散歩から探検へ~政治を動かすもの

自己認識の学・永井陽之助の政治学を支柱に、自由人による主体的浮動層の形成を目指し、政治状況の認識・評価・態度を語ります。

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新しい冷戦か、旧い地政学か~ロシアナショナリズムの行方

2014年04月29日 | 国際政治
クリミアを電光石火に編入したロシアに対して、そこまでは予測していなかった欧米諸国では、戸惑いを隠せず、プーチンの意図を新たな冷戦にまで解釈して警告を発するまでに至っている国や機関がある。しかし、ウクライナに対しては長期の戦略で対応しているロシアに関して、どこかボタンの掛け違いが起こっているように見える。
 『クリミアは「短期」、ウクライナは「長期」~プーチンのロシア140421』

それは、冷戦に対する考え方の問題とも思える。
永井陽之助は、「冷戦の起源」(中央公論社1978)の第1章『序説 冷戦思想の疫学的起源』において、次の様に冷戦を定義する。
 “交渉不可能性の相互認識に立った非軍事的単独行動の応酬”(P9)。

即ち、「冷戦は、歴史上、多くの国家間の敵対関係と、構造的に区別される特殊な性格をもっている。レイモン・アロンの的確な規定を借りれば、「平和は不可能であるのに、戦争も起こり得ない」状況のことである」(P7)。

冷戦とは、アメリカの政治評論家ウォルター・リップマンが1947年に上梓した著書の書名で使われ、その表現が世界的に広まった(ウキペディア「冷戦」)。
しかし、公然たる実力行使を伴わない敵対活動を漠然と指す仏語の「冷たい戦争」に由来するといわれている。従って、定義を明確にしないと、米ソ間に生じた特殊な対立構造の歴史との区別を曖昧にしてしまう(前掲書P6)。

過日のNHK・クロ現(20140331)において緊迫したウクライナ情勢をもとに、“新たな冷戦”は起こるのか、との報道がなされたが、上記のウキと同様に、冷戦との言葉が漠然とした政治用語として用いられていたことは、過去の冷戦そのものを改めて理解する上でも問題であった。
歴史認識は、このようにして曖昧にされながら、固着するのだろうか。

上記の定義に立ち返れば、冷戦は熱戦ではない米ソ間の敵対関係であった。それは核兵器による相互破壊の応酬になる危険性を互いに認識しているからであった。しかし、それでも「交渉不可能性」が存在していたのはイデオロギー的な対立であり、ソ連が革命勢力として現状打破を試みる立場にあったからだ。一方、それでも、交渉不可能であることに関する相互認識はあったのだ。

ところで現状は、どうだろうか。ソ連崩壊によって、ロシアを始め、他の国々に分裂し、東欧諸国もソ連の勢力圏から解放された。従って、旧ソ連圏に生じた国々間の関係、及び主としてEU諸国との関係の再構築がこれまで行われてきた。

しかし、巨大なロシアとその他の中小国との関係及びEUとの関係が平和の構造として収まっていくのは、様々な試練が必然的に付随していく。例えば、ウクライナは、宗教、民族に関して明確な分裂国家であるが、その濃淡は別にしても、その問題は他の諸国も同じだ。
 『ウクライナとロシア~二つのルーシの歴史的関係140426』

また、西欧先進国と比較して後進性を有するために、ナショナリズムと近代化の相克という基本的な相克も抱える。それらが国際政治の中に反映される状況での相互関係は、旧い概念である“地政学”と呼ぶに相応しい。

ロシアの中にも、領土的には旧ソ連の復活を狙う政治勢力も存在するが、現ロシアをそのアイデンティティの拠り所とする勢力もある。EUとの関係も含めた政治的な動向は、今後もダイナミズムを含んで揺れ動くだろう。

      
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我らの内なる小保方氏との戦い方~ブラウン神父の方法

2014年04月28日 | 現代社会

「悪魔を否むには二つのやり方があります。その違いは、ことによると現代宗教を二分する最大の溝なのかも知れない。」
チェスタトンがブラウン神父に語らせた一節だ。
(「ブラウン神父の秘密」P276創元推理文庫(1961))

ハンナ・アーレントがアイヒマンを論じて「悪の陳腐さ」を報告してから、その陳腐な悪は様々な世界へ入り込んだようだ。STAP細胞事件の小保方氏もそのひとりの様に見える。それであるから、筆者は彼女に関心を持つのだ。
『ハンナ・アーレント(4)~アイヒマンとは、映画鑑賞の手引20131126』

続けて、ブラウン神父は云う。
「一つのやり方は、我々から余りにも縁遠いものだからというので悪魔を忌み嫌うことです。」「いま一つは、我々が余りにも身近なものなので悪魔を恐れ退けることです。」「その二つはどちらも徳行なのだが、あいへだてること徳行と悪行とのいかなる隔たりより甚だしい。」(前掲書P276)。

「悪魔が身近にいる」とは、言い得て妙である。生活の些事に、知らず知らずのうちに、いやおうなしに潜り込む「身の回りの風潮」などに、その人を支配する観念が、いつのまにか入ってくるのだ。
それらの観念から自由になることが“自己認識の政治学”の役割になる。既に筆者は「効率」の問題を指摘した。
 『「効率から悪へ」の陳腐さ~STAP細胞事件とアイヒマン裁判20140424』

「あなたがたが犯罪を恐ろしいと思うのは、自分にはとてもそんなことはできないと思うからでしょう。私が犯罪を恐ろしいと思うのは、それを自分もやりかねないからですよ。」(前掲書P276―277)。

後者が「我らの内なる小保方氏」に相当する。筆者も同じ発想を持つようになった。

ブラウン神父の方法論は、その本の冒頭「ブラウン神父の秘密」で宗教的に始まり、「フランボウの秘密」で哲学的に終わる。その間に殺人事件を含む具体的な8編の事件が語られる。上記の引用は、哲学的部分に相当する。

では、宗教的部分は、どのような内容だろうか。
「秘密とは…この私があの人たちを殺したのです。…いったいどのようにして人は殺人を犯すようになるのか、それにわたしは思いをこらしました。…そのことを考え抜きました。…まったく殺人犯になりきりました」「このやり方は、宗教修業の一法としてむかし友人から教わったものです」(前掲書P15―16)。

どこまで本当に考えているのか、冗談を含ませているのか、チェスタトンの長談義に付き合うのは、探偵小説ファンにとって、イライラを募らせるものだ。しかしその心理を挑発するかのように、宗教的発想が続く。

その方法論によれば、革命的詩人は、破壊のための過激行動にうつつを抜かす、虚無的な悲観論者であり、世俗的名士は、世俗的世界から追われそうになると、どんなことでもやりかねない人間なのだ。そこで、「さればこそこういうささやかな宗教的な修業は実に健全な修養になるのです」(前掲書P271)。

STAP細胞事件をブラウン神父的に追求している論考を探しているが、これまで見たことがない。例えば、藤沢数希氏が「金融日記」で、氏の独創的な恋愛工学の手法を用いてその心理を追求している。ただ、流石にブラウン神父の哲学、宗教までは及ばず、心理の次元に止まっているのは致し方ない処だ。
『STAP細胞=Muse細胞仮説となぜ実験データの捏造が極めて重い罪なのか』   




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ウクライナとロシア~二つのルーシの歴史的関係

2014年04月26日 | 国際政治
マスメディアが騒いでいるだけではなく、当事者のウクライナが危機を訴えるようになった。25日のロイターによれば、ウクライナのヤツェニュク首相は、ロシアが同国を軍事・政治の両面で掌握し、紛争を欧州に拡大することで「第3次世界大戦」を引き起こそうとしていると強く非難した。

しかし、ロシアのこれまでの態度は、クリミアとウクライナでは異なっている。ヤツェニュク首相がどのような意図でこの発言をしたのか、そこが問題だ。プーチンの態度を読んで、挑発しても大丈夫と考えたのなら、ロシアと何らかの歴史的に特別な関係にあるとの認識に起因するのかもしれない。

その特別な関係は下斗米伸夫教授の「ロシアとソ連」(河出書房新社(2013))の『はじめに』及び『おわりに』で素描されている。
 『ロシア革命におけるレーニンと古儀式派(2)20130513』

ペラルーシはウクライナの隣国である、筆者の小学校時代は白ロシアと呼んでいた。ルーシはロシアの古語で、このロシアはウクライナと共にソ連邦の中にあった。筆者の記憶によれば、両者ともに国際連合に加盟していたことを、その時、疑問に思ったことを覚えている。回答は見当たらなかったが。

表題の二つのルーシはマロルーシ(小さなロシア=ウクライナ)とペリコルーシ(偉大なロシア=ロシア)になる。1666年のロシア正教会・総主教のニーコンによる改革によって、正教のテキストと儀式の統一と共に二つのルーシの政治的統合が図られた。

その意味で「1666年こそは、ソ連崩壊に至る歴史ドラマの起点」(前掲書P285)と指摘される。
一方、その頃の日本は徳川幕府による天下統一の50年後である。その後200年、平和裡に時代は流れて、鎖国の中で爛熟した文化が形成された。

しかし、上記の統一はペリコルーシによる合併というよりは、ギリシャ、ローマ教皇庁などカトリック系キリスト教による、オスマントルコの台頭に対するキリスト教の危機感を基盤とした対抗勢力の形成の色彩が強い。それは、ロシア・ピュートル大帝の西欧社会への接近という意図と合致し、政治が宗教を従えて大国化への道を進んだことになる。

従って、統一ロシアの中でのロシア側、特にニーコン改革に抵抗する正教徒・古儀式派にとっても、違和感が残されている。すなわち、ウクライナはカトリック系キリスト教徒も多くいるのだ。
この辺りの様相は、京極純一が『日本社会と「憲法問題」感覚』(「政治意識の分析」所収(岩波書店)1969)において指摘する、戦後日本における新旧中間層の相克と似ている面もある。但し、宗教的側面は日本とは異質だが。

「従って、エリッィンがウクライナ・ナショナリズムとの別れを意識し、ロシアの独立にひた走り、その権力は今、プーチンが握る。」(前掲書P285)。プーチンが宗教も含めてロシア・ナショナリズムを、その政治的アイデンティティの基盤においているのは確かだ。従って、言語、宗教も一体的であるクリミアへの執心は理解できる。

一方、ウクライナは、プーチンから見れば、分裂国家であり、それを丸ごとロシアの国家に組み入れる意図はないと考えられる。それは経済破綻国家を抱え込むことでもあり、社会的不安定の要因ともなるからだ。但し、連邦制を主張していることから、東ウクライナに関してはクリミアと同じく、自発的に編入を意思表示すれば、統一に動くだろう。従って、これは長期的課題になる。

G7諸国はロシアをG8から除外したが、おそらく、上記の状況の中でロシアが欧米を志向した政策をとるとは思えない。巨大なエネルギー資源を武器に向かう先は中国、日本からインドへ向けてのアジアになるだろう。そして、ウクライナの命運はEUが先ず握ることになる。





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箱根の山は外国人観光客がいっぱい~未来を写す鏡?

2014年04月25日 | 現代社会
箱根に一泊泊まりで遊びにいった。強羅にある保養所に泊まったのだが、年寄り夫婦が多かった。恐らく、退職被保険者の人たちであろう。それでも60代が多いのかという感じだ。しかし、20年後には70歳代のふたりづれが多くなっているだろうな、と一緒に行った家人と顔を見合わせた。

ところで、この旅行で自分一人の、家人を除いて、密かな企画をしていた。それは、唱歌『箱根八里』の歌詞に合わせて箱根の風景を写真に収めることであった。歌詞のストーリーを眺め、取るべき写真の場所をイメージして準備をしたのだが…肝心のカメラを忘れてしまった!携帯電話も考えたが、当日、充電をしていなかったので、残る電力が40%に落ちていて、これも断念した。

“箱根の山は、天下の嶮 函谷關も、ものならず
 萬丈の山、千仞の谷 前に聳え、後方にさそう
 雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす“

ここまでは全体の風景だから写す処に事欠かないはずだ。問題は中国の「函谷關」、これはネット探すしかない。「霧は谷を閉ざす」は“大湧谷”しておこう、と予定を考えていたので、止まった次の日は、強羅から、ケーブルカーとロープウェイを乗り継いで目的地まで行った。

朝9時過ぎだったので、人はそんなに多くなかった。それでも米国人の夫婦づれを交えて国際的な雰囲気はあった。ロープウェイの直下と回りに見える大湧谷は観光の看板だから、温泉の源を示す湯気と硫黄の雰囲気に満ちている。

このあたりで「箱根八里」ではなくナポリ民謡の「フニクリ・フニクラ」を想いす。
“赤~い火を噴くあの山へ、登ろう、登ろう
 そこーは地獄の釜の中、覗こう、覗こう”

降りた処で散策と展望ができる拠点にはロープウェイの運行と共に人が続々と集まってくる。それも圧倒的に中国?台湾?インドネシア?タイ?…東アジア、東南アジア系が多いように感じた。それも若い人たちだ。日本人はほとんど高齢者で、それも少数派なのだ!欧米人もいるのだが、比較的に高齢者が多い。

こんなにアジアからの観光客が多いのか、と感心していたら、
帰った次の朝の日経新聞に、「外国人客増、追い風 箱根登山鉄道「多い比は7割近く」との記事があった。平日の午前中も混雑が目立つ、とのことで、私たちが遭遇したのも偶然では無いのだ。

この活況は、おそらく一時的なものではない。中国の巨大な人口だけでなく、東南アジアの経済的な躍進が見える形となって顕れている。これが、日本の未来を提示しているようにも思える。

日本の地形、四季の気候と風景、生活に密着した文化、渡辺京二が名著「逝きし世の面影」で表現した失われた日本の情緒の豊かさの、今なお残る部分が基盤となって、経済的に豊かになっていく、アジアの人たちに余暇の楽しみを提供しているように思える。日本は稀にみる平和な徳川時代265年の間に、現代にも通じるソフトパワーを鎖国の内部に溜め込んでいたのだ。

     
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クリミアは「短期」、ウクライナは「長期」~プーチンのロシア

2014年04月21日 | 国際政治
クリミアへのロシア浸入は、“国家ゲリラ”とも呼ぶべき形であった。しかもそれは長期戦ではなく、短期決戦の形をとり、軍を進駐させると共に政府とクリミア自治政府と呼応した行動であった。最終的には住民投票でロシア編入が決まり、余りにも華麗な流れに、欧米諸国はなすすべは無かったかのようだ。

一方、それに続くかのような東ウクライナの動きに対して、プーチンはクリミアとは異なり、ウクライナ暫定政権に対しては緩やかな連邦制を提案し、各地域の自治を尊重する姿勢をとった。ここは基本的に長期戦の構えだ。

この対照的な長短の戦略の使い分けについて、永井陽之助は大学紛争における反代々木系全学連の戦術を分析して次のように指摘した。
「暴力(実力)の行使は、文明社会の一般市民のモラル感覚を逆撫でし、反韓を生む。戦略の要諦は、暴力行使の理由づけ(正当化)と共に、人間のイメージの世界で、暴力行使に伴う道徳的反発感情をいかにして極小化するかだ。」
 (『ゲバルトの論理』「柔構造社会と暴力」所収(中央公論社)1971)

続けて、大別して二つある、その作戦に触れる。
「(1)人間の道徳的反発感覚の時間を極端に短縮する方法と、(2)逆に、時計の針の動きのように、ノロノロとほんの些細な、眼に見えないほどの、実力行使を微分化して永井時間をかけて、積み重ねていく方法である。」
前者が「ヒトラーの電撃作戦」であり、
後者が「毛沢東の持久戦論に完成されたゲリラ戦」である。

ここで問題は、ロシアとウクライナが、それぞれの中に抱える急進勢力をコントロールして自らの思惑とおりに事態を打開できるか、そこにかかっている。現状は危ういバランスを保っているかのように見える。しかし、何かに事件をきっかけに制御のきかない動きに変わる危険はある。

一方、このロシアのクリミアは「短期」、ウクライナは「長期」とのコントラストに欧米諸国は戸惑っているように見える。このとまどいがロシアに対する見方を大きく振幅させ、当初の楽観論「クリミア侵攻無し」から、今では、「とどまるところを知らないロシアの野望」(エコノミスト誌)との悲観論に振れている。そこでは「ロシアを止める代償は、今では大きなものになっている。だが、欧米が何もしなければ、もっと大きくなるだけだ。」との認識に至っている。

しかし、ロシア崩壊後の国際環境の変化から辿ると、EUによる東側諸国の取り込みに対するロシアのナショナリズムの復興のようにも見える。結局、ロシアはG8に迎えられたが、大国としての役割を与えられず、西側との間の厚い壁を崩すには至らなかった。欧米は勢力均衡の世界を築くのに失敗したのだ。

そうだとすると、ロシアは今後、アジア重視に舵を切り換え日本からインドに至る「東アジアー東南アジア」ルートにアプローチしてくる可能性が強い、との観測が有力な見方のようだ。

      
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ドイツと日本、戦後復興のきっかけ~石炭鉄鋼共同体対朝鮮戦争

2014年04月18日 | 国際政治
中国の習近平国家主席が、3月末のドイツ訪問をきっかけに「日本はドイツを見習え」という趣旨の対日批判を強めている。だが、習発言は政治的狙いをもつ発言だ。従って、安倍首相も政治的な発言を行うべきなのだ。

しかし、日本のような政治的自由の中で民主的運営を行う国家にとって、国際関係での政治的発言は、国内での意見の分裂を拡大させる可能性を含む。これは、対立関係にある問題の取扱いに関して、批判する国家につけいる隙を与えることにもなる。

更に問題は、長期的にみて、国民的統合を図るような方向へ収束していかないと、民主主義下での政策遂行がデッドロックに乗り上げる可能性を持つ。とは言っても、感情的に一方の方向へ大勢が傾いていくのも、また危険性を伴い、少数者による冷静な政治的意見の統合は必ず必要になる。

習主席の日本批判は戦争の話だ。更に上記の記事から引用すれば、
『ベルリンでの演説において「今年は第二次世界大戦開戦75周年となる。過去のことを忘れず、後々の戒めとする必要がある」「列強の武力による奴隷化・植民地化という悲劇を二度と繰り返すわけにはいかない」と述べた。さらに日本軍による南京大虐殺などについても言及している。』

しかし、韓国もそうであるが、批判は戦前のことであって、戦後70年に関しては何も触れず、将来、戦前の復活があるかのように話している。この奇妙な批判に日本が答える必要は本来どこにもない。

戦後は米国の自由主義と日本のムラ社会が結びついたかのような社会状況のなかで、当時の中国からみれば米帝国主義の庇護のもと、日本は経済成長を遂げた。中国はと云えば、毛沢東路線による「革命とナショナリズム」の奇妙な結合体として出発し、周恩来/小平から国内再建の経済路線に移った。しかし、「革命」の看板はなくなったが、その代替として国力増強と共に「ナショナリズム」は更に強く打ち出されている。これが現状だ。

従って、端から見れば、問題児は中国であって、日本ではないのだ。そこをひっくり返す論理としてドイツとの比較を持ち出したと見るのが妥当のように思える。それに釣られて、韓国の朴槿恵大統領が最近同様の趣旨の発言を行っているらしい。これは単に歴史に対する無知と云わざるを得ない。

何故なら、戦後東アジアの国際環境を規定したのは1950年に北朝鮮によって引き起こされた“朝鮮戦争”であり、今でもそれが続く。一方、欧州においては、記事に示した様に、独仏を中心とした「石炭鉄鋼共同体」がシューマンプランとして、これも1950年に公表された。
 『EUのノーベル平和賞受賞の起原121013』

同じ年の極端に対照的な事件によって、一方は今でも北朝鮮の核問題を含めた戦争への懸念、もう一方はEUへの発展との大きな開きとなって現れている。

従って、これからでも日本がドイツに見習うべきは、東アジアから東南アジアにかけての協同体の構築である(共同体ではなく)。

しかし、先の「ニュースの教科書」の記者も、米国在住の作家・冷泉彰彦氏も共に「国のかたち」の議論として戦前の問題をナチスドイツと比較して論じている。これでは、習主席のワナに嵌まったというべきだ。

私見ではナチスはドイツにとって政治的事件であり、思想的には表層的な問題だ。しかし、その奥には、ハンナ・アーレントが1951年に、その浩瀚な著作である「全体主義の起原」(みすず書房)で明らかにしたように、「反ユダヤ主義」という人種思想と「帝国主義」、特に大陸帝国主義という汎民族運動とが存在し、それらが結合した処に問題が潜むのだ。

ナチスはその鬼っ子とも考えられる。それ故、ドイツの反省は単なるナチス批判に収束させただけかも知れない。日本の軍国主義という現象は、おそらく、それとは異なる理由で出現したのであろう。それを説明するのは、政治的意見による操作ではなく、歴史の探求と深い思索との結びつきであろう。



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STAP細胞は成功という死神から解放されるか~発見・事件・現象

2014年04月16日 | 現代社会
運命づけられた細胞たちの救世主として日本のマスメディアに登場したSTAP細胞たちは、その「発見」からいくばくもなく、「事件」の渦に巻き込まれ、死神が命のロウソクが燃え尽きるのを見張っている状況に陥っている。

しかし、それを成功か否かの縛授から解き、「現象」として捉えることによって、再度、脚光とは言えないが、日常研究のなかに、生きるすべを取り戻すことになったようだ。それは、理研が発表した本日の笹井副センター長の記者会見資料から窺われる。

但し、まだ事件は尾を引くようにも思える。それは笹井氏の説明によって、若山・山梨大教授が直接の指導者として指名されているからだ。それはキメラマウスの作成の真実に関係する。小保方氏を入れてこの三者は三方一両損の中で関係を結んでいるかのようである。誰かがしくじると一気に関係が崩れ、崩壊に陥る可能性もまだあるような…。しかし、次の証言を求められる人物である。

一方で、小保方氏の場合、見やすい写真を示すのなら、“再度、同じ実験”を行い、同じ結果を得て写真を撮影しようと普通の人は考えるだろう。しかし、彼女は、そう考えずに、他の資料を流用したのだ。それもSTAP細胞の生成に“200回も成功”したというのに。この常識外れの奇妙な言い訳を記者会見の席で質問する記者もいなかった。

さて、ではどんな方法によって、事件から現象に落とし込むか、である。それは新たな現象と思われることを整理することだ。それが引用した笹井氏の資料の中にある。ところが、それは奇妙なわかりにくい文章で構成されている。

笹井氏は云う。
「STAP現象を前提にしないと容易に説明できないデータはある
論文全体の信頼性が過誤や不備により大きく損なわれた以上
STAP現象の真偽の判断には…予断のない再現検証が必要である。」

太字の「できない、が、以上」は文章を曖昧にさせながら、自らの主張を嵌め込む典型的な手法である。そこで先ずは、「STAP現象を前提とすることは予断ではないのか」と半畳が入る処である。

即ち、過誤、不備があって信頼性が大きく損なわれたことに関して、十分な調査が成されず、手法上の疑問が様々な形で提起されている段階において、疑惑の中心であるSTAP現象を前提にして検証を進めることの意義が問われる。

それにも係わらず、笹井氏は『STAP現象は合理性の高い仮説』としている。結局そのために、「できない、が、以上」を用いて文章を曖昧化しているのだ。検証をするにしても、STAP現象以外でも説明できないのか、それを先ずの目的にすべきはずである。様々な疑問が出されているからだ。

大隅典子氏もブログ、『大隅典子の仙台通信』において、「STAP細胞が無くても十分説明できる現象である」と述べており、「多能性幹細胞の専門家の方のご意見も伺いたい」としている。

STAP現象にすることによって、客観的な事実を明確にし、その解釈が進めば幻のSTAP細胞も浮かばれる可能性はある。しかし、その裏に「成功」のメダルを求めていれば、却って視野が狭くなり、第2の<小保方現象>を生むかもしれない。

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受身の平和が評価されるか?~「憲法9条」がノーベル賞候補に

2014年04月12日 | 国際政治
報道によれば、「憲法9条」がノーベル平和賞候補の一つとして正式に候補になったことがわかった。しかし、正確な受賞対象者は「9条を保持している日本国民」になっている。ところで、勝手に「日本国民」を対象者にしたその市民団体は、如何なる存在なのか、不思議な傲慢さを感じるのだ。

憲法9条を持ち出せば、国民の意識を支配できると考える無意識の権力欲を有する人間が集まった団体と云えようか、筆者の市民団体のイメージからは、全くかけ離れている団体に思える。まあ、その候補者数は278とのことで、その内容からも選ばれる可能性は先ず、ないであろうが。

ここで直ぐ想い起こすのは、2012年の「EU」の受賞だ。
「欧州を争いの地から平和の地へと変えた」という受賞の理由は、「仏独の石炭・鉄鋼の全生産を、他の欧州諸国の参加を認める組織の最高機関の管理におく」「経済発展の共通の基盤、欧州連邦の第一歩」との形で、第二次世界大戦終了後、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が僅かな年月で実行へ移されたことがポイントだ。
 『EUのノーベル平和賞受賞の起原121013』

そのアナロジーから筆者は「戦後日本」の受賞を考えた。「非核・軽武装・平和憲法」のもとでの経済復興から経済成長への道のりは、アジア諸国に大きなインパクトを与え、韓国、台湾、香港、シンガポールの台頭に対して良き目標となった。平行して、米国と同盟を組み、講和条約、沖縄返還、日中国交回復を進め、国連中心の外交路線を推進している。
 『「戦後日本」のノーベル平和賞受賞の可能性20121016』

一方、英ファイナンシャルタイムズ(FT)紙は、同様にEUの受賞からアジアへと発想し、眼は未来へ向け、「ノーベル平和賞に相応しいアジアの地域機構を」と提案した。アジアは欧州よりもはるかに複雑で、パックス・アメリカーナによる米海軍の存在が、多くのアジア諸国が自国の驚異的な経済成長を描くことのできる安定した背景を提供してきた。

これは否定できない事実である。更に、筆者の主張を載せれば「米海軍―経済成長」の先駆けは講和条約―日米安保で構築された日本の姿である。即ち、吉田茂が敷いた「吉田ドクトリン」の姿をベースに経済における競争と協力のエリアを東アジアから東南アジアにかけて構築する。日本だけでなく、地域的に安定した経済活動が可能な様に、互いの関係を築く努力が必要だ。
 『ノーベル平和賞に相応しいアジアの地域機構を~2012/10/28』

他国もまた、憲法を基盤にして平和の構造を作り出す作業に参加している。その構造は他国との相互理解と信頼の共有でもって、得られるのであり、憲法を持っていること自体にあるのではない。

米国の軍事的庇護のもとで得られた平和は、日本の国内に閉じこもっていることを意味し、“受身の平和”である。これは、戦後の日本が置かれた状況に強く規定されていた。今後は、これまでの蓄積をベースにして、平和の構造を作り出していくことが必要となっている。

単に日本の国土を対外的に守るだけでなく、外交戦略的行動として大国の米中ソに対応し、なお、東アジアから東南アジアにかけて中間国家諸国との連携を強化していくことが目標となるだろう。


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「効率から悪へ」の陳腐さ(3)~stap細胞事件における「演出とホラ」

2014年04月09日 | 現代社会
今日の小保方さんの記者会見の記事を読んで驚くと共に成る程とも感じた。それと共に、またまた、ハンナ・アーレントによるアイヒマン評を想い起こした。

先ず、「STAP細胞は200回以上作製に成功している。」と、これまでの研究成果を強調したこと。200万回実験して200回なのか、200回やって200回なのか、それを明らかにしなければ、話は完結しない。しかし、その発想がない処に「ホラ」らしさが窺われる。

しかし、問題はそこではない。一回でも作成に成功したか否かが問われているのだ。一方で、200回成功したデータは、単にネイチャーへ論文投稿されただけなのか?知見が残らないはずはない。だが、エビデンスは記者会見で開示されなかった。ここにも「ホラ」の影が付きまとう。

また、小保方氏は会見で、理研の調査委員会が「実験ノートが3年間で2冊しかない」としたことに対しても「実際はそんなことはない。もっと存在する。調査委から求められてその場で提出したのが2冊だったということ」と述べた。

それなら、少なくとも理研に提出すべきだ。これも口頭のことで、現実のノートは幻のままだ。また、提出された3冊のノートも記載が十分ではないとの見解が理研の調査委員会から報告されている。

しかし、これらの発言は弁護士によって計算され、計画された一連の演出の一コマのように思える。すなわち、成功回数も、実験ノートの一部提出も、理研の調査が不十分であることを示しているからだ。

Stap細胞の存在を実証することはできない。であれば、理研側の処置を問題視して、その内容の不完全性を徹底的に暴き、再審査に持ち込んで時間を稼ぐことがその作戦の中核にある。

それは,最初の「謝罪」から最後の「お涙頂戴」に至るまで一貫している。手続問題に視点を逸らせば、本質問題を回避することができる。その意味では、昨日の理研への不服申立から容易に想定されていた内容の記者会見では、あった。

また、筆者が驚いたことは、冒頭に書いたように、アーレントによるアイヒマン評とぴったり合う処が出てきたことだ。アーレントは「エルサレムのアイヒマン」(みすず書房1968年)において、次のように言う。

「ホラをふくのが、アイヒマンが身を滅ぼした悪徳であり…遂には彼が捕られる原因になったのも、ホラをふかずにいられない彼の性癖であった。」

何か今日の記者会見を予見するような言葉だ。結局、無思想性が悪と結びつくときに起こり得る現象がホラのように思われる。





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「効率から悪へ」の陳腐さ(2)~stap細胞事件における無思想性

2014年04月07日 | 現代社会
アイヒマンを論じて、ハンナ・アーレントが「無思想性と悪とのこの奇妙な相互関連」と述べた処に、どこかstap細胞事件は似ている。その共通点は“効率”であり、無思想性が研究手続における「省略・飛躍・解除」に結びつく。
そこでは、その具体例として「理研最終報告」と「小保方コメント」を対比させ、特に説明はせずともと考えて省略した。
 『「効率から悪へ」の陳腐さ~stap細胞事件とアイヒマン裁判140402』

ところが、その典型的な具体例と筆者には思われる行為を小保方氏が「共犯者」と共にしていることを緑 慎也氏が報告している。刺激的な表題ではあるが、小保方氏は笹井氏の指示のもとに仕事をしていたことは周知になっている。

そこで緑氏は「小保方コメント」の中の「論文中の不適切な記載と画像については、すでにすべて訂正を行い、平成26年3月9日、執筆者全員から、ネイチャーに対して訂正論文を提出しています」という最後の一文にアレッと思ったという。
若山照彦教授(山梨大学)が、他の共同著者らに論文撤回を呼びかけたと記者会見で公表する前日だからだ。

若山教授は,緑氏の問い合わせに、Natureへ修正依頼を提出したことは事実、数日前にサインをしたが、10日に博士論文の写真の不正を知り、すぐ撤回を呼びかけた。そのことを知っていたら、サインをしなかった、と回答したとのことだ。

緑氏は、小保方氏と笹井氏によって情報が統制され、他の共同研究者が実験の全体像を十分知らされていなかったと指摘し、訂正論文を用意するにあたって、小保方氏と笹井氏が若山教授にテラトーマ画像に関する不備を知らせなかったことに、二人の隠蔽体質を垣間見た気がした、と述べる。

しかし、アーレントは、アイヒマンの決定的欠陥は他人の立場に「たってみる」ということが、全くできないということだ、それは想像力の欠如であって、現実に対する心理的防衛機構として機能する、と指摘する。

ふたりによって立てられたストーリーでは、若山教授による論文撤回の呼びかけはなかったであろう。小保方氏も笹井氏の指示に従って、実験を行い、画像を訂正しただけであったかもしれない。しかし、ことが明るみに出て、若山教授が考え直すことによって、状況は反転した。

ここで、小保方氏は、行為の中に作業そのものは認めたが、その中には悪意はなく、改竄にも捏造にも当たらないとした。僅かに、改竄と指摘された事項に「見やすい写真を示したい」という“事務的”な意図を認めただけであった。

当然、訂正論文の提出も彼女にとって事務的な作業であり、組織の中の官僚的手続の如く、笹井氏の指示に従って、効率良く進めるだけであったはずだ。従って、必要な作業だけを若山教授に依頼し、物事を判断する情報については、知らせる必要があるとは露ほどにも頭に浮かばなかった、と言うであろう。

自分のことだけを考え、他人(若山氏)のことを考えなければ、これは極めて効率的なやり方であり、失地回復のストーリーも明確になる。しかし、若山氏は論文撤回を呼びかける新たな“始まり”を決意し、そのストーリーに乗ることを拒否した。

理研は既に小保方氏の個人責任に帰するストーリーを明らかにした。これも思想性を感じさせない処世術である。一方、小保方氏も新たなストーリーを近日中に記者会見で公表するであろう。しかし、この事件の問題は、stap細胞の存在などという単なる科学のごく一部の領域から、現代に生きる私たちの生き様を明らかにする象徴的な問題に移ったこと、と考える。


      
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