くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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アイロン台

2017-10-07 11:09:34 | Weblog
かれこれ10年くらい使っているアイロン台があります。
どこで買ったのか忘れてしまったぐらい何の変哲もない、床に座って使う高さのアイロン台です。
立ち上げる時にうっかり体重をかけてしまった時に、折りたたみ式の脚が少し曲がってしまったこと以外は、特に不自由なく使っております。

アイロンで服についたシワを伸ばしていると、何となく歪んだ世の中を正している気分になれるので、アイロン掛けは結構好きです。
ずっと前にこのブログで紹介したアイロンは既に壊れたので買い換えましたが、アイロン台はこれまで何の疑問もなくただ使ってまいりました。

しかしこのアイロン台の形にふと疑問が湧いてきたのです。
どうして片方の端だけ尖った形になっているのでしょう。
アイロン台と聞いて誰もが想像する形だろうと思います、左官屋さんのコテのような形ですね。

ふと思ったのはアイロンの形に合わせているのでは、という説です。
最近はいろんな形のアイロンが発売されていますが、ひと昔前はアイロンといえば左官ゴテのような形でした。
見た目もお揃いで仲良しのアイロンとアイロン台、今日も元気に愛の共同作業♪
うーん、悪くはないですけど、世の中のアイロン台がみんなこの形になる程の合理性は感じられません。

疑問は解消されないまま、あれこれ試しながらアイロン掛けをすることで、その形の謎に迫っていったわけでございます。
そして先日ついに、もっともらしい理由を思いつきました。

アイロン台の尖った側に、シャツの背中から肩にかけての部分を乗せるとアイロンがかけやすいではありませんか。
シャツのこの部分はいろんなパーツの繋ぎ目が密集していて、アイロンが掛けにくいなと思っていたのですが、なるほどそういうことだったのですね。

この説は私の個人的な思いつきなので正しいかは不明です。
本当の理由を知っている方がこのブログを読んだら、「今頃知ったのかよ!」と呆れるかもしれないですし、「何をトンチンカンなことを…」と笑われるかもしれません。
しかし日常の些細なことに疑問を持ち、自分で考えて答えを見つけることは尊いことなのです、きっと。

などと自分の無知を隠すために強がってみせて、今週はおしまいです。
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開くの?閉じるの?

2017-09-30 18:35:39 | Weblog
お客様のところへ打ち合わせに行きますと、事務所が1階にあるなんてことはほとんどなく、大抵は4階とか5階までエレベーターで上がることになります。

帰りも当然エレベーターで下って行くわけですけれど、こんな私のためにもわざわざエレベーターの前まで見送りに来てくださることが多いのです。
到着して扉が開いたエレベーターに乗り込み、「今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」とお互いに頭を下げます。

問題はここからです。
いや、この前にすでに問題が起きているのです。

エレベーターの行き先ボタンを押して、「閉」ボタンを押すのを忘れて、先に頭を下げてしまうことが少なくありません。
ただでさえ気が張っているのに乗り慣れていないエレベーターです。
順序が混乱してしまうのも無理もない話でございましょう。

深々と下げた頭は、扉が閉まって相手が見えなくなるまで上げないのがマナー。
しかし頭を上げなくてはボタンがどこにあるのか分かりません…!

そんな時はお客様が下を向いてくれているのをこれ幸いと、こっそり頭を上げて素早くボタンを操作。
どうにか事なきを得ている(つもりになっているだけかもしれませんが)わけでございます。

それだけで済むならまだしも、もっと悲惨なパターンもございます。

エレベーターの「閉」と「開」って字面も似ているし位置も近いので紛らわしいですよね。
毎日乗っているエレベーターなら覚えられるでしょうけれど、お客様の会社のエレベーターはそんなに頻繁に乗りませんから、たまに押し間違えてしまうのです。

扉が閉まったと思って頭を上げかけたタイミングで再び開く扉。
お互い「あっ…」という何とも言えない苦笑いを最後に、無慈悲に扉が閉じていくのでございます。

後で笑われているんだろうなと思いながらも、ある意味印象には残ったであろうと、前向きに捉えるのでありました。
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2017-09-24 19:48:04 | Weblog
妻の実家から生の栗をいただきました。
小さめのビニール袋いっぱいの生の栗。
どうやって食べたらいいものかちょっと悩みましたが、結局はスキレットで焼き栗にしていただきました。
ホクホクとしていて大変おいしゅうございました。

もちろん他にも食べ方はたくさんあって、いろいろ試してみたいとは思うのですが、なかなか手間のかかるものばかりで尻込みをしてしまいました。
何より栗の実の一番外側、鬼皮と呼ばれる硬い皮を包丁でむくのが恐ろしいですね。
ツルツルして丸っこくて持ちにくいし、我が家のナマクラ包丁では指が10本では足りなくなることでしょう。

栗といえば、5歳の頃に東京から福島へ引っ越した時に、よく遊んだ栗農家の友達がおりました。
栗林の中に家があり、林のあちらこちらにお父さんが作ったアスレチックがあって、たいそう楽しかったのを覚えています。
日が傾く時間まで林の中を駆け回り、お父さんが作ってくれた竹の弓矢を射ったり、小川で魚を釣ってみたり、田舎ライフを満喫していたのでした。
そうそう、汲み取り式のトイレを使ったのもこの友達の家が初めての体験でしたね。

そんなある日、いつものようにその友達の家に遊びに行ったところ、お父さんが一斗缶で何かを燃やしておりました。
焼き芋でも作っているのかと思って覗いてみると、なんと大量の緑色の毛虫がぎっしり詰まっているではありませんか。
この緑色の毛虫は栗の実を食べる害虫だそうで、どうやって集めてきたのかは知りませんが、こうして燃やして駆除しているのだと聞かされました。

一斗缶の中で炎に焼かれてうごめく毛虫の姿は衝撃的で、今でも脳裏に焼き付いております。
毎年この季節になって栗を食べる機会があるたびに、そんな子供の頃の光景を思い出しているのでございます。
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神様仏様

2017-09-16 22:16:16 | Weblog
近頃は打ち合わせをしに都内へ出かけることが多くなりました。
行き先は知っている街だったり知らない街だったり様々です。
遅刻をしたらお客さんからの信用を失ってしまいますので、余裕を持って出かけることを心がけております。
(ギリギリになって慌てて出ることもありますが…)

そうすると当然のことながら現地で時間が余ってしまいます。
方向音痴な私は最初に打ち合わせ場所を確認し、その後フラフラと街の様子を見ながら歩いて時間を潰すのです。
美味しそうなご飯屋さん、オシャレなバー、珍しい雑貨屋さん、気になる専門店、何をしているのか不思議な会社など、その街その街の風景を見て楽しんでおります。

中でも最近は神社仏閣に気をひかれておりまして、街の隅にある小さな神社から有名な大寺院まで、見かけたらお参りするように心がけております。
その土地の神様に挨拶をしておけば、その後の仕事もきっと上手くいくことでございましょう。
非科学的なことのようですが、不安定な仕事柄ですので「運気」というのもなかなか馬鹿にはできません。

行く先々で様々な神様仏様に手を合わせて、果たして信心深いのか浮気性なのか。
この適当さがいかにも日本人なのでしょうね、きっと。
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ハッカ油

2017-09-09 11:02:02 | Weblog
ある日テレビでドキュメンタリー番組を見ておりました。
探検家だったかカメラマンだったか忘れましたけど、サバイバルの専門家みたいな人がどこか南の国にあるジャングルの奥深くへ足を踏み入れていく内容でした。

ジャングルへ入っていく直前の準備をしている様子も紹介されていたのですが、その人は慣れた手つきで脚や腕にハッカ油というものを塗っているのです。
なんでも虫除けの効果があるらしく、「どんな虫除けスプレーよりもコレが効くんです」と力説しておりました。

私は蚊に好かれる体質なのか、人よりもよく刺されるものですから、これは良い情報を得たと思ったのです。
虫除けスプレーって何が入ってるのかしりませんけれど、うっかり吸い込むとむせ返るような刺激があるので、あまり好きではないのです。
もしも自然由来のハッカ油で済むならそれに越したことはないではありませんか。

さっそくハッカ油についてネット検索したところ、防虫効果以外にも消臭効果や制汗効果などもあるとのこと。
「ハッカ油」というそのままの名前の商品があるようで、この原液を用途に応じた濃度に薄めて使用するのだそうです。

う〜む、これは試してみたい!
そんな衝動に駆られた私はすぐに薬局へと走り、自分の中で噂のハッカ油を手に入れたのでございます。

小さな小瓶に入ったハッカ油。
意外に数百円しましたけれど、一度に大量に使うものではないのでそんなに割高でもないでしょう。
原液の匂いを嗅ぐとかなり強烈で、これは効きそうな気配がムンムンです。

ちょうどお盆にお墓の掃除に行く予定があったものですから、そこで効果の程を試してみることにしました。
ネットに書いてあった分量にハッカ油を薄め、スプレー容器に入れて肌に噴射。
市販の虫除けスプレーとは違い、ハッカの爽やかな香りが広がって良い感じです。

しかし効果の程はというとあまり芳しくはなく、何箇所か蚊に刺されてしまいました。
少し薄め過ぎたのでしょうか。
そういえばテレビで紹介していた時は、スプレーではなく直接肌に塗っていたので単純に量の問題なのか。
残念ながら課題の残る結果となってしまいました。

でも虫除けの効果が薄かったからといって見切りをつけるのは早計というもの。
消臭効果という面では、ハッカ油はかなり優秀なようです。

トイレの後にハッカ油のスプレーを撒くと、悪臭があっという間に消えてしまうではありませんか。
もしかしたら市販の消臭スプレーよりも効果があるかもしれません。
消臭スプレーも頻繁に買っていると代金がバカになりませんから、何度も作れるハッカ油で代用できるとは、良い発見をしたものです。

挙げれば効多々ありますけれど、その他にも様々な効果があるようなので、これからもハッカ油の可能性を試していきたいものでございます。
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トウモロコシ道

2017-09-02 15:38:28 | Weblog
この夏は買ったり頂いたりして、トウモロコシを食べる機会が多かったです。
特に凝ったことはせずに塩茹でにするのがやはり一番美味しいですね。

トウモロコシを食べる時はかぶりつくのが一番手っ取り早いですけれど、食べた後が汚らしくていけません。
芯に食べ残しの実や薄皮が不規則についているのが、いかにも残飯のようで美しくないのです。
紳士たる者やはり一粒一粒むしって食べるのがあるべき道でございましょう。

茹で上がったトウモロコシを半分に折り、断面の方向から丁寧にむしっていきます。
最初の一粒をむしったらその横の一粒をむしり、もう一粒横の実もむしります。
三粒取れたところで今度は縦方向へ順々にむしっていき、三粒分の幅の道を貫通させるのです。
ここまできたら後は簡単、トウモロコシの実は横からの攻撃に弱いので、親指の腹で押せば5、6粒くらい一気に落としていくことができます。

この食べ方で難しいのは三粒分の幅の道を作る段階です。
限られたスペースの中で一粒の実を指で掴んで捻らなければなりません。
あまり力をいれて掴むと実が割れてしまうので、最小限の力で掴んでじっくりと捻るのです。
何となく歯をむしっているような気分にもなってきますがあまり深く考えないようにしています。

しかしいくら慎重にやっても実が取れない場合も多々あるので困ったものです。
鮮度なのか、茹で方なのか、トウモロコシによる必死の抵抗なのか、原因は定かではありません。

そんな時はさっさと見切りをつけてかぶりつきます。
実をむしることに途中で飽きた時もかぶりつきます。
時間に余裕がない時もかぶりつきます。

そんなこんなで結局かぶりついてしまうことが多いわけで、こう見えて意外と短気なのかもしれません。
最後の一粒まで綺麗にむしって食べられるには心と時間の余裕が大切なわけですね。
トウモロコシを綺麗に食べるには正に心・技・体の充実こそが大事なのでございます。

嗚呼遥かなるトウモロコシ道…!
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医者はどこだ

2017-08-26 17:08:06 | Weblog
飼い猫のリンが何となく元気がないものですから、梅雨から夏にかけて何度か病院へ連れて行きました。
近所の病院はイマイチだというので、歩いて40分程のちょっと離れた病院へ。
キャリーバックも含めて4kgくらいでしょうか、夏の炎天下にずっと持って歩くのはなかなか骨の折れることでございます。
バスに乗れれば楽な道のりなのですけれど、年を取ってからは電車や車などの乗り物が苦手になってしまったようで、仕方なく徒歩で行くしかないのです。

もはや車のエンジン音が近くで鳴っているのもストレスに感じるようで、交通量が多い道を歩くとキャリーバックの中で下痢をしてしまい、その臭いを嗅いで今度は嘔吐するというダブルパンチ。
途中途中でキャリーバックから出し、下に敷いたトイレシートを交換、トイレクイックルで汚れを拭き取るという作業を2、3回繰り返します。
こんなことを電車やバスでされてはたまったものではありません。

それでも何とか病院までたどり着ければいい方で、あまりにひどい時は途中で諦めて引き返します。
そんな時は「あの苦労は何だったのだろうか…」と、猫も人間も絶望に打ちのめされ、帰宅後はみんな床に倒れ込んで眠りにつくのです。
あ、倒れこむ前に、妻が汚れたリンを大嫌いなシャワーで洗い、傷心のリンは人間不信になって玄関で丸まったまま一日中帰ってこなくなったりと、とにかく病院へ行くのは一大イベントなのでございます。

何とか騒音など刺激のない道をグーグルマップで探し、本来越える必要のない山を越えて遠回りしてみたり、信号がない道路を横断する際は妻が交差点に立って「待て」「来い」などのジェスチャーを出して、少し離れた物陰でリンを持って待つ私に合図をしたりと、それは涙ぐましい努力を重ねてまいりました。

未遂を含めれば5回くらい病院へ行ったでしょうか。
ここに来るまでの苦労話を獣医さんにも度々していたのですが、ある日いつもと違う先生に診てもらった際に、「それでしたら往診もできますよ」と一言。
「早く言ってよ、それ…!!」私も妻も心の中で絶叫しました。

2000円前後割高になるようですが、病院へ行くのにかかる労力と時間を天秤にかければ迷う余地はありません。
次回からはぜひ往診でよろしくお願い致します。

そして何だかんだありましたがリンは今日も元気です。
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長財布

2017-08-19 13:08:52 | Weblog
男性では珍しいかもしれませんが、私長財布を愛用しております。
お札を折らずにしまうことでお金に対する敬意が生まれてお金持ちになれる、そんな話をネットニュースだったか本で読んだのがきっかけでございました。
結果的にお金持ちになれたかというと、、、結果はまだ先のようです…。
ただ、お金を折らずに綺麗にしまっておけるのは確かに気分がいいのは確かなようです。

こういうお金と財布に関するジンクスのようなものは意外と気になる性格なのか、他にもお札を金額ごとに並べる順序や、お札を入れる向きなども自分の中にルールがあります。
この順序と向きを揃えるという行為が、日常生活で財布を扱う上ではなかなか面倒だったりするのです。

例えばお店で買い物をしてレジでお釣りを受け取る時などです。

受け取ったらスッとスマートに財布にしまいたいので、受け取る手の向きが大事になってきます。
時にはお札を差し出した店員の側に手を回して、親指が下にくる不自然な向きで受け取らざるえない状況もあり、店員から「なんだコイツ…!?」という目で見られることもしばしばです。
私の方でも「ちゃんとした向きで差し出せよ…!」と思いながらも表情には一切出すことはなく、お金を持ち替えたりすることなくクールに長財布にしまうのです。

長財布の欠点といえば持ち歩きに困ることでしょうか。
ズボンのポケットに入れると飛び出てしまって不用心なため、出かける時は必ず何かしら財布を入れるバッグを持ち歩かなくてはなりません。
本当にちょっとした用の場合は小脇に財布を挟み、さながら丸の内のOLのようなスタイルで出かけるのでございます。
長財布を使い始めてからここ何年も手ぶらで出歩いたことがなく、考えてみれば不便な代物ですね。

しかし長財布に慣れてしまうと今更折りたたみの財布に戻ろうという気にはなれません。
不思議なものです。
やはりこの長財布の使いきれていない空き容量の多さが将来お金が入るスペースに見えてきて、庶民にささやかな希望を与えてくれるのでしょうか。
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サイドカット

2017-08-11 18:33:23 | Weblog
先週に引き続き「中学生らしい」髪型について少々。

私が通っていた中学校は、男子生徒は丸刈りと校則で決められておりました。
小学校の卒業式頃から丸刈りに変化する同級生が現れ始め、中学校の入学式までには全員が丸刈りになっているのです。
オシャレに興味を持ち始める年頃なのに、まるで徴兵でもされたかのような仕打ち…。
いま思えばよくも大人しく従っていたものだなと思いますが、「みんながそうしているから」という集団心理は強力なものでございます。

この強制的な丸刈り、当の生徒達はどう思っていたのか。
私や近しい友人などは、校則で決まっているし昔から中学生はそういうものとして育っているので、嫌だけど3年間の我慢だという感覚が強かったように思います。
でも年頃ですから、心底嫌だった生徒も少なくなかっただろうということも、想像に難しくはないでしょう。
生徒会でも度々この校則の撤廃を求める動きがあったように覚えています。

そして転機は訪れたのです。
確か私が2年生だった2学期の終業式だったかと思います。
なんと髪型の自由化が発表されたのです。

この発表に男子生徒はみんな大喜びの大歓声。
それはもう東京がオルンピックの開催地に選ばれたときのような騒ぎでございました。
全校生徒が千人を超えるマンモス校でしたが、みんながこれだけの一体感を感じたことはそうそうなかったと思います。

どういう髪型にしようか、人それぞれに理想のイメージを思い浮かべたことでしょう。
しかし何はともあれ、まずは短く刈り込まれた髪の毛を伸ばさなくてはなりません。
すべての話はそれからです。

丸刈りの状態からそのまま髪の毛を伸ばしていくと、ある時点で限界が訪れます。
全方位に髪の毛が伸びた状態はとてもむさ苦しく、オシャレとはほど遠い印象になります。

そんな丸刈りから長い髪型への過渡期に登場するのが「サイドカット」と呼ばれる髪型でした。
これは前髪と上の毛には手をつけず、横と後ろだけを刈り上げるというスタイルです。

どこまで一般的な髪型なのかわかりませんが、その見た目はザンギリ頭というか、大正時代の書生というか、今見たらとてもオシャレとは言い難いものでしたが、当時は早く髪を伸ばして床屋に行き「サイドカットでお願いします」と口にすることが、男子生徒の当面の目標となっていました。

床屋でサイドカットにしてもらい、暫くして再び髪が伸びてきたらようやく自分の思う髪型へとチャレンジしていけるわけでございます。
ある人は流行りの髪型に挑戦したり、ある人は小学校時代の髪型に回帰していったり、それぞれに「中学生らしい髪型」を模索していったのでございました。

ちなみに私は直毛で剛毛なものですから、サイドカットにしたら石川五右衛門のようでございましたね。
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中学生らしさ

2017-08-05 11:57:04 | Weblog
先週の流れで中学校の思い出話を少々…。

当時私は福島県の田舎にある中学校に通っていました。
そもそも福島県自体が田舎なわけですが、その中では中核都市と言っていいのか、都会でもないし田舎でもない、そんな地域でした。

男子は学ランに学帽、女子はセーラー服。
学校指定の青いナイロン生地のリュックを背負い、サブバックと呼ばれる同じく学校指定の手さげかばんを持つのが基本的な通学スタイルでございます。
制服の胸ポケットには学校名と氏名が印刷されたネームプレートが縫い付けてあり、そんな姿を見た横浜在住の従兄弟に「だせぇ!」と笑われたのを覚えております。

しかし私が住んでいた地域ではそれが「中学生らしい」スタイルだったのです。
そしてこの「中学生らしい」スタイルの最たるものこそ、男子生徒に課された髪型の指定でした。
そう、男子生徒は例外なく丸刈りにしなくてはならなかったのです。
いわゆる坊主頭ですね。

断っておきますが、素行に問題のある生徒が集められた全寮制の学校ではありません。
ごく普通の公立中学校のお話でございます。

手を開いた状態で頭に置いた時に、指と指の間から髪の毛が出るとそれは丸刈りとは認められません。
校則違反となるので早く散髪に行くように先生から命じられます。
従わない場合は「生徒指導室」という部屋に監禁され、首を押さえつけて無理やり丸刈りにされるわけですから、何とも荒っぽい学校でございました。

散髪といっても坊主頭なので、バリカンがあれば家でもできますし、面倒な場合は床屋にいく生徒もいました。
私はほぼ毎回床屋に行っていたと思います。

床屋に行くと、理容師の人も髪型を見れば中学生だとすぐに分かるので、「今日はどんな髪型にしますか?」とは聞いてきません。
「何分刈りにしますか?」と聞いてきます。
「何分(なんぶ)」とは長さのことです。

いまだにこの「何分」の基準はよく分かりません。
んー、でも10分になるともう校則違反を疑われる長さだったと思うので、指の太さを基準にしていたのでしょうか。

おおよその目安は次の通りです。

10分刈り=校則違反
7分刈り=坊主にしてはちょっと長くてオシャレ度高め
5分刈り=ベーシックな坊主
3分刈り=清涼感のある爽やか坊主
1分刈り=何か悪いことをしたのか心配される短さ
5厘刈り=バリカンでできる極限の短さ。懲罰を受けたことが一目でわかる悪者坊主

このように坊主といっても、その長さに応じて様々な意味を表しており、個人のこだわりも反映されてくるわけでございます。
髪は短いけど実に奥が深いですね。

もう少し書きたいことがありますが、長くなってしまったのでこの辺で。
続きはまた来週とさせていただきます。
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