散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

トランプ現象と米国社会の全体像~1971年、永井の認識方法

2016年04月09日 | 永井陽之助
「アメリカ社会の冷徹な観察者の調査報告や論文を広く集め、自分なりの方法論で、その集められた部分像の重ね合せから、モンタージュ写真を作る手法で全体像を描いてみようと思いたった。」
(『解体するアメリカ~危機の生態学』(中央公論1971/9月号)

現在、米国大統領選挙の候補者として、ドナルド・トランプ氏が過激な発言を繰り返しながら、共和党内を席巻している。これを「トランプ現象」と呼んで有識者達が解説・意見を公表している。

しかし、永井陽之助が試みたように、米国の政治社会の状況に関して「1)冷徹な観察による情報を集め、2)部分像を重ね合せ、3)モンタージュ写真を作る手法で、4)全体像を描く試みは日本の中でなされていない様だ。

上記論文の中では、ニューズウィークの特集から、ケネディ政権を支えた知識人として著名なA・シュレジンガー、ラディカルリベラルと自らを規定するR・ホッフシュタッターを始めとして保守派、左翼、リベラルの論調をそれぞれ引用し、米国での多様な見方(様々な部分像)を紹介する。

そこから、60年代、米国の社会変動の全体像を以下の様に述べる。
 1)人口移動―黒人の余剰労働力の南部から北部への移動
 2)世代交代―戦後ベビーブーム世代の登場
 3)資本構成―経済繁栄による期待上昇と巨額の公共投資
 4)情報革命―情報空間の著しい拡大
 『60年代米国の社会構造変化と政治的時間の短縮~成長から“成熟”への軌跡140608』

その中で、米国の政治社会は次の様に描写される。
「現在のアメリカを動かしているものは、大統領でも一握りの指導者層でも専門家でもない。彼らは巨大な社会変動の波に押し流されまいと必死にボートを漕いでいるが、ぐるぐる元の場所を回って押し戻されている」(同上)。

一方、日本社会における高度経済成長による構造変化も基本的に同じである。それが現在に至るまで継続的に累加しているのだ。例えば、以下のことだ。
 1)人口移動―大都市への人口集中、極点都市の出現予測
 2)世代交代―少子超高齢化社会への進行
 3)資本構成―資本主義のグローバル化と貧富の差の拡大
 4)情報革命―ネットメディアの日常化による地球規模の即時性

“トランプ現象”とは、今やトランプ発言だけではなく、直接的な聴衆の反応、そのまま即時に情報を流す報道、レッテルを貼る評論の四者を合わせた現象なのだ。それらが互いにシンクロナイズしている。

しかし、その現象が何であれ、筆者がトランプ発言から感じるのは、政治的な感情にすっかり依存している本人の異様な姿だ。支持者の反応がトランプを刺激する。但し、オープンな形で支持者を拡大するのではなく、竜巻の様に回りを引き込んでいくのだが、どこか一過性とも受け取れる軽い発言が多い。

これに対して、日本での報道及び有識者の評論は、トランプ発言にシンクロナイズするかの様に、同じ言葉の繰り返しである。例えば、トランプ発言に「孤立主義」を見出すこと、支持者は「反エスタブリッシュメント」を標榜していることを指摘する程度だ。

永井は、例えば、
1952-1968年における人口移動についてデータ(郊外37%上昇、都心21%減少)を示しながら、都市での黒人と白人貧困層との分極を説明する。そこから、G・ウォレス(1968年大統領選挙で独立党から立候補)は南部だけでなく、北部の白人層からも支持されていることを指摘する。
更に、その理由として、「ウォレスは働く者の味方だ」との言葉を引用して、ウォレスがポピュリスト心情を巧みに組織化していると述べる。

なお、以下は蛇足だが、永井が授業のなかで話したことを覚えている。
その時の副大統領候補が第二次世界大戦で空襲による日本への無差別爆撃を指揮したK・ルメー(ベトナム戦争での強硬政策を主張)であった。

閑話休題。断片的な引用になった。
しかし、ここでは様々な立場の見解を参考にしていること、マクロな社会変動を把握すること、サイレント・マジョリティと呼ばれた人々の生の声を加えて個々の状況をリアルに認識すること等、永井が米国社会の全体像を描く手法を示している。米国大統領が誰になるにせよ、その行動はマクロ、ミクロの状況によって制約を受けるはずだから。

      

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1 コメント

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お久しぶりです (月下美人)
2016-05-11 12:22:58
こんにちは。青学の永井ゼミ生だった者です。永井先生を思い出してネットで検索するとこちらにたどりつき、時々拝見させていただいています。昨日、イタリア文化会館で福島原発をテーマにしたイタリア人ジャーナリストによるドキュメンタリー映画の上映会がありました。このジャーナリストの方と長年の親交がある菅元首相も奥様と鑑賞され、この方も永井先生の授業を受けられたんだったなあ、と懐かしく思いました。
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