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六隅許六 or 故六隅許六

2014-10-24 | 南原繁『国家と宗教』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2014年10月24日(金)08時59分6秒

投稿のトップがいつまでも「ぼくは君のお尻がなめたい」なのは心苦しいので、小さなことですが、書いておきます。
『渡辺一夫著作集』第13巻別冊付録の清岡卓行・大江健三郎以下22名による追悼集を見ると、3人が装幀家としての渡辺一夫の別名について触れていますね。
まず、中野好夫氏(「追悼 渡辺一夫さんのことども」、p18)は、

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(前略)最後は拙著『蘆花徳冨健次郎』の装幀をお願いしたことである。もっとも、これは戦前から渡辺さんが、故六隅許六などという仮面の下に、専門家のそれとは異なったセンスの美しい装幀をしておられたのを知っていたからであり、強ってわたしからお願いをして快諾をえたのだった。内容よりも装幀の方がいいなどと、ひどいことをいった人物もいる。
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と書かれていて、渡辺一夫は戦前から「故六隅許六などという仮面」を被っていたことが分かります。
ついで中島健蔵氏(「渡辺一夫のこと」、p28)は、

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 彼は、晩年に近く、『熊さんと八つぁんの対話』という軽妙な世相批評を書いていた。この発想は、江戸文学、特に式亭三馬あたりの庶民的な目の明るさに学んだものと思われるが、それだけでなく、彼は、本質的な意味で生活を愛した人間だった。そして、文筆だけでなく、みずから絵画を描き、六隅許六という仮名で、本や雑誌の表紙の飾画を作っていた。かんたんな工作も好きで、たえず生活を愛することにつとめていた。
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としています。
ま、「本や雑誌の表紙の飾画」の話になっていますが、「六隅許六という仮名」ですね。
三番目に市原豊太氏(「渡辺さん」、p31)は、

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 学生時代から五十年に亙る友の一人として、私も渡辺さんからずゐ分いろいろな恵みを与へられた。すべての著作を贈られて、その度に教へられたことは多く、又私が雑文集を出す時には、絵心の深い渡辺さんに装幀を四遍ほどお願ひして快諾して頂いた。それには常に六隅許六<ムスミコロク>の雅号が用ひられたが、ムスミコロクはミクロコスム(小宇宙)の文字変換<アナグラム>であつて、人間は小宇宙であるといふギリシャ以来の思想、ルネッサンス期のフランス・ユマニスムの一観点でもあつた。
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と書かれています。
「ムスミコロク」なら確かに「ミクロコスム」のアナグラムになりますね。
ウィキペディアでは、

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ミクロコスモス(人間を意味する小宇宙)のアナグラムである六隅許六(むすみ ころく)という変名で、中野重治や福永武彦、師の辰野隆らの著書装丁を行っている。
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とあり、「ミクロコスモス」は七文字ですから、カタカナで考える限り、どう工夫してもそのアナグラムが「ムスミコロク」になるはずがないので変だな、と思ったのですが、「ミクロコスム」(microcosme)なら納得です。
ちなみに英語ではmicrocosmですが、『英語語義語源事典』(三省堂)によれば、「ギリシャ語 mikros kosmos(=litle world)が中世ラテン語を経て中英語にはいった」とありますね。
「ミクロコスモス」という表現は和製英語なんですかね。
コメント
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