散歩から探検へ~政治を動かすもの

自己認識の学・永井陽之助の政治学を支柱に、自由人による主体的浮動層の形成を目指し、政治状況の認識・評価・態度を語ります。

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状況型リーダーシップ~橋下徹市長の統治機構変革

2011年12月25日 | 政治理論
状況型リーダーシップとは、現状打破を目指す処からでてくる。
以下、橋下氏のtwilog より引用しながら説明する。
(T〇/×は http://twilog.org/t_ishin/asc の〇月×日付を示す)

橋下氏は『地方分権とは国から権限を奪う権力闘争』(T11/9)と、きっぱり言う。続けて、『大阪維新の会には国の仕組みを変えるだけの力はない』しかし、『国のかたちは外圧で変わる。地方の政治力も外圧の一つである』として、『まずは大阪のかたちを変える』と大阪維新の会の活動を位置づける。

ここでは、地方分権は、国から権限を奪うことであって、要望等によって国へお願いして譲り受けるものではないことを宣言している。更に、大阪維新の会は地方から国へ外圧をかけるものであり、明治維新とのアナロジーを想起させる。これは、地方分権を奪う権力闘争が、国のかたちを変えるための一つのアプローチであることを示している。

従来の地方自治体改革は、基本的にその自治体内部にクローズされており、行政改革、財政改革を主体とした、言わば一つの企業体の改革と同じであった。しかし、橋下氏の示す処、これまでの地方自治体改革と一線を引く新たな目標を設定している。改革というよりも国のかたちを変える革命に近くなる。但し、体制の変革ではなく『政治のシステムが悪く…統治機構を変える』(T8/24)のであるが。ここが、次に述べる状況型リーダーシップを生む所以である。

このリーダーシップの展開について永井陽之助氏は、『中国革命における毛沢東の持久戦論がその最もいいモデルを提供している』(『平和の代償』P19)と述べる。詳細は引用文献に譲るとして、その基本的イメージは動乱である。そのなかで、「敵」を設定し、「味方」を結束させ、中立者を巻き込んでゆく、冷徹な政治戦略が当然のように展開される。その行きつくところは「体制の変革」であり、ロシア革命、中国革命から、最近の例では、「アラブの春」を想起すれば良い。
しかし、今の日本において、後進国革命にみられる暴力革命はあり得ない。また、資本主義・民主主義などの体制の変革でもない。現状の法体系の枠組のなかで、統治機構の変革を革命ならざる“維新”として進めていくことになる。

橋下氏は以下のように言う。
『統治機構のシステムの再設計は、政治の専権事項』(T8/24)、
その政治は『選挙で選ばれた者が決定権を持ち、責任を有する』(T8/23)。
決定権の行使では『議論すべきもの、突破すべきもの、その優先順位、スケジュール感、これが政治的マネージメント』(T8/1)、
『マネージメントの当否は、選挙で判断してもらえばいい』(T8/1)。

従って、選挙で選ばれることを第一義として「大阪維新の会」を設立し、その政治目的を阻むものは、「敵」としてチャレンジする。議会のシステムは二元代表制であり、首長と議会との緊張関係で成り立つとの批判に対して、現状の議会は機能しておらず『新しいものへの揚げ足取りではなく、旧いものとの比較が重要』(T8/1)と現状の弱点を突く。
その結果、大阪府議会で多数派を形成し、大阪市議会で第一党になる。そして、今回の大阪市長選で平松氏及び市役所を「敵」として圧勝する。選挙で選ばれた場合(大阪府、そして大阪市)、政治の専権事項として役所の改革を断行する。その一方で、国の政治に対しては、既存政党の弱点を突きながら、政治的影響力を行使する。あくまでも自らの権限、及び政治的影響力を駆使して突破を図る。

以上に述べたように、状況型リーダーシップは、その名のように流動的な状況に対応できるように柔軟な構えが必要であると共に、現状のシステムを打破しようとすることから、そのシステムに対して目一杯の解釈をして自らに優位な戦略を冷徹に遂行する。
手段を最終的な政治目的に従属させることは、革命におけるリーダーシップと似ている。明確な「敵」づくりと激しい言葉による攻撃、権力を取得したときの権限行使は、これまでの地方自治体政治のスタイルに慣れた人には奇異に映り、批判を生むことにもなる。しかし、これは橋下氏の状況認識とアプローチの枠組が批判する人の枠組と異なることを意味しているに過ぎない。

この状況型リーダーシップは、創造型と投機型に分かれる(『現代政治学入門』第3章「政治的リーダーシップ」P61)。しかし、いずれにしても両方が共存し、状況との関連でどちらにもなり得る。言ってみれば、ジキル博士とハイド氏なのだ。結果論として、成功すれば創造型、失敗に終われば投機型と言われるのかもしれない。しかし、私たちは学問、報道の立場ではないから、混沌とした状況のなかで判断を欲する。

創造型と投機型を分かつ契機は次の二つであろう。
(1)ビジョンがあり、それが適切性を持つ
(2)目的と手段のバランスが取れている
これに対する判断基準は人それぞれである。しかし、自ら判断はできる。ビジョンそのものに賛成しなくてもそれがビジョンであることを認めることはできる。また、目的に対して手段が急進的でも許容の範囲内と判断することもできる。
その意味で、筆者は橋下氏の政治活動を創造型リーダーシップと判断している。
 
では、(1)(2)共に賛成か
(1)『大阪都構想』、特に基礎自治体と広域自治体の考え方に賛成する。既に、何度か筆者のメルマガで取り上げている。
 第112号 2010/1/16 地方主権では、政令指定市解消か?独立か? 
 第144号 2010/12/3 「地方自治法の抜本見直し」に関する意見応募 
(2)手段として「大阪維新の会」を立上げ、議会で勢力を築いたことは優れた実行力を示している。

一方、政治目標に絡みながらの政治スタイルには、若干の懸念をもっている。
今回の選挙で大阪府市については、「維新の会」が両首長をとり、府議会過半数、市議会第1党を占め、圧倒的に権力者の立場に立った。今後は、大阪都構想の実現、地方分権の確立へ向け、内では権限行使、国へ向けては権限奪取という使い分けをしながら政治運動を進めていくことになる。
このような形態の政治運動は日本では初めてである。今後、具体的な政策を展開することになるが、過半数を巡る争いでは圧勝であっても、具体的な政策では様々なバリエーションがあり、意見の統合を図る必要がある。

橋下氏はマスメディア、ネットメディアを介してのイメージつくりによって圧倒的な支持を集めている。橋下氏に対して争点、論点が提起された場合、それを十分理解できていなくても、メディアの情報によって浮動する「客体的浮動層」は橋下氏を支持する可能性は大きい。また、その支持に乗って争点、論点を『突破すべきものとして政治的マネージメント』を実行することは十分考えられる。

議員の間接的な支持よりも有権者の直接的支持を重視する『首相公選制』を主張し、『バカ言ってんじゃねえ。今まで首相は、あんたがた国会議員が選んできたんですよ。』(T8/2)と主張を感情も含めて有権者へ直接さらけ出す政治的スタイルは、勢いをつけるかもしれないが、対立を激化させる要素も含む。それを承知の作戦であろうが、コントロールをしているようで、波に巻き込まれる可能性もないとは言えない。冷静なフォローが肝心であろう。

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ワンマンの復興~吉田茂氏と橋下徹・大阪市長

2011年12月17日 | 政治理論
12月10日のエントリ『独裁か、リーダーシップか』で「…地方自治体の先端部分は、国の支配から抜け出し、“暴力装置”を除くあらゆる権力と政治的影響力を駆使する時代へ突入している。
今回の大阪W選挙は、その先駆けであろう。」と書いた。“暴力装置”とは、仙谷発言で注目された表現であり、その是非、正確性について話題になった。ここでは単純に「警察」「自衛隊」を意味するのであるが、もう少し範囲を狭めれば、『警察の政治的活用』とでも言っておけば良い。もっとも、最近では「検察」も重要な一翼をなすかもしれない。

先ず、独裁を『最高権力を握ったものが、1.一元的支配、2.体制批判を取締、更に(3.少なくとも政治警察を積極的に活用)する政治形態』と定義すれば、地方自治体首長が独裁政治のなれるわけではない。そうすると、橋下氏の発言も、ハシズムも含めて平松側の発言も、単なる政治的レトリックにまで下がる。平松氏は「独裁でもないのに、独裁者を気取る橋下発言の軽さ」を揶揄すれば、一件落着であったかもしれない。
但し、政治的レトリックとしての独裁発言に危険が潜まないわけではない。この言葉に惹かれるオポチュニストが関心をもち、活動に参加することは大いに考えられる。

かつて、吉田茂氏は「ワンマン」と言われていた。今では、政治的に使われる機会にも乏しく、ワンマン社長などの使い方が残されている。しかし、この言葉にはマイナスのイメージだけではなく、積極的なリーダーシップを示すプラスのイメージも含まれている。
吉田茂氏が首相であった戦後復興期は、米国の占領体制から独立へ向かう日本の岐路を定める時期であった。今、国の支配から抜け出し、地方分権へ向かう自治体は自ら岐路を決めなければならない。

このアナロジーからいけば、橋下氏率いる「大阪維新の会」を選択した大阪府市の住民は「ワンマン」を求めたとの解釈も可能であろう。
『宰相吉田茂論』(中央公論1964年2月号)で高坂正堯氏は、独善、頑固と批判されたワンマンぶりを『恐ろしく不当に取扱われ』と述べ、『裏を返せば、決断力と信念の固さ』と評価し、『長所と短所を含めたすべての能力を投入して、ひとつの仕事に傾倒してきた』とその復権を図った。

橋下氏の「大阪都構想」は国家の命運をかけた「吉田ドクトリン」に比べれば、スケールは小さ過ぎ、本来、比べるにも憚る処がある。しかし、逆に小さいからこそ、実現の可能性は大きいはずである。更に、これをキッカケに国の統治形態を変革する可能性も当然、含まれる。潜在的な大きさがどこまで顕在化するのか、首都圏を含めて他人事ではない。

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独裁か、リーダーシップか~橋下発言をめぐる政治言語の機能

2011年12月11日 | 政治理論
大阪W選挙で橋下市長が誕生して2週間、大阪府知事は誰だったっけ?との問いが発生するようにもなり、大阪府市の政治状況も落ち着きが感じられるようになった。大阪府知事に池田氏が選出されれば、ねじれ状態になり、逆に大阪市の独立へ向かう可能性もあると考えていた。
これは筆者の見込み違いであり、結果は松井氏が橋下氏と並ぶように安定多数を獲得した。ここは、再考の必要があり、別途考えを述べるつもりでいる。ともかく、実質的に、大阪都へ向けての政治はこれから動くことになる。

選挙前に橋下氏の「独裁」発言を平松市長が再度取り上げ、反橋本の「組織化の象徴」として機能させた。更に、山口二郎氏を中心にファシズムを連想させる“ハシズム”という造語も飛び出した。これに対して橋下氏はリーダーシップの発揮の側面から関連する発言を説明した。投票数獲得の争いで流通した「独裁」という言葉の機能を通して、橋下政治の一側面を考えてみたい。

6月15日ツイッターで橋下氏は、
「日本では一言目には、独裁を許すな!となるが、ねじれ国会になると、政治がリーダーシップを発揮しろ!となる。今の日本に必要なことは政治が力強さを持つ制度。」と述べている。この発言は明瞭であって「もてる権力及び政治的影響力を駆使してリーダーシップを発揮する」ことを主張している。であるなら、
「積極的リーダーシップ」あるいは「リーダーシップ」と自ら主張すれば、より正確なイメージを与えることができると普通は考える。しかし、そうではなかった。「独裁」発言は橋下氏から仕掛けられた。

橋下氏は6月29日、後援会の政治資金パーティーで「今の日本の政治に必要なのは独裁」と気勢を上げた。これに対して、平松市長は「絶句した」「自分のため、というのが独裁だ」と批判したことが次の日の新聞紙面で紹介されている(以上、ウキぺディア「橋本徹」)。

何故、「独裁」発言になったのか。
後援会のパーティーでの政治的メッセージだからだ。世の中の独裁批判に対し、強い姿勢で逆手にとって批判を無意味化し、仲間の疑念を振り払い、結束を高めるための発言である。反撃はあっても、仲間の士気を鼓舞し、更に支持も集まるはずだ。その意味で、政治的に計算された発言と受け取れる。整理すれば、
1)自らと仲間の退路を断ち、結束を高める
2)「独裁」のイメージを曖昧化する
3)激しい言葉によって支持者を増やす
反撃は予想されるが、批判者は敵であり、それに同調する有権者は少数派であって、所詮、味方にはなり得ない、との認識であろう。

更に10月31日ツイッターで橋下氏は独裁発言について、次のように述べる。
『権力を有している体制と対峙するには、こちらにも力が必要という現実的な認識を示したまでです。我々の権力の行使は市民に向けていません。常に役所組織、公務員組織、教員組織など体制側に向けています。』
ここでは、現状打破志向の政治家がもつ政治認識が簡潔に開示されており、橋下氏の立ち位置が良く判る。この認識はリコールされた阿久根市の竹原信一前市長と同じと思われる。
しかし、大きな違いもある。竹原氏が先のビジョンを描けず、地方分権の認識にも乏しく、阿久根市に閉ざされた中で、違法すれすれの冒険主義的行動に走ったことである。

橋下氏の認識の中では、体制側に国家政府も含まれているはずである。地方分権を主張し、それを政治的に打破することを目指しているからである。従って、これまで地方自治改革を実行してきた幾多の改革首長とは異なる理解が必要である。

おそらく、永井陽之助氏が『平和の代償』において、国際政治観を機構型、制度型、状況型に分け、そこから生まれる「平和=戦争観」を分析し、理解したと同じ手法が必要であろう。しかし、ここではその準備は不十分である。
それにしても、今や、地方自治体の先端部分は、国の支配から抜け出し、“暴力装置”を除くあらゆる権力と政治的影響力を駆使する時代へ突入している。
今回の大阪W選挙は、その先駆けであろう。

      
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