くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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血豆の移ろい

2008-10-30 23:38:10 | Weblog
気がつけばもう10月が終わり、
吹く風も段々に寒さを増しています。
木の葉も徐々に散り始め、
スーパーには冬の野菜が並び始めるなど、
季節の移り変わりや時間の流れを感じさせる物や事は
身の回りにたくさんあります。

そんな時節、私におきましては、
ふと左手の親指に目をやれば、
爪にしみ込んだ血豆に気付くことでしょう。
はて、爪に血豆ができる?
そんなことがあるのでしょうか。

今年の5月に私は自転車で転倒しました。
雨上がりの日にスリップしてガードレールに激突、
1回転して反対側に落下したわけですが、
その際に左手親指の爪の根元に傷を負ったわけです。
ご存知の通り爪というのは、
その根元の皮膚が固く変化して形成されるので、
根元に血豆ができるとそのまま爪になっていくようです。

5月より此の方、
移り行く季節と共にこの血豆は、
伸びゆく爪に寄り添って徐々に徐々に指先へと移動していきました。
その間「爪が汚れているよ」とおっしゃる周囲の方々へ、
前述のような説明を繰り返し行い、
なかなかに煩わしい思いをして参りましたが、
約半年を経てもう爪切りで切ることが出来る位置までくると、
過ぎ去った時間の流れを感じて、何とも言えぬ感慨を覚えます。

生き物の身体は常に新陳代謝を繰り返していて、
爪や皮膚はもちろん、骨や内蔵に至るまで、
半年か一年もすれば全く違う分子に入れ替わっているそうです。
1年前の自分は、今とは全く違う物質だったなんて
全く実感の湧かない話ではありますが、
奇しくも爪にマーキングをされてしまうと
それが実感できてちょっと楽しくもあります。
少なくとも私の左手親指の爪に関していえば、
だいたい半年で新しい構成物質に置き換わることがわかりました。

全く違う物質に置き換わってしまうのに
自分が自分でいられるのは何とも不思議な話ですが、
その仕組みは科学者の皆さんが解き明かしてくれるとして、
半年前の自分と今の自分、
何か目に見える変化があったのでしょうか。

会社を辞めた、ヒゲが伸びた、髪を切った、
細かいことを見ていけば変化したことは多々ありますが、
大事なのは進化しているかどうかです。
自分、何か進化したかなあ。
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愛しの炭水化物

2008-10-24 11:22:32 | Weblog
今年もさつまいもの季節がやってきた。
ちょうど1年前位前にもこのブログでも紹介したが
私はさつまいもと妙に波長が合うので、
スーパーなどで売られている姿を見かけるとついつい買ってしまう。
昨年はさつまいものレモン煮に凝っていたが、
素材の味を活かすためにふかし芋にするのが今年流。
一人で芋をふかし、一人で芋を食べる秋の一時。
気楽なものである。

買ってくるさつまいもは一袋3本か4本入り。
一袋あたりの重さで値段が決まっているようで、
さつまいもの形や大きさはマチマチである。
あまり大きいさつまいもを買うと鍋に入らなくなるので
そこは注意が必要とされる。

買ってきたさつまいもは、すぐに全てふかしてしまう。
予めふかしておいて、少し小腹が空いたときに摘もうという算段である。
だが事はそううまくはいかないもので、
少しずつ摘むどころか、いつも3本位は一気に食べてしまう。
が、意外とお腹には物足りなさが残ってしまうから不思議なものである。

これとよくにた現象を引き起こすものにパンがある。
私はパンがたまらなく好きで、いくらでも食べられる気でいる。
パンを買いにいくと、財布の容量によって買う数を5個位に決めているが、
お腹の容量から考えると満ち足りる量ではない。
食後には常にもっと食べたいという、物足りなさが残るのだ。

しかしよくよく考えてみると、さつまいもやパンだけではないことに気付く。
お米、パスタ、うどん、ジャガイモなども同様で、
不思議とお腹にスルスルと入っていってしまう。
これらの食材に共通するのは炭水化物ということである。
私の身体は炭水化物を非常に欲しているのだろうか、
私は実は炭水化物にホの字なのではないか、
という気が最近してきた。

というようなことは、逆に言えば、
私の体内で炭水化物が不足しているという見方もできる。
炭水化物。
ネットで調べると、どうも脳の活動に必要不可欠な栄養素のようだが、
私は普段そんなに脳を使っているのだろうか?

自信は、ない。
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色鉛筆の往生際

2008-10-16 18:26:15 | Weblog
小学生の頃でしたか、
色鉛筆を使って絵を描くようになりました。
水彩絵の具のように水を汲みにいったり、
油絵のように乾燥時間が長くかかったりせずに、
思い立ったらパッと描き始めて、
後片付けも実に楽ちんなものです。

一度定着したことは、なかなか変えない性格で
子供の頃は広告の裏に絵を描いて色鉛筆で着色していましたが、
だんだん成長してスケッチブックに絵を描くようになっても
使用する画材は色鉛筆のままで、
いつの間にか色鉛筆は大事な仕事道具の一つになっていました。

色鉛筆は普通の鉛筆と同様、
回りの木を刃物で削って、露出させた芯で絵を描きます。
細かい箇所を描く時などは、芯を尖らせて削る必要があるのですが、
そういう時、私はかすかな罪悪感を覚えます。
芯を尖らせるには、芯の普通に画材として使える部分も削ぎ落とす必要があり、
画用紙にその身をこすりつけられずに散っていく芯に
少なからず申し訳ないなと思うのです。

私の親の世代が鉛筆の芯を削るときは、
回りの木だけを削るだけで、芯を削ることはしません。
当然、芯の先端は常に丸まっているので
書きやすいといえる状態ではありませんが
もっとも節約できる鉛筆の削り方であることは確かです。
まだ親の監視が厳しかった年頃では、
色鉛筆の芯を尖らせると注意を受けたものです。
でも、先の丸まった色鉛筆では
どうにも細かいところが描けないので、
もったいないとは思いつつも余分に芯を削る毎日なわけです。

例によって、余談ですが、
「もったいない」の「もったい」とは物の魂のことで、
祖末に扱っては物の魂が浮かばれないという意味だそうです。
いかにも、そこら中に神様を祀る日本人らしい感情だなと思いきや、
「もったいない」という感情は日本にしかなかったそうで、
今、この「もったいない」という言葉を
世界に広める運動が注目されているそうな。

もったいないことは、他にも身の回りに溢れていますが、
私の場合、大切な仕事道具である色鉛筆を使うにあたって、
芯を余分に削ることで生じる「もったいない」という気持ちを
いかに軽減するかは大事なことで、
今の所の解決策としては、単純ですが、最後まで使い切るということです。

第一段階は普通に削って普通に使います。
やがて短くなって持ちにくくなったら、補助軸を装着します。これが第二段階。
さらに削っていくと補助軸ではホールドできない長さになるので、
そうなったら最終段階として、回りの木を割って芯だけを取り出し、
指先でつまんでベタ塗りに使用します。

たまに仕事場を人に見せて、
この剥き出しになった数ミリの芯に驚かれると、
功績を認められたようで、内心少し嬉しく思ったりします。
物の命ははかないけれど、
私の色鉛筆は最後の最後まで懸命に働いてくれているのです。


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ビジネス・スイーツのすすめ

2008-10-10 11:41:41 | Weblog
根詰めて仕事をしていると頭がボーットしてきます。
もっと進みたいけど、
どうしても前に進むだけの力が枯渇してしまう。
そんな時に必要なのが糖分補給。
頭を使っても、身体をつかっても
仕事をする上で糖分補給、要するにおやつは
欠くことのできないパートナーなのです。
仕事中に思わずつまんでしまうパートナー、
最近これをビジネス・スイーツと呼ぶことになりました。

ビジネス・スイーツの条件はいくつかあります。

まず手軽に食べられること。
ビジネス・スイーツの目的は仕事の効率を回復することなので、
仕事の手を休めて食べてしまっては本末転倒です。
マウスやペン、書類を片手に、
もう一方の手にビジネス・スイーツが基本です。
当然ながら手やデスク回りが汚れないお菓子が望ましいです。

次に保管しやすいこと。
ビジネス・スイーツは大抵の場合職場で保管されます。
個人のデスク内に保管されることも少なくないでしょう。
粉や水分でデスク内を汚してしまってはいけませんし、
一回で食べきれずにデスク内に保管しておいても、
美味しい状態をある程度の期間は維持できなくてはなりません。
また保管するにあたって、
タッパーなど特別な容器を必要としないことが望ましいです。

そして低価格であること。
仕事をすればするほど、
比例してビジネス・スイーツの消費量も増え、
日々お菓子を買うだけでも結構な出費になります。
お菓子を買った分だけ効率が上がって、収入も上がればいいのですが
現実はそううまくはいきません。
支出はできるだけ抑えるに越したことはないのです。

といようなことを踏まえて、
ビジネス・スイーツに相応しいお菓子を検討していくと、
定番ですけれど、小分けになっているチョコレートや
飴が妥当なところでしょうか。
やはり古より職場や応接室にチョコレートや飴があるのは
理にかなったものがするようです。
以前会社に勤めていた頃は、
私もよくチョコレートを食べていたものです。
特に高カカオのチョコレートが好きでした。

でも最近は家で仕事をするようになったので、
在宅勤務の強みというのでしょうか、
上に挙げた条件のうち、
保管のしやすさを考慮する必要がなくなりました。
ですからタッパーなどの保存容器を導入して、
昔から好物であるオールレーズンやごまスティックを
かじりながら仕事に勤しめるようになりました。

しかしながら、
甘いお菓子が疲れた身体に効くといっても、
やはり食べ過ぎはよくないでしょう。
仕事のし過ぎ、お菓子の食べ過ぎで身体を壊してしまっては
元も子もありませんから、何事もほどほどが一番です。
規則正しい時間にちゃんとした食事を摂るのが
一番理想的なのでしょうけれどね。
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キャンペーンのご案内

2008-10-08 17:58:51 | Weblog
号外です。

私が表紙のイラストを手がけた書籍、
橋本翔太著
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偉大なる勝利者

2008-10-03 11:47:35 | Weblog
気がつけばすでにカレンダーは10月になり、
晴れているのに吹く風もすっかり涼しくなった。
すでに過ぎ去ってしまったこの夏を、
私は、来客があったいくつかの日を除いて、
ついにクーラーをつけずに扇風機だけで過ごしたのだ。
不自然に暑い、夏の東京の片隅で起こった奇跡である。
私は偉大なる勝利者となったのだ。

この偉業を達成するまでの道のりは、
想像を絶するほど険しくはなかった。
東京といっても所在地は武蔵野市で、いわゆる郊外であり、
俗にいうヒートアイランドとは縁のない土地であるし、
家にはうまいこと風が通る位置に窓がある。
普段私がいる部屋には窓がないものの、
汗ばんだ皮膚に当てられる
扇風機によって運ばれた少し温度の低い風は
夏の暑さを紛らわせるのに十分であった。

というわけで、
この夏から新たに導入された扇風機は常に私の傍らにあって、
健気に羽を回し、ひたすらに首を振っていた。
暑苦しい夏を共に乗り越えた、まさに同志と言える存在だが、
そんな扇風機にある意外な力が備わっていることに私は気がついた。

扇風機を上に向けると机上の紙類が飛んでしまうので、
私は平素から扇風機には
下を向いて足下に風を送るように言い聞かせてあった。
つまり机の下である。
机の下、そこは夏の小悪魔、蚊の潜伏場所であり、
肌を露出した足を無造作に差し入れることは、
自身の身体を生け贄に捧げることに等しい。
だが、机の下に足を入れずに奇妙な姿勢で仕事をするわけにもいかず、
これまでの夏は机の下において、足をかなりやられていた。

私は蚊に好かれる体質のようで、
大学生の頃には10分の間に10数カ所を刺された記録も残っている。
そんな私がこの夏、仕事部屋においては一度も刺されたことがなかった。
もちろん香取線香や虫除けスプレーなども使っていない。
その勝因を考えているうちに行き着いたのが、
扇風機の風であった。

蚊の飛行能力は極めて低い。あの独特の飛び方は
人の目から逃れるためにうまいこと飛んでいるのではなく、
ただ単にまっすぐ飛べないのだ、そうだ。
だから扇風機が巻き起こす風の中を突っ切って、
私の足に到達することなどできようはずもなく、
この夏、私の足は貞操を守ることができたのではなかろうか。

何にしても、
この夏クーラーを使わずに、私は偉大なる勝利者となり、
と、同時に、蚊にも刺されず、
図らずもタイトル防衛にも成功していたことになる。
この偉業の立役者、忠勤なる扇風機には、
秋冬春の間、十分に羽を休めておいてもらいたい。
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