学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

『安元御賀記』(by 四条隆房)

2019-03-13 | 猪瀬千尋『中世王権の音楽と儀礼』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2019年 3月13日(水)12時20分59秒

論文の小さな傷を見つけてそこにズリズリと塩をすり込み、更に傷口を広げて行く技術力の高さでは誰にも負けない私があれこれ書いたので、「第四章 歴史叙述における仮名の身体性と祝祭性─定家本系『安元御賀記』を初発として」の内容に多少の疑問を持たれた方がいるかもしれませんが、この論文が非常に高い水準にあることは間違いありません。
ただ、その全体を批評することは私の能力を超えるので、私の狭い関心から気づいたことだけ、もう少し書いておきたいと思います。
私は『とはずがたり』と『増鏡』の作者を同一人物、即ち後深草院二条だと考えており、その仮説に基づいて貴族社会の人間関係を細かく追っているのですが、そうした私の立場からすると、猪瀬氏が分析された「舞御覧」に関する「仮名日記」の多くに四条家と西園寺家の色彩が非常に濃厚であることに驚かされます。
まず、『安元御賀記』の作者が四条隆房であって、この人は後深草院二条の母方の高祖父ですね。
『安元御賀記』の内容については「はじめに」に纏められているので、少し引用してみます。(p106以下)

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    はじめに

 主上や皇后の長寿を言祝ぐ御賀や、一代一度の両席御会である中殿御会、践祚後の初度朝覲行幸など、晴の儀礼においては、屏風絵や絵巻などが作成され、公家日記だけではない様々な形でその「記録」が残された。
 そうした公家日記とは別の「記録」として仮名日記があり、その中に四条隆房の『安元御賀記』がある。これは安元二年(一一七六)三月、春の盛りに法住寺殿で行われた後白河院五十御賀を記録したものである。これをめぐっては内容の簡素な定家本系と、平家に関する記述が多い類従本系の二系統が知られている。これら諸本の系統をめぐっては、伊井春樹によって、類従本系にのみ見られる官位がことごとく誤っている点などから、定家本系がより原態に近く、類従本系は定家本系を増補・潤色したものであり、隆房の筆ではないことが結論づけられた。現在、この結論に関しては疑問の余地はないと思われるが、しかしこの論の後も、『安元御賀記』に関する研究は類従本系を中心に続けられてきた。
 それは類従本系が「平家公達草紙」といった絵画作品や、『建礼門院右京大夫集』、『平家物語』諸本と密接な関係性を持つからであって、一方では定家本系が儀礼を淡々と記しただけの退屈な作品にも見える、という点もあるように思われる。ところが逆にこの定家本系の退屈さに目を向けてみると、そこにはある重要な文脈が存在していることに気づく。それはこの作品の大部分が漢文日記の記述方法によっている、という点である(以下、定家本系『安元御賀記』について『御賀記』と略称する)。
 なによりもまず、『御賀記』の文体のほとんどが漢文日記(本論では、便宜的に公家日記などの和製漢文の日記を「漢文日記」と呼ぶ)の訓み下しであることに注意したい。例えばはじめの部分の

その日のあかつき、法住寺のみなみどのに、みゆきあり。もゝのつかさども、まいりしたがへること、つねのごとし。院御所一町にをよぶほどに、さきのこゑをとゞむ。みこしを西のよつあしにかきたつ。かむづかさ、御ぬさをたてまつる。うたづかさ、たちがくをそうす。院別当権大納言たかすゑ、事のよしを申す。

という文章は、次のように漢文化できる。

其日暁、有行幸法住寺南殿、百官共参従事、如常、院御所及一町程、止前音、舁立御輿於西四足、神祇官献御麻、雅楽寮奏立楽、院別当権大納言隆季申事由、

 こうした漢文日記訓み下しの傾向は、『御賀記』全体を貫くとともに、とりわけ御賀一日目の記録である三月四日条に強く見られる。【後略】
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いったんここで切ります。
「院別当権大納言隆季」は四条隆房の父親ですね。

藤原隆季(1127-85)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E9%9A%86%E5%AD%A3
藤原隆房(1148-1209)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E9%9A%86%E6%88%BF
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