くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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自転車レース2

2008-05-31 10:36:08 | Weblog
前回までのあらすじ。
ロードレーサーと空と文鳥を愛するK君に誘われて
長野県のしらびそ高原で行われたヒルクライムレースに出場することになった私。
今回はレースの経過と結末についてです。

すでにスタートは切られている。
一月前に実際にこのコースを試走して自分の実力を知っている私は、
最下位にならないこと、足をつかないことを目標にしていたので、
始めから周囲は気にせず自分のペースで上ろうと決めていた。
コースの概要は、全長15km、高低差1000m、最高斜度15%である。

スタートしてすぐに速い人と遅い人の差は歴然としてくる。
私達より2分後にスタートした男子B(30代のクラス)の中にも速い人は多くいて、
「右から上りま~す!」と叫んでは、
上り坂に悪戦苦闘している我々を踊るように抜き去っていき、
自分との戦いで精一杯な完走目的の集団が取り残されていく。

周囲にいる完走目的のサイクリスト達から荒い息遣いが聞こえてくる。
今にも他界してしまいそうな息遣いで蛇行している人もいる。
スタート地点から2kmほどいくとポツポツとリタイア者が現れだす。
よほどこのレースに懸けていたのか、道端に座り込んで顔を覆う人、
草むらに自転車を投げ出して、その傍で横たわっている人。
だがレースだからどうしてあげることもできない、
そんな戦死者たちを横目に私は無心でペダルを踏んでいく。
ちなみにK君はスタートして程なく私の視界から消えた(先に行った)ので、
彼がどんなレースを展開したかは全く知らない。

コースの5km地点くらいまでくると、だんだんペースがつかめてきた。
苦しいことに変わりはないのだが、
この苦しさをあと何回繰り返せばいいという基準が見えてくる。
それにしても苦しい。何とかならないものかと、
小学校の頃に体育の授業で持久走をした時に先生から教えられた
2回続けて吸って、2回続けて吐く呼吸を実践してみる。
「フッフッ、ハッハッ!」と一定のリズムを刻んでいると、自然に頭の中で音楽が流れ始める。
シューベルトの野ばらだった。歌詞はドイツ語である。
さらにコースが進むと山口百恵の
「緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ~♪」という歌に変わった。
脈絡のない自分の頭がおかしくて私は不敵な笑みを浮かべた。

頭の中は結構ピクニック気分だが、身体はそれどころではない。
普段家と会社を往復するだけの身体には絶え間ない負荷がかかっている。
私が「スコット」と名づけた、SCOTTの自転車に乗った少し太めの男は
先ほどから私を抜いたり、私に抜かれたりしていた。
この男がレース中盤での私のライバルだったが、
レースも終盤に差し掛かると、彼が再び私を抜いてくることはなかった。
完走目的の集団の中にいて感じたささやかな勝利だった。

いよいよレースも最終局面に入る。
ゴールの手前700mあたりから、このコース最高の斜度15%の上りが始まる。
チェーンを一番軽いギアにいれて力の限りペダルを踏む。
玄人に言わせるとペダルは踏むものではなく回すものらしいが、前に進めればどうでもいい。
しびれる指先でしっかりとハンドルを握る。
道端に立っているボランティアと思しき地元住民が「頑張れー!」と声をかけてくれる。
頑張るという言葉にはどこか悲哀が感じられて好きではないが、
言われる通り頑張るしかなかった。
一月前の試走で足をついてしまった因縁の坂を上りきり、ゴール。
結果、試走時よりタイムが20分縮み、46人中33位で、見事目標をクリアできた。

一足先に14位でゴールしていたK君と再会し、
無料で配られていたケンチン汁をすすりながら、
二人でレースの振り返りをしていると暫くして表彰式が始まった。
表彰台にはいかにも体脂肪数%といった風情の人々がならび、順々にインタビューを受ける。
1位の人が言った「お腹が痛くて死にそうだったけど頑張りました」と。素直な人だ。
速くなることは決して楽になることではないんだなと、
道を究めていく真理の一つを見た気がした。

その後、山を下って家路へつき、
当日の晩は少し過ぎてしまったがK君の誕生日も兼ねてささやかな打ち上げをした。
これまで摂生していた反動で久しぶりに動けなくなるまで食べて、
すべてが普段通りの生活に戻ったのであった。
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自転車レース1

2008-05-24 14:15:19 | Weblog
以前このブログでも紹介した通り、
今年に入ってからロードレーサーを購入し、
つい最近ペダルを靴と固定できるタイプに換えた。
徐々に本格的なサイクリストになりつつある私は、
先週ついにレースに参戦してしまった。
今回はその一大叙事詩の前編である。

事の発端はまたもK君だった。
K君は雨の日も風の日も、会社までの片道15kmの道のりを
ロードレーサーで通勤している。
来る日も来る日もそれだけの距離を走っていると
必然的に自転車で走る力も強くなってくるもので、
実際に彼の脚は近頃随分と隆々とした形になってきた。
高められた己の力を試してみたくなったのだろうか、
K君はレースに出ることを決意し、
私も誘われるままにレースに出てみることにした。

今回我々が参戦したのはヒルクライムという競技で
ヒル=丘をクライム=登るという名前そのままに、
ただただ延々と坂道を登っていくという何ともストイックな競技である。
会場は長野県飯田市の近くにあるしらびそ高原という場所で、
コース全長は15kmと短いものの高低差が1000mあり、下り坂は一切ない。
当然スピードはそれほど出ないので、
通常のロードレースに比べて安全といえば安全だし、
マニアックな印象が私とK君のキャラには合っている気がしたのだ。

インターネットでレース参加の申し込みを済ませると、
我々は勝つためにまず何をすべきか考え、
とりあえず敵(上り坂)を知ることが肝要という結論に達し、
実際にしらびそ高原に上ってみたが、結果は散々なものだった。
日々の通勤で鍛えているK君はそこそこのタイムだったが、
普段片道6kmの平地を通勤しているだけの私は、
タイムが昨年の最下位とほぼ同等、しかも途中で足を2回ついてしまった。
敵を知り己を知った結果私は上位入賞を諦めて、
目標を「最下位にならないこと」「足をつかないこと」に下方修正した。

目標達成に向けて、ギアの歯数を変えたり、各パーツのポジションを調整し、
ただやみくもに走る素人練習を繰り返しているうちにレース本番の日はやってきた。

出走時間は朝なので我々は前日に長野県入りし、最安の民宿に素泊まりした。
道中通りがかった昼神温泉に浸かり、マッサージを受けて英気を養い、
すっかりアスリート気取りになっていた我々は、食事にも気を遣っていて、
前日の食べ過ぎは良くない、炭水化物を多く摂るべきという、
にわか知識に従って、近所の店でうどんをすすって来たるレースに備えた。

レース当日、朝6時に起床して、カロリーメイトとVAAMを食べて民宿を出る。
会場に着くとおびただしい数のサイクリスト達がひしめき合い、所狭しとアップを行っていた。
みんなピチピチのレーサーパンツとジャージを着て
市価数十万円はするであろう高価なロードレーサーに乗っていた。
数万円の自転車にほぼ普段着という組み合わせの我々は
はっきりといって浮いていたが、それでもKくんは強気なものである。
「自転車が高いからって、速いわけじゃないからね。」と
坂に対してではなく、リッチなサイクリスト達にその静かな闘志を向けていた。

レースのエントリーを済ませて、ゼッケンを装着したり、
アップをしたりしているうちに出走の時間が刻々と近づいてくる。
我々は「男子A」と呼ばれる一般男子の中学生から20代までのクラスに出場する。
通常こういうレースは速いクラスから出走するので
まずは実業団の男子がスタートを切った。
同じ人間とは思えぬ軽やかさで、実業団の男達は踊るように消えていった。
続いて、実業団女子、エキスパートクラスと順々にスタートを切っていき、
いよいよ男子Aの番がまわってきた。
「スタート1分前」のアナウンスが響き、カウントダウンが始まり、
時間は正確に進んで、いよいよ我々はスタートを切ったのであった。

来週に続く。
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めがね進化論

2008-05-17 11:31:02 | Weblog
現在私の身長は179cm程ありまして、
日本人の成人男子としてはまあまあ高い方です。
背が伸び始めたのは中学校の後半からで、
それまでは背の低い順に並ぶと
クラスで前から2番目くらいの小柄な子供でした。
でも小学校までは真ん中位だったので、
成長の遅い子だったという方が正確かもしれません。

以来年に数cm.ずつ身長が伸びていったわけですが、
急激に身長が伸びていくと、いろいろと身体に変化が表れます。
そのひとつが視力の低下でした。
身長と視力の因果関係は現在の科学ではっきりとわかっていません、
というか誰か研究しているのかも不明ですけれど、
まあ、それくらいの年齢から視力が低下したということです。

高校に入ると黒板の字が裸眼で見づらくなり、
前の方に席を替えてもらいました。
実際に見づらかったのは確かですが、
授業中にノートの余白に落書きをしているのを教師に咎められ、
「黒板が見えにくいので」と適当な言い訳をしたのがきっかけですけれど。

それからも視力は低下しつづけ、
いよいよ私は眼鏡デビューを果たしたのでした。
始めのうちは授業中だけかけるパートタイム制眼鏡でしたが、
眼鏡から放たれる負のイメージと慣れない装着感が嫌で、
やせ我慢をすることも多かったと記憶しています。
近視の人がやせ我慢をして眼鏡をかけないと目を細めて物を見ます。
当時の私も常に目を細めていて、
ただでさえ目つきが良くないのに、さらに目つきが鋭くなり、
「及川光博に似てるね」とよく言われたものです。

高校生活も終盤になると
裸眼では日常生活に支障をきたすようになりましたが、
眼鏡の常用が嫌だった私は親にねだってコンタクトレンズデビューを果たしました。
始めは手入れが楽で価格もリーズナブルなハードコンタクトでしたが、
装着感が悪く、ずれた時の痛みや、目の充血、
ふいに起こるレンズの脱落に悩まされる日々でした。

大学に進むと、ハードコンタクトの不快感に嫌気が差し、
一日使い捨てのソフトレンズに乗り換えることにしましたが、
ハードレンズに比べると桁違いに良い装着感は驚きでした。
でも、やはり眼球は本来物をつける場所ではないので、
まったく目に負担がかからないわけではありませんでした。
ソフトレンズも慣れてくるとその違和感が気になるようになり、
大学の後半には再び眼鏡の世界へと帰ってきたのです。

でも高校生の頃とは状況が違っていました。
誰が仕掛けてくれたのか、眼鏡はお洒落的な風潮が世に流れはじめ、
ちょうどいい機会だったのでその波に乗ってみることにしたのです。
積極的に眼鏡を肯定して、よりよい眼鏡、多彩な眼鏡を求めるようなり、
就職して財布に余裕が出来てからは、
ボーナスが出る度に一本ずつ購入してきました。
毎朝その日にかけていく眼鏡を選ぶという何とも贅沢な日々を送っています。

でも、一通りのテイストを揃えてしまうと、
特別ほしい眼鏡もなくなってきてしまいました。
人間は欲の深い動物であるとつくづく思いますが、
次は私の眼にどんな進歩が待っているのでしょう。
世の技術進歩にも期待したいところです。
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蜂の巣

2008-05-10 15:18:14 | Weblog
現在は小さな集合住宅に住んでいる。
とあるハウスメーカーが商品として販売している建物なので
日本中に同じような形の集合住宅がいくつもあることだろう。
小さいといっても一人暮らしには十分な広さで、
これといって大きな不満や不自由もなく日々を過ごしている。

オートロックのエントランスを過ぎると各戸の玄関は北側にある。
そして部屋に入って建物の反対側、つまり南側には人が出られる大きさの窓があり、
窓を出ると畳1枚ほどの広さのちょっとしたベランダがある。

最近はだいぶ暖かくなってきて、気密性の高いこの家は少し暑く感じる程である。
とあるよく晴れた休日、日が高くなるにつれて部屋の温度もどんどん上がってきたので、
私は涼をとるために、寒い季節のあいだ閉め切っていた窓を久しぶりに開けてみた。
清々しい春の風が部屋の中にやさしく吹き込み、
実にさわやかな休日のひと時に満足しかけたその時、
ベランダの柵についている白いパネルに付着した黒く小さな塊が目についた。
蜂の巣であった。

白く平らなパネルから何の脈絡もなく支柱が飛び出し、
支柱の先にランプシェードのような形をした巣がぶら下がっている。
大きさはそれほどでもなく、六角形の穴が10個あるかないかといったところだ。
蜂の姿はない。卵や幼虫も、ましてや女王蜂なんているはずもなく、
何の生気も感じられない明らかに空き家といった雰囲気だった。
刺されでもしたら大事なので、蜂がいないことは幸いといえば幸いだが、
生気のない廃墟のような巣を見るのも少なからず虚しいものがある。

その蜂の巣は明らかに建設途中であった。
なぜ蜂達はまだ完成していない巣を捨ててしまったのだろうか。
このミステリーについて、私には思い当たる節がないとは言い切ることができない。
いやむしろ私が原因であると言ってしまってもいいのかもしれない。

実は、昨年のちょうど今頃、
今回蜂の巣がみつかった現場のほんの50㎝上に蜂が巣を作っていたことがあった。
私が発見した時点での大きさは今回と同じ程度であったが、
そこには1匹の働き蜂がいて、せっせと家づくりに励んでいた。
おそらくその蜂は若い駆け出しの働き蜂で
憧れの女王蜂にいいところを見せようと必死に作業をしていたことと思う。

道端で見かけた光景ならば「がんばれよ」と
一声かけて済むが現場は私の家のベランダであった。
蜂の種類はよくわからない。
危ない蜂かもしれないし、そうではないかもしれない。
だが自宅のベランダで蜂が大量発生するのは決して気分のいいものではない。
私は止むなくその巣を駆除することを決意し、
巣を作っていた働き蜂が資材を調達しにいったのか知らないが
現場を離れたタイミングを見つけて、
殺虫スプレーを巣に噴射し、ホウキで叩き落とし、ゴミ袋に入れて捨てた。

つらいので見てはいないが、
働く意欲に満ち溢れて現場に戻ってきた働き蜂の反応はどんなものだったろう。
ついさっきまでコツコツと作っていた巣が消えてしまったのである。
しかも殺虫剤臭い。
狂おしいほどの絶望で鬱病になってしまったかもしれない。
女王蜂から直々に厳しいおしおきをされているかもしれない。
でも働き蜂にはM気があって意外と喜んでいるかもしれない。

いずれにしても自宅のベランダには何かしら蜂の怨念が残っているはずであるから、
今回巣を作ろうとした蜂の一派はその怨念に負けたのである。
正直なところ私は自宅のベランダを一度も使ったことがない。
蜂の視点からみれば人間が使わないなら、
俺たちが使ってやるよという理屈かもしれないが、
人間と蜂の共生はなかなか難しいものがある。
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ペダル

2008-05-03 10:16:53 | Weblog
以前このブログにて紹介した自転車は
その後も地道にパーツの交換など行い、
ゆっくりではあるが着実に本格的なロードレーサーへの道を歩んでいる。
自転車だけではなく乗り手の人間も自転車用のウェアを買ったりして、
こちらも本格的なサイクリストへの道を歩んでいる。

中でも大きな一歩となったのはペダルと専用のシューズであろう。
写真がそのペダルとシューズだ。
本来はマウンテンバイク用のペダルらしいが
ロードレーサー用のペダルにはかっこいいものがないので、気にせずつけてみた。
本当はシューズもマウンテンバイク用にせねばならないが
シューズに関してはロードレーサー用がかっこいいので、
別売りのアダプターをつけて強引にセットしてみた。
シルバーとブラックのベースカラーに赤の差し色という
当初からのカラーコーディネートにマッチしてなかなかいい感じである。

このペダルとシューズは恐ろしいことにがっちりと固定される仕組みになっている。
足をペダルに固定されるのはスキー板を装着した感触に近く、
なかなかに窮屈で自由がきかない。
いったんペダルに固定したシューズをはずすには、
固定されている足の先を軸にかかとを外側に一定の角度回転させるのだが、
慣れないうちはこの動作がとっさにできない、
あるいはうっかりはずすのを忘れて完全停止してしまうのだ。
そうなると後は転倒あるのみである。
私もすでに2回転んでいて久しぶりに体にアザを作ってしまった。

ママチャリと呼ばれる通常の自転車とスポーツタイプ自転車の違いは多々あるが、
精神的に最も大きな違いとなるのがこの固定式のペダルであると思われる。
以前もスポーツタイプの自転車に乗っていたが
この固定式ペダルには抵抗というか恐怖心があって一度もつけたことがなかった。
だが今回は以前より本格的にロードレーサーに乗ってみようと思い、
多少の怪我は覚悟の上で一大決心をして固定式ペダルにしてみた。

そもそも自転車にのめり込んでいく人々はなぜこのような危ないペダルをつけるのだろうか。
踏み込む時だけでなく脚を引く時にもペダルを回せる、
ペダルの回転数を上げやすくなる、
など技術的な利点はいろいろと考えられるものの、
自転車との一体感が強くなる、
単なる乗り物としての自転車からの卒業を内外にアピールできる
という精神的な理由も大きいような気がする。

ペダルを固定式にしたことである意味一線を超えてしまった私だが
いったいどこまで自転車にのめり込んでいけるのだろうか。
これまでの人生でスポーツ経験は全くない。
中学生の頃から体育の授業は実にやる気がなく
特に団体競技においては本当に一歩も動いたことがなく、
先生のお情けで「2」をもらって進級していたほどの男である。

それが何の因果だろうか、最近は体を動かすことの喜びを少し知り始めた。
突き詰めていくといろいろあるのだろうが、
自転車を動かす動作は実に単調で特別な技術がいらない。
ペダルを回していると何も考えす無心になれる。
手軽に自由にいろいろな土地を訪れられる。
普通は年齢が上がると体力が落ちていくものだが、
年齢が上がるほど体力をつけていくというのも
ひねくれものの私にはいいかもしれない。
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