mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

秩父槍ヶ岳--至福の滑落(2)

2021-05-21 07:59:28 | 日記

2,下山路の探索

 お昼を済ませ、下山にかかる。標識の落ちた分岐点に行き、赤テープの方へ下る。だが、少し進むと行けそうなところは見当たらない。どうしたんだろう。上へ戻ると、北の方へ山体をトラバースするように踏み跡が続いている。そうか、こちらか(でもガイドブックの記述とちがうなあ)と、それを辿る。下山地点への地図の沢とは離れている。それも行き止まり、結局振出しに戻って1440m地点に近い少し広い稜線から降りることにする。
 降りているうちに、急斜面となり、木にザイルを回して、手でつかんで下る。サイトーさんもついてくる。だがそこも、滝になり、回り込む。危なっかしい斜面を、木をつかんで上がる。倒木をまたぎ、上へ上へとのぼり、沢の上部の北寄りに立った。GPSを見る限り、これが中津川の下山地点へまっすぐ向かう沢だ。
 あとでカメラの記録時間をみてみると、最後のシャッターを押したのは14時55分。この沢とは違う地点を下っているときであった。だからこのときすでに、時刻は15時を廻っていたはず。下山の予定時刻は13時半ころ。それをはるかに超えているのに、私はほとんど時間を意識していない。さらにこのあたり以降の写真も撮っていない。もうすっかり私は、歩くことに夢中になっていたのだと思う。
 実はその少し前、私の脳裏を、もう少し山体の上へあがって、西側の稜線を回り込もうかという思いがよぎったことは覚えている。沢を下るよりも、稜線を下った方が安全である。でも、そうしなかった。
 それが、今回の「至福の滑落」につながった。

3,滑落

 沢はスプーンカット状の岩が連なって、広く明るい。水は見えない。まっすぐ下へとのびている沢の姿は、誘いこまれるほどの美しさを感じさせた。ザイルを使い、木を伝い、下って行く。
 沢床に下るには、後一本、木をつかって下るだけになった。もちろん、木を使わないで、大きく左へ回り込めば降りることもできる。
 だが、おい降りてくれよ、まるで私に呼びかけているように、太い木が水平に近い角度で張り出している。すぐ下は傾斜60度が5メートルくらい、上からみると垂直である。その下が30度ほどになり緩やかに下へと続いている。あとで思うと、そのとき私は、同行者サイトーさんのことを、ほぼ忘失していた。
 降りた。30度の川床に足がつき、重心を移し、斜面に向いていた体を左へ回したとき、落ち葉に取られた足が滑った。急いで私は、もっと左へ体を回し、私の左体側を沢床につけて滑り落ちていった。5メートルくらい滑ったと思っている。右手はザイルの一端を握っていた(と思っていた)。
 なぜそれほど克明に記憶しているのか。自分でも不思議で、あとで考えた私の山歩きを続けてきことと切り離せないクセがあると考えている。そのことは、また後に記しましょう。
 病院で手当てをしてもらいながら、傷の個所、傷の数、打撲の個所などを照らし合わせてみると、私の記憶がほぼ間違いないものと思れた。
 ただ、滑落した一瞬、正気が飛んだのかもしれない。
「だいじょうぶですかあ」
 とサイトーさんの声が、かなり左の上部から聞こえた。えっ、オレ何してんだ、ここでと、思った記憶があるからだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 と言いながら、ザイルを巻いたとき、右手に血がついているのに気づいた。でも掌を見ても、何処も傷は負っていない。頭の出血だったろうと思うが、それにも気が回っていなかったのである。
 この辺りのことは、サイトーさんから聞いて確かめないとわからない。


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