その5。チューリップの実生実験のことで。
この花は春の花壇を彩る代表的な園芸植物です。「咲いた 咲いた チューリップの花が……」ということばで始まる童謡『チューリップ』は,どの世代にも歌い継がれています。このことだけでも,「なんと愛着の湧く,国民的な花なのだろう」という感じがします。チューリップは花壇の花としてわたしたちのこころにすっかり溶け込んでいます。
学校では小学校一年生が学習の一環として一人一鉢栽培する例が今もたくさん見られます。一昔前は,どの学校でも同じ風景が見られたのではないでしょうか。チューリップの気持ちを察すると,人間との付き合いを光栄に思っていることでしょう。美しさを極限にまで引き出した人間の技に感謝しているかもしれません。
さて,チューリップは,球根で殖やす植物でありながら,なかなかおもしろい素材としての側面をもっています。大きな花弁・顎に包まれて,はっきり確認できる大きめの蕊が収まっています。蕊があれば基本的には結実すると考えてよいでしょう。しかしながら,種子ができるとはほとんど意識することがないふしぎな植物でもあります。
なぜなら,開花して花が萎れる頃になると,たいてい花を摘んでしまうからです。摘んで捨てます。理由は,そのまま放置すると光合成によって葉でつくられる養分が新しい球根を肥らせる方に使われず,子房を大きくする方に回るからなのです。球根を少しでも肥らせるには,開花後,できるだけ早く摘み取って養分が無駄に使われないようにする必要があります。球根の産地では,蕾の段階で惜しげもなく摘み取っています。
チューリップは園芸植物なので,毎年,前年に育った球根を植えて栽培します。繰り返し,球根を植えて同一種を維持し続けます。丈夫な球根ができて植え付け,それが冬を越せばたった一年で立派な花を付けます。というわけで充実した球根,つまり“種”球根を確保するには,人為的に子房を摘み取る作業を行わなくてはなりません。
では,これに逆らって次のようにするとどうなるでしょう。チューリップだって品種改良は人工授粉を媒介にして種子を得ることを原則にしていますから,花の摘み取りをしないままにしておくのです。場合によっては,自分の手で異品種の花粉をメシベの先(柱頭)に付けるといいでしょう。自然に任せておいても,それなりの受粉率が得られます。もちろん,訪花昆虫のお蔭なのですが。
受粉がうまくいけば,やがて子房が膨らみます。うんと膨らみます。これが実であり,別名莢(さや)と呼ばれているものです。熟してくると,茶色くなって縦に裂け始めます。中は部屋に分かれていて,種子が行儀よく重なるようにして詰まっています。一つひとつの種子は扁平なかたちをしています。肉眼で見ると,中央に胚がくっきり確認できます。
こうした話は子どもの好奇心を引き付けます。実物がなければ画像を見せるだけでも効果があります。そうして,「チューリップは球根で殖える」という当たり前の事実を問い直し,植物の繁殖なり再生力なりについて深く考え直すきっかけを与えるのです。それは常識を覆すネタと表現してもいいでしょう。
わたしは,大きく膨らんだ実を探して回った経験,プランターや花壇で実を大きく育てた経験が何度となくあります。一つの実に詰まった種子は同じ遺伝子ですが,同一株でできる球根のそれとは異なっています。つまり,交配種,まだ花を見ぬ新品種ということになります。
ところで,この種子をいつ植えるか,です。ふつうなら,初春です。暑い夏は休眠状態なので,播種しても発芽しません。これを強制的に発芽させれば,その年の内に発芽の有無だけは確認できます。
というわけで,わたしはジャガイモの場合と同じように冷蔵庫作戦を行いました。種子を冷蔵庫に一定期間入れて“冬”を経験させ,無理に目覚めさせるのです。