晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

大唐内のこと(31) 1/25

2011-01-26 | 歴史・民俗

2011.1.25(火)雪、曇

 「有安の藤元家の中で井戸掘りを生業としていた方はありませんか?」
 「そんな人はいなかったと思うがなあ」
 「上林で井戸掘りをしていた家や業者はどこでしたか?」
 「福知山の業者にしてもろてた様に思うけど」
老富で聞き取りをしていた際のやりとりである。有安の藤元家が井戸掘りをしておられたら、「藤」姓の井戸掘り業者説はぴたりと来るんだが、中々そうはいかない。
 鉱山や採鉱に携わる人びとの技術と井戸掘りの技術が共通するというのは理解が出来るし、特にどちらも水脈に大いに関係するというのも納得できる。だた、藤=淵で水の精霊を象徴するというのはどうも理解しがたい。例えば植物の藤蔓が水脈に沿って成長するとか、水脈のある方に伸びていくとかということが云われていれば一理あるということになるのだが、調べてみてもそういう説は見あたらない。植物の習性として根と枝は同一方向に伸張するようだし、根は水を求めて伸びるようだから、藤の蔓と水脈の方向は一致しても良さそうだと考える。自分で実験をするしか実証のしようはないようだ。
 ここで草壁の土井さんが井戸掘りの機械を持っておられ、頼まれれば井戸掘りをされていたことを思い出す。廃業された業者の機械と技術を譲って貰ったという風に聞いていた。どこどこは金気が多くて掘っても駄目なんてことをよく耳にしていたものだ。奥さんがいらしたときに、どこの業者から譲って貰ったのか確認したら、福知山の業者と云うことだった。Img_3086

土井さん宅から頭巾山方面を望む。亡くなられて丁度一年だ。


上林のように大きな地域に井戸掘りをしていた業者、家は必ずあると思う。機械を使う時代には綾部や福知山に依存していたかもしれないが、それ以前の人力と職人の技術に頼っていた時代には、地区内に一業者ぐらいはあったものと予想する。それを探し出すことが、歴史の解明にすぐつながるというものでもないのだが、探究、研究というのはそういうものだろう。
 少し本題と離れるかもしれないが、私の故郷三和町川合の井戸掘り職人について母から聞いたことがあるので書き留めておこう。つづく

【作業日誌 1/25】
ガーデンシェッド北側化粧板張り
杉板カンナがけ
二階物干し作製Img_2233

冬は部屋乾しだからね。この場所はストーブの熱気が一番当たるところ。


 今日のじょん:かみさんが腰痛で伏せっており、じょんのいる部屋で寝てるもんだから凄い心配そうな顔をしている。本当に解っているのかどうか知らないけど、人の気配を敏感に感じ取るのは犬が最高なんだって、、、。 

 

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