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風月庵だより

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猫ブログ〈騙す人が悪いか騙される方が悪いか〉

2010-03-06 21:40:21 | Weblog
3月6日(土)雨【猫ブログ〈騙す人が悪いか騙される方が悪いか〉】


(外猫時代のミミちゃん、アタチ、一人でも頑張って生きていく、負けないわ、とでもいうような健気なミミちゃんの目です。この目があまりにいじらしく、私はミミちゃんをなんとか守ってあげたいと思ったのです。)


(我が家にて:ミミちゃん、あんたはうちの子よ、ルナの妹よ、と私が言ったときのミミちゃんです。)

ミミちゃんに餌を運んでくれていた女性が、他にもいました。この人から電話がかかってきました。「私も猫を飼っているから、よくあなたの気持ちが分かります。必ず連れて帰れるようにしてあげるから、けじめとして、一度こちらにつれていらっしゃい」ということでした。

その老婦人から、私を信用させ、安心してミミを連れてくればよいという電話が何回かかかりました。私はそれでは、やはり気持ちよくミミちゃんをルナの妹に迎えたいと思い、腰痛をおしてミミちゃんを、飼い主という家に、その老婦人と一緒に連れていったのです。猫ボランティアの友人たちは、絶対にとられるからやめた方がいい、とアドバイスしてくれたのですが、私は80歳になるという老婦人の言葉を疑っては悪いと思ったのです。

ところが、話はできていたようで「家に入れて飼うので返して欲しい」と言われてしまいました。今まで餌をあげていた人に、そう言われてしまっては、私は引き下がるしかありません。なんとかかんとか私を信じさせようといろいろと言ったこの老婦人は、私を騙したのだ、とその時知りました。私にミミちゃんを連れてこさせるために、その家の夫婦と相談ができていたようです。

ミミちゃんを奪われたことは、あまりに切なくて、その家の外に出てから、声をあげていつまでも泣いてしまいました。

老婦人に騙されたことは事実です。でも騙されたことを恨んだりする気持ちはありません。ただ騙された自分が本当にバカだったと思います。あまりにアマちゃんだったと思います。世の中を知らなすぎると思いました。気持ちよく貰おうと思ったことが甘かったと思います。ルナとミミは本当に相性のよい姉妹でした。あんたたちは姉妹よ、ミミはこの家の子なんだよ、と言い、あの日の朝も、必ずつれて帰ってくるからね、とルナとミミに言ったのです。その約束を私は守れませんでした。

たとえ猫泥棒と言われても、ミミを連れて行くべきではありませんでした。気持ちよく貰ってこられるなどと、自分の気持ちの為に、ルナとミミを引き裂いてしまったのです。

私はこれから絶対に「いい格好しい」はやめます。自分が泥を被らなければならないときは泥を被ることを怖れてはならないと、つくづく思っています。夜の寒空の下にいたミミちゃんを連れてきてしまった以上、すでにその時にその覚悟がなければいけませんでした。その覚悟はあったつもりでしたが、老婦人の言葉に騙されてしまったのです。騙された私のほうが愚かでした。

その家の人は「交通事故の心配はないと思うけど、丸山さんが中に入れちゃったので、家に入れますよ」と言い、その奥さんも「ミミちゃんは外にいるほうがいいんじゃないかと私は思うけど」と、そのときも言っていました。それがミミに対する愛だと思っているようです。可哀想な野良猫を、温情で飼っているのですから、全く悪気はないのです。「猫を飼う」ということについての考え方の違いなのです。家の中で飼われるのがよいか、外で跳び回っているのがよいか、どちらが正しいとかは言えないでしょう。

でも、上の二枚の写真の表情の違いを見ますと、私は、やはり、ほとんどの猫は、暖かいねぐらと、安全な居場所と、いつも声をかけてくれる人間が傍にいるほうが、楽しいのではなかろうか、と思うのです。

ミミちゃんを私が連れてきてしまい、いなくなってからミミちゃんが大事なことがわかったのかもしれません。家の中に入れてもらえるようになったことは、ミミちゃんのために喜ぶべきことでしょうが、今でも私はルナとミミに申し訳ないと思っていますし、愛しいものを失う気持ちとは、これほどに切ないものであろうかと感じているのです。

猫にこれほど夢中な私を、あなたはお笑いになるでしょうか。