自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★歴史家の「闘争」

2015年07月05日 | ⇒ランダム書評
  かつて新聞記者としての経験から、インタビューには緊張があり、また相手から画期的な証言を引き出したときの醍醐味、そしてそれが記事になって世間に出た時の言い知れぬ喜び、というものがある。それはアカデミズムの世界でも共通なのだと実感した。人と向き合い、話を引き出すというのはある意味で闘争でもある。伊藤隆著『歴史と私~史料と歩んだ歴史家の回想~』(中公新書)を読み終えて、「老兵は死なず」の言葉を思い出し、著者に敬服した。

  現在80歳超えた著者は東京大学や政策研究大学院大学で、日本近現代史を切り開いた研究者である。本の帯にも書かれている通り、若き日の共産党体験や、歴史観をめぐる論争、伊藤博文から佐藤栄作にいたる史料収集と編纂の経緯を回想している。著書の後半では、岸信介や後藤田正晴、竹下登らへのオーラル・ヒストリーの秘話やエピソードが綴られていて興味深い。

  歴史学では主として文献から歴史を調べてゆくが、文献資料から知られる内容には限りがある。例えば、政策決定の過程を検討しようとしても、文献としては公表された結果のみで、どのようにそうした決定が行われたのかは、文書が残っていないことが多い(「ウィキペディア」引用)。オーラル・ヒストリー(oral history)は、当時の関係者にインタビューを行うことで、文書が残っていないことや、史料や文献からはわからないことを質問して、その史実や政策の過程などを埋めていく研究手法である。

  このコラムの冒頭で「闘争」と表現したのも、インタビューする側とされる側は常に向き合い、対峙する場面もあるからだ。著書でも、元警察庁長官で中曽根内閣の官房長官をつとめた後藤田正晴氏へのインタビューでは、「なんで君たちは俺の話を聞くのか」と何度も逆に尋ねられたり、「突っかかってくるような感じだった」と。そして、後に著者の身元調査もされたことが後藤田氏本人から告げられ、著者は「後藤田さんはハト派だけれども、やっぱり警察なんだなと、思ったものです」とエピソードを述べている。インタビュー相手から逆に調べられるといった緊張感は、文献を漁る研究では得ることができない、フィールド研究の醍醐味なのだ。このほかにも、「昭和の妖怪」と呼ばれた政治家・岸信介やのオーラル・ヒストリーのエピソードも紹介している。内幕話では、読売新聞の渡邊恒雄氏へのインタビュー(1998年)がきっかけで、その連載を企画した中央公論社が読売新聞社に合併されるという「事件」も起きたこと。海千山千、手練手管の人物と貴重な証言を求めて対峙した回想録でもある。

  著書は、こうしたエピソードや秘話、個人史を織り交ぜながら、日本の近現代史の面白さを伝えているだけでなく、最後の部分にあるように、膨大な史料を次世代へ引き継ぐ歴史家の責任も語っている。史料を発掘し、歴史を描き、そして史料を保存して公開する。著者の歴史家としての闘争はまだ続いていると察した。

⇒5日(日)朝・金沢の天気    くもり

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