in Switzerland  酪農場の国にて

ただいま、復興支援中。
このブログは著者の恩師・知人・家族への近況報告です。

スラヴォンスキ・ブロッド2

2015年11月13日 | Croatia
1週間前から使用開始されたスラヴォンスキ・ブロッドのサイトにて。列車で一気に1000人ほどをセルビア側のシド駅から運んできて、登録が済んだら、スロベニア側のドボヴァ駅まで送る。その行程が日に4、5回繰り返される。

晩秋

2015年11月12日 | Croatia
急な依頼で現場に戻る。今回はザグレブからスヴォンスキ・ブロッドへ列車で移動する。途中、移民・難民の人々を乗せた列車とすれ違ったりと予定よりも遅れ約4時間かかった。小回りは利かないが、移動中にメールの返事や書類を読みこなせるのは有難い。

工場見学

2015年10月23日 | Croatia
発注していたコンテナ(プレハブ)が出来上がってきたので、クロアチア政府に引き渡す前の品質チェックを同僚のコソボ人と行う。空港近くの業者の工場に出向き、完成品だけでなくて、各行程を社長とその部下に見せてもらい、いろいろ学ばせてもらう。とても有意義であった。

これらのコンテナは事務所、もしくは一時的な居住空間として、サイトで利用される予定。

ビンコプチ

2015年10月19日 | Croatia
午前中にザグレブ事務所で打ち合わせをした後、車を飛ばして4時間弱、オパトバツでの夕方の会議に参加。その後、先週から採用された新任のスタッフKとサイト内を回る。クロアチア人の彼女はハンガリーで人類学系の大学院を出たばかりだが、違う文化背景を持つ人への対応もきちんとしているし、前向きなところがとてもよい。

ハンガリーがクロアチアとの国境を閉じた影響で、他の隣国のスロベニアに行く経路が十分に受け入れられない状態になり、移民・難民の人々が必然的にクロアチア内に滞留し始める。今日は特に気温が下がって、1時間も外に居ると手が悴んでペンが持てなくなる。

これまでの緊急支援と違うのは、目の前の人々は移動し続けていること。支援側との関わりは点的(一時的)なもので、彼らは数時間、長くても半日すると隣国に向かって移動するので、彼らがどうなったのかわからない。そんなことを懸念する間もなく、次の人々がどんどんやってくるので、受け入れ側(警察官、兵士とか)の疲労がどんどん溜まってくる。先ほどの新人Kも自分も、現場の混乱や移民らの置かれた状況を目の当たりにして、精神的にかなり疲労した。

現場での宿がある町はビンコプチ。格闘技の選手みたいなゴツい人らをわりと見かけるなあと思っていたら、有名なK1選手の出身地らしい。

スラヴォンスキ・ブロッド

2015年10月16日 | Croatia
オパトバクのサイトがセルビア経由でやってくる移民・難民に十分に対応できないということで、政府が東に100キロほど行ったスラヴォンスキ・ブロッドいう町に新しいサイトが建設されることになった。事務所から様子を見てきてくれと指示され、正確な位置をわからないまま、行ったら(人に道を聞いたりして)何とかなるからとのスタッフの言葉を鵜呑みにして一人車を走らせる。

土地勘があればまだしも、クロアチアに着いてまだ40時間もたっておらず、そんな簡単にいくわけがないと思っていたら、案の定、行く先を見失った。1時間半ほどで、とりあえず町に着いたものの、『駅近くの線路沿い』、『○○工場に隣接』、『政府が建設中の新しいサイト』という情報しか持ち合わせておらず、途方にくれる。スタッフに電話すると、以下のSMSが送られてきて、これを見せて人に聞け、という。

"INA Rafinerija, Gornja Vrba Kraj Vindona hladnjaca"

ほかに方法もないので、玄関先で佇んでいる人(今日は天気がよかった)、配達中の運転手、雑貨屋の店主などに文章を見せて聞いて回る。それぞれ、だいたいあの辺という表現なので、あっちへ行ってはまた人に聞き、こっちに戻っては人に聞き、としていると場所が絞られてきて、さらに2時間後についに到着!
待っていてくれたクロアチア赤十字のスタッフと合流して、政府の担当者に挨拶する。ようきたなあ、と社交辞令とはいえ褒められた。

打ち合わせをしていると、内務大臣兼副首相がやってきて、『ハンガリーがクロアチアとの国境も今夜未明に閉じられる』という。それが実行されればドイツ・オーストリアへの道はスロベニア経由に絞られる。スロベニアが1日平均5千人の人々の移動に対応できなければ、人々はクロアチアで停滞してしまう。

オパトバツ

2015年10月15日 | Croatia
早朝に事務所代表と合流して東側セルビア国境近くのオパトバツという町にあるサイトにやってきた。道中の約3時間半は彼女のブリーフィングを受ける。運転しているので、メモも取れないし、資料も見れない状況が厳しかった。現場で他の同僚と合流する。

これ以上は詳しくは書けないし写真も撮れないのだけれど、このサイトはクロアチア政府が隣国セルビアから移動してきた人々をハンガリーに送るその中間施設とでも言おうか。

朝からずっと雨が降っていて、足元はぬかるみ、気温は摂氏8度ほどと冷えてきた。

ザグレブ

2015年10月14日 | Croatia
クロアチアの首都ザグレブに到着。

先月中旬にハンガリーがセルビアとの国境を閉じてから、多くの移民・難民がクロアチア経由でハンガリーに移動する結果になった。その数は、約1ヶ月で18万人(クロアチア政府発表)。そのうちの大部分の人々がクロアチア政府の対応で、24時間以内にセルビアからハンガリーに移動しているのだけれど、このまま同様のオペレーションを続けていくのか、まただんだん寒くなったのでその対応も兼ねて現地スタッフの応援に急遽やって来た。

夕方空港に着いて、予約されていたレンタカー(マニュアル車)を借りて、市内のホテルまで迷いつつ雨の中を運転して約1時間ほどで到着。明日は東へ約300キロほど移動する。事務所スタッフが少ないから、何でも自分でやらないといけないとは聞いていたが、土地勘のない自分にとっては、かなりのチャレンジに。