散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

市政への「市議会」の貢献度(2)~一つの評価尺度を試みる

2014年11月30日 | 地方自治
『市民による川崎市議会白書』を企画し、2009、2010年度と続けて編集・発行してきた。今回は2011-2014年度の4年分をまとめる。
 『「市民による川崎市議会白書2011-2014」基本構想140325』

その中で、何をもって議会の成果を評価し、市政への貢献度を測るのか、市民の側としても問われる処だ。先の企画書においては“「意思決定」の分類・整理”を掲げた。処で、川崎市議会基本条例は、議会の役割として以下を規定する。
第一に「意思決定」、
第二に事業に対する監視・評価。

では、役割に対して、貢献度の評価は何か?
先ず、意思決定。
「1.承認型意思決定」:圧倒的に多い
  首長提案をそのまま認める
「2.提案型意思決定」:四つ葉のクローバー的な稀少価値
  議員・委員会提案による条例の制定・改定
  (修正、附帯条項追加、附帯決議等を含む)

川崎市議会は、この三年間で、子ども虐待防止条例、自殺防止条例を制定した。これは高く評価できる。しかし、ニッチな政策領域での理念条例である。年に一本の条例を上げれば良いわけではない。

次に、監視・評価。
議員は、行政のチェックを厳しく行い、具体的な問題点を行政側との質疑を通して明らかにし、政策に落とし込む必要がある。しかし、現状での質疑は「状況把握質問」に終始することが大部分だ。質問そのものよりも、行政側の答弁だけが結果として残る。

かつて、片山前総務相が、地方議会は「学芸会」と述べた様に、質疑応答は事前の摺合せによって、シナリオが出来上がり、特に答弁側の局長は原稿の棒読みになる。何が質問から得られた新たな施策なのか、不明なのだ。

議会は先ず、本会議及び委員会審議での議事を政策毎にまとめることが必要だ。求められるのは議会の成果だからだ。

しかし、議会改革が進展した地方議会は数多くあるが、その自治体行政への“議会”の貢献度は明らかではない。川崎市議会は“議員・会派” 責任制だから尚更だ。これが一般的な議会の姿だが、それ故、議会の貢献が曖昧になる。
 『自治体行政への議会の貢献度~議会改革から抜け落ちる部分140911』

そこで、市民として先の『市議会白書』の中では、「重要政策」を設定、年間での会派質問、議員質問、委員会質疑をまとめ、その中での主要な質疑を抽出し、「何を進展させたのか」を評価した。

2010年度では「行財政改革」「保育待機児童」「中学校給食」等11件を取り上げた。但し、重要項目でも取り上げるに足る質問がないものもある。

例えば、「行財政改革」では、世界的経済危機の影響等、想定を越える環境変化の中で、市政は人口減少社会を見据えた公共サービス提供システムへ転換を図る必要がある。しかし、議会の質問は単発的な項目だけで、低調である、と白書は指摘する。議員は財政については何も言えないのだ。

それでも請願・陳情案件「地下室マンション条例改定」「助産所活用」は、議員の質疑に具体的事項で行政に迫るものが示され、質的に向上させる提案になった。また、その後の調査で、前者は条例改定、後者は新規事業になったことが判った。

この「重要政策」を設定して、関連する質疑をまとめ、議会そのものの活動を評価する方法は“インパクト”があった!

その後、議会HPに「主な施策に対する審議内容の紹介」欄が新たに開設された。将に「白書」で狙った政策に関する質疑のまとめだ。私たちが開発した方法は“尺度”として十分ではないが、的を射ていることは確かだ。

議会は、個々の政策に対する議会の貢献度を自ら追求し、評価すべきだ。議会による「議会白書」を刊行する地方議会が出てくることを望みたい。

      
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将来世代をネグレクト~安倍首相「代表なくして課税なし」

2014年11月28日 | 政治理論

報道によれば、安倍首相はアメリカ独立戦争の象徴となったスローガン「代表なくして課税なし」を引き合いに、消費増税の一年半延期の是非を国民に問うために衆議院を解散し総選挙を行うと宣言したと云う(11月18日)。

小黒一正・法大准教授は、これについて次の様に云う。
「「代表なくして課税なし」という意味は、「税制は国民生活に密接に関わっているもので、国民生活に大きな影響を与える税制において、重大な決断をした以上、国民の声を聞く必要がある」旨のイメージで広がっているが、これは間違い」。

「イギリスの植民地であったアメリカは、イギリス議会に代表を送ることはできず、一方的に税金だけが課税されていたためで、本来の意味は「増税するならばイギリス議会に植民地の代表者を参加させるべき」が正しい」。

「そして、この文脈でいうなら、いま日本で代表者を議会に送り込むことができずに過重な負担を押し付けられているのは、選挙権のない将来世代(20歳未満も含む)である」。



図が掲載されており、説明はないが、現状での各世代の世帯単位における受益と負担が棒グラフで著され、その差引を生涯純受益としてプロットしてつなぐと、将来世代に向かって受益が下がり、40歳代以降は負担のほうが大きくなる。結局、60歳代と将来世代10歳代以下との差は約1億円ある。そこで氏は次の様に指摘する。

「政府債務が累増するいま、選挙権をもつ現存世代と選挙権をもたい将来世代(20歳未満も含む)との関係では、「代表なくして課税なし」というスローガンは、
「増税先送りで政府債務を拡大し、将来に負担増を先送りするならば、将来の納税者の代表を国会に出せ!」が正しい解釈になる」。

また、常々、世代間格差を問題視している池田信男氏は次の様に云う。
「日本の若者は市民ではなく、被統治者である。彼らの代表を国会に出すことができないからだ。与野党が一致して圧倒的多数派である老人に迎合し、増税の先送りに賛成している状況では、若者は代表権なしに課税される」。

「首相が「代表権のない人には課税しない」と本気で考えているなら、選挙権のない将来世代への課税を先食いする国債は禁止すべきだ。逆に「納税していない人には代表権はない」というなら、年金生活者の選挙権は剥奪すべきだ」。


      
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黒田日銀総裁の“観念の冒険”~「インフレ税」下での社会実験

2014年11月26日 | 経済
今回の追加緩和は、日銀の意思決定機関で辛くも1票差で可決されたのだ。それだけに、黒田総裁の思い入れも大きいと推察できる。先の記事で述べた様に日本を「金融抑圧」の道へ導く意図を強く打ち出したものだ。
 『アベノミクスの「顕教」と「密教」~金融抑圧によるインフレ税141122』

副題が示す様に、「インフレ税」による社会実験へ一歩踏み出し、黒田総裁が安倍首相に先手を打ったことになる。首相が消費増税を行っても、避けても、日銀総裁としての存在感は変わりなく再確認されたのだ。

異次元金融緩和に対して世間が大騒ぎした際、『黒田バズーカ砲は華麗なる空砲か』として6篇の一連の記事を書いた。その中で「副題・国民は実験台か!5/13」壮大な社会実験とは」を書き、以下の様に金融関係の反応に違和感を呈した。

みずほ総研・長谷川克之氏の論考『「異次元緩和」後の世界-求められるマインドセット転換とリスク管理-』の中で「…壮大な社会実験が始まった…」「レジームチェンジは革命の名にあたいする」と無批判に述べているのを強く批判した。
国民は壮大な社会実験の実験台なのか!という趣旨でだ。

政治・経済の領域では、常に国民の生活が掛けられている。この領域で「壮大な社会実験」を試みるには、それ相応のビジョンとアプローチを必須とするはずで簡単ではない。この言葉は当リ前のように使われているが、政治に必須の“結果責任”は「実験」と相容れない考え方で成り立っているのではないだろうか。

永井陽之助は「平和の代償」の中で次のように説いた。
「国際関係や外交の領域で、政治家や外交家が“観念の冒険”(ホワイトヘッド)行うことほど平和にとって危険なことはない」「外交や政治の領域では、常に一億の同胞、あるいは人類全体の生命が賭けられている」。
一国の経済状況も同じである。特にグローバル化した今の世界では、一つの出来事は直ぐに伝搬し、影響を及ぼす。

なお、以下に筆者が参照し、示唆的であった分権を示す。本来はまとめて示すべき処、力量不足で果たせなかった。今後もこのような形式を取らざるを得ないことが多くなるように思う。

『金融抑圧政策が始まったのか:「異次元緩和」のもう一つの意味』
月刊 資本市場(No. 334-2013.6)
BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミスト 河野龍太郎


『財政再建に目を背ける日本への処方箋-ポピュリズムに陥るその前-』
2014年11月17日 東京財団 ディレクター・研究員 亀井善太郎

『ついに総選挙!5.2兆円の社会保障財源は断念、3.7兆円の燃料代“ダダ漏れ”は傍観』
ダイヤモンドオンライン 2014年11月25日
NPO法人 社会保障経済研究所代表 石川和男

『軽減税率の導入で消費税の逆進性は解消しない』
日経ビジネス 2013年12月12日(木)法大准教授 小黒一正

『税制について考えてみよう 4.税制の現状』
財務省パンフレット

『そして預金は切り捨てられた 戦後日本の債務調整の悲惨な現実』
ダイヤモンドオンライン 2013年8月19日
日本総合研究所調査部 主任研究員 河村小百合

『財政再建にどう取り組むか ─国内外の重債務国の歴史的経験を踏まえた
 わが国財政の立ち位置と今後の課題─』
J R Iレビュー 2013 Vol.8, No.9 51
日本総合研究所調査部 主任研究員 河村小百合


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岐路に立つ日本経済~財政規律を喪失した日銀

2014年11月23日 | 経済
日本経済は昨日の記事に書いた様に、国民的な自覚がないままに、岐路に立たされている。アベノミクスにおいて、大衆に訴える顕教部分はデフレ払拭、円安・株高の景気回復、一方、密教部分は「金融抑圧」によるインフレ税導入とする。今回解散はマイナスGDP・実質賃金の低下による綻びで、密教が顕わになるのを防ぐため、増税に原因を求め、現金融・財政を長期に維持させることを目指す。
 『アベノミクスの「顕教」と「密教」141122』

しかし、状況の厳しさは益々迫る。その間の状況を河野龍太郎氏の論考を引用して説明してみる。氏は次の様に云う。

高水準の公的債務の中、財政・金融政策によってデフレ脱却を目指せば、インフレ醸成後に金融抑圧が不可避となる。即ち、インフレ率上昇に対し、財政への配慮から長期金利上昇を避けるために、ゼロ金利政策、長期国債大量購入を止められず、“インフレ税”によって公的債務の圧縮を図ることになる。

日本経済の中長期シナリオとして氏は次の4つを掲げてきた。
 1)デフレ回帰
 2)4―5%の比較的緩やかなインフレ下での金融抑圧、
 3)10%程度の高インフレ下での金融抑圧
 4)安倍政権が目標とする「2%潜在成長率・2%インフレ」の定着
上記の四つのシナリオの生起確率を以下に示す。従来予想と日銀追加緩和以降(10/31~)である。

           従来予測   追加緩和以降
 1)デフレ回帰    35%    20%
 2)緩やかインフレ  40%    50%
 3)高インフレ    20%    25%
 4)低インフレ     5%     5%

基本シナリオは「2)緩やかインフレ」、アグレッシブな財政・金融政策の継続から完全雇用が定着、2015年後半から賃金上昇を伴ったインフレ率の加速がスタート。長期金利急騰を避けるべく、日銀が本格的な金融抑圧を開始すると予想していた。国債価格支持政策による長期国債の無制限購入である。

理論的にも歴史的にも、公的債務の圧縮は財政調整かマネタイゼーションによるインフレ・タックスの二つの選択肢しかない。しかし、日銀は追加緩和によって、市中発行額の9割に達する長期国債の購入を開始した。これをもって、本格的な金融抑圧が始まったと解釈すべきだろう。従来の仮説より前倒しだ。

ポイントは、早期に金融抑圧が本格化したことから、想定以上に長期金利の上昇が抑え込まれ、実質金利のマイナス幅拡大によって、円安が一段と加速する可能性が高まったことである。更に、財政膨張への歯止めが利かなくなる。消費再増税先送りもその現れだ。

金融政策単独ではなく、マネタイゼーションというパッケージで政策を捉える必要がある。それがアベノミクスの本質だ。この政策の主役は財政政策であって、金融政策は脇役、政府支出の拡大がもたらす金利上昇圧力を吸収することだ。

2014年度補正予算による景気対策、増税を財源に予定していた社会保障関連支出も、日銀が国債購入でファイナンスする。このファイナンスによる政府支出のよって、ゼロ近傍まで低下した潜在成長率を多少は上回る成長が続く。賃金上昇が始まりインフレ期待は確実に高まる。

しかし、デフレ脱却にマネタイゼーション政策が一面の有効があっても、それは強い常習性を持ち、必要な時に止められない。
政策効果は徐々に小さくなり、発動の頻度も高まる。始めたマネタイゼーションを手仕舞することが困難な政治的理由である。中毒症、依存症はますます強まり、止めどない公的債務の膨張が続いていく。

公的債務が膨らむと、マネタイゼーションから抜け出すのはますます難しくなる。長期金利が上昇、利払い費が膨張、財政危機や金融危機をもたらす。結局、テーパリング(緩和縮小)も開始できなくなる。

主なシナリオである2)、3)に共通するのは、程度の差はあれ、スタグフレーションである。現実に、名目賃金は上昇するが、インフレ上昇に追い付かず、実質賃金は減少する。歳出削減や増税などの財政調整が先送りされ続ければ、いずれはインフレと円安のスパイラルに陥る。

日銀の量的質的緩和によって財政規律はすっかり弛緩した。オリンピックを控え、今後も財政需要は底なしであり、政治的な財政膨張圧力に歯止めをかけることができるだろうか。

     


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アベノミクスの「顕教」と「密教」~金融抑圧によるインフレ税

2014年11月22日 | 経済
顕教とは大衆アッピールに用いられる通俗的な象徴体系であり、密教とはエリート集団に対する高踏的な象徴体系である。しかし、顕教と密教は相互に対照的な概念であり、一体として機能する。

ここでは、アベノミクスという経済政策を以下の様に捉える。
1)大衆に訴える顕教部分はデフレ払拭、円安・株高の景気回復、一方、密教部分は「金融抑圧」によるインフレ税導入とする。
2)今回解散はマイナスGDP・実質賃金の低下による顕教の綻びで密教が顕わになるのを防ぐため、増税に原因を求め、現金融・財政を長期に維持させることを目指す。

ここで「金融抑圧」という言葉を筆者が始めて知ったのは、河野龍太郎氏の次の言葉からだ。「異次元緩和の呼び名にふさわしい理由は、もう一つある。それは、黒田日銀の大胆緩和が「緩やかなマネタイゼーション政策」である「金融抑圧政策の大きな一歩となった可能性があるためだ」。
 『「ホテル・アベノミクス」、余りにも軽妙な!131108』

河野氏は、既に2013/5/13ロイターに『「金融抑圧」という陰鬱なシナリオ』を掲載してこのことを論じている。この時期に、「金融抑圧」に触れた専門家は他にいなかった様に思われる。先見の明という他はない。

ここで河野氏は「もう一つある」と言っているのだが、それは当時の異次元緩和において注目されたのが、円安・株高であり、それをベースに、インフレに導く三本の矢のストーリーであったからだ。

従って、「三本の矢」はマスメディアを介して一般国民に向けての宣伝として使われた顕教であり、その影に隠れるように、「金融抑圧」は優れた有識者に懸念される様な「密教的」存在であった。

久野収、鶴見俊輔両氏は顕教と密教を含む明治政府の政治体制を芸術作品と呼んだ。天皇制において、顕教は「天皇=現人神」であり、密教は「天皇機関説」であった。伊藤博文を中心とする明治政府の元老たちは、日本の近代化という課題に対し、国民的エネルギーを統合すると共に、その発揮に向けて道筋をつけるという、政治的奥義に近い微妙なコントロールを試みたのだ。
 『国民的エネルギーの喚起・統合・道筋化~近代化における顕教と密教120805』

一方、アベノミクスにおいては顕教としての「三本の矢」は、消費増税を含んで経済成長及び財政再建を両立するストーリーであった。しかし、デフレ脱却と共に、輸出大企業の企業業績は向上するが、中小企業を中心として円安が響き、労働者全体としては、実質賃金が下がり、悪性インフラ状態になっている。

即ち、メッキがはげると共に、顕教部分の調子の良さは消え、「密教的」存在であった「金融抑圧」が浮かび上がってきた。今回の消費増税の延期は、戦前の天皇制における「美濃部達吉・天皇機関説」に向けられた攻撃に似ている。

実体的には、「三本の矢」はボロが出たが、「消費増税」をスケープゴーツにし、あくまでも顕教を維持していく構えをみせたのが、衆院解散と理解出来る。しかし、日銀・財務省の金融・財政のエリート集団は舵を「密教」へと切り換え始めているとも解釈できるのだ。

但し、意識的に切り換えたというのは、言い過ぎかもしれない。なし崩し的に変えざるを得なくなったと云うべきだろう。結果として、利子率は抑えられる中で、インフレが進んでいく。従って、インフレ税が掛かることになる。

この中で顕教を維持していくということは、消費増税延期の様に、短期的な経済的痛みを回避することに他ならない。その都度、景気対策、補助金のカンフル注射が打たれ、財政が悪化する。

     
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消費税の背後に将来世代を見る~景気はそんなに大切か

2014年11月18日 | 政治
安倍首相の記者会見を見た。
やはり、昨日の記事に書いた如く、ストンと腑に落ちるロジックは何もなかった。消費税を5%から8%へと増税したことが原因で、景気が落ち込み、日本の行く末が危うくなるのであれば、消費税を「8%から5%へ」と減税すると言えば、論理的には判り易い一つの意味ある提案の様に思える。
 『安倍内閣衰退の予兆か~消費増税延期の“噂”20141117』

これも昨日の記事に書いたが、「動員というものは止めることができない」から、始めたことをもとに戻すこともできない。しかたがないから「消費税8%のままにします」という説明になるのだろうか。

では、消費増税分3%のお金が元に戻ったとして、各経済主体がそれぞれ消費に使った場合と増税分3%が実際の税金として使われた場合とを比較しないと、金を使う意義は明確にならない。

消費税は主に(1)借金の返済、(2)社会福祉費などに使う。
(1)は将来世代の生活を楽にし、(2)は子育て、医療福祉などに回るだろう。これに対して国民それぞれの手元にあれば、生活費が増えてその分だけ“優雅”な生活が送れる。現状でどちらが有意義なのか?

答が直ぐに出てくるわけではないが、今回の消費増税10%の可否においても同じ問いが発せられるはずだ。そのような考量比較をせずに、安倍首相は「景気の腰折れ」を理由に増税を延期する判断に傾いた。

そして、「消費税を引き上げることによって景気が腰折れしてしまえば、国民生活に大きな負担をかけることになります。そして、その結果、税率を上げても税収が増えないというとことになっては元も子もありません」と述べた。

しかし、この論理には飛躍がある。先ず、消費税に金を回す限りは、その分の金は消費に回らないだけで、それは判りきっており、景気には直接影響はしない。ここで“景気”の善し悪しとは何をベースに決めるのだろうか。安倍首相による都合の良い言葉になっていないとも限らない。「消費税を引き上げ」と「税収が増えない」が「風が吹けば桶屋が儲かる」ほどにも、繋がりがない。

更に安倍首相は「代表なくして課税なし」とも、「国民生活に大きな影響を与える税制」とも、述べた。確かに、現代の先進諸国の財政は借金を背負って、現役世代だけで無く、眼に見えぬ将来世代へも大きな影響を与えるのだ。しかし、その将来世代は、当然のことながら現在は代表がいない。

現在の試算によっても、今の幼年児童は、老年世代に比べて生涯所得で億円レベルでの負担増になる。これをゼロにすることは無理であっても、少しでも減らそうとするのが、現世代の任務になるはずだ。

そうであれば、消費増税の姿が、これまでと異なった輪郭で私たちの前に浮かび上がるはずなのだ。その後に見えるのは将来世代だ。


      
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安倍内閣衰退の予兆か~消費増税延期の“噂”

2014年11月16日 | 政治
明日の第2四半期GDP公表を控え、厳しい結果が予想されている。更に、消費税を10%に増税するのは延期されることに決まったかのような噂話が蔓延している。奇妙なのは、更に、衆議院の解散もスケジュール化されているかのような話だ。一方で、安倍首相は「言ってない」との発言をしている。

おそらく、これらは事実であり、また、事実になるだろう。また、それはアベノミクスの終焉を促すことになる。
「動員を止めることができません」とは、独のモルトケ将軍がウイリヘルム皇帝に答えた言葉と言われている。一旦、戦争に動員した将兵は組織の中で動き始めている。それを停止させることは巨大な混乱を引き起こすと懸念される故に、止めることはできない。

これまで組織として多くの人間、物資、武器弾薬を動かしていれば、それを別な方向へ動かそうとするときに引き起こされる疑問、憶測、…デマから、個人的判断に至るまで、多くのオプションが生まれ、何を選択するのか、或る意味で混沌とした状況にもなり得る。

安倍首相が消費税10%へのアップを延期した場合、ご本人は、それを足掛かりにして次の経済政策を掲げるはずだ。しかし、何をどう言い訳したとしても、これまで行い、データを解釈し、発言し、ここまでに至ったアベノミクスという政策との整合性を十分に説明する、ストンと腑に落ちるロジックは、無いように思われる。それを無理矢理にでも繕うはずだから、破綻は却って見えやすい。

更に、アベノミクスには多くの人が動員されている。第一次世界大戦の欧州のように。経済学者・浜田某氏を始めとして、学者、有識者、各界代表などの取り巻きが、方向性を失ったアベノミクスに独自の解釈を入れて、自らが好む政策を入れ込むチャンスと考えて、活動するだろう。

そこで明らかなことは、安倍首相が陣頭に立って経済政策の制御することではなく、その結果に右往左往する「事件の囚人」に終わる可能性が大きいことだ。これは最悪シナリオになるかもしれない。

首相が首相の座を目指して政局に再登場したとき、「輪転機をぐるぐる回してお札を刷ってバラマキ」、円安を誘導して輸出を伸ばし、そこから景気を回復させようとした。この輸出信仰が「事件の囚人」の始まりであった。

首相自身に経済政策の識見がなく、見栄えのする人気取り政策を取り巻きの進言のなかからピックアップするだけであることは、公共投資への依存、言葉だけの成長戦略からも良く判るようになった。

結局、今回の消費増税延期は、首相が自らの政策に対して自信が持てなかったことを自白したようなものであるから、その根本のところで信用を失うことを意味しているはずだ。

政治は「権力」によって多くの人を動かすワザで成り立つが、その基盤には「権威」という虚の世界で多くの人から信頼させることが必要である。今回、首相が何も言わないうちに、取り巻き及びマスメディアが今後の政策に対して規制事実を積み上げてきた。

状況を動かしてきたのは、「取り巻き政治」であって、首相の権威ではないことが白日のもとに晒された。国民は、首相が国外にいて何も発言しないうちに、総選挙という最大の政治イベントが企画されることを知った。今後は、これまでよりも一層、安倍首相と国民との距離は遠くなるはずだ。結局、安倍政権は衰退期に入ったのだ。

      





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原発に対する見方の世代間差~若い世代は冷静か

2014年11月10日 | 現代社会
NHKの調査で、川内原発再稼働の世代間の差があることが判明した。
確かに若い世代の賛成が多い。但し、40代を除いて、単なる「賛成」はほぼ拮抗していて、目の子勘定で約20%だ。逆に単なる「反対」のほうが世代間の差が鮮やかに出ている。これらに「どちらかと言えば」を合わせて、総合的に判断すると、グラフに書かれているように、再稼働に対して、若い世代で賛成が多い。


これまで、稼働してきて、特に不都合はなく、その見返りもあったのだろうから、福嶋原発の事故にも係わらず、稼働するのが普通のはずだ。特に60,70代はこれまで原発の恩恵にあずかり、安い電気料金を満喫してきた。若い世代からその恩恵を剥奪し、自らは残り少ない人生を安心して暮らそうというのも身勝手と云えないわけでもない。若い方のそのような意見は聴く処だ。

NHKによれば、若い世代で再稼働に賛成の割合が多くなる傾向はほかの地域でも見られ、20-30代での「賛成」「どちらかといえば賛成」の割合は、
地元・薩摩川内市75%、
周辺地域・いちき串木野市、出水市54%、
福岡市44%、
全国40%、
いずれもほかの世代と比べて割合が高く出た。

科学技術と社会の関係を研究する阪大・小林傳司教授は、
「経済を支える世代は、再稼働は大きな要素で、きれい事は言えない。事故の可能性と経済とのバランスを考え、危険を覚悟で選んだと思う。ただ、どちらが合理的は簡単には決められない」とする。

このコメントはおかしい、というよりもつまらないのだ。
何の役にも立たない言葉とはこのことだ。原発に限らず、自然災害、事故の可能性は何にでも存在し、そのことは誰でも知っている。しかし、普段の生活において、危険を覚悟している人間は少ないだろう。

飛行機に搭乗し、離着陸の際に「大丈夫かな」と思う人は乗る機会の少ない人たちが多く、乗り慣れた人たちは何も考えないようだ。でも、事故にあう確率は後者のほうが高い。

原発事故での問題は、発ガンの確率が高くなることだが、それなら、タバコによる発ガンの確率との比較を考えるはずだ。しかし、おそらく問題はそれではなく、汚染による被害で住居移転による生活環境の激変を恐れるのが、現実的な心配のように思える。

そうだとすると、老人が生活環境の変化を恐れ、若者は恐れが少なく、どうにでもなるとの感覚が働くと考えられる。筆者は、この生活環境の変化に対する恐れの程度が、原発再稼働の賛否の年代差に反映されていると考える。

当然のこと、比較できないことではなく、判断の問題になる。その場合、現状の生活に原発を最大限利用するとの若い世代の判断は、比較的冷静な判断なのだ。

結局、平均余命の短い年寄り世代は、多少のコスト高はあっても現状の安心感を欲する。しかし、年寄り世代が原発を止めて、電気をコスト高にしたツケは、若い世代が負担することになる。それを避けようとする若い世代は存外、計算高いのかも知れない。

     

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中国に解釈可能な文言を与えた日本~日中首脳会談へ向けた文書

2014年11月08日 | 国際政治
報道によれば、中国・北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)・首脳会議に合わせ、日中首脳会談が開かれることが決まった。第2次安倍内閣発足後、初めて、日中の首脳が正式に会談するのは2年ぶりとなる。

ここでの話題は外務省が公表した日中政府間で一致した「日中関係改善に関する文書」だ。
全文は次の通り。「日中関係の改善に向け、これまで両国政府間で静かな話し合いを続けてきたが、今般、以下の諸点につき意見の一致をみた」。

1、双方は、日中間の四つの基本文書の諸原則と精神を順守し、日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認した。

2、双方は、歴史を直視し、未来に向かうという精神に従い、両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた。

3、双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年、緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた。

4、双方は、さまざまな多国間・2国間のチャンネルを活用して、政治・外交・安保対話を徐々に再開し、政治的相互信頼関係の構築に努めることにつき意見の一致をみた。

問題は「2」「3」の太字の部分だ。先ず「2」について、「若干の」がなければ、「政治的困難を克服することで認識の一致をみた」で文章は完結している。

一方、「若干の」を言い換えると、「政治的困難を克服することに関して、少しだけ認識の一致をみた」になるが、これは文章がぎこちない。「一致、不一致」に不完全性の形容詞が付く場合、「ほぼ一致」のように使われるはずだ。大きくずれた場合は「一致」という表現は使わす、「不一致」と言うべきなのだ。

従って、更に言い換えると、以下になる。「両国関係に影響する政治的困難を克服することに関して、若干の部分を除いて不一致だった」。これでは身も蓋もないことになる。結局、一致した部分は何だったかが問題になる。

中国の王毅外相は記者会見で、日中首脳会談の実施に当たり安倍首相が靖国神社を参拝しないとの言質を得たかと聞かれ、「日本が(合意を)確実に実行することで、会談に必要な良好な雰囲気が作られる」と述べ、直接答えなかったのだが、これだけ質問に答えれば、最大限に答えたことになるだろう。
但し、日本が受身であるから、具体的には日本の答が求められる状況だ。日本としてはこれまで通りの姿勢では、苦境になるはずだ。

次は「3」の「双方は、…について異なる見解を有していると認識している」。
唐突だが、上海コミュニケ(1972/2/27米中共同声明)の台湾に関する米国の立場表明と比較してみよう。「米国は,台湾海峡の両側のすべての中国人が,中国はただ一つであり,台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は,この立場に異論をとなえない」。

キッシンジャーと周恩来の外交交渉における「言葉の芸術」とも云われる部分だ。米国が第三者であるから云えたのだが、当時の中国と台湾がこれで合意することは決してない。その後、北京政府が中国を代表し、台湾政府は台湾に収まり、一つの中国、一つの台湾が実質的に公認されたわけだ。

今回の日中は当事者同士であるから、ゼロサムゲーム的になる。また、非対称的関係であり、日本が中国の見解を認識することと、中国が日本の見解を認識することは効果が異なるはずだ。中国が一歩前進と評価するのは当然だ。

これに対して日本が何を得たのか?定かでは無く、中国の宣伝が大きく報道されているだけだ。メリットがあるとすれば、米国のご機嫌をとったことであるが、米国は内心、日本をバカな奴だと思っているかもしれない。

尖閣諸島に関して、永井陽之助氏は1978年の日中平和友好条約締結時において、慎重論を展開しながら、次の様に指摘していたことが気になる (「中央公論」1978年5月号、「時間の政治学」所収)。
「…日中平和友好条約では尖閣列島を棚上げにしてまで推進する態度は、衛藤瀋吉氏の指摘の様に、論理的一貫性を欠くといわざるを得ない」。

いずれにしても、日中首脳会談には先に投資をしたことは確かで、それを生かし、米国を巻き込んで平和の構造を打ち立てる環境の整備を期待したい。

      


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成熟社会へ向けての諸問題~国家経済の課題

2014年11月07日 | 現代社会
「成熟社会」が政府の中で論じられたのは、三木内閣の時代からだ。経済学者・村上泰亮氏が中心になって起案した「生涯設計(ライフサイクル)計画」が中心概念として使われた。
 『村上泰亮「生涯設計計画」1975年140820』

そして、そのトリガーとなったのは、永井陽之助の論文『経済秩序における成熟時間』(1975/12)だ。当時、公害だけでなく、高度経済成長により、人口・資本・情報を中心にした社会生態系のバランスが崩れ、混乱に陥った時期であった。
 『高度経済成長による時間の稀少性20140701』

それから40年、グローバル化と少子超高齢化が到来する中で、GDPマイナス成長、貿易収支の赤字化、慢性財政赤字に日本は苦しんでいる状況だ。しかし、先進諸国の一員として日本は、先の「ライフサイクル」の概念を重視し、個人の生活が多様に展開していく道を準備する必要がある。それこそが成熟社会の基盤になるのだ。

但し、課題をデッサンし、全体における問題点の整理は十分になされているとは、言い難い。少し、メモ風になるが、思いついた時に書き残しておきたい。

先ずは経済問題だ。池田信夫氏の枠組を基盤に整理してみよう。

次の図のように貿易収支の黒字は1980年代より減っているが、2000年代から所得収支(海外子会社の配当や金利収入など)の黒字が貿易収支の赤字を上回っているためだ。日本は貿易で稼ぐ国から、成熟した債権国になったのだ。
 
  
  国際収支の推移(単位=兆円、貿易収支はサービスを含む)

このような変化は、国際経済学でよく知られている。途上国では貿易赤字を資本収支の黒字(流入超)でファイナンスするが、成長すると貿易収支が黒字になり、やがて経常収支(貿易収支+所得収支)も黒字になる。

成熟すると貿易赤字になり、所得収支の黒字で稼ぐようになるが、貿易赤字が拡大すると所得収支も減り、最後は資本収支も黒字(対外資産の取り崩し)になって衰退してゆく。
 
  
  途上国が成熟、衰退していくまでの発展段階

日本は戦後の60年余りで「1」から「4」まで駆け抜け、「5」成熟国の段階に入ろうとしている。問題は、欧米諸国が200-300年掛かって到達した資本主義の成熟を日本が短期間で実現し、経済構造が「輸出立国」の時代のままなのだ。今のまま「ものづくり」や輸出にこだわると、貿易収支だけでなく所得収支も赤字になり、一挙に「6」衰退国になるおそれが強い。

今後40年で労働人口は半減し、現役世代1人で引退世代1人を支える超高齢化社会が来る。資産の取り崩しによって金融資産が減ると、財政赤字が支えられなくなる。先進国が成熟しそこねると、欧州の問題国家(PIIGS)のように財政が破綻し、将来世代の負担が急増する。

これによって経済が破壊されると、老化して活力を失った日本経済が立ち直ることは難しい。今のうちに輸出立国から、資本輸出と製品輸入で資産を有効利用する経済構造に転換しなければならないのだ。

以上が素描であり、経済を成熟化させた社会が成熟国の基盤になる。

     
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