学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

Warburg family

2008-11-23 | 近現代史
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2008年11月23日(日)00時36分10秒

>筆綾丸さん
>「もーれつア太郎」
似てますね。
麻生さんは家柄は非常に良いのに、何であんな変な顔をしてるんですかね。

>アビ・ヴァールブルク
二歳下のポール・ウォーバークはアメリカの連邦準備制度の生みの親であり、優秀な兄弟ですね。

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 さて、ポール・ウォーバーク(1868-1932)がニーナ・レーブとの結婚をきっかけにアメリカに移住し、同地で銀行家としての地位を築いたことによる、世界経済史にとっての二番目の結果はさらに重要である。これによって、アメリカに「中央銀行」を創設する運動が開始されたのである。陽気で外交的なフェリックスとは対照的に、ポール・ウォーバークは控え目で学者肌であり、その端正な顔にはどこか寂しげなところがあった。しかも笑うと一層、その寂しげな様子が目立つ。しかし、繊細そうな外見とは裏腹に、彼にはひとたび決めたことはやり遂げずにはおかない鉄のような意志があった。その意志の力で、やがては1913年の「連邦準備銀行法」に結実することになる運動を率先する。後年著した二巻からなる大著にはその活動が事細かに記録されている。
(『世界デフレは三度来る』p194)

Paul Warburg
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Warburg
Warburg family
http://en.wikipedia.org/wiki/Warburg_family
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