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■、ノ記 上ノ大作作品展 (2014年11月26日~12月15日、札幌) ―12月7日(その4)

2014年12月13日 21時28分21秒 | 展覧会の紹介-工芸、クラフト
(承前)

 上ノ大作さんは北広島の陶芸家だが、素材に対して変に固執するタイプではなさそうで、木による作品も時おり制作、発表している。

 今回は、昨年の「ハルカヤマ藝術要塞」(すみません、けっきょくアップしてない)の、作品設置場所に倒れていた、けっこう大きな木が素材になっている。



 「オブジェ」と呼ぶべきなのか、なんと言っていいかわからない立体が3点並んでいる。

 枝がからみあい、くっつき合って、複雑きわまりない形状をつくりだす。




 枝が石を抱き込んだまま伸びてしまったところもある。

 断面は、上ノさんが丁寧にみがいて、平らにしている。
 木のわりには、黄色味が強いが、もちろん着彩しているわけではない。

 あらためて、木の種類の違いで、色が異なることに気づく。

 ところで、この3点の「作品」に接して、考えさせられたことがある。

 「つくる」というのは、どういうことだろうか。
 あるいは「作品として提示することの意味」と言い換えてもいい。

 上ノさんは、もちろん、木を掘り出したままそこに並べているわけではない。
 先にも見たように、断面を平滑にするなどの加工をしている。三つの部分に分割したのも、作家の手になるところだ。
 ぼんやり眺めていては気づかないところで、整形の手が施されているに違いない。

 にもかかわらず、自然の生んだ造形を、なるべくそのままのかたちで提示しよう―という作家の意図のようなものが感じられるのだ。

 その態度を「東洋的」という語でくくってしまうのは、かなり安易だと思う。
 また、現代美術の「もの派」の文脈に位置づけるのも、やはり無理があるだろう。

 ただ、上ノさんは陶芸家である。
 窯から器を出してきたら、割れて使い物にならなかったり、予想もしていなかった色が出ていたりといったことは、よくあるのだろう。つまり、自分の意図をすみずみまで完全に貫き通すことを断念しなければ、陶芸なんてことはできやしない。

 木に対する態度にも、土や火に対するそれと共通するものがあるように思われるのだ。


 窓際には、オブジェが4点置かれていた。
 てっぺんに穴があいていたりしたら、花器としても使えそうだが、そのようなことはしていない。


 形状は、ことし2月に帯広市郊外で開かれた「防風林アートプロジェクト」に出品した氷筍によく似ている。
「こういう形、きっと好きなんですよね、自分」
と上ノさんは鷹揚な口ぶりだった。


2014年11月26日(水)~12月15日(月)正午~午後6時、火曜休み
Gallery Retara (札幌市中央区北1西28)


関連記事へのリンク
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・地下鉄東西線「円山公園」駅・円山公園駅バスターミナルから約360メートル、徒歩5分
・ジェイアール北海道バス、中央バス「円山第一鳥居」から約690メートル、徒歩9分
※小樽行き都市間高速バス全便(北大経由除く)と、手稲、銭函方面行きの全便が止まります。



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