くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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蚊取り線香

2007-06-30 22:06:56 | Weblog
もうすぐ暑い季節がやってくる。
私が住んでいる愛知県ではまだ梅雨は明けていないけれど、
今年は空梅雨で日中は30度を超える日が多く、それなりに暑い日が続いている。
気温が上がるに従って私の天敵である蚊の出現率が高くなってくる。
正確には、暑い日は窓を開けておくので部屋の中に蚊が入ってきやすくなるとも言える。
以前も書いたが、網戸を閉めていても蚊はどこからか侵入してくる。
蚊とはそういう生き物なのだ。

窓を開けずにエアコンをつければよいという考えもあるが、
夏は汗をかいて一年の毒素を排出する季節であるという説を信じているので、
できるだけエアコンはつけずに窓を開けるようにしている。

などと個人的な都合を並べていくと、
結果的にはどうしても部屋の中に蚊が入ってきてしまうことになる。
整理すると、エアコンが嫌い→暑い→窓を開ける→蚊が入る→蚊に刺される
というプロセスになる。

このプロセスにおいて、
自分が被害を被るのは蚊に刺されるという最終段階においてである。
蚊が部屋に入ってきただけでは特に害はない。ただ飛んでいるだけだ。
蚊は人を刺すから害があるわけだから
部屋に入ってきた蚊をいかに撃退するかということが私に課せられた任務となる。
任務を遂行するにあたって私が取り得るオプションはいくつかあるが、
私は蚊取り線香を焚くというオプションを選択した。

蚊取り線香の効果はなかなか侮れないもので、
子供の頃、蚊取り線香に近づいていった蚊がポトリと床に落ちたのをみたことがある。
しばらくしたら、復活して再び飛び始めたが。。。
そして何よりも、蚊取り線香には風情がある。
特にその匂いに魅力が凝縮されている気がする。

それぞれの季節には、その季節を象徴する匂いというものがあり、
蚊取り線香の匂いは、私にとって夏を象徴する匂いである。
蚊取り線香の匂いを何か他のものに例えるのは難しい。
蚊取り線香の匂いは蚊取り線香の匂いとして独立した存在になっている。
他のものに例えるのは難しいが、
蚊取り線香の匂いには、身体の中に様々な記憶や感覚を思い起こさせる力がある。

蚊取り線香の匂いをかぐと、
育った家の風景が脳裏に浮かび、心地よく蒸し暑い感覚を皮膚が思い出す。
そして子供のころに戻ったような夏独特の高揚感、
家に帰ってきたという安心感を強く感じる。
誰かは知らないけれど、
この素敵な匂いを発明した人はとても粋な人だったのかもしれない。

本題に戻るが、私に課せられた任務は部屋に入った蚊を撃退するこである。
蚊取り線香を焚いたことによる効果はどうであったかというと、
それなりに効果はあったようだ。
正確に数えたわけではないが、蚊の数は減少しているように感じる。
さすがは蚊取り線香、風情もあるがその効果もまたすばらしい。

ただ蚊取り線香にも問題がある。
現在の狭い一人暮らしの部屋で蚊取り線香を焚くと非常にけむい。
目がシパシパするし、家に帰ってきたときに煙草のようなヤニの匂いがこもっている。
たまに蚊取り線香を炊いて風情を味わうのもよいが、
毎日続けて焚くのは正直つらい。
最近は虫除けスプレーを併用するようにして蚊取り線香の使用量を控えている。

蚊取り線香の匂いが漂い、風鈴の音がして、枝豆をつまみにビールを飲む。
そんな生活が夏の憧れの情景だが、
風情を追い求めるにはそれなりの負荷があり、現実は厳しいものである。
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枝豆

2007-06-24 11:49:36 | Weblog
枝豆が好きで、食べ始めると止まらなくなる。
器に盛られた枝豆が抜け殻の山に変わるまで無心で食べ続ける。
この習性は公私に渡って繰り広げられ、
職場関係の飲み会でも枝豆を無心に食べる。
周囲から「枝豆食いすぎだろ!」と突っ込まれても一向に気にしない。
枝豆にはそれだけの魅力がある。

枝豆はなんと言っても茹でたてがおいしい。
少し彩度が低めでかさついた肌触りの枝豆を塩もみし、
しばらく置いた後、沸騰したお湯の中に投下する。
瞬間的に沸騰が納まり、枝豆の彩度が一気に上がる。
とても鮮やかでつややかな美しい緑色になる。
再びお湯が沸騰をはじめ、
枝豆のさやの隙間からもブクブクと泡が出始めて、
しばらくしたらザルに上げてお湯をきる。
かさかさしていた枝豆の肌も潤いを得てとても瑞々しい質感に変わっている。
「ふぅ、いいお湯だった。生き返ったよ。」と、
これから食べられる運命とも知らずに
枝豆達の呑気な声が立ち上がる蒸気に混じって聞こえてくる。

器に盛って軽く塩をふる。
枝豆には少し粗めの天然塩がふさわしい。
自らの身体に塩をふられた時点で、ここの風呂屋は何か変だぞと枝豆達は気づくが
彼らは動けないのでどうすることもできず、
不自由なさやの中で豆に生まれたことを後悔しているかもしれない。

枝豆を食べるときに、
中の豆が反り返ったさやのどちら側から出てくるのかは食べてみないとわからない。
豆が出てくる方向を制御するいい方法があるのかもしれないが、
どちら側からでてくるのかを私は楽しんでいる。
豆にも個性があり、少しさやの口を開いている親切な豆もいれば、
さやの口を固く閉ざし、ちょっと指で押すと予想外の方向へ飛び出す豆もいる。
あらぬ方向から出てきたり、変な方向に飛び出す豆がいると、
食べられるの嫌がってるんだろうなと思ってふと上のような想像を働かせてしまう。
私が枝豆を好きなのはもちろん味と香り主な理由だが
そんなドラマ性も枝豆の魅力だったりする。

枝豆が実は若き日の未成熟な大豆だという事実を大学生の頃に知った。
そう言われればそういうものかとも思うが、
丸くて固い黄色の大豆と、
まが玉のような形をしてツルツルしたやさしい緑色の枝豆が同じ豆とは
頭の中ですっきりとつながらない。
若き枝豆が固い大豆へと変化していく過程では何が起きているのか。
あの閉ざされたさやの中で一体なにが起きて
瑞々しい枝豆はどんな思いでかさついた大豆へと変わっていくのだろう。
さやの中で青春時代を過ごし、
さやの中以外の世界を知らずに年老いて外に出てくる豆を想像すると少し気の毒な気もする。
少しエゴくて勝手な解釈をすれば、
枝豆という青春時代の段階で外の世界に出してあげるのは一つの救いなのかもしれない。

そろそろ国内産の枝豆が出回りはじめ枝豆好きの私には幸せな季節がやってくる。
枝豆をつまみに、風呂上がりにビールを一杯。
想像するだけで夏が待ち遠しい。
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新しょうが酒

2007-06-17 16:19:34 | Weblog
去年の梅雨時に漬けた梅酒と新しょうが酒、
そろそろ漬けてから一年が経つので一応飲めるくらいにはなっているはずである。
この一年の間に引っ越しがあったので、
押し入れの奥にしまっておいた梅酒と新しょうが酒の姿を見たこともあったが、
漬けてから一年後に再会する約束を守るべく、その時は口をつけなかった。

今はキッチンの下にある収納を寝床としている梅酒と新しょうが酒を引っ張りだす。
大きい瓶に漬けた梅酒、小さな瓶に漬けた新しょうが酒、
どちらもなかなかいい色に出来上がっているようで、見た目には及第点をつけてもよい。

まずは梅酒から試飲してみる。
大きな赤いプラスチックの外蓋を回して開き、柔らかいプラスチックでできた内蓋をはがし、
お玉に少しすくってグラスに注ぐ。
少しにおいをかいでみると、梅酒の懐かしい香りがする。
一口飲んでみると思っていたよりも味が浅い感じがしたが、味の方向性は間違っていない。
あとは時間が解決してくれる気がするので、またしばらく寝かせておくことにした。

さて、いよいよ新しょうが酒の番である。
梅酒の瓶と同様に赤いプラスチックの外蓋を開ける。
こちらの瓶は小さいため、内蓋に注ぎ口がついている。
スライド式の注ぎ口を開けて、新しょうが酒をグラスに注ぐ。

おもむろににおいをかいでみると、
レモンと新しょうがの香りが絶妙にブレンドされて、目が覚めるようなさわやかな香りがする。
暑い夏のイメーキにぴったりとはまるさわやかさな香りである。
これは大成功に違いないと思い、期待に胸を膨らませて一口飲んでみる。

一口飲んでみて、何かが足りないと直感した。
まるでだし汁を飲んでいるようだ。
香りには人を引きつける魅力があるのに、なんとも味気ない。
何かを足して飲まなくてはならないことは直感的にわかったがいったい何を足せばよいのだろうか。
これまでの経験から、酸味と甘みが足りないと推測した。

試しに砂糖をいれてみたが、味が単調でおいしくない。
蜂蜜を入れてみてもあまり変化はない。
よくよく考えてみたら、砂糖も蜂蜜も新しょうが酒を漬ける時にブレンドしているのだから
いれてみたところで大した変化はないわけである。

次に酸味という着眼点から米酢を入れてみたが、手を抜いた酢の物の汁みたいでおいしくない。
試しに塩を入れてみると、幾分味がはっきりした。
それではと、調子にのって醤油を少し入れてみると、一気にまずくなった。
とても飲めたものではないので、もったいないけど流しに捨ててしまった。
新しょうが酒の高い潜在能力は感じるのに、何を足せば美味しくなるのかわからない。
素質ある子供をどう育てるか悩む、コーチのような心境になってくる。
やればできる子なんだけどね。

新しょうが酒のパートナーを探し続けて幾日か過ぎたある日、
日頃ドレッシングに混ぜているりんご酢が目についた。
米酢はだめだったけど、りんご酢はジュースっぽい性格もあるから美味しくなるかもしれない。
さっそく混ぜて飲んでみると、なかなか美味しかった。
さらに砂糖を足すと、より完成に近づいたような気がする。

一年という月日が無駄になったかと一時は心配もしたが、何とか肩の荷がおりた気がした。
毎日飲みたくなるほど美味しいというわけでもないのだが、
何とか客に出しても恥ずかしくないレベルにはなったようだ。
何事も諦めないことが大事である。
いつか花開くときはくる。
先生は信じていたのよ、あなたはやればできる子なんだって!
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果実酒

2007-06-10 11:48:41 | Weblog
ちょうど去年の今頃のこと、
今日の夕飯は何にしようかとスーパーを彷徨っていたら
梅と氷砂糖、ホワイトリカー、大きな果実酒用の瓶が売られているのを発見し、
自宅で美味しい梅酒を作ろうと思い立ち衝動買いをした。
レジに並んでいると後ろに並んでいるおばさんに
「梅酒作るの?若いのに偉いはねえ」と感心された。
梅酒を作るのはそんなに偉いことではないだろうと思いつつ、
突然の会話が苦手な私は「ええ、まあ」とだけ応答しておいた。

家に帰ってレシピに従って梅酒を作ってみると
瓶が少々小ぶりだったせいか氷砂糖とホワイトリカーが少し余ってしまった。
氷砂糖は普段のお菓子として食べてもいいのだが、
ホワイトリカーはそのまま普段飲むものでもない。
せっかくだから何か他の果実酒も作ろうとひらめいた。

またたび酒、カリン酒・・・私がぱっと思いつく梅酒以外の果実酒はそんなものだった。
カリン酒は風邪のときなど喉に良いので少し心揺れたが
カリンの実を手に入れるのが面倒だし、
どうせだから今まで飲んだことがない果実酒を作りたいと思った。

インターネットで調べてみると
イチゴ酒、もも酒、パイナップル酒などあった。
その気になればなんでも果実酒になるんだなあと思いながら調べていると
新しょうが酒なるものが目についた。

この新しょうが酒なるものは美味しいのだろうか、そもそも果実酒の部類に入るのか、
聞いただけではまったく味が想像できない。
しょうがといえばジンジャエールというジュースがあるし、甘酒にもいれるし、
もしかしたら美味しいのかも知れない。
ちょうど甘酢漬けにしようと思って買っておいた新しょうがもあったので、
早速小さい瓶を買ってきて、
スライスした新しょうが、レモンの輪切り、氷砂糖、ホワイトリカーを入れ
新しょうが酒を漬けた。オリジナルで蜂蜜も少し入れてみた。
あとは1年後のお楽しみである。

そろそろちょうど1年が経つ。
果実酒達は美味しく成長してくれたであろうか。
この1年間で身の回りに起きたこと、自分が変わったことなどに思いを巡らせてみる。
大きな変化はなかったけど、私自身も1年前とは変化している。
果実酒も当然変化しているはずだし、
変化したもの同士の1年ぶりの再会ということになるわけで、
果実酒が案外ロマンチックな存在に感じられてくる。

たかだか1年でこれだけ思いが膨らむのだから、
店で売られている十数年貯蔵したようなお酒を作っている人は
どれだけ深い思いを抱いているのだろうか。
長期間貯蔵されたお酒は洗練されていて味にも深みがあるが、
それは時間による化学反応の結果以上のものがあるのかもしれない。
コメント

2007-06-03 22:10:24 | Weblog
今年ももう6月に入り、半袖の服を着て過ごす時間が増えてきた。
日に日に気温が上がり、夏がやってくることへの胸の高鳴りをかすかに感じつつも、
皮膚に植え付けられた小さな腫れと痒みに気づくとき、
蚊が出没し始めたことを知って気分が暗くなり、強い怒りを覚える。

私は蚊に刺されやすい。
大学時代に10分足らずで10数カ所を刺された記録も樹立している。
初夏から秋にかけて蚊の存在は私をとても苦しめる。
一晩中チクチクと攻撃してきて、睡眠不足の原因になったりすることもあり、
甚だ迷惑な存在だ。

蚊に刺された跡に気づき、まだ遠くへは行っていないはずだからと、
あたりを見回してもなかなか蚊の姿を確認することはできないし、
運よく蚊の姿を確認できても、元来運動神経が鈍いため
とりにがしてしまうことがほとんどだ。
さらには、絵を描いていたり、本を読んでいたり、
とっさに手を離せないときに限って目の前を通り過ぎていったり、
耳元であの嫌な羽音を立てて人を挑発してくる。
当然対応が遅れて取り逃がしてしまうことになり、実に悔しい思いをする。
また、手がフリーな状況で、
叩き潰そうと注意深く狙いを定めていても、蚊はどこかへ消えてしまう。
確実に目でその姿を追っていても、ふとした瞬間に不思議とどこかへ行ってしまう。

そもそもしっかりと網戸が閉まっているのに
蚊が部屋に入ってくること自体が不思議だし、目の前から突然消えたりされると、
蚊とう生き物は、実は空間を飛び越える力を持っているのではないかとさえ思えてくる。
考えてみると、身近な生き物のわりには、蚊について知らないことが多いことに気づく。
効率よく蚊を撃退するためにも、蚊についての知識を深める必要があると考え、
インターネットで軽く調べてみる。

調べてみると蚊についての意外な事実がわかってくる。
・飛行能力が低く、まっすぐ飛ぶことができない。
・血を吸うのはメスの蚊だけであり、それも産卵時など大量のタンパク室が必要なときだけである。
・吸血するときに分泌される蚊の唾液によって痒みが引き起こされるが、
 満足いくまで血を吸った場合は分泌した唾液も吸い取っていくためあまり痒みは残らない。

これまで想像していた狡猾ですばしっこいイメージとはちょっと違っていた。
思っていたよりも嫌な生き物でもないような気がしてくる。
生物として不完全な面をかかえつつも、
子孫を残すために懸命に生きている姿をつい想像してしまう。
しかも、世話になった動物に対して、血を吸ったあとのケアまで考えていたとは。
そんなに悪いやつでもないのに他人との接し方が下手で、
人から疎まれる不器用なキャラクターを蚊にあてはめてみると何だか可哀想な気がしてきて、
もう少し優しく接してあげようかなと少し反省してしまう。

でも、蚊が満足するまでゆっくりと血を吸わせてあげることなんてできるのだろうか。
あの不快な羽音を聞いた瞬間に、反射的に叩きつぶしてしまう気がする。
蚊は伝染病の媒介者としても知られているし、
蚊を退治したいという欲求は本能的に刷り込まれていると思えるほど強いものがある。
蚊に罪の意識はないにしろ、人との共存はやはり難しいのだろうなあと思う。
世界は複雑なものである。
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