浜床のふろしき

尾道市因島から日常を記します

面接

2015年01月31日 | 日常
息子の受験がいよいよ近付いて来ました。
最近は公立でも私立でも一般入試以外にも推薦入試があるんですね。

試験内容も5教科の学科試験だけではなく、教科数を減らして面接を実施している学校も多いようです。

自分の高校入試で面接があったら、どんな感じだったのだろうかと考えてみて、きっと事前準備をせずに受け答えして酷い目に遭ったにちがいないなぁと思いました。

息子は学校でも面接の練習をしているらしく、家での練習でイレギュラーな質問をしても自分なりの考えを言葉にして答える事が出来るようになっていました。

僕は仕事柄、面談はするけれど、面接はあまり行なわないので、違和感がありますね。
人と話をする時は相互関係がある方が良いなぁと思うのです。

相手の事を知り、こちらの事も知ってもらう。

話が逸れました。
息子は明日学校から帰ると受験地に向かいます。
親の僕は一緒に行かないけれど、きっと大丈夫なはずです。
少なくとも親子で相互関係は出来ていると思いますから。
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糸と布

2015年01月31日 | 音楽
流れてきた曲の歌詞に素直に耳を傾ける時があります。
何度も聴いたはずの曲なのに、それまでは聞き流していて、
たまたまその時の心の状況によって深く刻み込まれる曲があったりします。

先日、車の中でつるの剛士さんが歌われる「糸」を聴きました。
たくさんの方にカバーされている名曲で、僕はBank Bandで桜井和寿さんが歌っているのを聴いていたので、
てっきり桜井和寿さんの作詞作曲だと思っていたら、中島みゆきさんの曲だったんですね。


なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない

いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない

どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない

なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ

夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ

こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない

縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます


もし僕と誰かが出逢って幸せになったとして、そのことが自分たちだけでなく、
周りの人たちを幸せにできるなら、それは素敵なことだなぁと思わせてくれました。

しばらくの間、僕のフェイバリットソングになりそうです。
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雪の境

2015年01月30日 | 因島


昨夜の天気予報で覚悟はしていましたが、朝起きると家の外は白い雪に覆われていました。

普段は原付きバイクで通勤するのですが、寒冷地仕様では無いため、諦めて車での出勤です。
(今日の僕には走って行くという選択肢はありませんでした)

車に積もった雪はそのままにフロントガラスだけ雪を払い除けて出発です。

降ってくるのは雪というより霙です。
道路も思ったより雪が積もっていないし、杞憂だったかもしれません。

対向車でも雪を載せた車がいるし、そうかと思えば全く雪なんて関係ない車もいます。
車庫がある家は良いなぁと思いながら、トンネルを抜けると、そこは別世界でした。

「雪?それ何?」という感じの景色が広がっていました。

職場でも雪の降り積もった僕の車は話題の的です。
いったい、どこから来たんだと…。

小さな島の小さな山を境に天気は変わるのです。
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図書館

2015年01月29日 | 日常


先日、日曜の午後に少しだけ時間があったので、図書館まで行ってみました。

小学生の頃はマンガで見る偉人伝記などを読むために図書室通いをした覚えがあります。

中学生になると有名どころの小説を読むくらいで、殆ど図書室に寄り付かなくなりました。

高校生の頃は学校の図書室がどこにあったかも覚えていないという有様で、本を借りるという行動をした覚えがありません。

大学生の頃はレポートを書くために図書館に行き、たくさんの本に囲まれる喜びを感じました。

思えば、この頃があったから、今でも文章に触れることが好きなのかもしれません。

もし時間があれば、手当たり次第、読んでみたいですし、読みながら昼寝してみたい気がします。


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ターミナルケア

2015年01月25日 | 福祉
今回はかなり重い話をしてみようと思います。
僕は仕事上、少なくないの人の最期を迎える時間を見てきました。
僕たちはどんなふうに見守り、支えていくことが出来るのでしょうか。


精神科医のE.キューブラー・ロスが死の受容5段階プロセスというのを示しています。

第1段階「否認」
自分が死ぬなんて何かの間違いではないかと事実を強く否定。

第2段階「怒り」
自己の死が否認できないことがわかると、見るもの・聞くもの・手に触れるもの等全てが、怒りや恨みの対象になる。

第3段階「取り引き」
神仏や超自然な力に対して『交換条件』のようなものを提示して、延命のための取引をし始める。
「神に生涯を捧げますので、病気を治してください」
「もし病気を治してくれたら、全財産を寄附します」など。

第4段階「抑うつ」
様々な取り引きを持ちかけるが、思い通りにならないことも多く、十分に安らかになれず、抑うつ的になってくる。「早く死にたい」「悲しい」「もう生きるのは嫌だ」など、悲観的な言葉が出る。

第5段階「受容」
怒りも抑うつもなくなり、自己の運命を冷静に見つめ、天命を待つという心境に至る。

このプロセスは本人を支える家族にも当てはまる気がします。
本人が意思疎通できない状態であれば、家族が判断することもあります。

もちろん、万人が同じような過程を過ごすわけでは無いでしょうが、死を受け容れる心のうちを知ろうとすることは大切なことだと思います。

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カレーライスの日

2015年01月22日 | 日常
1月22日はカレーライスの日だそうです。

調べてみると、1982年のこの日、全国学校栄養士協議会で1月22日の給食のメニューをカレーにすることに決められ、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されたことから、カレーライスの日となったみたいです。

僕もカレーライスは大好きです。
一人暮らしで、まず覚えた料理はカレーの作り方ですからね。
大学生の頃は自分なりに色々と工夫してオリジナルのカレーを作っていました。

今では料理をすることが殆ど無いけど、カレーなら出来るかな?
よし、決めた。
来年の今日は僕がカレーを作ろう。
覚えてたらね…。
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持ち込み禁止

2015年01月21日 | 日常
僕が勤めている介護福祉施設は長期間入所して頂いて生活して頂くため、自宅で使っていた家具などを持ち込んで頂くことがあります。

もちろん施設側でもベッドやタンスなど準備していますが、使い慣れたタンスやソファを持って来られたり、ベッド周りに写真を貼り付けたり、テレビを置いたり、様々な形で生活空間を作ってくれています。

まだ足りないことは沢山ありますが、携帯電話を使われる方も増えていますし、今後も個人の生活スタイルに合わせて持ち込みされる物も変わってくるのでしょう。

ただ、インフルエンザなどの感染症は持ち込み禁止でお願いします。
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立場

2015年01月17日 | 日常


勝者がいれば、敗者がいる。
当たり前のことですが、忘れられがちでもあります。

そんな自分の視点を鋭く指摘されました。

2013年度 新聞広告クリエーティブコンテストで最優秀賞を受賞した広告です。

主観をどこに置くのかによって、その物語の受け取り方は大きく変わります。
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パスタグラタン

2015年01月17日 | 因島


「新しいメニューが出来ましたよ」とお誘いを受けて約一ヶ月、やっとお店に行くことが出来ました。

少し時間のゆとりが無かったため、ゆっくりする事は出来なかったけれど、しっかり温まることが出来ました。

次は時間がある時に息子を連れて行こうと思います。
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20年

2015年01月17日 | 日常
20歳のとき、突然やってきた阪神淡路大震災は僕の価値観をひっくり返してしまいました。

知っている人たちが亡くなり、また命は助かっても住む家も無く途方に暮れてしまうなんて想像すら出来なかったのに…。

僕は直接的な被害は受けなかったものの、テレビで見た街の様子は衝撃的でした。

また少し後に友人を訪ねて神戸に行った時の光景も忘れられません。

あれから20年が経ちましたが、忘れたいけど忘れてはいけないことがあるのだと思います。

今朝の朝日新聞の天声人語に安水稔和さんの詩が載っていました。

「ここにいる人は 一度は泣いている。
あのとき すぐに。
あのあと ずいぶんたって。
このあと いつか不意に。」
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