くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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オイルヒーター

2007-11-24 12:14:29 | Weblog
先々週のある日を境に世の中は急に寒くなった。
朝自転車に乗って会社へ行く時は手袋が手放せなくなり、
吐く息が白く見えることもたまにある。
カレンダーを見ると、早いものでもうすぐ12月であることに気づき、
世の中の寒さに納得がいく。
いくら異常気象とはいえ、今年はもう暖かくなることはないだろと思い、
休日を利用して冬支度をすることにした。

冬支度といってもごく簡単なことで、
夏の間引き出しに入っていた半袖の衣類を衣装ケースにしまい、
夏の間衣装ケースに入っていた長袖やニットの衣類を引き出しにしまう。
そして押し入れの奥からオイルヒーターを引きずり出して、
所定の位置に置いて、電源をつないで完了となる。

オイルヒーターは寒い季節には欠かせない大切な相棒である。
部屋には備え付けのエアコンがあるのだが、
一度オイルヒーターの良さを知ってしまったらもう手放せない。
エアコンやファンヒーターのように
風が出ないので埃を巻き上げることもないし、
空気を汚すこともなく、部屋が乾燥することもない。
石油ストーブのように臭いもなく、火事や火傷の危険性も格段に低い。
欠点をあげれば、電気代が結構かかることと、
部屋全体が暖かくなるまでに時間がかかるといったことだろうか。
だが私にとってはそんな欠点はあまり気にならず、
むしろ利点の方がはるかに強い。

写真のオイルヒーターが私の愛用品である。
ドイツのDBKというメーカーの製品で、
飾り気のないちょっとレトロな佇まいに惚れた。
今から5年前、当時新入社員だった私は、
エアコンの風情のなさと部屋の空気の乾燥が嫌で、
より快適な冬のインドアライフを求め、
インターネットの書き込みなどを参考にしたりして、
オイルヒーターという暖房機器に辿り着いた。

普通の電器屋ではオイルヒーターのようなマイナーな暖房機器の品揃えはあまりない。
たとえ品揃えがあっても、余計な機能が満載だったり、
かっこいい風のデザインが気に入らなかった。
安い買い物ではないので実際に店頭で物を見てから購入したかったが、
結局はインターネットの通販で見つけた
DBKのオイルヒーターを返品覚悟で購入することにした。

使い始めたころはその暖まりの遅さに戸惑ったが、今はもう慣れた。
電源を入れると奥の方で、カチカチ、ピキピキと
かすかに動作音がするだけで目に見える変化はないものの、
30分もしてから部屋の外に出ると、
オイルヒーターのある部屋がいかに暖かかったかということに気づく。
普段は意識しないが、フトした瞬間に気づくそんな父親的な暖かさが頼もしい。
キャスター付きで好きな所へ手軽に移動できるのも便利。

おでん、熱燗、鍋料理、シチュー・・・、
密閉された冬の室内は楽しいこと(食べ物ばかりだけど)が満載で、
インドア派の人間にとってそこは楽園といえる。
外にはほとんど出ない季節だから
室内にはできるだけ気に入った物を置いておきたいと思う北欧的発想。
今年も冬の室内生活を存分に楽しみたいと思う。
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さつまいもとレモン

2007-11-17 20:38:39 | Weblog
秋も深まり、スーパーに並ぶ食材も少しずつ変わってくる。
葉っぱや果実っぽい野菜が減り、根菜が表舞台に上がってきた。
大根、人参、里いも、ジャガイモなど数ある根菜の中でも、
私はさつまいもをカゴに入れることが多い。
特別大好きというわけでもないのだが、なんとなく波長が合う。

私に買われたさつまいもはすぐに調理されることは稀で、
大抵2~3日、長い時は1週間くらい放置され、
気が向いた時にレモン煮にされる運命をたどる。
さつまいもはちょっとしたおかずやおやつに便利な食材で、
焼き芋やふかし芋といったもっと簡単な調理もあるのだが、
私の家に来るとなぜかことごとくレモンと一緒に煮られてしまうのである。
さつまいもはレモンと煮られる為に買われ、
レモンはさつまいもと煮られるためだけにしか
買われないといっても過言ではない。
さつまいもとレモンがお互いのことをどう思っているかなどは関係ない。
それは生まれる前から決まっている旧華族の許嫁のようなものだ。

私はなぜこれほどさつまいもをレモンと煮たがるのか。
秋冬のさつまいもは甘みが強く、ホクホクとしていて、
焼き芋にしても美味しいし、ふかしいもにしても美味しいと思うのだが、
さつまいもだけだと何となく味が単調というか、
喉につかえる感覚も手伝ってすぐに食べ飽きてしまうし、
焼くだけ、ふかすだけだとあまり料理をしたという気分にもならない。
何だかボケ役だけの漫才を見ているようでいまいちピリッとしない。
だがそこにレモンというツッコミ役を加えると、
さつまいもの甘みとレモンの酸味が絶妙に調和して
何度食べても飽きのこない味に変わるのだ。
レモンやさつまいもを切るのに包丁も使うので料理をした気にもなるし。

台所の食品カゴに1週間放置されたさつまいもは
本人が望むとも望まざるともまな板の上へと引き出され、
1.5cmくらいの厚みで輪切りにされて鍋に放り込まれる。
鍋に入れられたさつまいもはヒタヒタに水を注ぎ込まれ、
火にかけられて15分ほど煮られる。
その間に私はレモンをスライスし、黄色い皮の部分を切り取っていく。
そしてさつまいもに火が通った頃に、レモンはさつまいもが待つ鍋に放り込まれ、
何のムードもない運命の出会いを果すのである。

落としぶたをされた鍋の中、沸き上がる煮汁の波と泡にもまれ、
さつまいもとレモンは切磋琢磨してお互いを高め合っていき、
それぞれの持てる力を出し切って、最高のハーモニーを醸し出す。
煮汁がなくなった頃に火を止めて落としぶたをとると、
さつまいもが温泉につかったあとのように湯気をあげながら
ツヤツヤとした実に満足気な顔をしている。
透き通るような透明感のある黄金色に輝く実と、
マゼンダに少しイエローを足したような、緋色のような、
言いにくいがサツマイモ色とでも命名しようか、
なんとも鮮やかな色の皮との美しい対比に心を奪われる。
この輝きは皿に盛る頃には消えてしまうので、
作った者しか見ることができない特権である。

そして輝くさつまいもとは対照的に、
己の全てを出し尽くしてグダグダになって枯れ果てたレモンの姿がある。
その一身を賭してさつまいもをここまで輝かしいものにしてくれたのだ。
毎度のことながらその献身的な働きには敬意を表したいと思う。
さつまいものレモン煮を食べるときは、
レモンは酸っぱいからといって残してはいけない。
さつまいもと一緒に口に入れて、さらなる味の調和を楽しむ。
それが礼儀というものであろう。
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陶芸体験

2007-11-11 14:24:51 | Weblog
先日、会社の友人S君と岐阜県の土岐市にある
会社の後輩Kさんの実家で陶芸体験をしてきた。
Kさんの実家は代々続く窯元で、
家屋にはいくつかの大きな窯や作業場があり、
商売としてやっているわけではないが、
Kさんの知人友人などに陶芸体験をさせてくれている。

私とS君は器が好きでよく陶磁器の産地を回ったりしているが
形、大きさ、柄、色、風合い、使用形態など
なかなか自分好みの器に出会えることは少ない。
それならいっそ自分で作った方が早いんじゃないのかという話になり、
Kさんの実家で試しに作らせていただくことになった。

Kさんの実家は土岐市駅から車で数分の距離にある。
当日は予定が合わずKさんはいないので、
一度行ったことがあるというS君の記憶を頼りにKさんに実家を探す。
S君の記憶能力はなかなかのもので
約束の午後1時より早く目的地に着くことができた。

Kさんの実家に着くと、Kさんのお母さんが迎えてくれ、続いてお父さんが現れた。
ご両親は一度来たことがあるというS君のことなどは覚えておらず、
誰も紹介者がいないままぎこちない挨拶を交わし、
展示室と呼ばれる部屋で、ここの窯で作られている器を見せていただいた。
展示品などを参考にして自分達が作りたい器の形や
仕上げの釉薬などのイメージを固めて、作業場へと向う。
私もS君も陶芸体験は初めてで、
粘土と戯れるのも予備校や大学の課題で油土をいじった程度である。
ちゃんとイメージ通りに出来るであろうか。

まずは比較的作りやすいと思われる四角い平皿から作り始めた。
たたら作りと呼ばれる方法で作り出した粘土の板を曲げたり、
張り合わせたり、削ったりと、各々好き勝手に器を作り始める。
駅の近くとは言っても、窯元が集まる丘の住宅地なので車の通りも少なくて
しっとりとして冷たい粘土との悪戦苦闘を続け、1時間半ほどかかって平皿の形を作った。
かけてもらう釉薬を指定して、続いてはろくろを使っての小鉢作りに移る。

板の上で粘土をいじって作る学校の授業の延長線上にあるような平皿作りとは違って、
ろくろは本当に人生での初体験で、いかにも陶芸体験といった趣がある。
ろくろの中心に粘土の塊が据えられ、ろくろが回り始める。
ほどよく水をかけられ妖しくヌラヌラと光る粘土に手を添えて、
お父さんの指示に従って伸ばしたり縮めたりして中心を整えて行き、
ヌルヌルとした触感を確かめながら器作りに入っていく。
まるで生き物のように粘土が伸縮していくのを手でコントロールしていくが、
「そうそう、うまいうまい。」とほめられて調子にのると、瞬く間に形が崩れてしまう。
なにがあっても、何を言われても動じてはいけない、
ろくろ回しには平常心が重要である。ちょっとした心の乱れもあってはならない。

一通りの作業が済み、二人とも予定していた器を作り終えた。
時間は5時を過ぎ、すっかり日も沈んで外は真っ暗になっていた。
たまたま娘と同じ会社になっただけの初対面の我々に
長い時間を割いていただいたご両親には感謝の至りである。
普段会社では図面ばかりを引いていて、自分で何かを作る機会は少ないが、
たまには自分の作りたいものを好きなように作るのも良いものだ。
他の商品のついでに窯に入れてもらうので
出来上がりは1ヶ月後くらいになるとのこと。
陶器は焼くと1割くらい縮み、釉薬の仕上がりもそれぞれに違いがあるので
どんな仕上がりになるか楽しみにしながら帰路につく。
出来上がった作品はまたこのブログで紹介したいと思う。
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豚汁

2007-11-03 19:02:47 | Weblog
近年は毎年々々が異常気象と言われていて、
いったいどんな気象が正常だったのか忘れてしまったけれど、
今年はいつまで経っても暑いというか暖かいように感じる。
でも木曜日の雨以降ようやく涼しくなってきたようだ。
朝晩は自転車で通勤していると若干寒く感じることもある。
大抵の人が確実に寒いと思う日もチラチラと増えてきた。

そんな寒かったり暑かったりの気温差が激しい季節は
体調を崩しがちになるのが世の常というもので、私も例外ではない。
先日も寝不足のせいか、展示でバタバタしていたせいか、
あまり体調が優れない日があった。
他人から見れば外見上まったく変化はないと思うが、
身体が重く、頭はボーっとして、何をするにも疲れる日だった。
体調を本格的に崩すと、一人暮らしの場合とても厄介なので早めの対策が大事になる。
まずは栄養があって、身体が暖まるものを食べようと考え、
ダルい身体を働かせて豚汁を作った。

その日は、これといってメニューは決めてはいなかったが何か作ろうと思って、
出勤前に干し昆布を水に浸しておいてあった。
帰る頃にはしっかりとダシが出ているであろう。
家には確か、先日鍋をした際に残った白菜とキンピラになる予定のゴボウ、
みそ汁の具になるつもりでいる豆腐がいる。
連中には気の毒だが、担当テーマを豚汁に変えさせてもらうことにした。
不本意かもしれないが、サラリーマンに買われた食材としては我慢してもらうしかない。
私は会社の帰り道でスーパーにより、豚汁に必要な残りの食材を買った。

豚汁を作る度に入れる具は若干違うが、
その日は豚肉、里芋、ねぎ、こんにゃく、人参を買い、家に着いてから早速作り始める。
豚汁なんてみそ汁の一種だから手軽に作れるように思いがちだが、
ゴボウを水にさらしたり、里芋を下茹でしてぬめりをとったりと結構手間がかかる。
私の場合、包丁の使い方が我流でしかも慣れていないせいか、
食材の皮をむいたり、切ったりに思った以上に時間がかかる。

結局1時間以上かかって写真のような豚汁ができあがった。
できたてをお椀によそって、七味唐辛子を一つまみかけていただく。
さっきまで鍋でフツフツとしていたので、息をかけて冷ましながら口に運ぶ。
ふーふーと息を吐いていると、運動をしていると身体が錯覚するのか、
それとも豚汁の効能なのか、次第に身体が暖まってくる。
自分で作ったのだから当たり前だけど、味も私好みでとても美味しい。
ひと時の幸せを堪能して食事を終えると、身体はすっかり元気になった。
さすが豚汁。白菜、ゴボウ、豆腐も満足な異動だったことだろう。

豚汁といえば、福島に住んでいた頃の芋煮会を思い出す。
芋煮会とは、発祥はどこか知らないけど東北地方で広く行われている冬のイベントで、
昼間に河原や公園のグランドなどに集まり、みんなで豚汁を食べるのである。
学校や町内会、ご近所の仲良しさんなどのイベントとして1シーズンに数回行われ、
奥様方がおしゃべりをしながら豚汁を作っている間、
だんな衆はお酒を飲んで、子供は遊んで豚汁の出来上がりを待ち、
寒空の下、出来上がった熱々の豚汁をフーフーしながらいただいて親睦を深めるのだ。

そんな大人数のイベントの料理として活用されるように
豚汁は大量に作りやすい料理である。
というより、具だくさんなので大量にできてしまうというのが正確なところだろう。
現に先日作った豚汁もゆうに10杯分以上はできてしまった。
しばらく豚汁の日々が続く。
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