静かな朝、さわやかな朝である。もうはっきりと秋だ。空気が冷たい感じ。静かである。
人生も半ばを過ぎ、ようやく、どことなく落ち着きを、感じるようになった。過去のあれこれも、未来も、深刻には考えるつもりはない。済んだことを、悔やんでも仕方がないし、これからのことだって、なるようにしかならない。
希望は持ちたいが、もう大望は、どうでもいい。それでも、長期をかけてのトライは、いいかもしれない、などとも思っている。それは、大望ではないかの声がする。
過去の恥ずかしいことは、教訓として、胸の奥深く持っておこう。そこには、本質的な悪事はなかったことを幸せと思いたい。
いや、ひょっとしたら、大変な大罪を犯しながら、自分を誤魔化しているのではないか、などとは考えないようにしよう。それは、病気に近い。振り返って、左程でないことが多いに決まっている。
アンタは小心だし、とても用心深い。それでも、こんな表現の場があって、結構毒を吐いている。いい時代である。
こんな駄文を、何人もの人が読んでくださり、コメントまでくれた人もいた。最近は、それはほとんどない。あっても、すれ違いの感じがする。
ヒトは、結局のところは孤独なのかもしれない。なんとか誤魔化しながら、しかし、人生を深化させることも希望をすてずに、味わっていこう。そうしよう。
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