くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

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ヒゲ

2008-06-28 15:00:13 | Weblog
ヒゲが生えだしたのはいつの頃だったか。
高校生の頃は顎に産毛が少し増えた程度であったろうか、
その頃はヒゲを剃った記憶はない。
大学に入ってからはどうか。
確かにヒゲと呼ぶに値する程度の毛は生えてきていたが、
それでも量は少なくて剃るのは週に1回くらいなもので、
位置づけとしては伸びたら剃る程度だった。
いわゆるウブな無精ヒゲというやつだった。

ところが、会社に入るとヒゲの位置づけは変わった。
人は見た目が9割、サラリーマンたるものヒゲの始末は身だしなみチェック項目の筆頭、
人としての最優先事項であり、無精ヒゲなどはもっての他である。
いかにウブだからといって無精ヒゲに例外はない。
私は日々、口元と顎にカミソリを当てて、
これから伸びようとしているヒゲを殲滅することに神経を注いできた。

毎日剃られているとヒゲにも反骨精神が芽生えてくるのか、
私のヒゲは見る見るうちに濃くなっていった。
毎週末の土日に剃らないだけで、すぐに数ミリは伸びてしまう。
しかも太く、硬い。学生の頃はあんなに繊細な毛だったのに。
会社に入って太ったとか、大人っぽくなったとかはよく聞く話で、
他人から指摘される機会も多いかもしれないが、
「君、ヒゲが濃くなったねぇ!」とは一度も言われたことがないし、聞いたこともない。
まあ、毎日剃っているのだから気づきようがないけど。

そんな毎日をしばらく過ごして、私は会社員ではなくなった。
そのことによって私の体の中で最も解き放たれた部位はおそらくヒゲであろう。
これからはお前の生きたいように生きるがいいと、しばらく剃るのをやめてみた。
すると数日で口の周りが黒々とし始め、
私の顔の中におけるヒゲの勢力分布図は拡大の一途をたどっていった。

人の意見は人それぞれで、似合うという人もいれば、
おかしいから剃れという人もいる。
ただ私はせっかくの機会なので、会社生活を通して私のヒゲがどれだけ
強靭になったのかを確かめてみたい気持ちもあり、
もうしばらく放置してみようと考えた。

そんな矢先、私はある衝動に駆られることになる。
顎ヒゲだけ残したらどんな見栄えになるだろうか、
ヒゲのパターンをいろいろ試してみたくなったのである。
口元のヒゲだけ指で隠してみてもよくわからず、
ものは試しと口元のヒゲだけ剃ってみたが、結果は失敗だった。
見慣れていないせいなのか、何かがおかしい。
バランスをとるために止むなく顎ヒゲも剃り落とし、
すべては振り出しへと戻ってしまった。

再びボチボチと新しいヒゲが伸び始めてきた。
私のヒゲはこの先どうなるのであろうか。
チャップリンか、トルストイか、はたまた板垣退助か。
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THE TARO WORKS 2nd

2008-06-22 11:35:14 | Weblog
6月21日をもって、THETAROWORKS2ndが無事に終了しました。
お忙しい中足をお運びいただいた紳士淑女の皆様、誠にありがとうございました。
頂いたご意見、励ましの言葉をよくかみ砕いて、
しっかりと栄養補給させていただきます。

自身二度目の個展ということで、
今回は東京の青山にあるギャラリーハウスMAYAで開催させていただいた。
これまでも個展やグループ展を開催したことはあったが、
いずれも喫茶店の壁に飾らせてもらう形式のもので、
今回のようにギャラリー専門のスペースは初体験であった。
お代は少々張るが、イラストの世界では有名なギャラリーなので
見識のある方に見ていただける機会も多く、
人通りも多くてフラッと立ち寄ってくださる方もチラホラといらっしゃる。

人通りが多いといっても、もちろん通り過ぎていく人々の方が圧倒的多数で、
ギャラリーにお客様がいる時間よりいない時間の方が長いものである。
私は暇に任せて毎日在廊していたので、
ギャラリー正面のガラス越しに通りを見つめては、
あの人は入って来るか知らん、あの人は入って来ないか知らん、
あの人はちょっとこっちを見たな、あの人はずっとこっちを見ていたな、
などと悠久の時の流れを楽しんでいた。

無名作家の個展はただひたすらに待つのみである。
喫茶店で展示をしていた時は、人が来るのを待っている間
ただ無意味に水を飲み続けてはお腹を痛めていたが、
今回は喫茶店ではないのでその点は心配ない。
水の代わりに適当な間隔で出してもらえる麦茶を飲み、コーヒーを飲み、チョコレートを食べる。
ギャラリーからの差し入れはなかなかバリエーションに富んでいて、
なぜかワインが出てきたりもして飽きがこないものであった。

ガラス越しに外を眺め、差し入れを飲み食いし、雑誌を読み、
ギャラリーのスタッフと話し、ギャラリーで飼っている柴犬と戯れ、
たまに来るお客様と話をして過ごしていると一日が実に長い。
一日が長いと、一日の積み重ねである一週間も必然的に長くなる。
個展の期間は一週間だが、体感的には始めの二日間で一週間くらいの時間が過ぎたように感じる。

これだけ時間が長く感じるのは久しぶりな気がした。
いつ以来だろう、小学校以来であろうか。
毎日初対面の方と話をして、意外な意見や気付きのある意見を聞いていると、
日々の体験が初めてのことばかりで、
時間が永遠に続くかのように感じていた子供の頃を思い出したりした。

何のアテもなく新しい世界に飛び込んできたわけだが、
様々な方の様々な意見を聞いていると、
やってみたい、試してみたいと思うことが少なからず出てくる。
今のところ時間はあるので片っ端から初体験してみようと思った。

通りを行き交う車は高級車とタクシーばかり。
さすが東京、さすが青山。
高校生の頃に立てた目標「30代でアウディに乗る」は達成なるか、どうか。
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お引っ越し

2008-06-11 09:54:31 | Weblog
まずはお知らせ。
6/16(月)~6/21(土)の期間、
東京の北青山にあるギャラリーハウスMAYAにて、
THE TARO WORKS 2nd「控えめな思い」を開催しております。
時間と興味がある方はぜひ足をお運びください。
ギャラリーハウスMAYA→http://www.gallery-h-maya.com
くぬぎ太郎HP→http://www.taroworks.com

先日引っ越しをした。
5年間暮らした愛知県を離れ、東京へと移る。
私にとっては生まれてから6回目の引っ越しで、
当然上には上がいるのだろうが、同年代では多い方かなと思う。

28歳で6回目の引っ越しということなので
一つの場所に平均して6年弱ずつしか住んでいないことになる。
周囲の環境が変わることは順応するのにそれなりのパワーが要り、
私は余り好きではないのだが、どうも1つの土地に定住できない運命らしい。
引っ越しをするといろいろな新しい土地を体験できるというメリットはあるが、
どこの土地にも愛着が湧かない、郷愁を感じないというデメリットもある。
引っ越しという苦手なことをすると、
ついつい思考がネガティブになってしまってよくないが、
要は故郷がどこにもないということなのである。

もっとも劇的に環境が変わった引っ越しは、
出生地である東京都杉並区から福島県棚倉町への引っ越しで、
当時の私は幼稚園の年少から年長へ上がる頃だった。
誰もが知っている都会から、誰も知らない田舎街への引っ越しは
幼い私に強烈なカルチャーショックを与えた。
まず、家の回りの道路がほとんど舗装されておらず
道路の脇には側溝がむき出しになっていた。
東京に住んでいた頃は側溝には全てフタがしてあったので、
私は側溝というものを初めて見たのである。

2つ上の姉と遊んでいるときに側溝というものを新発見したのだが、
知ってか知らずか、姉が「これは小川だ!」と言い、
ママ事用の小さなコップに下水を汲んで私に差し出した。
純粋な私は、道路も舗装されていない田舎であれば
小川の一つや二つあっても不思議ではないだろうと思い、
差し出された水を飲んで「うん、美味しい!」と言い放ったが、
実際特に変な味もせず、その後も何ともなかったのは幸いであった。
また別の日は田んぼの脇に積み上げられた牛フンに興味を持ち、
「この土何だろう、すごく温かいね」と言いながら、
数分に渡って姉弟で触っていたりもした。

言葉遣いの違いや、元来のトロくさい性格のせいか、
新しく入った幼稚園でいじめられたのは嫌な思い出だが、
夏には近所の田んぼに蛍がいて、
カブトムシやクワガタも家の網戸に勝手にとまっていたり、
冬は雪だるまやかまくらを作ったりと、
思い返すと毎日が初体験の連続で、それなりに楽しい日々であった。

その後小学校4年生に上がる春に、同じ福島県にある白河市に引っ越した。
白河市では高校卒業までの人生でも多感な9年間を過ごしたので、
強いて故郷を挙げろといえば白河市ということになるだろうか。
かといって、今白河市に行ったとしても懐かしいは懐かしいのだが、
帰ってきたという感覚はほとんどないのだろうなと思う。
高校卒業後は横浜市に引っ越して予備校、大学へと通った。

自分の意思とは関係ない引っ越しは白河市から横浜市へのものが最後で、
それ以降の引っ越しは自分の意思によって行われる。
愛知県の会社に就職が決まって会社の集合寮へと引っ越し、
4年後に借り上げの個別寮への移動を希望して引っ越し、
そして今回は会社を辞めて東京へと引っ越した。
引っ越しが嫌いと言いつつ、自らの意思で引っ越しを繰り返しているのは
少なからず矛盾を感じないでもない。

荷物を整理していたら、新人研修で書いた自分との誓約書が出てきた。
その誓約書は五カ条からなるのだが、
第4条に「一カ所に定住しないこと」と書かれている。
いったい私は引っ越しが好きなのか嫌いなのか、
相変わらず自分で自分がわからない。
ただ、引っ越しをすると環境が大きく変わることは間違いないので、
これからどんな生活が始まるのか楽しみである。
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動物園

2008-06-07 10:52:19 | Weblog
先日久しぶりに動物園へ行ってきた。
動物園に行ったのはいつ以来だろうか。
覚えている限りでは家族で東京の上野動物園に行ったのが最後で
確かまだ幼稚園生の頃だったと思う。
唯一覚えている光景は象の放尿で、
図太い水柱が地面に叩きつけられて飛び散るしぶきと
その音、臭いは今でも鮮明に覚えている。
長らく動物園に足を運んでいなかったのは、
その1件でPTSDになったわけではなく、
たまたま縁がなかっただけである。

約23年ぶりに動物園へ行ったのは、絵を描くためである。
私は会社で絵画部という集まりに所属していて、
その活動の一環として皆で動物のスケッチを描きに行った。
皆といっても絵画部は部員不足で、
部といいながらも実際は同好会に格下げされており、
その存続自体が危うい状況である。
今回の参加者は私を入れて4人。
午前9時半に名古屋駅で待ち合わせて、
名古屋市の東山動物園へと向かった。

地下鉄東山線に乗り、東山公園で下車すると
駅前に東山公園があり、その中に東山動物園があるという構造らしい。
早速入場券を購入して、中へと入っていく。
入場してから暫く歩いてみるが、まだ動物は見えて来ない。
どこに動物がいるのだろうという疑念が頭をよぎった頃、
てっきり噴水だと思っていた池にペンギンを発見した。
何種類かのペンギンが共生しているが、どのペンギンも動かずにジッとしている。
しばらく見ていたが動きがないため、さらに奥へと歩みを進める。
次に見た動物はボンゴという牛の仲間だったが
こちらもしゃがみこんだままジッとしていて、動く気配がない。
動かない方がスケッチは描きやすいが、
半分は観光目的な面もあるので、動物が動いてくれないとつまらない。
休日勤務のため動物達のモチベーションも低下しているのだろうか。

動物達にしてみれば好きで檻に入っているわけでもないのに、
なぜ人間相手にサービスしなければならないのかと憤りを覚えているのだろうが、
動物達のやる気の無さこちらのテンションも下がり始めた頃、
ようやく動いているカンガルーを見ることができた。
群れの大半は仏陀のように横たわっていたが、
何匹かはノソノソと動き、身長40センチ位の仔カンガルーが
元気良く飛び跳ねていて人気を呼んでいた。

日が高くなるにつれて、動物達の目も覚めてきたのか、
それ以降に見た動物は比較的動きがあったように思う。
スラッと背が高く不気味な色の長い舌を出すキリン、
ストレスが溜まっているのだろうか、檻の中をひたすら歩くトラ、
妙な声を上げるピューマなどを見ているうちに昼になった。
まだ1枚のスケッチも描いていないが、
とりあえずお昼ご飯を食べることになり、売店でいなり寿司を買って食べる。
酒好きのTさんとHさんは昼間からビールを飲もうとしたが
動物園は子供のための施設なのでお酒は置いてないらしい。

一通り見てから描く対象を決めようという当初の計画を実行していたら
東山動物園が思いの外広くて、全て見終わる頃には3時になっていた。
まだ1枚のスケッチも描いていない。
しかも閉園まであと2時間しかないではないか。
各々スケッチを描くために目当ての動物の所へ引き返していく。
私はそこそこ見栄えがよく見学者も少ないボンゴを描くことにした。
画材はいろいろ持ってきたが道具を広げる場所もなく、サインペンで描いてみた。
だが途中でボンゴは営業時間終了となり宿舎へ帰っていったので、
仕方がないから傍にいたペンギンを描いてみる。
格好よく描いてあげたいところだがペンギンはずっと後ろを向いている。
程なく閉園の時間となり、結局1枚のスケッチも描きあげることなく終了してしまった。

何とも中途半端ではあったものの、
久しぶりの動物園は楽しく、動物達は皆美しかった。
絵画部らしく計画性のない一日であった。
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