散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

太平洋戦争の呼び方~終戦記念日にあたって(2)

2022年08月31日 | 歴史/戦後日本

前回(8/15付け)は太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼ぶ或る細谷雄一慶応大学教授の文献「戦後77年、「大東亜戦争」を経て日本が失ったものとは」(『Voice22年9月号)の骨格を紹介した。そこでは天皇陛下だけでなく、日本国民もおそらく使い難いであろうことを述べた。間が経過したが、改めてその文献から細谷教授の考え方を追ってみよう。

先ずは、筆者の見解を先に書く(以下、三点)。
・天皇陛下の使う言葉として、国民に自明の「第二次世界大戦」を簡潔に述べた。
・「大東亜戦争」は占領行政において「太平洋戦争」に変えられた。
 日本も受け入れ、国民的呼称として使われている。
・戦前の軍部独裁体制も含めて、天皇陛下が積極的に使うとは考えにくい。

細谷教授は昨年に刊行された『決定版 大東亜戦争(上・下)』(新潮新書)を示し、波多野教授の言葉を引用する。大東亜戦争は「複合戦争」であり、カバーした幅広い領域における多様な営みや、その奥深さや豊かさを理解することが必要ではないか。

そして、「『先の大戦』は、評価を急ぐより、『大東亜戦争』がカバーした幅広い領域における多様な営みや、その奥深さや豊かさを理解することが必要ではなかろうか」と論じる。

歴史的事象においては、様々な発見、研究によってその評価が変わることは確かだ。従って、逆に複合戦争との表現が用いられるほどにこれまでの評価が、勝てば官軍側に優位に働くであろうことはあり得るであろう。但し、これは国家間の事象、解釈等の事柄であろうから、基本的な戦略の欠落、日本上位の大東亜共栄圏構想、国際連盟離脱の至る外交等の評価については覆る余地などは何もないと思われる。多様な営み、奥深さ、豊かさがどこにあったのか?知りたいと思う。

 ともあれ推薦されている本は是非読んでみたいのであるが。

 

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太平洋戦争の呼び方~終戦記念日にあたって(1)

2022年08月15日 | 現代史

本日の『全国戦没者追悼式』において天皇陛下は先ず、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と述べた。筆者はこれまで黙祷したことは何度か覚えているが、お言葉は特に気にしたことはなかった。それがつい最近、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼ぶ或る学者集団がいることに気が付かされ、違和感を持ち、一つの問題として意識に残ったからだ。

それは以下に示す細谷雄一慶応大学教授の文献に代表されるようだ。
「戦後77年、「大東亜戦争」を経て日本が失ったものとは」(『Voice22年9月号)

そこでは「先の大戦とは何か」と疑問が正面から論じられている。しかし、天皇陛下も使う言葉であるから、自明の言葉「第二次世界大戦」を簡潔に述べたものだろうと筆者は疑問なく応えられる。まさか?日本国民が第一次大戦と区別がつかない、と考えているだろうか?そこで「大東亜戦争」が当時使われていた言葉としてお薦めの呼称となる。
しかし、これは占領行政の中で「太平洋戦争」に変えられ、使用禁止を受け入れざるを得なかった呼称であり、国民的呼称として使われている。

しかし、この経緯を考えれば、更に戦前の軍部独裁体制も含めて、天皇陛下が積極的に使われるとは、筆者には考えられない。

一体、一部の学者は何を考えているのだろうか?これについては次回に考えてみよう。

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