代の労働闘争は、実際に見ていないので、実感は湧かないが、「日航機御巣鷹山墜落」、「カネボウ会長(伊藤淳二氏)の日航の会長就任」、「その後の、度重なる日航のスキャンダル」などは、私でも良く知っている。

渡辺謙が演じる恩地元には、実在のモデルがいる事も、原作の連載時から耳にしていた。
モデルは、小倉實太郎氏で、アフリカ写真家としても有名な人らしい。
山崎豊子さんが、「大地の子」の執筆が終わり、気分を入れ替えるために、アフリカへ行った時のガイドとして、出会い小倉さんのあまりにもすごい人生を知り、小説のモデルとしてお願いしたらしい。

この映画を見て、ここでも、多くの政治家達と天下り官僚が、日航から、お金を絞り取っていたかが良く理解出来た。
伊藤淳二会長以前の会長はお飾りであり、社長は官僚の天下り。
航空業界の事は、会長も社長も何も知らない(ましてやビジネスも知らない人達)。
だから、当時の役員達が好き勝手をやっていた。
国営航空というプライドの高さも民間のような柔軟な体質ではなかった!
映画では、それを組合の委員長の渡辺謙が正しているような絵になっているが、それは、ままりにも組合を良く書き過ぎている。
あの当時の「国鉄」の組合のストや活動を知っているが、「日航」も似たり寄ったりだろう(日産の組合委員長が経営を牛耳っていて、後の経営危機まで陥った事も似たり寄ったり)。

▲<組合関係者が見たら泣くだろうカッコイイ組合委員長と副委員長>

歴代の社長と会長の名前を羅列する(初代から年代順、()内は前職)。
社長⇒柳田誠二郎(日銀副総裁)、松尾静麿(航空庁長官)、朝田静夫(運輸次官)、高木養根(副社長)、山地進(総務次官)、利光松男(副社長)、近藤晃(専務)、兼子勲(専務)、新町敏行(副社長)、西松遥(取締役)
会長⇒藤山愛一郎(日商)会頭、原邦造(旧三井財閥幹部)、植村甲午郎(経団連副会長)、伍堂輝雄(日経連専務理事)、松尾静麿(社長)、小林中(アラビア石油社長)、植村甲午郎(経団連名誉会長)、堀田庄三(住友銀行会長)、 花村仁八郎(経団連副会長)、伊藤淳二(鐘紡会長)、渡辺文夫(東京海上火災保険会長、山地進(副会長)、兼子勲(社長)。その他にも、西村雅彦演じるJALホテルの会長等々・・・。
そうそうたる、仕事の出来ない人達のオンパレード今日まで、最先端業界で競争が激しい業界で残れたのは、国が守っていたからだと思う(良い意味でも悪い意味でも)。

▲<事故以前の滑稽に描かれている経営陣達>

▲<第二組合を作り組合潰しを画策する経営陣。出世と交換で、とり込まれて行く行天四郎>

映画では、ソックリさんにしないで、映像はぼかしているが、本物は以下の通り。
加藤剛(中曽根首相)、小林稔持(金丸福総理)、小野武彦(橋本龍太郎運輸大臣)、品川徹(瀬島龍三)だ。

▲<首相室で、各人の思惑が交錯して行く>

▲<国会の場で、日航問題が野党から出る。それを仕掛けたのは答弁する運輸大臣。これで、日航会長の解任が決まり、恩地元の人生もまた変わって行く>

昭和の経済復興時の熱いパワー、日本が最も輝いていた時代。
それの裏側を山崎豊子さんは、この作品で描き切ったと思う。
物語の時代は1980年前後ですが、またもこの映画で、不毛の政財界が描かれている。
現代の日本と変わらないことに、日本の政財界のレベル(=国民のレベル)の低さに情けなさ感じる。
この点で、この作品の役割は十分果に果たせたと思う。

沈まぬ太陽 前篇

2009年10月28日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

「沈まぬ太陽」が、いよいよ封切されました。
久し振りの、山崎豊子の最新作品です。
原作は、文庫本で5冊になる長編小説の映画化です。
読んでない私には、3時間22分の映画でも、観られる事が嬉しい!
先週の金曜日が、封切日でしたが10月26日に観に行きました。

個性派俳優が、数分の出番だけで続々、出て来ます。
海外ロケも日本映画では破格にあり、特にアフリカの風景は美しい。
ナイロビ最大のスラム街「キベラ」(80万人が住むスラム街)での撮影は、日本初めてだろう。

▲<ナイロビのスラム街で撮影する若松節朗監督>

日航機墜落現場も、リアルに再現している。
日本航空をモデルにしている事や、政治家やマスコミの悪をリアルに描いていたから、映画化が実現不可能だった(原作者にも、随分、日航から脅かしが入ったそうです)。

▲<御巣鷹山墜落現場のセットは、迫力がある>

▲<520人分の棺を映したかったらしいが、広い場所がなくそれでも285の棺を並べたらしい>

企業の傲慢・陰湿な画策などを真正面から描いた骨太の映画です。
久し振りに、ストレートの剛速球を投げられた感じです。
渡辺謙が、十年待った作品(当時は、若過ぎて役作りが出来なかった)だそうです。
今回の撮影は、丁度、彼の脂の乗った時で、彼の代表作になると思う。

三浦友和が、渡辺謙の昔の友であり、敵になる役を演じているが、もっと凄味を出せれば良かったが、この辺が彼の限界か(いい人が出るのです)。
石坂浩二の会長伊藤淳二役は、いい感じが出ていた。
脇役では、宇津井健以外の香川照之、大杉漣、加藤剛、品川徹、等は、実際はもっと撮影したと思うが、出演時間が、もう少しあれば深い役作りが出来たと思うと、3時間22分でも短かったと思い残念です。

※映画と同じく、ここで一旦休憩し、次回へ続く(休憩の間に流れる音楽の演奏家は、御巣鷹山で無くなった方の娘さんで、お父さんが無くなった1ヵ月後に生まれたらしい)。

第33回『沖縄の産業まつり』

2009年10月24日 13時00分00秒 | 沖縄現地情報

▲<武道館内の「かりゅし展示コーナー」>

第33回「沖縄の産業まつり」が、23~25日なで、那覇市奥武山公園で行われている。
516の企業・団体・個人が、県産素材を使った食品や工芸品などが出展されている。

残念な事に、台風20号の余波で、金曜日は雨天時々雨。
私が、見に行った土曜日は、朝から大雨の中だった。
屋外テントの出展企業は、足元がぬかるみ、テントに溜まった雨が、風が吹くとバサッと溜まった雨が落ちて来たりして、残念な状況下でのフェアになった。

▲<沖縄スパ産業研究会のブースでは、エステの実演が行われていた>

武道館で行われている、屋内展示も雨によって見学者が、晴天の時の一割くらいに減っていた。



▲<左「首里琉染」のサンゴ染、右「うらそえの繭」>

▲<左「沖縄ガラス」、右「アリエとシークワサー」ドリンクのコーナー>

それでも、県内の健康向けサプリメントや化粧品のコーナーには、人が集まっていた。

▲<昨年は、沖縄生産の花木が多く出展されていたが、今年は無かった。>

▲<沖縄県内の発明家・企業のブースは、いつ見ても面白い。>

▲<奥武山公園駅から見えるドーム球場(2011年から巨人軍が春のキャンプを行う)。>
※最終日の25日は、台風20号の影響で中止になった(33回の中で中止は、初めて)。

「豆腐家」の、[ゆし豆腐定食]を食べました。

2009年10月18日 00時50分00秒 | 沖縄現地情報

▲<豆腐家の「ゆし豆腐定食」650円也。真ん中のコップの中身は、飲み放題の「豆乳」です。>

那覇市山下町にある「豆腐家」は、いつも運悪く火曜日に、立ち寄り定休日だったりして、ここ一年くらい食べられなかった。
その「豆腐家」に、先週の金曜日に行き、昼の定食を食べてきました。
やっぱり、一番お得なのは、「ゆし豆腐定食」です。
ゆし豆腐は、豆腐を造る際の凝固前の状態に、薄い塩味の汁物にして食べる上品な食べ物です。

▲<めちゃ熱く、たっぷりな「ゆし豆腐」>

「豆腐家」は、正真正銘の豆腐屋さんで、工場隣の小さな食堂で、豆腐タップリな料理を食べさせてくれます(豆腐家の豆腐は、沖縄では珍しい軟水で造っています。だから、柔らかくて県外の豆腐そのものです)。
「ゆし豆腐」は、腹一杯になるくらいのボリュームなので、いつもご飯は少なめに注文します。
今日も、「かき揚天ぷら」以外は、すべて豆腐を使った食材です。

▲<左「しらあえ」、手前「かき揚げ」、奥「厚揚げ」>

▲<左「豆腐と人参シリシリ」、右「ヒジキ・モヤシ・青菜・コンニャクの入ったオカラ」>
美味しゅうございました。ご馳走様でした!

ついに、ロワジールホテルの「スパ」に行って来ました。

2009年10月17日 00時50分00秒 | 沖縄現地情報

▲<美しい「露天風呂」>
8月25日に、ロワジールホテルの特別「スパ&ランチバイキング」に行って来ました。
※平日5,800円→2,300円、週末6,100円→2600円でした。
その時、「スパ」は、10月末まで有効と聞き、ランチを食べすぎたので、再度行く事にしました。
10月16日の午後に行って来ました。
ロワジールホテルの新館には、2階から専用通路を通ります。

▲<タイムトンネルのような、センスの良い専用廊下を通って行きます>

新館の2階にある「スパ」は、7月30日にOPENしたばかりです。
夜から朝の11時までは、宿泊客が利用するとの事ですが、11時から夜の7時までは利用客は、少ないようです。

▲<手前は、「かけ湯」。左手が「水風呂」、中央に「大浴場」が見える>

▲<西向からの太陽光がたっぷり入る大浴場>

▲<大窓の外には、「露天風呂」が見える>

▲<「水風呂」と「サウナ」の窓が見える>

▲<左、美しい「サウナ」中にTVがある。右、ベランダにいた「シーサー」>
今日は、11:30~13:00まで入っていましたが、私一人の貸切状態でしたので、いけないとは思いましたが、撮影をさせて頂きました。
風呂の湯は、塩分の入った化石水で、肌に良いそうです。
風呂や水風呂の温度も、コンピューターで管理で、適温にコントロールされている。

▲<ベランダには、たくさんの観葉植物があり、目に優しい>

▲<ソファーデッキが3台、椅子が3台セットされていた>
サウナに入って、ほてった身体をベランダにあるソファーデッキで横になりながら、那覇港から吹いてくる風を感じるのは、至福の時でした。

10月末までのキャンペーンも、今日の話では、12月末まで続行との事、興味のある人は是非行ってみて下さい(絶対にお得です)。

「沖縄サントリー」ガーデンパーティ参加記

2009年10月15日 07時00分00秒 | 沖縄現地情報

▲<夜風が気持ちいい。小雪とオギハギのサントリーハイボールのCM(沖縄バージョン)が流れていた。>

10月14日、那覇市安謝にある「沖縄サントリー株式会社」で、『サントリーハイボール紹介キャンペーン感謝祭』が行われました。
昔、ウイスキー工場だった沖縄サントリーさんの敷地内の庭で、提灯を吊るし、焼肉を焼いてのガーデンパーティです。

▲<頭上の、鳳凰木の花が美しい。奥に見えるのがサントリーさんの社屋>

私は、招待されていなかったのですが、その話を聞いて、三線の練習日だったんですが、飛び入り参加してきました。

▲<肉は、三大食品さんの秘伝のタレに付けた肉で、そのまま食べれて美味しい>

参加者は、電通さんを始め、地元放送局などマスコミの人達約100名でした。
沖縄サントリーの、碓井専務の司会で始まり、前田社長のユーモア溢れる挨拶、社員さんがお揃いのTシャツを着て、焼肉を焼いたり、ビールやハイボールを作ってくれていました。





鳳凰木の大木の下、風が心地よい夜空の下で飲むお酒は、大変美味しかったです。
こんな事をしてくれたら、ますます、サントリーのファンになるよね(ご馳走様でした!)。

「琉神マブヤーショー」IN那覇まつり

2009年10月13日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

▲<ショーの山場、マブヤーチームが悪者チームをやっけて舞台の下に落としたところ>

10月11~12日、奥武山総合公園で那覇まつりRBC市民フェスティバルが開催されていた。
その最終日の、12日11:30から「琉神マブヤーショー」が行われた。
11:00前から、子供連れの家族が続々と集合し、開始時には1,000人位いただろうか。

▲<開演30分前、少し小雨だったが続々集まっている>

獅子使いのお姉さんが、「石敢當ストーン」を持っていて、「石敢當」の意味を教伝えていて、子どもたちに意味を聞いたら、ほとんどの子供たちは、「琉神マブヤー」のストーリーから、石敢當の意味を知っていた(すごい事です。現代の沖縄の若者は石敢當の意味や存在を知らない)。

▲<「マブヤー!」と叫んでいる>

獅子使いのお姉さんが、悪役「ハブクラーゲン」と「オニヒトデービル」に、「石敢當ストーン」を奪われ、「琉神マブヤー」を呼んで、奪い返してもらうために、「琉神マブヤー」を呼ぶために、観客の子供たちに声の加勢をお願いしたら、子供が全員で「マブヤー!!」と、大きな声で叫んだ。

途中から、第二弾から登場する「龍神ガナシー」も出て来て、協力して悪者に勝った。
戦いが終わって、「石敢當ストーン」を奪い返し、マブヤーが悪者を逃がしてあげた。

▲<琉神マブヤーが、子供たちに「謝る」「感謝」を教えているところ>

獅子使いのお姉さんが、なぜ、逃がしたのかと尋ねたら、マブヤーが「謝ったから許した」と答えた。
そして、子供たちに向かって「悪い事をしたら、ごめんなさい!と、謝るんだよ」。
「良い事をしてもらった、ありがとう!」と、言うんだよ。と、舞台の上から教えていた。
解ったかいと、子供たちに聞いたら、子供たち全員が「ハーイ!」と、声を揃えて答えていた(すごい教育的イベントになっているのだ)。

▲<最後は、「琉神マブヤー」のテーマ音楽で、マブヤーたちがダンスを踊りだしたら、子供も起ち上がって一緒に踊りだした>


「第39回那覇大綱挽」

2009年10月12日 16時00分00秒 | 沖縄現地情報

▲<2008年の那覇大綱挽>

10月11日、那覇市久茂地交差点で、ギネス認定世界一の大綱を引く「那覇大綱挽」が行われた。
参加者27万5千人。
全長200m、総重量43tの綱を挽き手約1万5千人で、東西に分かれて行われた。
規定の30分を過ぎても勝負がつかず、引き分けになった(30分間挽き続けたら肩が抜けるほど辛かっただろう)。通算成績は、今年の結果で東と西ともに12勝12敗12引き分になりました。

▲<2007年の那覇大綱挽>

※今年は、当日県外出張中だったので、大綱は挽けなかった(残念!)。
内容は、10月12日琉球新報朝刊の報道によるものです。

「琉神マブヤー」大人気!

2009年10月09日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

▲沖縄タイムス10月4日付「琉神マブヤー人気沸騰」の記事に加筆しました。

今沖縄の子供に一番人気があるヒーローは、「琉神マブヤー」です。
先日、TVの「ケンミンショー」で紹介されたので知っている人も多いと思いますが、2008年10~12月まで、地元RBC琉球放送で土曜の朝6:45からの放映にもかかわらず、最大瞬間視聴率9%を記録しました。
すでに、放送は終了したにもかかわらず、その人気は衰えるどころか、沖縄市にある「こどもの国」では、5月連休3日間の「琉神マブヤーショウー」で、1万3000人を動員しました。
その他に、毎週どこかの施設にイベント出演し、出演回数は一年間で150回を超えたそうです。
生みの親は、県内観光土産品問屋「南西産業」(畠中敏成社長)で、一作目は、スポンサーは3社しかなかった(第二弾からは10社になった)。
関連グッズは、60品を超え、作品DVDは、6000枚を超えて今も売れ続けている。

この作品のすごさは、沖縄の文化や心を大切にしている点にあります。
悪の軍団マジムンから、琉球に伝わる「マブイストーン」を守るストーリーです。守るストーンとは、「ウチナーグチストーン」(ウチナーグチが使えなくなる)、「石敢當(イシガントウ)ストーン」(石敢當の神通力がなくなり、事故や災害が多発する)、「テーゲーストーン」(テーゲーじゃなくなる)、「エイサーストーン」(エイサーが出来なくなる)、「チャーガンジューストーン」(不健康になる)、「いちゃりばチョーデーストーン」(人類みな他人と思うようになる)、「トートーメーストーン」(うやふぁーふじを大事にしなくなる)、「命どぅ宝ストーン」(命を軽く考える)、「カチャーシーストーン」(カチャーシーが出来なくなる)の9つ。

戦闘シーンでは、悪者であっても殺さない(制作予算の関係で、新しいキャラクターを創る制作費を抑えているとの噂も)。
ハブやマングースをモチーフにしても極悪には描かない。
軍団マジムンにも、自然を壊した人間を正す「正義」を与えている。
マブヤー自身にも、戦いが戦いを生む矛盾に悩み「ニフェー(感謝)」と相手を許す事で対立を解く。
完全に痛めつけるのではなく、ウチナンチューが持つ沖縄の包容力を物語にしている。

大人が見ても十分に面白く、教えられる事もすごく多い。
親と子供が一緒に観る事が出来る数少ない作品(是非、一緒に見て欲しい!)となっているところが、この作品の人気の素晴らしい点であり、人気の秘密だろう。

▲<第二弾に登場するキャラクター。左から「ハブクラゲーン」「琉神マブヤー」「龍神ガナシー」「オニヒトデービル」>

※第二弾「琉神マブヤー外伝SO!ウチナー」は、10月17日(土)RBC琉球放送で10:30から放送決定しました。

再放送は、10月10日から、火・水・木の18:30から、BS11(日本BS放送)と、10月10(土)18:00から、RBC琉球放送で放映開始です。

真栄里の大綱引き その③「ガーエー」

2009年10月08日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

▲<西村(イリ)側から観た、綱引きの様子>

綱引きが始まって、10分もしない内に、両方から歓声が上がり、勝敗が一瞬解らない状態になった。
審判の結果、東村(アガリ)の綱が切れた事が判明し、昨年に続き西村が勝ちました(しかし、翌日の琉球新報では、東村が勝ったと報じていたが・・・)。

勝った、西村(イリ)の引き手が東村に向かって、「ガーエー(けんか)」を売りに行く。そして、センターラインのあたりで、本当のつかみ合いが始まった!



▲<センターラインから東村側へ押し込んでいる>

▲<一度目の別れ>

役員が分けに入って、いったんは終わったかと思ったら、また両端で再度、つかみ合いが、起こってました(本気です!)。それも、両方村の人が止めに入り引き離されていた。





▲<本当の別れ>

昨年は人垣で、「ガーエー」を観る事が出来なかったが、今年は運よく観れる場所に居たので、目の前で見る事が出来た。
真栄里の大綱引きは「喧嘩綱引き」と言われる訳が納得出来ました。

本当に、血気盛んな祭りです。
最近めっきり品行方正な祭りが多い中、「ホンキ祭り」を観る事が出来ました。

最後は、両村の棒術の演舞で場を閉めました(めでたし、めでたし!)。







この後は、夕方にエイサーの道ジュネーがあるようですが、今夜は「首里城の中秋の宴」へ行くので、私達はいったん家に帰りました。
※「真栄里の大綱引き見学記」は、これで終了です。

真栄里の大綱引き その②「大綱引きの前の威嚇合戦」

2009年10月07日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

▲<整列した西村。真栄里の綱引きの日は、前日どんなに雨が降っても晴天になるという>

前道(メーミチ)は、昔、村の馬場だった場所ですから、全長108mの大綱を引く事が出来るくらいの広さがあります。

センターラインを挟んで、両村の綱が揃うと、お互いの綱の計測が始まります。

今年は、西村(イリ)が雌綱で、約31間(約54m)。一方の東村(アガリ)が約26間(約45m)です。
その年によって、雌と雄が変わり、長さも変わる(上に乗る人間も雌綱の方が一人多い)。

計測が終われば、爆竹の音とともに、最初に旗を持った武士が、旗で相手を威嚇しに行きます。
棒術の演舞でさらに相手を威嚇します(昔は本当に戦ったそうです)。
棒を持ち上げた集団がお互いに相手を威嚇に行きます。



▲<左、東村の棒集団。右、西村の旗頭飾りから金と銀の紙吹雪が舞い落ちる(綺麗だ!)>

▲<西村の棒集団>

▲<対峙する棒集団>

▲<鉦と太鼓で応援する西村の女達>

その後に、村獅子がサルに誘導されて演武をします。


大綱がセンターラインに歩み寄ります。
大綱の上には、時代装束(シタク)をした子供&青年が乗っています。

▲<西村のシタク>

▲<西村のシタク>

▲<雄綱が上がり始めた>

▲<雌綱が上がり、「カヌチ棒」が入り始めた>

「かぬち棒」で、結合直後に綱引きが始まります。


※真栄里の大綱引き その③へ続く。

真栄里の大綱引き その①「宗家前庭の演舞」

2009年10月06日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

10月4日(旧歴8月16日)に、糸満市真栄里で大綱引きが行われました。
昨年、初めて観て感激した大綱引きです。

今年も、西村(イリ)の宗家(ムートウャー)の方から、お誘いを頂いたので夫婦で出かけました。

宗家の東端にある神屋(カミヤー)において、拝みが終わると前庭で棒術の演舞が行われます。
棒術の演舞が終わると、旗頭を先頭に担ぎ手が、西村の公民館前広場に移動します。



▲<装束をした人達が路地を歩いて行きます>

▲<綱の上に乗る武士装束の子供達>

公民館前の広場で、綱を引く男達に勇気を鼓舞させる女達の舞がありました。

舞が終わると旗頭を先頭に、引き手が大綱を担いで綱引き場の前道(メーミチ)へ行く。



▲<今年は、西村が雌綱(長い方、30~31間:約56m)です>

▲<最後尾は、幼児が綱を持って歩いています>

▲<前道へ入場です!>

※真栄里大綱引き その②へ続く。

首里城公園「中秋の宴」

2009年10月05日 00時05分00秒 | 沖縄現地情報

10月2~4日の3日間で、首里城の御庭(普段は入場料が必要)にて、無料で琉球古典舞踊の鑑賞会がありました。
十五夜にちなんで、首里城の御庭で月を見ながら琉球舞踊を楽しむという趣向です。
3日間、違った演目を行いますので、琉球舞踊のファン絶好の機会です。

▲<4日の組踊「女物狂(ウンナムヌグルイ)」の一場面(パンフレットより)。人盗人(ひとさらい)に連れられた子供が、一夜の宿にした金武の寺で、寺の小僧の機転で助けられる。そこへ行方不明になった子を思うあまり狂女になった母親が現れ、親子の再会を果たした女も正気に戻る話。>

特に3日は、島袋正雄(三線)、照喜名朝一(三線)、宮城能鳳(琉舞)の「人間国宝3名の演奏と舞踊」がありました(すごい貴重な企画です)。

私は、日曜日にしか行けなかったので、楽しみにして17:00過ぎから出かけましたが、18:00頃から降り出した雨が止まず19:00まで開演延ばして雨が止むのを待ちましたが、ついに上演が中止になりました(残念!)。

▲<18:20の開場から、中止宣言が出た19:00までの40分間、約100名の観客が小雨の中傘をさして待っていた・・・。>

2・3日は、月こそ出ていなかったが、上演は出来たので観られた方は、大満足をしたと思う。
今年は、第16回目とパンフレットに書いてありました。
また、来年を楽しみに致します。