散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

“有権者改革”は天声人語の勇み足か~“議会改革”との異質性

2015年03月29日 | 地方自治
朝日新聞・天声人語が「地方議員をどう選ぶか20150326」で流山市議会の松野豊議員のブログを取り上げ、その中で“有権者改革”という言葉を用いていた。松野氏は議会改革を日本の中で先導した議員として名高い。
筆者はこれを川口市の市民団体が発行する「議会改革のブログ」で読んだ。しかし、瞬間、筆者はこの言葉に相当な違和感を持った。

国民、住民、市民等について、意識改革という言葉はマスメディアには良く登場する。おそらく今回の言葉も有権者の(政治)意識改革との表現と推察される。それが“有権者改革”に圧縮されたのは、字数制限もあるだろうが、“議会改革”との対応をとった表現とも感じた。しかし、“有権者改革”とは耳慣れない言葉だ

天声人語は次の様に云う。
「昨今、地方議員には逆風が吹く。それでなくても何をしているか見えにくく、遠い存在と思われがち。どう選べばいいのか、住民が困るのも当然だ…松野さんは「有権者改革」が今後は必要という。議会や役所を変えるだけでは民主主義の質は高まらないと思うから。特に下がり続ける投票率を気にする」。

早速、「有権者改革」で、ググってみたが、天声人語で紹介された以外に松野氏自身の発言は見出せなかった。
先にも述べたように、有権者改革は議会改革と並べたものだ。しかし、議会は職業に関わるものであり、当事者も限定される。ビジネス(改革)と同じで、一つの組織体として存在する。しかし、有権者は、職業人として日頃は仕事に勤しみ、選挙の際に投票し、後は当選者に信託するのだ。もとより、政治団体等に所属する人たちを除いて単なる個人だ。これが改革の対象になるのだろうか。

松野氏は、天声人語で引用している「統一地方選挙!良い候補者選び10の基準」の中で次の様に云う。「地方統一選での投票率は、年々低下している!また、昨年末の衆院総選小選挙区の投票率は過去最低の52.66%であった」。

「投票は、義務ではなく権利(参政権(憲法第15条))、主権者が代表者に権利を信託する行為だ。投票率50%以下で当選した政治家が「本当に民意を反映できるのか?」。一方、白紙委任をして、後から文句を言う有権者は「公共を担う市民の一員として、健全と言えるのだろうか?」。

「しかし、「誰に投票したら良いのかワカラナイ…」ということもあり、投票の基準が明確にして、投票率の向上を図りたい。そこで、市議会議員の視点から「候補者を見極める基準」「候補者に求められる資質」をまとめた。これは、周囲の人と自分の街の将来や選挙について話し合うきっかけを提示することが目的だ」。

松野氏は“有権者改革”とは云っていないようだ。本人に確かめて使っていれば別だが、天声人語が松野氏のブログの内容を簡潔に紹介し、まとめて“有権者改革”としたのなら、ジャーナリズム特有の誇大表現と考える。天声人語にあっては、自らは有権者より優越し、有権者を啓蒙する役割を担うという発想が潜んでいるように思える。

松野氏の「10の基準」に戻ろう。
この基準も、それに続く、駄目な候補者のパターンも、それぞれ尤もで有り、読み物としては有益だ。しかし、実践的かと云えば、そうではない。先にも述べた様に、また、筆者がそうであった様に、投票日、投票所に行ってからポスターの掲示板を見て、投票先を決める有権者も少なくない。
 『新顔と情報を住民へ提供する議員を比較~直観による一票の決断150315』

そうでなくても、日常、仕事に多くの時間を割き、その他は、細切れの時間を過ごす一般の有権者にとって、観念的には権利で有り、公的責任を持つことは判っていても、他者に負託するだけの行為に時間を割くことはではない。

また、情報が多くなるほど、選択が容易になるわけでもない。却って迷いが増すことにもなる。有権者は、人間本来の五感を使って判断したいのかもしれない。従って、選択の精度は落ちるにしても、少ない情報で、短い時間の中で判断する方法を、それこそ、16年間の議員生活を活かして提示することも有益な行為と思われる。

改めて確認するが、
議員と有権者は、権力という軸をとれば、立ち位置は天と地の違いがある。議員の職業人としての意識改革及び組織体としての議会改革は求められて当然だ。
一方、有権者個人の意識改革は、あるとしても個人に委ねられ、一群としての有権者改革は言葉として成立しない。

     
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地方議会の役割と住民の姿勢~2006年頃に考えていたこと

2015年03月28日 | 地方自治
前々回の統一地方選挙、2007年4月の少し前頃から川崎市議会の実情に触れるようになってきた。屋外少年スポーツ施設のあり方、圧倒的に野球のグランドが多いことに疑問を持ち、議会に、筆者として陳情第1号を提出した頃だ。

今にしてみると、青臭い処もある。しかし、考え方としては、約10年弱、一貫している。改めて、今度の選挙後に向け、考え方をしっかりさせるため、読み直してみる。

議員による議会活動情報の編集・(住民への)報告、住民の議会への参加、に関して充分に考えられていなかった。最近は、その辺りの考え方が進化している。新たな提案も想い浮かんでいる。以下、2006年頃に記載した文章を載せる。

議会の役割と住民の姿勢
 1.問題の所在~自治体議会と住民
 2.当面、議員に望むこと
 3.住民としての課題克服へのアプローチ

1.問題の所在~自治体議会と住民

議会側
1)地方自治体議会は何をする?議員がいれば「議会」、ではない
2)自治体全体に係わる“課題”を考える議員が揃って議会となる
3)その“課題”は多面的な側面を有する複雑な問題だ
4)議員が“課題”を考えれば、意見、考え方は多様になる
5)従って、何をするにも討論が必要である、“討論”こそ、議会の真髄だ
6)更に、住民代表としての議会は統合された“提案”で最大に機能
7)現状を一言で言えば、「議員あって議会なし」
8)“行動する議会”に向けてあるべき「自治体議員像」を構築していこう

住民側
1)選挙で代表としての議員を選出する住民の立場はどうか?
2)議員或いは業界、町内会、財団法人等の中間団体に白紙委任では?
3)マニフェスト・公約を先ず「検証を前提とした政策体系」と捉えよう
4)選挙においてマニフェスト・公約は投げられたボールとして受けとめる
5)政策を検証してみる、そのために状況をフォローすることが必要
6)ひとりでは不案内で時間が掛かる、仲間を募って手分けしてみる
7)“日常的フォロー・検証”へ、日頃の会話で政策を話題に!!

2.当面、議員に望むこと

1)具体的な問題を議会において「川崎市全体の課題」として提起すること
2)会派で、更に議会としての意思統一を図る
  ・「マニフェスト・公約」による会派としての意思表示と実行
  ・議会改革に向けて行動すること

3.住民としての課題克服へのアプローチ

1)川崎市議会 における定例会、委員会内容を分析する
2)興味をひく「課題」に関連する政策について調べる(*を参照)
3)自分自身が共感する議員の活動をサポートする

  *「課題」の進行(問題生成ー課題提起ー認識共有ー課題克服)
   ・政策の循環を螺旋状に進むサイクルとして提起する
   ・各段階におけるポイントを提起、具体敵に検証する

      

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イスラム国の存立基盤~ボルシェビキ革命から類推

2015年03月23日 | 国際政治
「イスラム国は、約1世紀前のボルシェビキのように、革命を起こす力をもって彗星のごとく現れた。単なる1つのテロリスト集団から、レバノンやイスラエルより大きな土地を支配するまでになった」(Jack Goldstone教授)。

このアナロジーは的確だ。何故なら、レーニンの共産主義は資本主義に対抗する強力なイデオロギーであると共に、戦争論を革命へ適用して内戦の理論にもしたからだ。更に比較を引用してみよう。

「イスラム国側は地域的にも世界的にも支持を拡大…ボルシェビキが連合国軍による干渉を「西側資本主義がロシア人を搾取しようとする証拠」だと非難したように、イスラム国もまた、米国主導の空爆や無人機攻撃をシリアやイラクの、そして世界中のスンニ派を説得する材料として使っている」。

以下がロシア革命に匹敵するイスラム国の存立基盤になる。
「1917年に起きたロシア革命で、レーニン率いるボルシェビキがソビエト政権を樹立。ロシア皇帝の圧政に反対する勢力のなかでも、ボルシェビキは最も過激な思想を持ち、ロシア正教会を弾圧、私企業や階級を廃止、労働者に力を与えるという新しい社会秩序を約束し、国民の支持を急速に獲得した」。

従って、「リビア、ナイジェリアでは、イスラム国に忠誠を誓う過激派組織もいる。抑圧を感じる世界中のスンニ派にとって、イスラム教の中心地に強大なスンニ派国家を築くというイスラム国の計画は魅力的だ。イスラム国は、バグダッド進攻、西側諸国への攻撃に向け、戦闘員・武器・資金を集めることも可能だ」。

「シリアとイラクの戦線でイスラム国と戦う部隊は、地域を防衛することは可能かもしれない。しかし、イスラム国を圧倒し、同組織の支配地域を奪還するのに必要な持続した攻撃力は持ってない」。

そこで、「トルコやイラク、イランやサウジアラビアといった地域の主要国が団結し、イスラム国に波状攻撃を行わなければ、長い将来にわたってテロと戦争を生み出すことになる。故に、欧米諸国を含む連合軍が必要とされる」。

「ソビエト政権の赤軍と反革命勢力の白軍が争う内戦状態のなか、米国、英国、カナダ、フランス、オーストラリアなどの連合国軍は白軍を支援するため対ソ干渉戦争に突入」。

「だが、1918-1922年までの5年に及ぶ戦いで、ボルシェビキは国内の反対勢力だけでなく、連合国軍にも勝利した。彼らには固い決意と団結、そして思想があった。一方、連合国軍は第一次大戦で疲弊し長期戦への覚悟もなく、目的もさまざまで一致団結できなかった」。

同じ様に、「中東での連合軍が効果的に機能するかは疑わしい。欧米の同盟諸国はすでに、イラクとアフガニスタンでの戦争で疲れ切っている。長い景気後退とばく大な海外戦費のせいで、たとえ相手がイスラム国だとしても、国民は中東での新たな戦いには賛否両論を示している」。

加えて、「主要な関係国が抱く目的はそれぞれ異なる」。
イラン:アサド政権の維持に繋がる対イスラム国作戦しか支持しない。
トルコとサウジ:アサド大統領を権力の座から下ろすことにしか協力しない。
オバマ大統領:アサド氏の今後を明確にする戦略を取ろうとしなかった。
主要な国々:その結果、中途半端な支持しかしなかった」。

アサド大統領はどうするのか、「ダマスカスとアレッポを結ぶ主要な回廊地帯と沿岸部を奪われない限り、シリアのアサド大統領はイスラム国による一部支配を容認するとみている。一方で、アサド政権の残虐行為と米国主導の空爆は、ますます多くのシリア人をイスラム国へと向かわせている」。

従って、「強力なシリア政府軍をイスラム国と戦わせる唯一の方法は、アサド大統領を退陣に追い込むことだ。シリアの軍部とエリート層に、同大統領を失脚させればシリア再建を完全に支援すると約束することは可能だ。ただしそれには、スンニ派も新政権に加えることを条件とすべきだろう」。

こうなると、堂々巡りで有効な策は無いように思える。

      
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地方議会における決算・予算・実算~後向きで前へ歩く

2015年03月21日 | 地方自治
地方議会では3月議会で予算案を審議し、9月議会で決算案を審議する。そして、年間を通して実行中の予算をチェックする。これは試みに「実算」と呼ぼう。即ち、“予算―実算―決算”のサイクルになる。

しかし、これは行政サイドから分け方によるサイクルになる。議会にすれば、行政側が策定して提案した予算案を審議し、基本的にはその案を可決する。例えば、修正があっても、一部だけであって、大勢には影響しないことが多いのではないか。そうでなければ、首長が選ばれた意味がなくなるはずだ。地方自治法の規定の考え方も、将に二元代表制の考え方沿っている。

そこで、議会の役割は条例を策定することを除けば、行政をチェックすることになる。そのチェックの仕上げが決算の認定になる。これも認定はするのだが、具体的な予算の使い方についての問題点をまとめる必要がある。そうでなければ、議員は仕事をしていないことに等しい。

そのまとめのツールとして「事業仕分け」が有力な方法だ。即ち、具体的な事業運営が有効に行われたのか、本来の趣旨を全うしているのか、行政の担当レベルから聴く必要があるからだ。

しかし、これは全体をまとめて、類似の問題がないのか、行政側にチェックさせる必要がある。そのチェック結果も含めて次年度の予算に反映するのが議会の仕事となるはずだ。そこでのサイクルは“決算―予算―実算”になる。

議会は決算から始まる。
それは、後を向きで前へ歩く、ことに準えることができる。既に終わった仕事を検証することで次年度の予算に対して、何らかの形において、変更を加えることだ。当然、行政側の協力が必要になるし、それ以上に、議会の位置づけに対する理解が大切だ。

それは「二元代表制」に対する理解と同じだ。先にも論じたように、予算案の承認的意思決定だけでは、「1.1元」にしかならない。これは両者の機能を考えたときに、理解できることだ。
 『地方議員候補は予算案に対する意見表明を~統一地方選での課題150312』

それを少しでも「二元」に近づけるには、議会内活動として上記のサイクルを固める必要があるのだ。おそらく、それでも「二元」には到達できないであろうから、「住民への議会からの使者としての議員」を提案した。
 『ヘルメスとしての地方議員~票と利益の交換を超えて150303』

さて、川崎市議会は今年度から決算委員会の形式を変えた。決算を重視する筆者の立場からは非常に大きなことになる…可能性がある。
議会かわさき 第102号-平成26/11/1発行』には、決算審査特別委員会の審査方法が変わったことが書かれている。

「決算審査が来年度予算により的確に反映されるよう、今回の決算審査特別委員会から、常任委員会単位の分科会で決算議案を審査し、分科会での審査を踏まえ市長と総括質疑を行うという運営方法に見直しました。」

「また決算審査の見直しに伴い、9月4日に都井清史氏(公認会計士)を講師に迎え、特別会計や企業会計の見方などについて「決算審査に当たっての着眼点と議会に求められるチェック機能」をテーマに議員研修会を開催しました。」

しかし、変えたことによって、前年度までと比較して、厳しい審査をできたのか?何も答は書かれていない。議会として市民への報告義務があるのではないか。尤も事業仕分けによる評価はなされておらず、極めて不十分であることは想定できるのだが。

      
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世界人口のメガトレンド~先進国の衰退と途上国の台頭

2015年03月17日 | 先進諸国
超高齢化・少子化のなかで、日本の人口は著しく衰退し、中でも地方の一部は消滅するとのレポートが、地方創生のバラマキ予算の発想に繋がって、来年度予算に反映することになった。しかし、それは先進諸国共通の危機でもある。

世界人口の動向も、表題の報告が「フォーリン・アフェアーズ・リポート 2010/11号」『世界を変える四つの人口メガトレンズ』に一部が掲載されている。
 (ジャック・A・ゴールドストーン(ジョージ・メイソン大学・政治学教授)

「概要」は以下である。これが世界の成行きなのだ。
21世紀の新しい現実は、世界のどの地域で人口が減少し、どこで増大するのか、どの国で高齢者が多くなり、どの国で若者が多くなるか、世界の人口動態の変化が、国境を越えた人の移動に与える影響で左右される。

欧米を中心とする先進国は人口面でも経済面でも衰退し、世界経済の拡大はブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、トルコ等の新興途上国の経済成長によって刺激される。

しかも、若者の多い途上国から労働力不足の先進国へと大きな人の流れが必然的に起きるし、一方で、経済基盤の脆弱な途上国の若年人口が世界で大きな混乱を作り出す恐れもある。必要なのは、こうした21世紀の新しい現実に備えたグローバル構造の構築を今から始めることだ。

次に部分公開された「世界経済に占める欧米の比重は低下」を紹介する。
18世紀初頭、世界人口の20%は(ロシアを含む)欧州で暮らしていた。産業革命の到来とともに欧州人口は増大し、一方で、欧州からアメリカ大陸への移民の流れも生じた。第一次世界大戦前夜までには、欧州人口は4倍以上に増えていた。1913年当時の欧州人口は中国よりも大きく、欧州および北米の旧欧州植民地国に世界の総人口の33%が暮らしていた。

だが、このトレンドも第一次世界大戦後に医療技術と公衆衛生概念が貧困国へと広がりをみせ、変化する。アジア、アフリカ、ラテンアメリカの人々の寿命が延び、出生率も基本的に上昇し、低下した場合でも、穏やかに止まった。2003年までに、欧米加の総人口が世界人口に占める比率は17%へと低下した。

2050年までに、この比率は、1700年当時よりも少ない世界人口の12%規模へと低下する(この予測は、途上国の出生率は低下、先進国では上昇と仮定する国連の「中位推計」を基にしているが、現実を過小評価している。先進国の出生率が上昇する根拠はない)。

人口に加えて所得の変化を考慮すれば、欧米の相対的衰退はもっと際だってくる。産業革命はヨーロッパの人口を増大させただけでなく、経済的に豊かにし、一人当たり所得も大幅に上昇した。

経済史家のアンガス・マディソンによれば、19世紀初頭には米欧加経済が世界の国内総生産(GDP)合計の32%を生産するようになり、1950年までには、その比率は(購買力平価でみると)実に68%に達していた。

だが、いまやこのトレンドは大きく覆されつつある。
1950年には68%だった米欧加経済が世界の経済生産に占める比率は2003年には47%へと低下し、今後さらに急速に低下していくだろう。

2003-2050年の米欧加における一人当たり所得の伸び率が1973-2003年と同様に、年1.68%で推移するとしても、世界の他の地域の所得における伸び率が年平均で2.47%だとすればどうなるだろうか。

米欧加経済のGDPは2倍に増えるだけだが、世界の他の地域のGDPは5倍に拡大する。この場合、2050年の米欧加経済が世界のGDPに占める比率は30%を下回ることになり、1820年当時以下の比率へと落ち込む。

つまり、2030-2050年におけるGDP成長の約80%は、欧米加の外側の世界で起きることになる。21世紀の半ばまでには、車、家電などの耐久消費財の多くを購入するのは、現在の途上国の中産階級層になるはずだ。

世界銀行の予測によれば、途上国の中産階級の規模は2030年までに対2005年比で200%増の12億人規模に達する。これは、途上国の中産階級層の人口が、アメリカ、ヨーロッパ、日本を合わせた総人口よりも大きくなることを意味する。

当然、今後の世界経済の拡大は、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、トルコ等の新興国家の経済成長によって刺激されると考えるべきだろう。

      
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「新顔」と「情報を住民へ提供する議員」を比較~直観による一票の決断

2015年03月15日 | 地方自治
先日の記事において、議会と住民を結びつける「ヘルメス(=使者)としての議員」を提案した。ここでは“情報の交換”をポイントとしている。即ち、コミュニケーションになる。
 『ヘルメスとしての地方議員~票と利益の交換を超えて150303』

しかし、常日頃、議会なんぞに関心を向けない一般住民にとって、名前も顔も知らない立候補者から誰に投票するのか、決めること自体が、どうでも良い活動に思えてくる。従って、投票所へ出掛ける動機が乏しい。そこで、自分に対して言い訳を…ひとりの人間が投票(棄権)しても何も変わりはない、等々。

しかし、心の中では、何ほどか後ろめたい気持ちがないわけではない。そこで、「ひとり一票」を実行することが、株主のひとりとして市政の経営に関与するチャンスと考え直して投票所へ向かうことだ。統一地方選挙のときは尚更だが、投票所の前の候補者ポスター板では、必ず、候補者の品定めを行っている人がいる。

筆者も若い頃はそのひとりであった。但し、少しは考える処があって、一票の行方を決めていた。それは、ポスターに選挙区の課題等が判り易く記載されている候補者を抽出することだった。それほど、上手くできたとは思わないが、それでも基準として考えておくと、サッと一瞥して決めることができるのだ。

地方政治にも関心を持ち、首長だけでは無く、議会(改革)にまで、活動範囲を設定した現在と、その頃を多少無理矢理にでも結びつけることが可能なのは、基本的な発想がそれほど変わっていないことを示しているのかも知れない。

今でも、最小限に近い情報で決める場合は、上記の方法が良いと思っている。ただ、当時は考えなかったこと、新顔を前(元)議員と区別することも付け加える必要がある。何故なら、本人が立候補する限り、議員を変え得るのは有権者だけだからだ。

前回の統一地方選挙では、みんなの党のブームがあり、川崎市でも多摩区以外の6選挙区で立候補、全員が高得票で当選している。筆者はその際、候補者の方と直接に話を交わして判断した。その時は、こちらの話を良く聴いてもらえるのか、を判断の基準にした。そこで、新顔の方と前議員から選んだひとりとを比較して、一方を選んで投票した。

川崎市の統一地方選挙の投票率は前回45%だった。これは神奈川県知事選挙を含むから比較的大きいように見える。しかし、市長選挙は別にある。それは前回32%であった。

何だかおかしいのだ。
県知事(県議員もそうだが)は政令市の川崎市にはほとんど関係ない。川崎市政は県政からほとんど独立している。この辺りが、有権者の地方自治に対する理解度を象徴していると感じる。おそらく、市議会選挙だけが別に行われれば、30%程度だと考えられる。従って、手持ち情報の少ない方が多いことが想定される。

筆者の選挙区、川崎市高津区では、定員9名に対して14名程度の立候補者が噂されている。有権者にとって、候補者全員について、その政策等を比較・考量することなどできる相談ではない。しかし、投票率が高いと想定されるほど、立候補者は広い範囲で票獲得に動く。立候補者を動かすほど、有権者は多くの情報を得られる。従って、“投票行動の質”も向上するし、その後の議会活動の検証も活発になるであろう。結果として、議員の質も淘汰されていく。

改めて、一票の決断方法は、

1)市政の情報を住民に提供する議員。但し、情報としては、市政の課題、論点、争点が判る様な提示を目安にする。
現在の首長政治の方向、考え方は決まっているから、議員の公約等による影響は限られた範囲内だ。議員の役割は、先ず、市政の内容を住民へ知らせることなのだ。そこで、住民への情報開示が大きい議員ほど住民に役立つ。政策提案などは、その次の問題だ。

2)新人議員。対面して言葉を交わし、話を良く聴くこと、できない場合は、現状の議会を批判的に克服する考え方が提示されていることを目安とする。
市政の内容を理解する点においては、議員在職者と比較はできない。従って、現状議会の刷新へ向けて努力することが求められる。

3)上記の1)及び2)は比較できない。そこで、どちらかを選択する。この方法であれば、情報が極小であっても、自らの直観を働かせて選択ができる。

      
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地方議員候補は予算案に対する意見表明を~統一地方選での課題

2015年03月12日 | 地方自治


地方自治体の政治制度は二元代表制と云われる。これは首長と議会の構成員である議員をそれぞれ別の選挙で選ぶことによる。国政のように、国会議員から首相を選出する様に、その地方議会の議員から首長を選ぶシステムではないからだ。そこで、「議会―議員―住民」の構造において、議会と住民を繋ぐ「使者としての議員」を議員像として提案した。
 『ヘルメスとしての地方議員150303』

一方、議会の構成員としてみた議員の役割は、例えば、川崎市議会基本条例によれば、1)意思決定、2)事務執行の監視・評価、になる。従って、先ずは「意思決定」だ。その中でも、毎年必ず議決すべきことは年度予算案だ。更に、事務執行は予算案に従って行われる。

上記のことから、首長が提出する予算案に対して各議員は必ず、賛否と共に意見を述べる必要がある。それをベースに、その一年の事務執行の監視・評価が成り立つはずである。

別の言葉で云えば、議員の仕事は、予算案に反映される一連の「首長の政策群」を理解することから始まるのだ。更に、予算案は、総合計画・財政計画を基盤とした政策を具体的な施策へ落とし込んで成り立っている。そこで、基盤となる長期計画を首長と共有することが、議員の先ずの任務となる。

即ち、議員の仕事は、その時の首長の政策の下に自らの考え方を重ね合わせて成立するものだ。勿論、その究極として議会が予算案を否決することはできる。しかし、それは例外的なはずだ。何故なら、首長は選挙で選出されたからだ。住民は、執行機関を統轄し、事務を管理・執行する唯一の存在として首長を選出している。予算案も首長が編成して提案するものだと、住民も心得ている。

議事機関としての議会での議員の役割は事務の課題、論点、争点を提起することだ。従って、多くの事務に関する一般会計としての予算が、議決という形で承認されるのは必然である。議会は、更に個々の議員は、ある意味で無力な存在なのだ。筆者はこの「首長―議会」構造を「1.1次元」代表制と呼んでいる。

これを実質的に、「二次元」へと近づけるのが、先に提案した、ヘルメスとしての議員像なのだ。

話を間近の統一地方選挙に移そう。
地方議員選挙においても首長選挙と同じ様に公約あるいはマニフェストが掲げられる。しかし、それが何を意味するのか不明である。議会は政策の執行機関ではない。議決機関であり、議事を通して事務の監視、評価を行う機関なのだ。従って、「基本計画を議決事項にする」ことは、議会の中での説得になるから、公約として掲げるのはあるだろう。

しかし、一般的な政策については、現状の事務を前提にして提案しなければ、空疎なものになる。即ち、予算案に対する意見として表明することが判り易く、行政の枠組のなかでの議論となり、位置づけも明確にできる。新規事業を提案するにも「予算ゼロ」事業と云えばよくなる。

そうすると、立候補者は来年度予算案を統一的ベースにして、自らの考え方を明らかにすれば良い。それに将来の姿、例えば、人口減時代、を描いて長期展望を述べることも可能だ。また、首長の政策を評価する立場から原案を効率的に運営する立場(首長支持派)がいても良いはずだ。
一票を投じる住民にも判り易くなる。

以上に述べた様に、地方議員(候補)の仕事は、その地方の予算案を中心に回転することを、議員自らが改めて自覚し、様々な局面で表現することだ。これが説得力を持てば、優れた仕事になるはずだ。また、地域住民としても予算案の議論に注目することが良い議員を選ぶコツになると考える。

      
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自治体議会の評価、プラスへ転じる朝日新聞~全国調査07,11,15年

2015年03月10日 | 地方自治
統一地方選挙を目前に控え、朝日新聞の自治体議会に対する評価が,好意的な方向に変わったことを昨日の記事で述べた。変わったという意味は、これまで朝日恒例の全国自治体議会調査に関する評価結果を覚えていたからだ。
 『住民の声を聴く、自ら条例を作成150309』

勿論、うろ覚えになってきたので、感覚として頭に残っていることと比較し、変わったのは、議会なのか?それともマスメディアの眼なのか?と考えてみた。

議会基本条例及び議会報告会は共にファッションとなって、自治体議会に装備されるようになってきたことは「自治体議会改革フォーラム」の報告から明らかであった。しかし、これが良い方向とは必ずしも云えないとも感じていたし、今でもその気持ちは残っている。

その違和感を抱きながら、朝日新聞の記事に接したもので、疑問が自らの中で表面化したものと考えている。そこで、市民として川崎市議会活動の検証を試みようとした頃のことを想い起こして、朝日新聞の論調を調べてみた。

『「当たり前の議会 道半ば」~列島発!全国議会アンケート』(2008/6/8)
 ・任期は本来4年-2年内で議長交代6割強
 ・役所の「追認機関」-議員提案で立法1割弱
 ・採決時、どんな判断-議員個人の賛否公開5.4%
 ・夜間、休日開催は-「定期的」わずか29議会
 ・コメント「市民と直接向き合うのが責務」廣瀬克哉・法大教授

以上が2008/6/8の紙面に掲載されているが、調査そのものは3月までのことだ。
タイトルは「当たり前になっていない」ことを強調しており、厳しい批判が全編を貫いている。廣瀬教授のコメントが全体の状況の中で何が欠落しているのかを一言で言い表している。続いて、2011年…

『「3ない議会」なんて、いらない~全地方議会を調査』(2011/2/25)
全国の地方議会のうち、首長が提出した議案をこの4年間で一本も修正や否決していない「丸のみ」議会は50%、議員提案の政策条例が一つもない「無提案」議会が91%、議員個人の議案への賛否を明らかにしない「非公開」議会が84%。全国アンケートで、こんな体たらくがはっきりした。いずれにも当てはまる「3ない議会」は全体の3分の1に及ぶ。

これは新書にされていて、目次を読めば、好意的評価はどこにもない。
◇市長提案、全715議案修正なし
◇地方議員、8年で39%減/一人当たりの報酬は微減
◇財政悪化で首長も圧力
◇適正規模、住民と探る/意見募り合意づくり
◇議員の政策条例、道険し/目立つ「コピー」「宣言」
◇丸のみをやめ、居眠りから脱皮できるか
◇いつでも住民投票、難問/「常設型」条例、設置わずか
◇「自治の主役」議会は自覚を
こんな感じだ。勿論、新たな試みも含めて記載されているが、トーンしては厳しい批判が続く。

『議員の議案賛否、公開議会は52%~全国自治体議会アンケート』2015/2/26
「地方議会で、住民の声を聴く機会を設け、議員が自ら政策をつくる改革の動きが広がっている。全国1788議会へのアンケートで、その実態が浮かんできた」。
 
但し、中味を読んでいくと、「あれがナイ、これもナイ」の議会もあることが報告され、批判的側面が多いことが判る。その中で、変わりつつあることをできるだけ肯定的に評価し、その部分を伸ばしてゆく姿勢が感じられる。
これが8年に亘る地方自治体議会の変遷を表している。廣瀬教授の「当たり前の議会 道半ば」は、「当たり前の議会 見通しを得る」までには変わってきたと、朝日新聞は評価していると筆者は感じる。

しかし、その内容を問えば、まだ、形式だけが整ってきたとも云える。中身が揃うのはこれからの努力に依る。更に、それは議員だけで達成されるものではない。市民の質も問われているのだ。その点、議会改革を試みる市民のあり方も批評の対象になる、いや、その前に自らが省みることが必須と考える。

      
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住民の声を聴く、自ら条例を作成~全国自治体議会アンケート

2015年03月09日 | 地方自治
統一地方選挙を前に、4年に一度の朝日新聞恒例のアンケート結果だ。
開口一番、「地方議会で、住民の声を聴く機会を設け、議員が自ら政策をつくる改革の動きが広がっている。全国1788自治体議会へのアンケートで、そんな実態が浮かんできた。」と、極めて好意的な評価だ。

変わったのは、議会なのか?それともマスメディアの眼なのか?

各議員の賛否を公開している議会は、以下の様に3倍増加。
 全体:17%から52%、
 都道府県・政令指定都市:11%から39%、
 市区:17%から65%、
 町村:14%から43%。

議会報告会を年1回以上開いている議会の割合は、以下の様に3倍増加。
 全体:14%から42%、
 都道府県・指定市:8%から19%、
 市区:13%から51%、
 町村:16%から36%。

議会での議論を活性化させるルールを定め、賛否公開や議会報告会の導入を盛り込むことの多い議会基本条例。制定している議会は41%で、4年前の3倍近くにのぼった。

ここで、川崎市議会は「議会報告会」は行っていない。実施を検討しようとの気配も感じられない。陳情は議会基本条例が2009年6月に制定されて、その直ぐ後に提出した。しかし、議論もせずに時期尚早とのこと継続審査にして、選挙の前に見なし不採択になった。

今期は、公明党の山口委員長が選挙前に異例の公約を掲げ、川崎市公明党も公約に「出前議会」を入れていたが、選挙が終われば、元の木阿弥、結局の処、口をぬぐって知らぬふりを押し通した。

さて、議員提案により政策条例を定めた議会数は、この4年で266、前回調査よりも107増えた。議員提案でできた政策条例はこの4年間で437本。その前の4年間より194本増えた。

「ほぼすべての条例案を首長が提案してきた地方議会。われわれの仕事は行政の監視と決めてかかっていた議員が自ら条例づくりに挑戦し始めた。」との朝日の評価も前向きだ。

川崎市議会は以下の4本(3本新規、1本改定)の条例を制定した。
 形態 時 期   名  称       提案方法
 新規 2012/09 子供を虐待から守る条例 4会派提案(審議無)
 新規 2013/12 自殺防止条例      健福委提案
 改定 2014/12 美容・理容師施行条例  5会派提案(審議無)
 新規 2014/12 町内・自治会活性化条例 4会派提案(審議無)

会派提案は議員提案になり、提案会派の議員によるプロジェクトチームが策定に関わる。しかし、その方法の問題は、関連する次の二つだ。
 1)策定過程が非公開であること
 2)委員会審議に罹らないこと

結果として、市民の側は何も知らないことになる。おそらく上記の4条例を知っている市民は、非常に少ないのではないだろうか。

また、美容・理容師施行条例の改定は、業界団体が請願提出し、それを委員会で採択しての結果だ。この審議については、詳細を調べる必要があるだろう。これに不利益を受ける人たちもいるかも知れないのだ。

以上が、全国的状況と川崎市議会の実態の一部になる。詳しくは今後検証し、「市民による川崎市議会白書2011-2014年度」にまとめる。発刊は今年9月を予定している。

      
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亀の歩みの成長戦略~低迷する潜在成長率

2015年03月07日 | 経済
2010年時点での池尾教授の見解が的確であったことを昨日の記事で確かめた。ここでは、現時点での経済状況について、エコノミスト・小玉祐一氏(明治安田生命保険)の所見を紹介する。キーワードは副題の“潜在成長率”である。
 『日本経済の長期低迷の原因~1990-2010年の「デフレ」20150306』

潜在成長率は、「資本」、「労働力」、「生産性」という生産活動の三要素を十分に利用した場合に達成される、仮想上の成長率だ。設備などの「資本」、労働力人口と労働時間から求められる「労働力」、技術進歩によって伸びる「生産性」の伸び率の合算値になる。

これを簡単に云えば、期待値だ。経済だけでなく、人間活動には何らかの期待値が含まれる。それが大きければ、活動が活発になり、小さいと鈍くなる。また、期待値が達成されれば満足し、未達では不満が残る。特に期待値が高くなり、それが達成さないと、その落差の捌け口を求める行動が起こることもある。

そこで氏の見解は以下だ。

景気の現状は持ち直しつつある。しかし、回復ペースは予想を下回り、鈍い。先ず、個人消費の回復ペースが非常に弱い。賃上げへの期待が盛り上がらず、社会保障、税金などで家計の負担は増加する。それを見越して財布の紐は固い。

また、設備投資も非常に鈍い。計画ベースでは強い数字だが、実際のデータは弱い状況が続いている。ひとつは、輸出がずっと低迷していたことだ。設備投資は90年代後半以降、輸出との連動性が高く、その弱さを反映する。

更に、日本の潜在成長率自体が落ちている。多くの企業経営者は潜在成長率を踏まえた上で事業計画を立て、設備投資計画に落とし込むから、強くなり難い。円安によって国内に生産を戻す動きも出ているが、それ程、大きくはない。

そこで、2015年度は1.7%、16年度は1.5%の実質成長率になると見込む。原油安がプラスだが、潜在成長率の低さが企業の慎重な設備投資計画に反映され、自己実現的に低成長を招いている。力強い回復は期待できない。

潜在成長率はほぼ0.5%程度、即ち、つまり、0.5%の成長が実現すれば景気は巡航速度にある。生産年齢人口は確実に減るから、このままでは2020年代に潜在成長率がマイナスになる。どれだけ成長戦略で押し上げられるかがポイントだ。

潜在成長率は中長期的には自然利子率と一致すると考えられる。自然利子率を計算すると、金融危機の前後から大きくマイナスになっている。2000年代以降、低迷だが、マイナス幅が大きく拡大したのは金融危機前後からだ。

そこで、自然利子率・潜在成長率を所与のものとせず、引き上げるべきであり、その政策を打つ必要がある。しかし、潜在成長率が引き上げられた状態を前提にして他の政策を考えてはいけない。典型的なのは財政だ。成長率が低下した状態が続いても成り立つ財政運営は重要だ。

政府は安定的に実質2%、名目3%の成長率を目標にしている。かなり高いハードルだ。目標を掲げるのは結構なこと、しかし、現実には潜在成長率をプラスにとどめることができれば大きな進展だと感じる。

成長戦略の歩みが遅いという批判があるが、誰が首相になっても華麗なるスピードで進めることは不可能だ。抵抗勢力があるからだ。安倍首相が政権の座についてから、全く動いていなかった分野の改革が着実に動いている。

農協改革は一昔前なら農水族につぶされていた。医療改革も特区も進んでいる。安倍首相の下での官邸の力は強くなっている。成長戦略を進めやすい素地は整っており、大いに期待が持てる。
(筆者注―農協、医療政策は、安倍首相の下で、その矛盾が拡大深化したことによって、改革が待ったなしになったことにも依る。)

しかし、しかし、地方創生は「逆成長戦略」になる可能性が非常に高い。都市の力が一国の力に直結する。日本は長らく「国土の均衡ある発展」を目指してきたが、都市部の力を落として、潜在成長率の低下につながってきた面もある。それを成長戦略として打ち出すのは無理で、分配政策との割り切りが必要だ。

国立社会保障・人口問題研究所の予測では、日本の人口は2060年までに3割減だ。すべての県で人口を増やすのは無理で、過疎地は振興策よりも名誉ある撤退策が近道だ。県庁所在地などでは企業を集めて振興するは可能で、地方の中でより効率的な集約を考えることが必要だ。

      
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