くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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夏休みの宿題

2008-08-29 14:19:42 | Weblog
今更ながら、世間の子供達は夏休み中であり、
夏休みといえば宿題である。
額縁を作る材料を買いにホームセンターなどへ行くと、
母親と小学校3~4年生くらいの親子連れが材木を買い物に来ている。
おそらく宿題の工作か何かを作るのであろう。
大抵は、子供が材料を選んでみるものの、
母親が「それで、ちゃんとできるの!?」と世話を焼き、
できる、できないと言い争いをしている。

大学を出てから夏休みと呼べるような、
長期間の休みはなくなって久しいが、
そのように宿題の影をチラ付かされると、
ついつい、自分が子供の頃はなどと思ってしまうのが人情である。

夏休みの宿題は、期間が長いだけに量もそれなりで、
また植物観察や絵日記のように計画的に進める必要のあるものが多い。
休みの前半にほとんど終わらせてしまって後半に遊ぶ、
前半は好きなだけ遊んで、後半に泣く泣く片付ける、
宿題の進め方は人それぞれである。
私はコツコツと進めて最後の1週間は遊ぶというパターンが多かった。
そういうところは、大学の課題や会社の仕事においてもも通じるところがあり、
昔から締め切り直前でバタバタするのが嫌いなのだ。

小学校、中学校、高校と、何故か大学でも膨大な宿題を出されたが
やはり思い出に残っている宿題といえば小学校であろうか。

小学校4年生の自由研究。
父親からの提案で、
家の回りに生えている雑草を押し花にしてファイリングし、
図書館で草の種類を調べた。
「我が家の雑草」と題して提出し、見事金賞をもらった。

小学校5年生の自由研究。
何色のチョークが最も折れにくいかを研究。
白、黄、赤、青、緑のチョークをそれぞれ1本ずつ買ってきて、
腰位の高さから地面に落として、割れ方を観察した。
実験は数分で終了し、白だけ割れなかったので
「白が強い」との結論で提出したが、相手にされなかった。
n数が一本な上に、落とし方も定まっていないので、
今考えれば実験と呼ぶのも恥ずかしい話である。

小学校6年生の夏休みは、珍しく宿題をやる気がしなかった。
多分3分の1程度しか手をつけないまま新学期を迎えた気がする。
休み中は気が向いた時に本を読んで、
印象的な箇所を絵に描いたりしていた。
当然担任の先生から、宿題が終わっていないことについてお咎めがあったが、
絵を描いていたと言ったら、その絵を提出することで釈放してくれた。
しかも、提出した絵を教室の壁に貼り出して、
「功力太郎のお話の絵」という特設コーナーまで作ってくれたのである。
口より先に手が2発位でる怖い先生だったが、
なかなか粋なこともしてくれるなと思った。

夏休みが終わって程なくすると授業参観が行われた。
クラスメイトの親達が教室の後ろで見守る中で授業が行われ、
当然私の絵のコーナーも親達は見て回っていた。
その場で感想を聞かせてくれる人はいなかったが、
翌日、隣の席の友達が、私の絵に対する親の感想を教えてくれた。
曰く「功力太郎ってどんな話だっけ?」って。

的が外れ過ぎだろうと思った。

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ベーカリー

2008-08-22 11:50:32 | Weblog
最寄り駅の近くにベーカリーショップを見つけた。
小規模ながら再開発をしている一角にポツンと建っている。
店舗は2階建ての造りで、1階でパンを販売し、
購入したパンを2階にある席で食べることができる。
まだ出来てからそれほど経っていないらしく、
白を基調とした店内は日当りが良く、清潔に輝いていた。

一昔前はパンといえば、
買って帰って家で食べるものと思っていたが、
近頃はその場でコーヒーや紅茶と一緒に食べられる店が増えてきた。
ような気がする。私が知らなかっただけで、昔からあったのかもしれないが。
何にしろパン好きの私としては、
パンが食べられるシチュエーションが増えるのありがたいことである。

そのベーカリーショップは、借りたいDVD(大河ドラマ新撰組!)を探して、
駅の周辺をブラブラしているときに偶然見つけた。
空き地が目立つ再開発地区に小洒落た店が寂しく建っているなあと思い、
喫茶店かと思って近寄ってみると、それはベーカリーショップであった。
中に入ってみると、パンの種類も多く、値段もそれほど高くはない。
だが、もう閉店間際だったことと、贅沢を禁じている身の上としては
そこは黙って退くしかなかった。
DVDは結局見つからなかったものの、代わりにいい店を見つけたと思い、
いつか必ずここに戻ってくると誓いを立てたのであった。

それから数日後、いつものように家で絵を描いていた。
だが、その日は何となく気が落ち着かないというか、
集中力を欠いていたため、作業がはかどらない。
ぼんやり部屋の天井を見ていると無性にパンが食べたくなってきた。
外に出たいという欲求、たまにはコーヒーを飲みたいという欲求も膨らみ始め、
これらの欲求を全てを満たしてくれるのはあの店しかないと思い、
財布だけを持って家を出た。

店に入ると、並んでいるパンを一通り物色して
定番のカレーパンと、フレンチトーストを買い、ホットコーヒーを付けた。
2階でコーヒーを受け取り、窓際の席に腰をおろす。
店内を見渡すと、まばらに座った他の客達は
本を読んだり、書き物をしたり、友人と話していたりする。
そんな人々を観察したり、外の様子をぼんやり眺めながら
黙々とパンを食べ、コーヒーをすする。
何とも幸せな一時、
自分の中に足りなかったものが満たされていくのがわかる。

ちなみに私は喫茶店で何か読み物をしたり、書き物をしたり、
まして勉強したりということができない。
喫茶店どころかそれらは図書館でも難しい。
まわりに人がいることを意識してしまうと、もはや集中できない。
だから気に入ったベーカリーショップを見つけても、
一人の場合は、ただ食べて飲むだけである。
当然滞在時間も短いわけだが、それはそれで満足している。

パンとコーヒーと外の空気を満喫して、私は家に戻った。
そこからは作業がはかどり始める。
パンの気泡の中には、やはり何か特別な気体が入っているということを改めて認識し、
気晴らしにたまの贅沢もいいものであるなと思った次第です。
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不揃いなキュウリたち

2008-08-13 18:53:36 | Weblog
この夏はキュウリをよく買う。
最近よく行く農家の直売所で5本100円で売られているので、
ついつい伸びた手がキュウリを掴み、カゴに入れてしまう。
しかもスーパーで売られているキュウリとは
比べ物にならないくらい水々しくて、明らかにお肌のハリが違のだ。

いつもキュウリをまとめて5本買ってはみるものの、
キュウリ単品でおかずを作るのは私には難しく、
時々使い道を考え込むことがある。
きっと世の中にはキュウリを素敵なメインディッシュにしてしまう
ナイスなレシピがあるのかもしれないが、
私の頭の中にはキュウリをメインのおかずにするという思想がなく、
結局キュウリ達は漬け物にされていくのである。

以前はミョウガと共に、ごま油風味の甘酢醤油に漬けていたが、
先週このブログで紹介したように、
最近はぬか漬けを始めたので、キュウリ達は日々1本ずつ順番に
ぬか床に棲息する乳酸菌の餌食にされている。
両端のヘタを切り落とされ、拝むような塩もみの儀式を経て、
ぬか床へと沈められていくのである。

ぬか床に沈める行程において、
キュウリがまっすぐであればそんなに苦労することはない。
だがキュウリを含めて生き物の形は一定ではなく、
特に直売所で売られているキュウリのひねくれっぷりは手に余るものがある。
曲がったきゅうりをぬか床にまっすぐ沈めようとすると、
キュウリを思わず折ってしまいそうになることがある。
かといって、予めぬか床に穴を掘っておいて
そこにキュウリを入れてぬかをかぶせるというのも何か負けた気がする。
この行程はそれぞれの湾曲ぶりに合わせて弧を描くように
慎重に沈めなければならない正念場なのだ。

ひねくれたキュウリにまつわる悩みは、
ぬか床から取り出されて、まな板の上で切り分ける時にも存在する。
私はキュウリを斜めに切って盛りつけたいのだが、
キュウリが変に湾曲していると、
その湾曲の具合と切り分ける角度の調整が難しい。
長時間漬け込めばキュウリもそれなりに真っすぐになるのかもしれないが、
残念ながら私は浅漬け気味が好きなので、
これも逃げようのない問題なのである。

特に強い味や匂いもないキュウリだが、
ぬか漬けを始めてからというものの、
私にとっては文字通りとんだ曲者になってしまったものである。

でも、ま、最終的には美味しくいただいているので
いいんですけどね。別に。
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ぬか漬けの飼育

2008-08-08 11:49:54 | Weblog
念願のぬか漬けを始めた。
お勤めしていたころは毎日ぬか床の手入れをする自信がもてなかったが
最近は毎日家にいるので、この機を逃す手はないと思った。
まだ始めたばかりなのでぬか床は十分に発酵していないが
毎日気長にぬか床をこね回しながら
おいしいぬか漬けで暖かいご飯を食べることを夢見る日々である。

5年前に実家を出たころは、それほど漬け物に興味がなかったが、
会社で知り合った漬け物好きに触発されて、漬け物が好きになった。
旅行などで遠出して、特産品の漬け物が売っていたりすると
ついつい目がいって、ついつい買ってしまう。
でも売っている漬け物は割高だし、
良くない添加物が入っていそうで気になる面もある。
漬け物を自給できれば食費も抑えられるし、
自分の好きなときに好きな量を食べられるのだ。

漬け物といっても世の中には様々な種類が存在しているが
家庭で作る漬け物といえばやはりぬか漬けが王道だろうし、
実家でもずっとぬか漬けが作られているので、
私は自然とぬか漬けをの世界へ足を踏み入れることになった。
聞く所によるとベテランのぬか床を混ぜることで
新しいぬか床を効率よく作ることができるそうなので、
ぬか漬け用の容器と炒りぬか、塩を準備した後、
片道2時間電車に揺られて実家にぬか床をわけてもらいにいった。

ぬか床の作り方はまたもネット頼りである。
もらってきたぬか床、新しいぬか、沸騰させた塩水を
だいたいの分量で容器に入れ、よくこねていく。
耳たぶくらいの固さになったところで、
捨て漬けとして手元にあったナスのヘタをいれてみる。
あとは毎日かきまぜてぬか床が発酵するのをただ待つのみである。

なぜぬか漬けは毎日かき混ぜる必要があるのか。
ネットで仕入れた情報によれば
ぬか床は乳酸菌がぬかを発酵させてできているのだが
ぬかの中にいるのは乳酸菌だけではなく、
人間にとって悪い菌も存在している。
乳酸菌は無酸素状態でも生きられるが、悪い菌は生きていけない。
その特性を利用して、毎日かき混ぜる、というより天地をひっくり返して、
それまで酸素にふれていた表面部分を下方に追いやり、
空気を遮ることで悪い菌の繁殖を抑えるらしい。
要するにぬか床を正常に保つことは、乳酸菌の健康を保つことなのである。

以上のことは、今回ぬか漬けを作るにあたって初めて知ったが、
そういう情報を聞いてしまうと、
だんだんぬか漬けを作っているというよりは
乳酸菌を飼育しているような感覚になってくる。
ぬか床にキュウリやナスをつけ込むのも乳酸菌に餌をあげているようなものだ。
だが当然ながら乳酸菌の姿は見えないし、その表情など知る由もない。
ぬか漬けが実は生き物の飼育だと悟ったとき、
これまでぬか漬け作りへの挑戦を阻んできた
得体の知れない責任感とプレッシャーの意味がわかった気がした。

乳酸菌達は昨日入れたキュウリが気に入ってくれただろうか。
まだ、ただしょっぱいだけの味に近かったから
キュウリを与えるには少し早すぎただろうか。

わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい。
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都会のゆりかご

2008-08-01 14:15:33 | Weblog
大学生の頃、家から大学まで片道2時間の道のりを通った。
週2回あるサークルの練習場所からの道のりは片道3時間にもなった。
上には上がいるが、立派な長距離通学の部類に入るだろう。
大学のカリキュラムは必修科目でがんじがらめだったので、
4年間月~土の毎日、この道のりを通っていたことになる。

毎日1現目は必ずあり、夜も課題制作で遅くなるため、
自ずと家で寝ていられる時間は短くなってくる。
自然の摂理に従って、私はその不足した睡眠時間を
あり余る通学時間で補うことが多くなった。
それほど空いている時間帯に通学するわけではないので、
運良く座れた場合に限るが、私は電車の中で眠ることの喜びを覚え、
その道を深くはないが追求するようになったのだ。

私の眠り方は下向きである。
背もたれに背をつけたまま頭を前方に倒して寝る。
首が少々痛くなるのは確かだが、これが最もベターだ。
頭を後方に倒すと自然と口が開いてしまってみっともないし、
このご時勢、口の中に変なものを入れられるかもしれない。
また電車の振動で後方の壁や窓に頭をぶつけることも多い。
他の流派では膝に肘をついて眠る姿勢もあるが、
これは気分が悪いと勘違いされ
周囲の乗客にいらぬ心配をかける危険性があるのでお勧めできない。

ポジショニングとしては一番端の席がベストである。
電車のシートの端には板や手すりがあるので
これらによりかかって眠ることで隣の乗客への寄りかかりを防ぐのだ。
この隣の乗客から受ける睡眠時の寄りかかりは
あまり心地のいいものではなく、その対処法は人それぞれである。
静かにそのまま眠らせてあげる人もいれば、
少し押すことで軽い刺激を与えて寝ている本人に気づかせる人もいるし、
タックルかよ!!って勢いで押し戻すような猛者もいる。

私自身も自分が隣に寄りかかってしまった時に
眠りを妨げられて不快な思いをした経験があるが、
私が寄りかかられた場合は余程変な人でなければ
老若男女の別なくそのまま眠らせてあげる。
こうすることで社会のよりかかりに対する道徳意識が少しずつ変化して、
もしも自分が隣に寄りかかってしまった場合でも
静かに眠らせてもらえる可能性が高くなることを企んでいるのだ。
情けは人のためならずというわけである。
もちろんそのためには、私によりかかることで安眠できたことを
寝ている本人に気付かせる必要があるため、
電車を降りるときは勢いよく立ち上がり、
寄りかかっている人に私の存在をアピールすることを忘れない。

また、鉄道会社や車両による寝心地の違いもあり、
私が一番眠りやすいのは大宮~大船間を走るJR京浜東北線である。
大学生の時に毎日乗っていた地元の路線ということも大きな要因だが、
シートの端にある板が大きくて寄りかかりやすく、
シートと背もたれのクッションは程よい硬さで、
身体のラインにそったくぼみが一人分ずつあり、
左右への身体のぶれを軽減してくれたりして眠りやすいのである。

電車内睡眠道を追求した結果、
私の身体は本来眠るべき場所である家の布団よりも、
電車のシートの方が熟睡できる場合も珍しくなくなった。
その症状は、大学を卒業して5年が経って
電車に毎日長時間乗らなくなった今も続いている。
あの適度な振動もまた眠りを誘ってくるわけで、
電車は都会のゆりかごなわけである。
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