本日は朝帰りでひと眠りして、午後の昼下がり横浜をノタクル。
さて、JR石川町駅の近くに電子部品を扱う部品屋さんがあって、古き良き時代の秋葉原の部品屋さんというたたずまい。
強電関係の部品から弱電関係の部品、半導体、機構部品、工作小物なんでもオールマイティの秋葉原の千石電商の様なお店。
そしてお店の名前は「タック電子販売」、もう素晴らしいお店でこれからも贔屓にするぞ。(家からドア・ドアで40分と近い!)
こちらで雑多な部品とキットを購入、このFMミニワイヤレスマイクはお席亭の山荘での「小川のセセラギ小鳥のサエズリ・プロジェクト」に使えそう、その内にシステム試作でもして提案しようかなどと思う。
先ずは”バッテリ復活プロジェクト”が先。
その後、OMG氏と合流して関内北口の一件目酒場にて近況を語り合う。
なんと本日はそれほど飢えても渇いてもいなくて総計¥2,320- (二人で!)也、もう新記録だけれども想定内で感動は無し。
と言うことで、最後はコーヒーでまったりとしたひと時の後に散会、最近はこんなことに幸せを感じる”極小市民”になった。
下の二枚は義父が丹精込めて手入れしたポンカン。
今年の出来は数は少ないが形は良い。 良い仏前の供物になりそうだ。
バッテリ復活計画第2弾の自作デサルフェーション回路が出来た。
やはりオッシロスコープの威力は絶大で、回路の細かな状況が良く分かる。
さて回路はネットに乗っていた実績のある物から、部品の手配上次の様に変更。
1.MOS-FETは誤手配をしたため、手持ちの2SCトランジスタで代用。
2.トランジスタのベース/エミッター間に0.022uFのコンデンサを付けてノイズの低減を図る。
回路図のX点(555の出力)とY点(出力)の波形を示す。
約1KHzで発振、トランジスタのON時間は約40uS、出力は約100Vにもなる。
この結果が吉か凶かは実際に試すしか無い。
下が実物、久々なのでヤッツケ仕事、動けば良いという出来栄え、その内に二号機を作るのでまずは良し。
さて、この回路を約20年前に購入し電動リール用の12V12AHバッテリ(完全にイカレテいる)に接続しているので、結果はそれで。
「ヒトラー暗殺 13分の誤算」と言う映画、最初に結論を言えば、良い映画なんだけれども面白くはなかった。
この映画、邦題にごまかされた、
原題は主人公の名前「エルザ―」これだけ、内容もエルザ―の人物像にフォーカスしており、ドイツがナチズムに染まって行く経過や主人公の私生活が影響を受ける様を木目細かく描いている。
そもそもこのゲオルク・エルザ―と言う人は没後50年位してから本国で再評価された人物なので我々には全然なじみが無い、それゆえ史実に忠実なるが故に娯楽性に乏しい本作は、平凡な日本人の我々にはちと難しい。
でも、ヒットは難しそうなこの作品を全国公開に漕ぎつけた配給会社は大したもんだと思う。
大がかりな暗殺の仕掛けを単独で実行する様子は手品の種明かしみたいな見事さ、それにゲシュタポの悲惨な拷問に平和なそれまでの私生活をオーバラップさせているのは見事、この映画は紛れもない秀作だと思うが少し退屈。
大物”ヒトラーの暗殺”は結構絵になる、それゆえに邦題をいじりたくなるのも理解はするが、この映画にこの邦題はサギ。
大森の名画座でイーストウッド監督二本立て「アメリカン・スナイパー」と「ジャージー・ボーイズ」を見る。
どちらもロードショー公開されている立派な作品なので二本立ては超の付くお得さ、実際大満足。
さて「アメリカン・スナイパー」は本国では大ヒットしたらしいが、それほど面白いとは思わなかった。作りごとかもしれないが「ディア・ハンター」の方が”戦争の傷跡”と言うことでは余程に怖かった。
イーストウッド監督の戦争映画としては極普通、まぁ実際に戦争に行った人たちが身近にいる本国と我が国では評価が分かれるのは当然のことだと思う。
「ジャージー・ボーイズ」
これはもう大変な面白さ、そもそも歌手の半生を描いた映画はどれも面白い、「ビヨンド・ザ・シー」(ボビー・ダーリン),「RAY」(レイ・チャールズ),「ドリームガールズ」(シュー・プリームス),「ストックホルムでワルツを」(モニカ・ゼターランド」等々。
この映画も、「シェリー」とか「君の瞳に恋してる」とか、物心ついてから知った(リアルタイムでは幼すぎた)ポピュラー・スタンダードを迫力ある音と画面で堪能出来る、もう大絶賛の映画。 とりわけクライマックスの 「君の瞳に恋してる」は最高!
この曲は「ディア・ハンター」や「陰謀のセオリー」なんかにも挿入されていて、余程の名曲なんだろうと思う。
それと「ディア・ハンター」で主演した”クリストファー・ウォーケン”、この人も健在だった。フィナーレで老体を揺さ振って行進する様は何とも微笑ましく、末永く(悪役でもよいから)活躍して欲しい。
映画『ジャージー・ボーイズ』フィナーレ映像
劇場の音響と画面にこれほど感動させられた映画は久々、最後の最後まで楽しめる映画だった。
(イーストウッド監督の才能には脱帽)
久々に封切映画「顔のないヒトラーたち」を鑑賞、お金を払う価値が充分にあった。
ドイツ映画はあまり見る機会が無いけれども、 たまに見るとこの様な秀作に当たる。
「トンネル」「ヒトラー最後に12日間」そしてこれ。(TV放映で観た「マーサの幸せレシピ」も良かった。)
この映画を一言でいうと、ドイツ人がドイツ人のためのナチス告発物語、それも世間がかなり邪魔をするから面白い。
しかし実話を元にしたこの映画、見事なまでに緊張感があって持続して、ドンパチやはでな活劇も無い、誠に見ごたえのある映画だった。
「1958年、フランクフルト。西ドイツは経済復興に沸き、人々の頭からはナチスの蛮行の記憶は急速に薄れつつあった。そんな中、ジャーナリストのグニルカが元ナチス親衛隊員の男が小学校の教師をしている事実を突き止める。しかし検察庁に掛け合っても、誰もが見て見ぬふり。ただ一人、駆け出しの検事ヨハンだけが興味を示し、グニルカとともに調査を開始する。やがて、アウシュヴィッツで残虐な行為に関わっていた多くの元親衛隊員が、何ら罪に問われることなく平然と社会に溶け込み、ごく普通の一般市民として生活している驚き事実が浮かび上がってくる。しかしいまや、国民の多くはそのことを蒸し返したいとは思っていなかった。そんな“嘘と沈黙の迷宮”に真正面から手を付けようとするヨハンには、想像以上の抵抗と妨害が待っていた。それでも事実から目を背けることなく、収容所の実態を徹底的に調べ上げていくヨハンだったが…。」
こういう名作はひっそりと単館上映こそがふさわしい。
そして我が国では残念なことに「自虐的史観」なる言葉であの戦争を総括出来ないでいる。
もう二十年以上も前のこと。
ちょうど息子が小学校でその運動会の徒競走で我を忘れて応援した時にふと思った事、これが「無法松の一生」のあのシーンか、このこと。
この映画はTV放送されたものをやはり物心がついて観たもので、件のシーンは、思いを寄せる女性(未亡人)の息子が運動会の徒競走で走っている時に松のおっさんが「ボン!!」とか叫んで夢中になって伴走するシーン。
さて、その映画を特定すると、モノクロだったことや記憶から坂東妻三郎のでているこれではないかと思われる、1943年の映画だから随分と古い映画。
これも記憶頼りなので少々自信が無いが、映画は主人公(松五郎)の遺品整理のシーンではじまり、車を引くシーンを時間経過に見立てて、様々なエピソードが展開する結構面白い映画だったと思う、少なくともかなり印象に残った作品である。
今ネットで調べると、三船敏郎主演の作品しか見つからないので、さすがに1943年(戦前)製作のこの作品はネタ枯れ状態かも知れない。
運動会で連想されるのがこの映画というのも妙な話だが、子を思う親心を見事に演出したシーンだと、子を持つ親になって初めて分かった次第、落語「寿限無」 の面白さも、子を持って初めてその神髄がわかる話。
やはり名作というのはくすぐり所が違う。
さて自分の運動会の思い出と言うとそこそこ足が速かったので結構楽しんだ方だと思うが、やはり息子や娘の運動会でビデオカメラを回している方が圧倒的に面白かった様に思う。
よくあるお昼の弁当タイムもそれなりに楽しかったが。
もう2週間位前に名画座にて鑑賞した二本の映画、このところばたばたして記事にするのが少し遅れた。
さてこの二本はウッディ・アレンが監督で、2014年と2011年だから結構新しいし同時に約1000円で観れるとはラッキー、そんな感想を持った。
◆マジック・イン・ムーンライト
マジックの世界の裏側をチラっと見せてくれたりするのはそれだけでも結構楽しい、例えば「プレステージ」とか刑事コロンボ「魔術師の幻想」なんかがチラッと種明かしをしてくれる。 この映画ではあまりタネ明しはないが、主人公の信念「すべてに合理的なタネが有る」がガラガラ崩れて最後に復活そしてラストカットではそれを否定するかの様な振る舞い、見事な喜劇というかラブストーリになっている。
「ステージで華麗なイリュージョンを披露して喝采を浴びる中国人天才マジシャン。その正体は、筋金入りの合理主義者で毒舌家のイギリス人スタンリー。そんな彼のもとに友人のハワードからある依頼が舞い込む。それは、大富豪カトリッジ家の人々を虜にしている評判の美人霊能者がおり、その真贋を見極めてほしいというものだった。超能力や心霊現象の一切を否定するスタンリーは、その女のトリックを見破ってやろうと、一家の滞在する南仏コート・ダジュールの豪邸へ乗り込んでいく。ところがいざ霊媒師のソフィと対面してみると、彼女の尻尾を掴むどころか、次々と説明のつかない現象に直面してしまい、自らの信念がすっかり揺らいでしまうスタンリーだったが…。 」
ウッディ・アレンは喜劇役者としてはどうかと思うも、監督としては素晴らしいと思う。
自慢じゃ無いがこの映画のタネは開始30分で見当がついて、最後に「やはりそうだったか!」ということで結構自己満足に浸れた。
◆ミッドナイト・イン・パリ
こんなストーリ。
「ハリウッドでの成功を手にした売れっ子脚本家のギル。しかし、脚本の仕事はお金にはなるが満足感は得られず、早く本格的な小説家に転身したいと処女小説の執筆に悪戦苦闘中。そんな彼は、婚約者イネズの父親の出張旅行に便乗して憧れの地パリを訪れ、胸躍らせる。ところが、スノッブで何かと鼻につくイネズの男友達ポールの出現に興をそがれ、ひとり真夜中のパリを彷徨うことに。するとそこに一台のクラシック・プジョーが現われ、誘われるままに乗り込むギル。そして辿り着いたのは、パーティで盛り上がる古めかしい社交クラブ。彼はそこでフィッツジェラルド夫妻やジャン・コクトー、ヘミングウェイといった今は亡き偉人たちを紹介され、自分が1920年代のパリに迷い込んでしまったことを知るのだった。
映画『ミッドナイト・イン・パリ』予告編
観ていて思ったのは、こりゃまったく”トワイライト・ゾーン”まんまじゃねぇかい、と言うこと。
ある思いを持った男(女)が別の世界(過去であったり、死後の世界であったり、未来とか) に迷い込むと言う、ファンにはお馴染みの筋立て。 でもこの映画はファンタジーでもホラーでもSFでもなくりっぱな喜劇に仕上がっていたこと、こんなのに出会うと素直に嬉しい。
さて、この名画座〝キネカ大森”では10/10からイーストウッド監督特集で次の二本を上映する、素晴らしいことだ。
*アメリカン・スナイパー
*ジャージー・ボーイズ
本日暇が出来たので秋葉原まで出向た、そしてオッシロ・スコープ(USBオッシロ)を買ってしまった。
・機種名 VDS1022I (OWON=オウワン?中国製)
・価格 ¥19,800
・入力2ch 周波数帯域25Mhz プローブ付き
早速パソコンにドライバーにインストールしたらこれがなかなか上手く行かずにイングリモングリ、イングリモングリ、
何とかモノにして、win7とwin10の両方で機能する様になった。
使いかたは、USB接続の右側のプローブユニットをPCと接続して、操作と波形表示はPC画面でと言う具合。
ともかくひと昔前なら100万円位はする測定器がたった2万円、技術革新の恩恵がここにもあった。
使った感じは昔なじみの岩通のシンクロとほぼ同じ、プローブが2本とパルジェネ、当然ながらストレージ機能やら解析機能(スペアナやら周波数想定やら)も付く、それでくどい様だが2万円。
なお言語選択は悔しいことに中国語、英語、ドイツ語位しかないので、しょうがないから英語版、これが少し難儀。
右の写真は実際の測定した結果のスクリーンショット、それらしい波形でこれを身近で探すのに苦労した。
これで槍でも鉄砲でも何でも出来る環境は整った、後はいかに電子工作をするか、、、
二泊三日の営業の後で一泊二日のレクレーションで清里・四方山山荘に行く。
久々にお席亭に御目もじ、まずは二泊三日の汚れた体を温泉(増冨の湯) で清め、付近の風景を眺めながら、山荘へ。
付近は田んぼが黄金色、久々の山荘はまるで故郷に帰った様な懐かしさ、この時期もまことに良い。
八ヶ岳、南アルプス(甲斐駒とか鳳凰三山とか)とかの風景が素晴らしい、夕に朝に光の加減が誠に素晴らしい、里山の田んぼの稲が黄金色とこれまた素晴らしい。 (と大絶賛)
なお今回のスライド・ショーは懐かしさもあって山荘の中を入念に紹介してますよ。
四方山山荘20151003
ここでの食事は七輪での炭火焼とイタリア直伝のチーズ入りのぺペロンチーノ、朝はパンとソーセージそしてカフェオレ、なんとも贅沢な食事だった。
今回はお席亭発案による面白いプロジェクトが発足。それは、山荘の周囲の'周囲の音の収集'、小川のせせらぎの音、虫の声、それに鳥の声、これらを収録して、音によるい四季の表現を試みるというもの。
とりあえず仕組みを考えようと。 [パラボラ集音マイク&プリアンプ]---[PC&HDD]---[編集ソフト]
さて、スライドショーのバック音楽の紹介。 (歌と演奏はブラフォー)
・Tie A Yellow Ribbon Roud the Old Oak Tree (邦題:幸せの黄色いリボン)
1973年春ドーンのヒット曲で、映画「幸せの黄色いハンカチ」はこの歌を元に作られたと言う、いまやスタンダード曲。
・Sunshine On My Shoulders (邦題:太陽を背に受けて)
1974年にジョン・デンバーが放った大ヒット曲、日本ではCMに使われて結構なじみな歌。
・Seasons In the Sun (邦題:そよ風のバラード)
1974年のヒット曲、ブラフォーのLPで初めて知った曲、なかなか良い詩。