くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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いそがしい

2016-09-17 10:59:54 | Weblog
欧米人の学者たちが研究のためにジャングルの中を歩いていました。
自分たちだけでは道に迷ってしまうので、現地の人々数人をガイド兼荷物持ちとして連れています。

学者たちは研究の成果をあげるために、なるべく効率よくジャングルを回りたかったのですが、肝心のガイドたちが不意に座り込んで動かなくなってしまったそうです。
特別疲れた様子もなく、反抗的な態度も見られません。
ただ座っているのです。

不審に思った学者が理由を尋ねると、ガイドたちは言いました。
「我々は道を急ぎすぎて魂を置いてきてしまった。だからこうして魂が追いついてくるのを待っているんだ。」

要するに「少し疲れたから休んでいる」ということですが、面白い言い回しですよね。
無理は禁物ということです。

と、いうような話を会社員だったころに社内のセミナーで聞いたことがあります。
「持続可能な社会」がどうとか言うテーマだったと思いますが、内容より冒頭で講師が言った小話が頭に残っています。

考えてみれば「忙しい」という言葉も似たようなものですよね。
「心を亡くす」と書いて「いそがしい」と読ませるなんて、よくできたものだと感心させられます。

いつの間にやらシルバーウィークなんてものが世の中に出来ていますが、私は今日も仕事場に缶詰です。
手を動かした分だけ収入が増えるので、勤め人の「忙しい」とはちょっと感覚が違って、嬉しい悲鳴でもあるわけですが、人間らしい心は失わないように気をつけたいものです。
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よろしかったでしょうか?

2016-09-02 23:20:50 | Weblog
言葉というのは日々変化しているものでございまして、新語や造語、既にある言葉の新しい使い方がが生まれては消えていきます。
世の中の多くの人が気に入れば、日本語として定着していくこともあるでしょう。

しかし一方で、気に入らない言葉の変化があると、「日本語の乱れ」という指摘が出ることも多々耳に致します。
そんな指摘を聞くと天邪鬼な私は「いつの時代の日本語が正しいの?」と疑問に感じ、つきつめれば縄文時代の言葉を話さなくてはいけないのか、などと思ってしまいます。
当然縄文時代の言葉なんで知るよしもないわけでして、それこそが言葉は変化するという証なのでしょう。

いわゆる「日本語の乱れ」という指摘には、「最近の若者は…」と同じような匂いを感じるものですから、少しで若ぶりたい私は言葉の変化は気にしないようにしています。
しかしながら、どうにも耳につく言い回しがあるのです。

それが「よろしかったでしょうか?」という言い回し。

コンビニやファストフード店でよく耳にする、アルバイト言葉などと言われるジャンルの言語です。
心の狭い私は「まだ承認してないのに、なんで過去のことになってるの?」というわだかまりを感じてしまうのです。

しかもサラッと聞いてくるので、思わず「はい」と言ってしまいます。
返事をしてから「あれ?」と思っても、時すでに遅しです。
そんな経験を繰り返すうちに、いつの日か「よろしかったですか?」に反撃をしたいと、私は密かに心に誓うようになったのです。

反撃と言っても、「あなたその日本語変ですよ!なんで過去のことにしてるんですか?」なんてことは私には言えません。
ちゃんと自分なりに他の作戦を考えているのです。

作戦名は名付けて「過去返し」。

「よろしかったでしょうか?」と聞かれたら、「よろしかったです」と答えて、過去のさらに過去をいくのです。
こうすることで相手は過去・現在・未来の前後関係が分からなくなり、自分の立ち位置すら見失って途方に暮れてしまうことでしょう。
下手をしたら未来ある若者の精神を崩壊させてしまう危険な技なのかもしれません…。

しかし正しい日本語を守るためには、心を鬼にして作戦を遂行する必要があります。
そしてその機会がついに訪れました。

近所のコンビニで会計する際に「よろしかったでしょうか?」と聞かれたのです。
この機会を逃すまいと、私は恥ずかしげに「よろしかったです…」と言ってみました。

果たして作戦が間違っていたのか、私の声が小さかったのか、「はい、ありがとうございます!」と普通に返されてしまいました。
こうして私の暑い夏は終わりを告げたのでした。
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