うるくdeモーレ【旗頭】

2013年10月31日 00時30分00秒 | 沖縄の生活



▲<那覇市小禄(ウルク)地区の「旗頭」のトゥール(灯篭)>

10月27日、奥武山総合公園で「沖縄の産業まつり」が開催されていた日。

同時に奥武山総合公園で、第13回「全島旗頭フェスティバル」が行われていた(らしい)。

偶然に、「全島旗頭フェスティバル」が行われる直前に、ゆいレール「奥武山駅」前広場で、那覇市小禄地区の「旗頭」が集っていたのに遭遇して撮影出来た。


▲<ゆいレール「奥武山駅」エスカレータを降りた広場で行われていた>

※「旗頭」とは、『沖縄大百科事典』(沖縄タイムス社)に、綱引行事の時の幟。各村や町ごとに作られ、行事の中心である。竿の長さは21尺(約6.3m)を基準とし、重さは35kgほど、一番先には「トゥール(灯籠)」・「ゴウ」・「サンマー」・「吹流し」などを付ける。「旗字」は、地区によって様々で、均衡美・調和美を競い、それぞれの村や町の伝統や特色を表現したものである。とある。






▲<小禄地区の「旗頭」5~6旗が集合して「旗頭揚げ」を行っていた>

沖縄では、地区ごとに「青年会」がそれを伝承している。

「旗持ち」に任命される事は名誉。祭りが近づくと、一か月以上前から仕事を終えてから夜に「公民館」集まり、夜遅くまで練習を行って本番に臨む。

「沖縄の産業まつり」

2013年10月28日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<台風27号も弱まり、26日から開催された「沖縄の産業まつり」の壷川側ゲート>

10月25~27日、奥武山運動公園で「第37回沖縄の産業まつり」が行われる予定だったが、台風27号の影響で26・27日の2日間になった。

県内のあらゆる業種が勢揃いするから見応えがあるので毎年見学をしている。

今年は、両日見学をした。


▲<世界初!海中で会話が出来るダイビング器材「イマジュン」のデモストレーションを見学した>

▲<光通信(LED)で最大30mの複数人に届くらしい。製造元:株式会社マリンコム琉球>

▲<「屋台通り」の賑わいも最高に多かった>

▲<長蛇の列は、「もとぶ牧場」のサイコロステーキ>

▲<「忠孝酒造」のブース(手前で、「泡盛が美味しくなる甕&とっくり」の「ろくろ実演」をしていた)>

▲<全国酒類コン【泡盛部門】一位受賞したので、お祝いに立ち寄った「松藤」の崎山酒造廠さん>

▲<「牛のホルモン焼き」があまりにも美味しそうだったのでワンパック購入@300円也>

▲<自宅に帰って早速、ビールのつまみに食べた(この量は1/3です)>

「縄文人に学ぶ」

2013年10月25日 12時00分00秒 | 沖縄の生活

▲<2013年6月30日出版の新潮社新書「縄文人に学ぶ」>

10月14日、NHKラジオの「夜の深夜便」を聴いていたら、「明日のことば」のコーナーで建築学者の上田篤さんが、「父性原理」は、戦争を起こし、「母性原理」は、平和を導く。時代で言えば、「父性」は、弥生・奈良・平安・安土・桃山・明治・大正・昭和。「母性」は、縄文・鎌倉・江戸・平成?となる。日本食のルーツは、縄文時代にある【鍋料理】【旬を食べる】。9000年前に【漆塗の櫛】=【japan】が縄文時代があった・・・。

縄文時代をかれこれ20年前から研究していた私からすれば、「我が意を得たり!」と、ウトウトして聴いていたが目が覚めた(現代の日本人も今だに間違った認識の縄文人「ひげ面・裸・槍を持つ・野蛮人」ではなかった事は、その後の調査で解明されている)。

上田篤著「縄文人に学ぶ」という本が出ている事を知って、翌日直ぐに買いに行った。

上田さんも書かれているように、沖縄に来て今も「縄文時代」を濃く残っている県だと思っていたが、「火の神(ヒヌカン)」「御嶽(ウタキ)」「女帝(聞得大君)」「糸満のアンマー」など、納得した次第。

「母性原理」とは、【我が子はすべて良い子=弱者を切り捨てない】【社会の持続と平等】が進む社会。「父性原理」とは、【良い子だけ我が子=多数の中から良い子を選んで我が子にする】【競争が進み発展】するが、反面、【弱者は切り捨て】られ、競争に伴い【抗争・戦争】が激化し、【資源破壊・環境汚染】などを引き起こす社会。他にも、膨大な資料から縄文時代を検証されている今一番詳しい本です。

「きまぐれ餃子屋その4」 古民家食堂10月度例会

2013年10月23日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<きまぐれ餃子屋【古民家食堂編】(10月21日でも沖縄では外でパーティーが出来る)>

10月21日の夜、「古民家食堂10月度例会」が行われた。

テーマは、ひと月遅れの「月見の会」だったので、建物の外「あまはじ(軒先)」で行った。

先月は、原川夫妻による「広島風お好み焼き」だったので、今月は私の「手作り餃子」+「焼き物」になった。


▲<餡を11時くらいから仕込み始め16時に完成。皮は市販のものを180枚用意した。包むのは、この場で「原川夫人」と二人で行った>


▲<家庭用のホットプレートだが、気持ち良く焼ける(油を使用しないので、油っぽくならない))>


▲<途中から、「焼き物」も出来始める>





スタート時には見えなかった「月」も21時頃から雲間から顔を出し、本当の月見の会になった。







月を見ながら、餃子を食べ、焼き物を食べる。ビールに泡盛のハイボールを飲む・・・。






▲<そして、今夜も更けてゆく・・・。>





危険な「沖縄」 その(2)

2013年10月21日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<沖縄ではごく普通に観られる「シロバナキョウチクトウの果実」>

先日、地元紙「琉球新報」に、那覇市「おもろまちの公園」で、落ちていた「シロバナキョウチクトウの果実を口に含んだ児童が、意識不明になり病院に運ばれたが、一命を取り留めた」と報じていた。


▲<4~11月、白い可憐な花が咲き、台風の頃に赤い果実を付ける>

私も、移住して来た当時、街路樹に出来た赤い小さな果実を見つけ「マンゴーの一種?」(沖縄には、街路樹に食用果実がなっている)と思い興味津々だった。





実に美しく、可愛い果実。台風の後など、道路に落ちているのを良く見かける。


▲<こんなふうに街路樹下の歩道に落ちている>



公園や街路樹の植栽にたくさん使われているごく普通の樹木で、落ちた赤い果実を子供がつい口に入れたくなるの気持ちは良く解る。

恐ろしい事に、「シロバナキョウチクトウ」の果実には「毒」が含まれているので、決して口にしてはいけないし、触った後でも良く手を洗う必要がある。

沖縄では、子供が小さい頃に親が触るのを注意し、危険なものだと教えているから触りもしない。


▲<3~5mに育ち、いい木陰を作ってくれる木だが・・・>

しかし、引っ越してきた県外の子供や親などには解らない。

新聞の記事では、沖縄県内の公園や街路樹に何万本と植えられている「シロバナキョウチクトウの木」を伐採する必要があると書かれていた。

※観光客は、いくら美しくて可愛い果実でも拾って口に入れる事は無いように!

危険な「沖縄」 その(1)

2013年10月19日 00時05分00秒 | 沖縄の生活


那覇空港の近くに住んでいるが、「小禄バイパス」のレンタカー通り裏の「児童公園」に、上の写真のような立札がたっている。

沖縄に移住した直後、真夏の暑い時期に、狂ったように「那覇市内」「豊見城市」を散策していた。

豊見城市の畑の中にある「井泉」を探し当てて、気持ち良く帰ろうとしていた時、案内してくれた畑の持ち主が「ハブがここの井戸が好きで良く来るんだ」と言われたのを聞いてぞっとした記憶がある。

那覇市内には、「ハブ」はいないと思い込んでいたので、木や草が良く茂った「御嶽」や「井泉」に、何も思わず立ち入っていたが、それを聞いてから怖くなり極端に減った。

「ハブ」は、沖縄本島の住宅街でも年に数匹捕獲される(大きなものが捕獲された時は新聞に出る)。

「蛇」は、暗い森や林、深い茂み、水の湧いている所(蛙などの小動物を狙う)、石垣の中など好むので要注意。

「那覇市具志」散歩

2013年10月17日 11時00分00秒 | 沖縄の生活

▲<那覇市具志にある「恐竜公園」>

東京に台風26号が通過していた10月16日の午後、沖縄は快晴だった。

午後、スポーツセンターに歩いて行く。

あまりにもいい天気だったので、少し遠回りして「具志地区」を通って行った。

「那覇市具志」は、豊見城市に隣接する那覇市に一番南端(那覇空港&自衛隊基地&レンタカー店舗)にある。


▲<高台にある「具志うたき」>


▲<民家の垣根に出来ていた「果実」>


▲<上の果実の「花」>


▲<喫茶店のトーテンポールにも「石敢當」があった>


▲<民家の庭先に咲き誇る「ハイビスカス」>


▲<いつも車でチラリと見るだけの「恐竜公園」に初めて立ち入った>


▲<具志南児童公園「恐竜公園」は、素晴らしい!実に良く出来ている。尻尾は「滑り台」>


▲<沖縄の女子たちは、普通に「木登り」で遊んでいるのだ>


▲<国道331号線(小禄バイパス)から二筋ほど入った所にある【沖縄そば殿堂入店】「いしぐふーそば」>

車で通る道だが、歩くと色んな事が発見出来るのが楽しい。

RBC市民フェスティバル&オリオンBEER PARADISE

2013年10月16日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<「ゆいレール壷川駅」側からの入口ゲート>


▲<奥武山総合公園の東半分を使い、多種・多彩なコーナーが造られている>

「那覇大綱挽」を記念して、10月12日~14日の3連休。奥武山総合公園で、地元放送局のRBC(琉球放送)が、イベントを行っている。凄い力の入れようなので、地元の人達には「秋祭り」化している。


▲<RBC総力イベントで、TVやラジオの生放送に、地元タレント総出演>


▲<会場内アルコール購入者は、「成人認識リストバンド」着用していないと購入出来ない>


▲<個人店「屋台」、左端に「やぎ汁」の文字が沖縄ならでは(笑)>

3連休の最後の日、自宅から歩いて見学に行く(万歩計が11558歩だった)。


▲<時代を反映して、「ゴールデンボンバーの面」が売っていた(笑)>

「RBC王国」イベント会場は、奥武山総合公園の東南角の広場を使用。陸上競技場隣り広場には、「オリオンビア広場」がある。この二つのイベント広場をつなぐ沿道には、企業&個人店の「屋台」が連なっている。


▲<子供たちは、「浴衣」で来ている。なぜか、RBC王国広場に「ラーメン店」が7店舗あり。一食600円(6ペロ)>


▲<王国内の飲食は、1セット(10ペロ)ペロ通貨を使用。10ペロに一つコースターが貰え、3コースターで「ガラポン抽選」が一回出来る>

家族連れが多く、子供や学生は浴衣出来ている人も多かった(毎夜、20時から「花火打ち上げ」がある)。

このイベントが終わると、沖縄の夏も終わるのだ。

第43回「那覇大綱挽」

2013年10月15日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<「琉球新報」10月14日朝刊(諸見里真利撮影)より>

10月13日、那覇市国道58号線「久茂地交差点」で、恒例の「那覇大綱挽」が行われた。

東西200m、重さ43t(ギネス世界一)の「大綱挽」が、約27万7000人の観客の中で行われた。

綱挽の前、ゆいレール「牧志駅」付近にある「壷屋小学校」から出た、那覇市各地区の「旗頭」が、行列で国際通りを練り歩き、「那覇大綱挽」を盛り上げた。

当日だけ、国道58号線のセンターライン(コンクリートブロック)を散り除く。

綱を引く人は、大綱から出ている「引き綱」を引っ張る。

「ハーイヤ」の掛け声で、制限時間一杯(30分間)引き合う(引き綱は終わったら切ってくれて持ち帰れる)。

今年は、東(アガリ)が判定の結果、2.5mの差で勝った(対戦成績は、13勝13敗14引き分け)。

米軍関係者の参加が年々多くなっている「那覇大綱挽」だが、国内の観光客には、あまり知れ渡っていないのが残念だ。

是非、一度は参加していい思い出にして貰いたい「那覇三大祭」です(当然、観光客も、参加して挽く事が出来る祭りです)。

きまぐれ餃子屋 その(3)

2013年10月12日 13時00分00秒 | 沖縄の生活

▲<「専用の餃子焼器」で焼くと水だけで綺麗に焼ける>

10月11日の金曜の夜、久茂地の「たかちゃん」の家で久し振りに「きまぐれ餃子屋」を行った。
前回は、「専用の餃子焼器」が使えず、しかも簡易コンロを使い、鉄製のフライパンで上手く焼けず消化不良だった。


▲<家主でもあり、私の餃子コーナーを手造りしてくれた「たかちゃん」でーす>


▲<「レンジフード」は、「ステンレスの大ボール」製です>

今回は、火力はプロパンだったが、「専用の餃子焼器」が使えて満足だった。



「餡」は、約200個分造って行ったが、参加者にギックリ腰の人が出たり、遅く来たりで身内で最初の50個くらいを食べる。

途中から、「たかちゃん」の甥っ子が東京から帰郷し、手製の餃子を作ってくれた。彼は、東京・銀座の「鰻屋」の職人をしており、後で「焼き鳥」も造ってくれたが、腕は本格的だった。









最後に「格闘家」も来たが、我々は、ゆいレールに乗り、22時頃に帰った。

瀬長亀次郎その(2)

2013年10月10日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<豊見城市我那覇住宅街の垣根にぶら下がっていた「ナーベラー(へちま)」>

10月9日、朝から素晴らしい天気。歩いてトレーニングに行く前に「瀬長亀次郎」の墓を観に行く事にした。

9月27日の午後、瀬長亀次郎資料館の「不屈館」へ行った。その日の朝、偶然に「琉球新報」の文化面に、沖縄の先人シリーズに「亀次郎」さんが、採り上げられ「墓所」が、我が家から徒歩10分くらいの豊見城市字我那覇にあると知った次第(10月5日が十三回忌でした)。

県道68号線を「名嘉地交差点」から入って、隣の「我那覇地区」を目指すが、思い込みで、山手を目指したが探せず「我那覇地区」内をさまよう。


▲<「名嘉地交差点」から少し入ったところにある「村シーサー」ユーモラスな顔が可愛い>

中心街に降り、そこにあった「我那覇公民館」で聞こうとしたら、二階で子供達の声はするのだが、入口が閉めてあり聞く事が出来ない。

街中には、誰も歩いておらず、30度を超える晴天下で、汗が溢れるように出て来る・・・。

丁度、ご婦人が自宅に戻って来たので、捕まえて聞くが解らないとの事。そしたら、隣の家に行き、地区の長老を呼び出して聞いてくれた。

「墓所」の場所が大体、解ったので一人で行きかけたら、ご婦人が最後まで案内してくれた。ご婦人も「墓所」は、知らなかったので、一緒にお参りをしてから別れた(感謝)。


▲<住宅街が終わった畑の境界にある「瀬長亀次郎墓所」>


▲<「瀬長亀次郎墓所」の遠景、左隅に、最後まで案内してくれた婦人が写っている>

台風一過、晴天のもと映画三昧。

2013年10月09日 00時05分00秒 | 沖縄の生活

▲<ニール・ブロンカム監督のSF大作「エリジウム」>

台風24号が、九州方面へ去った10月8日。台風一過の朝から晴天。

幸いに、24号が「沖縄本島北部」と「奄美大島」の間を抜けたので、本島南部にある那覇市内はほとんど影響を受けなかった。

午後から「おもろまち」のシネQへ映画を観に行く。

一本目は、「エリジウム」。
「第9地区」の監督の最新作品で、2154年のロスを舞台に、地球近くの宇宙に浮かぶ「宇宙ステーション:エリジウム」に住む人類と、地球に住む人類に分かれて生きている。「エリジウム」に住む人類は、死の恐怖もなく永遠の命が手に入る「理想郷」。

一方、地球上に住む人類は、貧困と病気が蔓延する過酷な生活環境で、エリジウムの住民に管理された生活をしている。

「第9地区」(アカデミー賞4部門ノミネート)で、デビューしたニール・ブロンカム監督が、ハリウッドのアカデミー賞受賞俳優マット・デイモンと、ジョディ・フォスターを使って、パワーアップした作品を制作したので見ない訳にはいかない。

地球の工場で働く、マット・デイモンが、事故で大量の照射線を浴び余命5日となる。永遠の命を得るために「エリジウム」を目指す。「エリジウム」には、国防責任者のジョデイ・フォスター(悪役)が待ち構える・・・。

2154年の時代背景はともかく、未来社会をビックスケール映像で観る事が出来る大作だった。

もう一作品は、「あまちやん」で楽しませてくれた。宮藤官九郎の脚本で、阿部サダヲ主演の「謝罪の王様」。


▲<シリアスな謝罪というテーマにチャレンジした「宮藤官九郎」最新作品>

謝罪というテーマで、6つのオブニバス作品が繋がって行く。いつもの通り阿部サダヲがテンションの高い演技でグイグイ引っ張る。多彩な役者が飽きさせない演技でラストまで一気に持って行く。

東京謝罪センター所長の阿部サダヲが、依頼者にアドバイスする謝罪の心得&教訓は、本物のノウハウ集でもある。
しかし、エンディングの踊りは、私には長過ぎでした。

沖縄は、台風23号&24号襲来中。

2013年10月07日 12時00分00秒 | 沖縄の生活

▲<地元紙「琉球新報」の一面、左下に「24号明日本島、大東島接近」の文字が・・・>

沖縄は今、先週末から台風が2つ襲来中。

10月4日の夕方、23号の風が強くなる中、飲み会があり「桜坂」に出た。2軒はしごして23時頃「ゆいレール」で帰る(ゆいレールは、最終まで運行していた)。「赤嶺駅」を降りたところで、突風に吹かれ傘が逆さまに拡がり、その後の風で完全に骨が折れて使えなくなった(幸い雨は少なかった)。

翌日の土曜日は、朝から強風で飛行機や船は全便運休。昼も、外に出られず一日中テレビを見て過ごす。

日曜の朝刊に、沖縄県下で停電が1万戸を超えたと報じていた。特に宮古島が酷かったようだ。


▲<琉球新報の社会面、左下には「観光客がっかり」の見出しがあり>

7日の月曜日は朝から晴天。朝8時から顧問先で「新人向け研修」があったので出勤した。しかし、台風24号が近づいていて、11時くらいから公共交通機関もストップになるようなので、会社は閉鎖して従業員を帰宅させるようだ。

24号は、スピードが速く21時頃に沖縄本島の北部を通過して奄美大島方面に抜けるようだ。午前中、まだ那覇空港に飛行機は到着しているが・・・。

夕方の、別の顧問先企業の会議もなくなり、23号よりも大型の24号台風を、心して自宅で待機中・・・。

「ゆたかはじめ」新刊本記念講演会

2013年10月03日 10時30分00秒 | 沖縄の生活

▲<9月23日の午後、那覇市「ジュン堂」でゆたかはじめさんの新刊記念講演会が行われた>

新刊本名は、「沖縄の鉄道と旅をする」。著者も話していたが、鉄道マニアの本は数多くあるが、一般の人が読んでも楽しめる内容になっている。テーマは、副題にも書かれている沖縄県における「ケイビン・ゆいレール・LRT」です。

「ケイビン」とは戦前の沖縄県で実際にあった「軽便鉄道」の事で、県民の足として生活に根付いていたが、戦後アメリカ軍の統制下のもとで復活しなかった幻の鉄道。

「ゆいレール」は、2003年開業し、「那覇空港~首里」まで観光客と市民を運ぶモノレール。

「LRT」は、ゆたかはじめさんが、沖縄で提唱している現代版路面電車「ライトレールトランジット」の事。ヨーロッパでは「トラム」と呼ばれ、エコ的な市民の足として大活躍中の交通手段(日本でも、富山市や鹿児島市などで活躍して、お年寄りや子育て世代に優しい乗り物です)。

沖縄という島には、アメリカの統制下のもと戦後一貫して「車社会」を優先してきた。ゆえに、最近では観光客向けの「レンタカー」を含めて、車過剰社会になっている(排気ガス、車道の不法駐車、交通渋滞)。

そこで、以前から「ゆたか」さんは、沖縄を脱車依存社会の「エコアイランドにしよう!」と、提言をし続けている。



地元メディアや講演会で、「現代版軽便鉄道」の「LRT」の理解と活用を説いている。「LRT」を活用するアイディアとして、沖縄県下に「幹線」「準幹線」「環状線」に分け、「幹線」の「那覇~南風原~与那原」線は、「生活路線」。「糸満~北谷~名護」線は、「観光路線」。「那覇~浦添~沖縄~うるま」線は、通勤路線。に色分けをしている。路面電車とはいえ、「LRT」は、最高時速80㎞位で走るので郊外では時間短縮を図る事も可能。


▲<表紙の絵は、「那覇市役所」の前を「国際通り」に向かってさっそうと走る「LRT」>

50年後の沖縄を考えるには、良いアイディアがたくさん入った本になっている。