in Switzerland  酪農場の国にて

ただいま、復興支援中。
このブログは著者の恩師・知人・家族への近況報告です。

tremors

2015年05月12日 | Nepal
A few middle-size earthquakes occurred this afternoon. We don't know how seriously other towns are damaged yet. Our Nepalese staff are freaked out and I totally understand their fears. All work is suspended in the meantime.

集落崩壊

2015年05月05日 | Nepal
Sindhupalchockに来た理由は、地方事務所設置することなのだけれども、被害状況を知りたいので、調査班と車で2時間ほど走る。5、6キロごとに通過する集落は、ことごとく建物が壊れていて、この先彼らはどうするのだろうかと、ため息が出る。

被害が大きかったのは地震の規模が大きかったというのが一番の理由だろうけれども、石やレンガを積んで間を粘土で埋めただけの構造で柱がなくては壊れても仕方ないだろう。また谷底から吹き上げる風に屋根があおられないように岩盤を薄く切ったものが屋根材として使われていて、それらが家を押し潰してしまったようだ。尾根沿いに建っていることで、家屋の振動が増幅されたのかどうかは、機会があったら専門家の人に聞いてみたい。

Sindhupalchok

2015年05月04日 | Nepal
被害の大きかったといわれるSindhupalchokのChotaraという町にやってきた。しばらくの宿となるテントを設営。トイレは屋外、シャワーなし。トレッキングに来たと思い込ませて、夕焼けに映える山並みを見て一息つく。

震災後1週間

2015年05月02日 | Nepal
学期末のレポートに追われる学生のように事務所にこもって短期の事業計画書を仕上げる。メインをシェルターにするか半壊家屋の修繕にするか、今の時点では決めきれず、あいまいな原案のまま、文章力のある同僚に添削してもらう。

夕方になって、調査チームが日帰りで田舎町に行ってきたので、写真を見せてもらう(写真)。四国や中国地方の街道沿いの町のようなつくりで、多くの家屋が倒壊していた。運び出されたミシンが痛々しい。

どこから手に入れたのか救援物資リクエストに関して、今日は朝からひっきりなしに携帯の電話が鳴り続ける。ネパールの電号なので誰からかかってきているかもわからず、とりあえず出てはリクエストや不満を延々と聞かされる。明日から短期採用で新人が来るので、どのくらいの事務的能力があるかのチェックも含めて、初日は電話番をさせてみよう。

観光客街

2015年05月01日 | Nepal
暖かい食べ物と金巻尺(アブダビ空港での手荷物検査時に危険物とみなされて没収されてしまった)を探しに街中をうろうろする。ほとんど店が閉まっている中で、観光客が集まるところは平常営業している店がわりとあった。パン屋を見つけて、同僚とパンをかじる。

死亡者数がどんどん増えているが、海外からの観光客で亡くなった方の数がほとんど入っていない(らしい)ので、最終的には1万人を超えると思われる。

Logistic

2015年04月30日 | Nepal
朝から3つほど出ていた会議の合間に手が空いたので、Logistic担当者を手伝いに空港横の倉庫場所へ行く。空港の規模が小さい(?)からか旅客機だけでなく、貨物機の枠も混んでいて、今日着くか明日着くか、それも定かではない。

ようやく着いた救援物資を税関を通過させて、配布先に運ぶ前の一時待機場所で、搬送用のトラックを待って、荷揚げをしてと、そうこうしているうちに夜10時を回る。そこから事務所に戻って、簡単な報告者や事業提案書原案の作成をして、一日を終える。

in Kathmandu, Nepal

2015年04月27日 | Nepal
カトマンズ便は2割ほどしか席が埋まっていなくて、乗っていたのはレスキュー隊、援助関係者、もしくは海外で働いて家族が心配なネパール人のどちらかだった。

空港出口で、同じ会社のロゴを身に着けているスタッフが出迎えてくれてほっとする。飛行場のパーキングスペースに空きがないとかで、着陸態勢に入る前の迂回を何度も繰り返して、予定より4時間遅れて着いた。それでも辛抱強く待っていてくれた会社の運転手に感謝。