散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

巨額の「地方財政計画」の行方~創生か、悪循環か

2015年01月15日 | 現代社会
地方創生に必要なのは「おカネそのもの」ではなく、「おカネを継続的に生み出すエンジン」なのだという木下斉氏の主張を昨日の記事で紹介した。更に、そのことは日本社会のおける「都市と地方」の問題が、「公と私」及び「官と民」の問題と深く結びついていることを暗示すると述べた。
 『地方創生における「公と私、官と民」150114』

しかし、報道によれば、具体的な施策も、それを導く方策も明らかではない中で、来年度予算の「地方財政計画」には、1兆円の事業費が計上されるなどの大盤振る舞いがされた。
下図は日経ニュース



1.2014年度補正予算…自治体向け交付金、4200億円
  商品券、旅行券の配布、灯油の購入補助等
2.2015年度予算案…地方創生関連、7225億円
  新規就農への支援、地方大学の活性化等
3.2015年度自治体予算…まち・ひと・しごと創生事業、1兆円

上記のグラフに示されるように、地方財政計画は2014年度比、1兆9100億円増の85兆2700億円に膨らみ、自治体の予算は大幅に増えて、2003年並に近づいた。10年ぶりのことだ。

しかし、これはアベノミクス、第2の矢の「その2 地方自治体事業版」としか見えない。初めの公共投資は経済成長への寄与はあったが、それをベースに第3の矢が続く、というストーリーは単に話だけであって、何も表れずに終わった。

それでも公共投資は、民間企業にカネがおりて使われるから、それだけを使う仕組みは長年の経験によって、形成されていたと思う。しかし、地方創生の場合は、先に述べたように、エンジンができていない処に、カネをばらまくだけのように思える。あるいは、旧来からのバラマキが姿・形を変えて表れるかもしれない。というよりも、その方が圧倒的に多いと思われる。

アベノミクスの悪循環は、抜き差しならない処まで行くのだろうか。

      
コメント
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