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in Switzerland  酪農場の国にて

ただいま、復興支援中。
このブログは著者の恩師・知人・家族への近況報告です。

さよならBBQ

2013年03月02日 | Haiti
来週日本へ帰国する知人の送別会を兼ねて、邦人の方々を中心にバーベキュー大会。「バーベキューしたことないんです」と衝撃発言する幹事さんの電話を受けて、買出しから手伝うことに。って、たいしたことはせず、人数に合わせて買う品目と分量を決めるだけ。大きなスーパーに行ったので、輸入品も結構手に入った(写真)。

火をつけ出してから、酒も入りながら、だらだらと6時間ほど楽しむ。始終、曇り空だったので、快適な時間を過ごした。

カーニバル

2013年02月03日 | Haiti
今年のハイチのカーニバルは来週に北部Cap Haitianという町であるが、その前夜祭というか1週間前にJacmelやPetion Villeでもカーニバルが行われた。イベントが盛り上がる夕方から夜にかけては、身の危険を感じるぐらいの群集ができる。その中に紛れて大変なことになっても困るので、今回はそのパレードが始まる前に、スタンバイしている人々のコスチュームを見に行く。

踊っている時は何かにとりつかれた様に激しい動きを見せる彼らだが、本番前の表情や会話は普通の好感が持てる若者らだった。『写真撮ってもいいけど、Facebookに載せてぇ』と言われて思わずふきだしてしまった。

安全対策連絡協議会

2013年02月02日 | Haiti
先月、邦人が犠牲となったアルジェリアでの人質事件を受けて、日本大使館で安全対策についての協議会が開催された。ニュースなどで知ってはいたけれど、詳細や外務省ならではの報告内容に、自らも気をつけないとと思った。もちろんそういう趣旨の会だったわけだが。

震災18年

2013年01月17日 | Japan
神戸の震災から18年。今回は年末年始に帰国できなかったので、復興の様子がどうなってるか想像がつかない。

自分の中でも、最近あった東日本大震災や今自分が関わっているハイチ震災後の復興、スマトラ沖地震などなど記憶が絡み合ってきている。こうして、いろいろなことが風化していくのかなと。

震災17年

カーニバルの季節再来

2013年01月13日 | Haiti
先週は震災3周年に加えて、うちの社長が本部からやってきたので、稀に見る忙しさだった。日曜日の今日はのんびりテレビを見ていると、復興特集もちらほらあったが、2月中旬のカーニバルに向けて、音楽番組ばかり。

過去のカーニバルの様子もビデオで振り返っていて、当時歌手だった現マルテリー大統領の様子も写っていた。昔はステージで尻を出していた人間が大統領になって、訪日時に天皇陛下と歓談するとは、何でもありやなこの世界は、と思った。

買い物で外に出ると、大型スピーカーを山ほど搭載した車輌が夕方のパレード(プレ・カーニバル)に向けて調整されていた(写真)。とても気が早い。早すぎる。

震災3周年

2013年01月12日 | Haiti
震災後3周年の今日は土曜日。昨年と一昨年は祝日となり、町中はひっそりしていたものの、今日は普通の土曜日とあまり変わらないような印象を受ける。

3ヶ月前に引き渡しをしたPermanent Houseの家族を訪れる(写真)。晩御飯用の豆をザルに取って下ごしらえしているところや、洗濯物が軒先にかかっていたりと、生活感が漂っていて少し安心した。今年前半はこのモデルをもとにうちの団体が少なくとも100棟建設予定なので、改善点もチェックする。

復興は進んでいるものの、テント生活者は昨年末時点でまだ34万7千人と、避難所解消には程遠い。国内のラジオやテレビが特集を組んでいたが、海外メディア組はほとんどお目にかかれなかった。

ハイチ、大地震3年で追悼式典 犠牲者しのぶ(共同通信)
 

海水浴

2012年12月16日 | Haiti
知人の送別会も兼ねて、日帰りでハイチの海へ。車で西に約2時間半、ボートに乗り換えて約30分。びっくりするくらい綺麗な浜辺だった(写真)。

チャプチェ in Leogane, Haiti

2012年12月06日 | Haiti
レオガンで仮設住宅の竣工式があったので、大ボスのお供で現場へ赴く。スピーチの草稿から、来賓の把握、プロトコールに基づいた式次第の確認と、とても気を使う。

式を無事に終えて昼食会場に到着すると、なんとチャプチェ(写真右上)が!
一緒にこの現場で活動していた韓国NGOの知人の奥様方が腕によりをかけたおもてなしをしてくださったとのことで、思いがけずにレオガンで韓国料理を頂く。とても旨かった。 

Conference Call

2012年12月05日 | Haiti
仕事の関係で、本部(Geneva)、事務本部(Manila)、地域事務所(Washington DC)、現場事務所(Pakistan)、そして自分がいるPort au Princeを繋いで、Conference Callが行われた(ネット会議のようなもの)。

ハイチの回線状態が予想通り悪く、後半はワシントン事務所のアシスタントが自分の発言を伝言ゲームのように回すという、なんともローテクな対応となった。初対面の人らと複数で電話で話すのは、同じ場所で行われる会議とは全く異なり、とても神経を使った。が、皆同じ組織の先輩らなので、よい経験となった。

マルテリー大統領訪日

2012年12月03日 | Haiti
今週後半、ハイチのマルテリ大統領が日本を訪問予定。今年8月末の訪問はドタキャンしているので、今回はきちんと行って欲しいものだ。

繰り返される悲劇

2012年11月30日 | Haiti
クリスマス時期を前にPort au Princeの治安が悪化していることについては、以前触れた。昨日、うちのスタッフが銀行帰りに強盗に銃殺された。うちの部署ではなかったのだけれど、隣のWarehouseチームのスタッフ、弱冠21歳。

いろいろ調査中なので、あまり書けないが、2年前1年前の事故と、これで3件目。悲報に多少なりとも動揺している新大ボスに、前回はこうして、あーして、どこどこに連絡したと間髪入れずに応えられる自分もどうかと思ったが、起こったこと自体はどうしようもない。

うちの危機管理体制が甘いのか、母数が多いのか(ハイチで1,000名前後の職員を抱えていること)、考えることはたくさんあるが、どうやっても亡くなった命はもどってこない。平静を保って一日を終えたつもりが、2年前の病院で見たDの無残な姿が夢に出てきて、寝苦しかった。

テンムス in Haiti

2012年11月25日 | Haiti
ハイチに駐屯している自衛隊(PKO部隊)への慰労訪問に、名古屋で活動されている歌手の方が来られた。ハイチ在住の邦人も招待を受けたのでお邪魔する。コンサートの後は、懇親会も設定されていた。

日本語の歌を聞いて、日本語で話をして、日本の食事を堪能する。日本に居てたら、それだけのことなんやけど、地球の反対側でそれができることの幸せをかみしめる。

なんだか

2012年11月24日 | Haiti
今日は同僚の中でも親しいイタリア人Vさんの誕生日昼食会が、山奥の素敵なレストランであるというので、他の同僚ブラジル人Fと待ち合わせをした。待ち合わせ時間の予定時刻12時を30分過ぎても来ないので、時間を間違えたかなと思って電話してみると、遅れているという。

まあ仕方ないなと思って駐車した車内で待っていると、1時すぎになって突然、目の前でデモンストレーションの群集と投石で道がふさがれ、身の危険を感じ始めた。警察官が危ないから場所を離れろというので、動き出すももう一方の道もトラックが道をふさぎ、誰も通れさせない。唯一知っている脇道を通って難を逃れて、やっと来た同僚Fとその友人らと合流し、一息ついてから別の道を通ってレストランを目指す。しかし、別道は4駆でも険しい道で、上っていても車がずり落ちてくる。

そうこしていると3時になってしまい、今から行っても5時過ぎになるなと思い、夕暮れまでに戻って来れなくなるので、既に疲れていることもあり行かないことにした。遅れてきたF君らは、そのまま遅れて昼食会に到着し、深夜まで騒いでいたという。友人のVさんをがっかりさせてしまった。1)奴らが時間通りに来てたら、2)デモンストレーションがなかったら、3)交通の便利な会場だったら、参加できたのにと思うところはあったが、まあ、ここはハイチだからと言い聞かせて、忘れることにする。

コンゴ危機

2012年11月23日 | Democratic Republic of the Congo
先々週からニュースでも騒がれはじめたが、DRコンゴ東部の主要都市ゴマが、反政府武装勢力に制圧された。今年前半からいろいろ噂されていたのだが、とうとうきたかという感じ。うちのゴマ事務所は今週から閉鎖され、スタッフは自宅待機。

BBCのニュースでの写真は、出張時に毎日通っていた道。ユニセフの発表では、何百という子供が親と離れ離れになってしまい、反政府軍にさらわれる(=反政府軍として訓練させられる)可能性が大きいとの事。あいつらも大丈夫かな。

会計監査

2012年11月21日 | Haiti
外部団体による会計監査が自分が担当する事業を対象に先週から入っている。うちの会計部署がほとんど対処してくれて、自分は現物を見せにレオガンの現場へ同行する。

仮設住宅竣工後1年半の訪れた現場は、落ち着いた雰囲気になっていた(写真)。