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「久我の内大臣まさみちといひし人のむすめ」

2019-03-23 | 猪瀬千尋『中世王権の音楽と儀礼』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2019年 3月23日(土)18時37分27秒   通報

「平家公達草紙」の基礎的な知識は一応把握できたので、ここで「何やらボーイズラヴ的な雰囲気まで漂わせる」(p9)部分の原文を少し読んでみようと思います。

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三、恋のかたち
[1]恋のさやあて─維盛と隆房
[2]神出鬼没の隆房
[3]雪の日のかいま見

http://kasamashoin.jp/2016/12/post_3835.html

の[1]を冒頭から全文引用します。(p160以下)
翻刻と傍注をそのまま引用すると若干読みづらくなるので、傍注を参照しつつ適宜漢字に変えるなど、原文の雰囲気を損なわない程度の改変を行っています。

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【1】治承元年二月十日ころのことにや、隆房、しのびたる所より帰る道に、ある所に、うち放りにける家の、つくりをかしきに、車立ちたり。昼ならば、思ひとがむまじきに、いまだ、ほのぼのの程なれば、夜もすがら、立ち明かしける気色もしるきに、「ある様ある車ならむ」と思ひて、しばし、立ち隠れて見る。

【2】「いかなる人のもとならむ」と案内すれば、「久我の内大臣まさみち〔雅通〕といひし人のむすめ、ここに住み給ふ」と聞きしぞかし。「かたち、いと名高くて、二条院の御時、御気色ありて、しきりに、まゐりたまふべきよし、仰せられしかど、いまさらとて、おぼしもかけざりけるものを。いかなる好き事ならむ」と、思ひつつ見れば、御門に、車を留むる人の侍りつるを、しばし、立ち隠れて見れば、直衣姿なる人、内へ入りぬ。

【3】「誰ぞ」と見れば、小松殿の権亮少将殿になむ、おはしましつる。「あるやうある事なめり」と言ふに、胸騒ぐといへば、おろかなり。

【4】「いつよりありける事にか。さてや、つれなかりつらむ」と、夜もすがら、まどろまず、思ひ明かして、つとめて〔翌朝〕、とく小松殿へ参でたれば、少将の住む東の対に、さし覗きたれば、人もなし。「いづくにか」と問へば、「おとど〔大臣〕の御前に、とみの事とて、よびたてまつり給へる」といふ。入りて、常のすみか〔住処〕と見ゆる所に入りて見れば、ただ今使ひけると見ゆる硯の下に、白きうすやう〔薄様〕に、書きたる物あり。書きさしたると覚ゆる、うちたてのことば、はや、はじめて、よべ〔昨夜〕遭ひにけりとみゆ。口惜しといへば、おろかなり。とりあへず、涙もこぼれぬ。

【5】さる程に、権亮少将、おはする音すれば、やをら、立ち出でて、今来るやう〔様〕にて、うちこわづくれば、ありつる所へ入れつ。文は、書き果てて、遣りけるにや、見えず。

【6】香染の、あるかなきかの狩衣、撫子の衣、薄色の指貫にて、つくろふ所なき、あさけ〔朝明〕の姿しも、いみじうきよらなるにぞ、「まことに、我が鏡の影は、たとしへなし。女の心地に、これになびかむ、ことわりぞかし」と思ふ。「まづ、今朝の文の書きざま、筆遣いよりはじめて、し〔染〕めたる匂ひなど、いとえん〔艶〕なりつる物かな。待ち見るらむ所は、いかにぞ、胸うち騒ぐらむかし」など、覚へつつ、引き違へける契りのほど、うらめし。

【7】「事にいでても、見えざりし物を。例の、下に焦がれけるにこそ」と思ふに、しづめがたくて、「夜さりの御出で立ちに、御いとま〔暇〕、をしからむ。今朝の御文は、書かせたまひつや。待つらむ里こそ、心苦しけれ」と言へば、「とは何事ぞ。さらにこそ覚えね」とつれなく言ふ。「いで、いたく物あらがひ〔争〕、なせさせたまひそ。まめやかには、人の返事せずと、聞きし人ぞかし。なにがしも、心みに、文など、時々遣はししかども、ひとくだりまでは、思ひもよらず、取りだに入れざりしは、人知れず、思ひしめきこえに
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唐突に終わってしまいますが、この話は一応これで完結しています。
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