らんかみち

童話から老話まで

運命の合コン

2008年10月26日 | 童話
昨日の続き 

 初冬のある日、営業から戻ってみるとたこ焼きが待っていた。まだ熱々で今までに食べたことのない美味しさ。二つ三つとほおばってお茶を飲んでいると、貧相な生保おばちゃんがやって来て、デパ地下の行列ができる店のものだという。なるほどそれなら納得だが、生保おばちゃんの差し入れだと気がつくのが遅すぎた。

「私にとってたこ焼きは、単なるジャンクフードじゃないんですよ。あれは息子がまだ保育園の頃でした……」
 おばちゃんは俺の横に来て何やら身の上話めいたものを語り始めた。たこ焼きもこの物語も、当然ながら生保勧誘のプロローグに違いない。俺は身構えたが、すでにたこ焼きは腹に収まってしまっている。いくら生保のおばちゃんが嫌いでも一飯の義理を欠くことはできん。嫌々聞き始めたのだが、この話には引き込まれた。
 
 おばちゃんのによると、旦那は借金を作って飲み屋の女と蒸発したらしい。残されたおばちゃんはパートで勤めながら、当時5歳だった息子を育てていたが、借金の返済に追われて食べるのもままならなかったという。
 ある日のこと、息子が頭が痛いといって保育園を休んだ。熱は無いし顔色も良いので仮病らしい。放ったらかしてパートに出ようとしたら、帰りにたこ焼きを買ってきてほしいという。

 息子の言葉を忘れたわけではなかったが、何も買わずに家に戻った。たこ焼き一船すらぜいたくだったのだ。
 その夜、息子はぐずり、翌日も保育園を休んだ。いくら言葉で説得しても、5歳の子に家計が火の車だと納得させるのは難しい。甘やかすと癖になるだろからと突き放した。が、戻ってみると本当に具合が悪く見える。どうやらその日一日は何も口にしていないらしかった。
 
 どうしてそこまで意地を張るのか問いただすと、たこ焼きは父親が最後に買ってくれたものだという。父恋しさを言葉にするのを、子どもなりに我慢していたのかと思うと不憫で、ありあわせの材料でたこ焼きを焼いた。息子はそれを一口食べて、「すごくおいしい」と涙をこぼした。
 たこの代わりにちくわの切れ端が入っているたこ焼きもどきを、「さいこうのたこやき!」と喜ぶ顔を見て、この子のためなら何だってしてやる。そう決心して生保レディになったのだ、とおばちゃんはいった。
 
 目頭を熱くしていた俺がふと我に帰ると、保険の契約書に印鑑を押していた。おばちゃんの話に打たれたのもあるが、その話の合間合間に「合コン」というキーワードがサブリミナルのように挿入されていたのだ。
 保険に加入した者は、保険会社の主催する合コンに、二度参加する権利を与えられるというのだ。おばちゃんは、駄目押しの一言も忘れなかった。
「一回目は慣れないけど、二回目には皆さん相手が見つかるんですよ」
 つまり俺は人情話にほだされた振りをして、下心丸見えの合コン話に乗ったのだが、ちゃんと言い訳を用意していてくれたとは、生保おばちゃん恐るべしである。

つづく