針外し/爺さんの独り言。役にたたない情報ばかり。

自作のスピナーベイトで今日もバスを釣るぞ!。人はそれを「G」と呼ぶ。爺さんの「G(ジー)」の意味だった。ガクン!。

またまた、荘子です。(2)

2020-11-03 07:36:48 | 漢詩・古典・エトセトラ

もうちょっと続きます。

[朝三暮四]

あるサル使いの親方が栃の実を与えようとして『朝は三つ、夜四つにするぞ』と言うと、サルたちはみな怒った。そこで親方が『それでは朝四つにして、夜三つにしよう』と言うとサルはみな喜んだ」という寓話を載せ、続けて

「合計七つであることに違いはないのに、喜怒の感情が左右した。それはサルたちが朝四つ、夜3つが正しいという自分たちの価値基準に縛られているからだ」と言っています。

余 地】という言葉は『荘子』という哲学書・思想書に出てきます。荘子は後代、道家の祖となりました。道家は「不老長寿」を追い求めたことでも有名です。『荘子』に出てくる「養生」という考え方もこの「不老長寿」と結びついたかもしれません。

この話は『荘子』の初めの方・「内篇」に出てきます。やや長い話なので現代語訳のみ紹介します。料理で使う包丁の語源になった話です。

料理人のなる男が、文恵君(魏の恵王)(こいつは物凄い淫乱で残虐だったと言われています)のために牛の解体をしました。丁の手が触れるところ、肩が寄るところ、足が踏むところ、膝を置くところ、気持ちの良い音とともに切りさばかれていきます。その様子はまるで殷王朝の舞曲のようでもあり、尭(ぎょう)(古代の聖なる王)の楽の音の演奏もかくやと思わせるものがありました。

文恵君はこれを見聞きし「いや実に見事なものだ。技とはこういうものか」と感嘆の声をあげました。すると丁は刀を置きこう言いました。

「私が好きなのは技ではなく、その先を行く道です。この仕事を始めた時、何を見ても牛に見えてしまいました。それから三年すると、牛の全体は目に入らなくなり、刀を入れる場所だけが見えるようになりました。今は牛を目で見ることなく、心の中にある不可思議な働きでもって見ております。あらゆる感覚は止まってしまい、この不可思議な働きのみ動いているのです。

私は刀を牛の体の自然な筋目に沿って、肉の隙間、骨の穴に入れるのですが、それは牛の体の自然な造りに合わせているだけなのです。ですから牛をさばくのに難しい場所に刀を入れたことは一度もありません。優れた料理人は一年ごとに刀を取り替えます。肉を切るからです。

並みの料理人は毎月刀を取り替えます。骨をたたくからです。私はこの十九年刀を取り替えたことがありません。さばいた牛は数千頭になりますが、私の刀は研いだばかりのようになっています。

牛の体には肉と骨の間に隙間がありますが、刃物というのは厚みがありません。厚みのない物を使って隙間に入れるのですから、刃を動かしても必ずゆとりがあります。こうした使い方をしていれば十九年経っていようが、刀は研いだばかりのようになっているのです。

そうは言っても解体の難しい場所にくれば、心を引き締め目をそこから離さず、手はゆっくりと動かし、刀の動きも微かなものになります。そうしているうちにまるで土砂が崩れるかのように肉が離れていくのですが、そうなった時私は刀をぶら下げ、あたりを見回しぼんやりとしてしまいます。意識が戻ってくると刀をぬぐってさやにおさめます」

文恵君はこの話を聞き終えると「見事である!お前の話を聞いて私は命を養うすべを会得させてもらった」と言ったということです。

中国の諸子百家の書は万人にも分かり易く逸話話を引用している事が多いね。論語にしろ孟子荘子にしろ、中国大陸は人民の生活が極度の貧困で教育が行き届かない。窃盗、殺人、軍隊による殺戮が絶えなかったのでそれを悟らせるのが目的だった。だから、より読者の心に浸透してくるんですね。

因みに日本はそれを道徳・倫理書として、人生の教本として大事に素直に勉強したので今日のような民度の高い国家となっています。これは世界に誇れる事だと思っていますよ。

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