今更ながら、世間の子供達は夏休み中であり、
夏休みといえば宿題である。
額縁を作る材料を買いにホームセンターなどへ行くと、
母親と小学校3~4年生くらいの親子連れが材木を買い物に来ている。
おそらく宿題の工作か何かを作るのであろう。
大抵は、子供が材料を選んでみるものの、
母親が「それで、ちゃんとできるの!?」と世話を焼き、
できる、できないと言い争いをしている。
大学を出てから夏休みと呼べるような、
長期間の休みはなくなって久しいが、
そのように宿題の影をチラ付かされると、
ついつい、自分が子供の頃はなどと思ってしまうのが人情である。
夏休みの宿題は、期間が長いだけに量もそれなりで、
また植物観察や絵日記のように計画的に進める必要のあるものが多い。
休みの前半にほとんど終わらせてしまって後半に遊ぶ、
前半は好きなだけ遊んで、後半に泣く泣く片付ける、
宿題の進め方は人それぞれである。
私はコツコツと進めて最後の1週間は遊ぶというパターンが多かった。
そういうところは、大学の課題や会社の仕事においてもも通じるところがあり、
昔から締め切り直前でバタバタするのが嫌いなのだ。
小学校、中学校、高校と、何故か大学でも膨大な宿題を出されたが
やはり思い出に残っている宿題といえば小学校であろうか。
小学校4年生の自由研究。
父親からの提案で、
家の回りに生えている雑草を押し花にしてファイリングし、
図書館で草の種類を調べた。
「我が家の雑草」と題して提出し、見事金賞をもらった。
小学校5年生の自由研究。
何色のチョークが最も折れにくいかを研究。
白、黄、赤、青、緑のチョークをそれぞれ1本ずつ買ってきて、
腰位の高さから地面に落として、割れ方を観察した。
実験は数分で終了し、白だけ割れなかったので
「白が強い」との結論で提出したが、相手にされなかった。
n数が一本な上に、落とし方も定まっていないので、
今考えれば実験と呼ぶのも恥ずかしい話である。
小学校6年生の夏休みは、珍しく宿題をやる気がしなかった。
多分3分の1程度しか手をつけないまま新学期を迎えた気がする。
休み中は気が向いた時に本を読んで、
印象的な箇所を絵に描いたりしていた。
当然担任の先生から、宿題が終わっていないことについてお咎めがあったが、
絵を描いていたと言ったら、その絵を提出することで釈放してくれた。
しかも、提出した絵を教室の壁に貼り出して、
「功力太郎のお話の絵」という特設コーナーまで作ってくれたのである。
口より先に手が2発位でる怖い先生だったが、
なかなか粋なこともしてくれるなと思った。
夏休みが終わって程なくすると授業参観が行われた。
クラスメイトの親達が教室の後ろで見守る中で授業が行われ、
当然私の絵のコーナーも親達は見て回っていた。
その場で感想を聞かせてくれる人はいなかったが、
翌日、隣の席の友達が、私の絵に対する親の感想を教えてくれた。
曰く「功力太郎ってどんな話だっけ?」って。
的が外れ過ぎだろうと思った。
夏休みといえば宿題である。
額縁を作る材料を買いにホームセンターなどへ行くと、
母親と小学校3~4年生くらいの親子連れが材木を買い物に来ている。
おそらく宿題の工作か何かを作るのであろう。
大抵は、子供が材料を選んでみるものの、
母親が「それで、ちゃんとできるの!?」と世話を焼き、
できる、できないと言い争いをしている。
大学を出てから夏休みと呼べるような、
長期間の休みはなくなって久しいが、
そのように宿題の影をチラ付かされると、
ついつい、自分が子供の頃はなどと思ってしまうのが人情である。
夏休みの宿題は、期間が長いだけに量もそれなりで、
また植物観察や絵日記のように計画的に進める必要のあるものが多い。
休みの前半にほとんど終わらせてしまって後半に遊ぶ、
前半は好きなだけ遊んで、後半に泣く泣く片付ける、
宿題の進め方は人それぞれである。
私はコツコツと進めて最後の1週間は遊ぶというパターンが多かった。
そういうところは、大学の課題や会社の仕事においてもも通じるところがあり、
昔から締め切り直前でバタバタするのが嫌いなのだ。
小学校、中学校、高校と、何故か大学でも膨大な宿題を出されたが
やはり思い出に残っている宿題といえば小学校であろうか。
小学校4年生の自由研究。
父親からの提案で、
家の回りに生えている雑草を押し花にしてファイリングし、
図書館で草の種類を調べた。
「我が家の雑草」と題して提出し、見事金賞をもらった。
小学校5年生の自由研究。
何色のチョークが最も折れにくいかを研究。
白、黄、赤、青、緑のチョークをそれぞれ1本ずつ買ってきて、
腰位の高さから地面に落として、割れ方を観察した。
実験は数分で終了し、白だけ割れなかったので
「白が強い」との結論で提出したが、相手にされなかった。
n数が一本な上に、落とし方も定まっていないので、
今考えれば実験と呼ぶのも恥ずかしい話である。
小学校6年生の夏休みは、珍しく宿題をやる気がしなかった。
多分3分の1程度しか手をつけないまま新学期を迎えた気がする。
休み中は気が向いた時に本を読んで、
印象的な箇所を絵に描いたりしていた。
当然担任の先生から、宿題が終わっていないことについてお咎めがあったが、
絵を描いていたと言ったら、その絵を提出することで釈放してくれた。
しかも、提出した絵を教室の壁に貼り出して、
「功力太郎のお話の絵」という特設コーナーまで作ってくれたのである。
口より先に手が2発位でる怖い先生だったが、
なかなか粋なこともしてくれるなと思った。
夏休みが終わって程なくすると授業参観が行われた。
クラスメイトの親達が教室の後ろで見守る中で授業が行われ、
当然私の絵のコーナーも親達は見て回っていた。
その場で感想を聞かせてくれる人はいなかったが、
翌日、隣の席の友達が、私の絵に対する親の感想を教えてくれた。
曰く「功力太郎ってどんな話だっけ?」って。
的が外れ過ぎだろうと思った。