くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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家族ゲーム

2012-09-29 02:35:22 | Weblog
最近友人の建築家からプロジェクターを譲ってもらった。
DVDプレイヤーとスピーカーも一体化されていてコンパクトなタイプだ。
これ一台あれば何ちゃってホームシアターが完成するのだから心が躍る。

思い起こせばまだ会社員だった頃にボーナスでプロジェクターを買ったことがあった。
社員寮の6畳の個室にプロジェクターという組み合わせがいかにもミスマッチで、
何とも言えないバカバカしさが自慢のタネだった。

しかし3年くらい前に生活苦のため手放してしまい、
惜しいことをしてしまったと長い間心残りだったが
他人の力を借りてとはいえまたこうしてプロジェクターのオーナーになることができたのだ。

ちょうど家の和室が空いているのでここをなんちゃってホームシアターにしよう。
スクリーンは持ってないけど幸い壁が白いので壁に映せばよい。
映像が多少粗くなろうがお構いなし。
何と言っても「なんちゃって」だから。

早速近所のレンタルDVD屋に赴きDVDを借りてきた。
記念すべき第一回目の上映は何を見ようかそれなりに迷ったが
松田優作主演の名作「家族ゲーム」を選んでみた。

一体どれだけの人がこの映画を知っているかは知らないが
どこのレンタルDVD屋に行ってもたいていは置いてあるので
上映から長い月日を経ても一定の評価を保っているのだろう。

私が物心つく前に撮られた映画だけあって、
小道具やらセリフの言い回しやら衣装やら何かにつけて古くさい。
でもそんなことはものともしないパンチの効いたシュールな展開が堪らないのだ。

夜な夜な臭いチーズをアテにしてビールを飲みつつ何ちゃってホームシアター。
しょぼいのか贅沢なのか分からないがまた一つ自宅が快適になったことは間違いない。

いやぁ、映画って本当にいいものですね~。
それでは皆さん、サイナラ、サイナラ、サイナラ。

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のど飴

2012-09-21 12:11:22 | Weblog
日頃の不摂生が祟ったのか、夏の疲れが出たのか、あるいは現代社会のストレスか、
先週この夏二度目の風邪を引きました。
幸い発熱にまで至たることはありませんでしたが喉の痛みと咳に随分と苦しめられたものです

子どもの頃に確か亡き祖父から聞いたと思うのですが、
世の中には「薬はギリギリまで飲むな」という説があります。
日頃から些細なことで薬を常用していると体が薬に慣れてしまい、
いざという時に薬が効きにくくなるので、
薬の服用はできるだけ我慢した方が良いというものです。
人間には元々持って生まれた治癒力がありますしね。

さらに最近ではこんな説もよく聞きます。
「うがいには科学的根拠がない」

風邪の予防には手洗い&うがい。
喉が痛くなったらうがい。
子どもの頃からそう言われ続けてきたわけですが、
喉の粘膜から菌が侵入する速度はうがいの頻度より早いからなのだとか。
もっとも目には見えない世界なので事の真相はわかりませんが。

薬を飲むほどギリギリな状態でもない。
うがいには何の根拠もない。
ひねくれているようで人の言うことに流されやすい私は、
一体この風邪、特に喉の痛みにどう対抗したらよいのだろう。

悩んだ揚げ句に出した答えが「のど飴」でした。
のど飴といっても甘ったるい飴を舐め続けていると気分が悪くなりそうですから、
はじめのうちは竜角散を主に舐めておりました。

しかし思ったより風邪が長引くに連れてその間舐め続けた竜角散の味に嫌気がさし、
さらにはその効能にも疑いの目を向け始めた私は、
薬用何タラというのど飴たちに手を伸ばし始めました。

「薬用」とは何なのか、薬とは何が違うのか。
ギリギリまで薬を飲むな理論には反していないかはかなりのグレーゾーンでしたが
意外と後味サッパリで美味しかったので思わず服用限度を超えてペロペロ舐めてしまいました。

その他にも寝る時にマスクをしたり、濡れタオルを首に巻いたりした結果、
ようやく喉の痛みが取れ風邪も快方に向かっていきました。

いったいどの対策が最も効果的だったのか、今となっては誰にもわかりません。
もはや神のみぞ知る領域でございます。
でもやはり薬用のどあ…、
あ、いやいや、持って生まれた治癒力でしょうね、えぇ。
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新・コロンブスの卵

2012-09-14 01:40:34 | Weblog
コロンブスがアメリカを発見して帰った時、イスパニヤ人の喜んだことは非常なものでした。
一日祝賀会の席上で、人々がかはるがはる立つて、コロンブスの成功を祝しますと、
一人の男が「大洋を西へ西へと航海して、陸地に出あったのが、それ程の手がらだらうか」といつて冷笑しました。
之を聞いたコロンブスは、つと立つて、食卓の上の「うで卵」(ゆで卵)を取り、
「諸君、こころみに此の卵を卓上に立ててごらんなさい」といひました。
人々は何の為にこんなことをいひ出したのかと思ひながら、やつて見ましたが、もとより立たうはずはございません。
此の時コロンブスは、こつんと卵のはしを食卓にうちつけ、何の苦もなく立てて申しました。
「諸君、これも人のした後では、何のざうさもない事でございませう」

有名なコロンブスの卵の一説ですが、
要するに誰でも出来る事でも最初に実行するのは至難であり、
柔軟な発想力が必要ということです。

そんな本来の意味は置いておきまして、
いかにして卵を立てるかというのは決して無視できない難題でございましょう。

料理で卵を使う時、
一つだけなら冷蔵庫から取り出してすぐに割れば済むことですが、
これが二つ使うとなった場合は一個目の卵を割っている間にもう一個の卵はどこに置けばよいのかということになってきてしまいます。

元より卵はその形状ゆえに転がっても一定の範囲を周回するので、どこか途方もない場所へ転がってはいきません。
でも我が家の狭い調理台の上では周回する前に床に落ちてしまいます。
実際に落としてしまったことはありませんけれど、
何とかスマートに卵を待機させておきたいものでございます。

きっと器やボウルに入れておけばいいだろうと思うことでしょう。
しかしどうでもいい所で細かい私としては器の中で転がる卵がどうしても気になるのです。
そもそもの目的は卵が転がらないようにすることなのですから。
ボウルの中ででコロコロ転がる音が何か耳に障りますし。

しかしそうこう考えているうちにいつの間にか私は卵を立てる方法を見つけました。
そうです、まな板に空いている穴に卵のお尻をはめ込むのです。
もちろん別に頭をはめ込んでも構いません。
要は転がらなくなればよいのです。
それに余計な洗い物も増えないし見た目もスマートですよね。

え、そんなこと誰にだってできるだろ!って?
いやいや誰でも出来る事でも最初に実行するのは至難であり、
柔軟な発想力が必要ということなんですよ。
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悪いぶどう

2012-09-07 01:10:16 | Weblog
毎年この時期になる話題にしている気もするが、
山梨でぶどう農家を営んでいる本家から立派なぶどうが送られてきた。
いや私の所に直接送られてきたわけではなくて、
正確には私の実家に送られてきたものをお裾分けしてもらったのだ。

私の家から実家まではだいたい1時間程度。
同じ横浜市内なのに随分と時間がかかるがお互い駅から離れた場所に住んでいるので仕方ない。
最寄り駅で母と待ち合わせてお昼を食べ、ぶどうを受け取った。

房のまま新聞紙にくるまれたままのぶどうが1房と
切り取られた実が詰められたタッパーが1箱。
今年は雨が少なくて生育がいまいち良くなかったらしいが
それでもスーパーの青果コーナーには並んでいない立派なぶどうだ。

タッパーに詰められたぶどうと、房のままのぶどう。
「こっちを先に食べた方がいいわよ」と母が言っていた気がするが
お昼ご飯を食べながらだったので右から左に聞き流していた。

さて、どっちを先に食べるのだったか。

自分なりに考えた結果、タッパーに詰められた方から食べ始めた。
命の源っぽい房から切り離された実の方が早く痛みそうな気がしたからだ。
人の眼球くらいありそうな大きくて瑞々しい実。
種もないので食べやすく、とにかく甘い。
量も多いので毎食後にホクホクしながらいただいた。

数日後に再び母と会う機会があり、
「ぶどう食べてる?」
「うん」
「ちゃんと房の方から食べてる?」
「え?」

おやおや、正解は房付きの方から食べるのだったか。

理屈はこうだ。
房のままのぶどうには悪い実がひそんでいる。
悪い実とは要するに痛んでカビが生えている実のことだ。
悪い実は回りの良い実を誘惑してダークサイドに引き寄せてしまうから、
完全にフォースの暗黒面に染まってしまう前に食べてしまわなければならない。

逆にタッパーに詰められた実はいわば選抜されたエリートで
ちょっとくらい放っておいても大丈夫なのだ。
だからぶどうを長持ちさせたいと願うなら良い実を選抜してタッパーに囲い込むと良い。
その際の注意点は実だけ取らないでヘソの緒を少し残して切り取ることらしい。

それにしても一粒の悪い実のせいでクラス全体がダメになっていくなんて、
某学校ドラマの「腐ったみかんの方程式」みたいな話だ、
と房に残った実を切り取りながらフと思ってみたりした。

ドラマの結末は忘れてしまったが多分悪い実も見捨てずにハッピーエンドだったのだろうか。
一方で私は悪い実を見つけては容赦なく無慈悲に捨てた。

現実はドラマのようにはいかないのだ。
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