夏季がくる前に種子をつくり,暑さをこの姿で乗り切ろうとする植物は,暑さに滅法弱いといえます。暑い時期は休眠状態になっていて,やがて日照時間の変化と涼しさを感じてゆっくり眠りから覚めます。そうして,冬を越してすこしずつ暖かくなるにつれて,休眠がはっきり破れます。この,寒さ体験から暖かさ体験への一連の経過が,休眠打破には欠かせません。
この理屈に沿って,種子を一定期間冷蔵庫にいれて低温に馴染ませます。チューリップの種子を数週間低温下に置いておきました。この期間は長いほど効果が上がるといわれています。冷蔵庫から取り出し,それを播種培土に載せました。
この状態で,種子は,寒さの後暖かさを感じることになります。つまり,擬似冬体験をさせた後,擬似春体験をさせるという筋道なのです。
数日後,発芽が始まりました。種子は,わたしの作戦にまんまとはまったのです。
種皮が落ちると,スルッと伸びた子葉がいかにも「わたしはチューリップですよ」と言いたげです。子葉が一枚で,単子葉植物であることが一目瞭然です。
しばらく世話を続け,掘り上げました。すると,小さな小さな球根が形成されていたのです。マッチ棒の先ぐらいのものが! これには,たいへん感動したことを覚えています。この球根を,毎年栽培していくと,すこしずつ大きく膨らんでいきます。5,6年して初めて花が開くのです。チューリップの野生種はそうした生態を今もなお繰り返しているはずです。わたしは発芽を試みただけですが,チューリップの種子について考える機会が得られたことをほんとうにうれしく感じました。
我が国でチューリップ王国といえば,富山県が浮かんできます。そこでの品種改良の話にふれると,ジャガイモと同じようにまことに地味な作業が続けられていることが理解でき,こころが動かされます。
5,6年後に開花して,その花を見て優良品種を選抜します。選抜された品種を市場に出荷するには,球根の数を一定数にまで殖やさなくてはなりません。そのための年数が15年程度かかります。ということは,一つの品種が誕生するには,種子を植えてから20年もの年月を掛けなくてはならないということなのです。
チューリップの繁殖が球根と種子によること,種子は花後にできること,チューリップは種子植物であること,そうした事実は,子どもに科学の目を育てる刺激になります。「花と実」という学習の範疇にとどまらず,「科学的な見方・考え方」と鍛える際の材料になります。
チューリップの花は何のために咲くのか。種はどこにできるのか。球根が種なのか。種を蒔くと発芽するのか。なぜ球根を植えるのか。
見慣れている,見慣れてきた花壇のチューリップが,じつは,思いがけない側面をもった花であることが見え始めます。しかし,どう考えようと,花が咲くものはやっぱり種子植物なのです。花の咲いていたその後に,まさに種子ができるしくみを備えているのが種子植物なのです。チューリップは,子らが感動を持って,そうした生物的事実を学べる可能性を秘めているわけです。