クリミアを電光石火に編入したロシアに対して、そこまでは予測していなかった欧米諸国では、戸惑いを隠せず、プーチンの意図を新たな冷戦にまで解釈して警告を発するまでに至っている国や機関がある。しかし、ウクライナに対しては長期の戦略で対応しているロシアに関して、どこかボタンの掛け違いが起こっているように見える。
『クリミアは「短期」、ウクライナは「長期」~プーチンのロシア140421』
それは、冷戦に対する考え方の問題とも思える。
永井陽之助は、「冷戦の起源」(中央公論社1978)の第1章『序説 冷戦思想の疫学的起源』において、次の様に冷戦を定義する。
“交渉不可能性の相互認識に立った非軍事的単独行動の応酬”(P9)。
即ち、「冷戦は、歴史上、多くの国家間の敵対関係と、構造的に区別される特殊な性格をもっている。レイモン・アロンの的確な規定を借りれば、「平和は不可能であるのに、戦争も起こり得ない」状況のことである」(P7)。
冷戦とは、アメリカの政治評論家ウォルター・リップマンが1947年に上梓した著書の書名で使われ、その表現が世界的に広まった(ウキペディア「冷戦」)。
しかし、公然たる実力行使を伴わない敵対活動を漠然と指す仏語の「冷たい戦争」に由来するといわれている。従って、定義を明確にしないと、米ソ間に生じた特殊な対立構造の歴史との区別を曖昧にしてしまう(前掲書P6)。
過日のNHK・クロ現(20140331)において緊迫したウクライナ情勢をもとに、“新たな冷戦”は起こるのか、との報道がなされたが、上記のウキと同様に、冷戦との言葉が漠然とした政治用語として用いられていたことは、過去の冷戦そのものを改めて理解する上でも問題であった。
歴史認識は、このようにして曖昧にされながら、固着するのだろうか。
上記の定義に立ち返れば、冷戦は熱戦ではない米ソ間の敵対関係であった。それは核兵器による相互破壊の応酬になる危険性を互いに認識しているからであった。しかし、それでも「交渉不可能性」が存在していたのはイデオロギー的な対立であり、ソ連が革命勢力として現状打破を試みる立場にあったからだ。一方、それでも、交渉不可能であることに関する相互認識はあったのだ。
ところで現状は、どうだろうか。ソ連崩壊によって、ロシアを始め、他の国々に分裂し、東欧諸国もソ連の勢力圏から解放された。従って、旧ソ連圏に生じた国々間の関係、及び主としてEU諸国との関係の再構築がこれまで行われてきた。
しかし、巨大なロシアとその他の中小国との関係及びEUとの関係が平和の構造として収まっていくのは、様々な試練が必然的に付随していく。例えば、ウクライナは、宗教、民族に関して明確な分裂国家であるが、その濃淡は別にしても、その問題は他の諸国も同じだ。
『ウクライナとロシア~二つのルーシの歴史的関係140426』
また、西欧先進国と比較して後進性を有するために、ナショナリズムと近代化の相克という基本的な相克も抱える。それらが国際政治の中に反映される状況での相互関係は、旧い概念である“地政学”と呼ぶに相応しい。
ロシアの中にも、領土的には旧ソ連の復活を狙う政治勢力も存在するが、現ロシアをそのアイデンティティの拠り所とする勢力もある。EUとの関係も含めた政治的な動向は、今後もダイナミズムを含んで揺れ動くだろう。
『クリミアは「短期」、ウクライナは「長期」~プーチンのロシア140421』
それは、冷戦に対する考え方の問題とも思える。
永井陽之助は、「冷戦の起源」(中央公論社1978)の第1章『序説 冷戦思想の疫学的起源』において、次の様に冷戦を定義する。
“交渉不可能性の相互認識に立った非軍事的単独行動の応酬”(P9)。
即ち、「冷戦は、歴史上、多くの国家間の敵対関係と、構造的に区別される特殊な性格をもっている。レイモン・アロンの的確な規定を借りれば、「平和は不可能であるのに、戦争も起こり得ない」状況のことである」(P7)。
冷戦とは、アメリカの政治評論家ウォルター・リップマンが1947年に上梓した著書の書名で使われ、その表現が世界的に広まった(ウキペディア「冷戦」)。
しかし、公然たる実力行使を伴わない敵対活動を漠然と指す仏語の「冷たい戦争」に由来するといわれている。従って、定義を明確にしないと、米ソ間に生じた特殊な対立構造の歴史との区別を曖昧にしてしまう(前掲書P6)。
過日のNHK・クロ現(20140331)において緊迫したウクライナ情勢をもとに、“新たな冷戦”は起こるのか、との報道がなされたが、上記のウキと同様に、冷戦との言葉が漠然とした政治用語として用いられていたことは、過去の冷戦そのものを改めて理解する上でも問題であった。
歴史認識は、このようにして曖昧にされながら、固着するのだろうか。
上記の定義に立ち返れば、冷戦は熱戦ではない米ソ間の敵対関係であった。それは核兵器による相互破壊の応酬になる危険性を互いに認識しているからであった。しかし、それでも「交渉不可能性」が存在していたのはイデオロギー的な対立であり、ソ連が革命勢力として現状打破を試みる立場にあったからだ。一方、それでも、交渉不可能であることに関する相互認識はあったのだ。
ところで現状は、どうだろうか。ソ連崩壊によって、ロシアを始め、他の国々に分裂し、東欧諸国もソ連の勢力圏から解放された。従って、旧ソ連圏に生じた国々間の関係、及び主としてEU諸国との関係の再構築がこれまで行われてきた。
しかし、巨大なロシアとその他の中小国との関係及びEUとの関係が平和の構造として収まっていくのは、様々な試練が必然的に付随していく。例えば、ウクライナは、宗教、民族に関して明確な分裂国家であるが、その濃淡は別にしても、その問題は他の諸国も同じだ。
『ウクライナとロシア~二つのルーシの歴史的関係140426』
また、西欧先進国と比較して後進性を有するために、ナショナリズムと近代化の相克という基本的な相克も抱える。それらが国際政治の中に反映される状況での相互関係は、旧い概念である“地政学”と呼ぶに相応しい。
ロシアの中にも、領土的には旧ソ連の復活を狙う政治勢力も存在するが、現ロシアをそのアイデンティティの拠り所とする勢力もある。EUとの関係も含めた政治的な動向は、今後もダイナミズムを含んで揺れ動くだろう。