大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第126回

2017年11月06日 22時03分11秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第126回




「婆様・・・どうしてトデナミが・・・」

セナ婆が距離を置いているトデナミを振り返った。

「トデナミ、こちらへ」

呼ばれ、ゆっくりと馬を歩かせる。 その目はシノハをずっと見ている。

「・・・トデナミ」 

名を呼ばれた妍麗(けんれい) なる馬上の人は悄然としていた。

(シノハさん・・・どうして・・・) 想像もしなかった痩せ細ってしまったシノハ。

トデナミがセナ婆から少し離れた所で馬を止めた。 馬から降りようとする姿を見止め、シノハがトデナミに走り寄る。 地に足をつけたかと思うと川石に足を滑らせてよろめいた。 すかさずシノハがトデナミを支える。

「大丈夫ですか?」

「・・・はい」

二人の姿を唇をきつく結んだ渉が見ている。 その渉の顔をチラッと見た奏和。

(うわっ! スッゲー顔してやがる。 渉ってこんなに焼きもち焼きだったのか? こんなのを嫁に貰った旦那って、まともに女と話すことも出来ないんじゃないか? 生活ガンジガラメだな。 サイアク。 ご愁傷さま)

「手綱を我に」 トデナミに手を差し出す。

受け取った途端、馬の目の前を猛禽類が横切り、先に居たネズミをグワシと鋭い爪を持つ足に掴んだ。 途端、驚いた馬が二本足で立ち上がった。

「トデナミ離れて!」 

馬の前足が下に着くとすぐに飛び乗り、手綱を引くが、今度は後ろ足で空(くう)を蹴る。

「落ち着け」 声をかけながら手綱を引く。

馬はさほど酷く暴れることなく、何度か後ろ足で空を蹴っていたが、ブフフと啼くと後ろ足を止めた。 だが、まだ落ち着かないのか、前足で砂利をかいている。

「少し待っていてください」 トデナミに言うと、馬に乗り大きな岩の前まで走らせた。

(えっと・・・これってドッキリか? 俺は渉にハメられているのか?) 腕を組むと眉を顰めて首を捻る。

(でも・・・あんな鷹みたいなのに芸をさせるって無理だよな・・・。 それともタイミングよく誰かがネズミを放した? って、あの辺りに仕掛け人なんていないし・・・。 それにこんな大掛かりなドッキリを仕掛けられるほど俺って有名人じゃないし・・・ってことは現実?) ブルッと身震いした。

「アシリ! 居るんだろ!?」 

大声でアシリを呼ぶ。 するといくつもの大きな岩の向こうからエランに乗ったアシリとラワンが姿を現し、岩を乗り越えてきた。

「この馬を向こうに繋いでおいてくれ」 馬から降りたシノハに、渋々という顔でエランから降りたアシリが手綱を受け取り、騎乗した。

ラワンがシノハに寄り添ってくる。

「ラワン・・・あっちに行ってろ」 シノハの顔に己の顔を摺り寄せてくるラワンの顔を押した。

「エラン! ラワン! 向こうに行っていろ」 エランがすぐに岩を跳び向こう側へ行ったが、ラワンはシノハから離れない。

馬は岩を跳べない。 アシリが遠回りとなる道に馬を走らせた。

「あっちへ行けって・・・」 シノハがラワンに背を向け、トデナミの元に歩き出した。

シノハの後姿をじっと見ていたラワンが首を下げると向きを変え、跳ぶことなく岩を登り始めた。

(・・・だよな。 ドッキリそこらで、あんな大きな鹿を手なずけてるって有り得ないよな・・・。 じゃあ、ここはどこだよ) もう一度辺りを見回す。

「シノハさん・・・」 トデナミが心を抑えシノハを迎えた。

「お怪我はありませんか?」

「はい」

「では、婆様の元へ。 足下が危ないですから」 手を差し伸べるとその手の上にトデナミが手を置く。

「・・・なんで? どうして?」 渉の手は取ってくれなかった。 それなのに。 唇が震える。

「ん? なんだ?」 辺りを見ていた奏和が渉を見ると今にも泣きそうな顔をしている。

(・・・嘘だろ。 俺、知らねーからな)

渉の言葉にセナ婆が答える。

「娘・・・シノハの片割れよ」 あまりの低い位置でのセナ婆の小さな声。 奏和は聞き逃していた。

「え?」 渉が驚いてセナ婆を見た。 小さい渉よりも更に小さなセナ婆。 そのセナ婆がじっと渉を見る。

「あの・・・今なんて・・・」

セナ婆が一つ息を吐くとゆっくりと話し出した。

「シノハは娘に触れることはない」

「・・・どういう意味ですか?」 娘というのは自分のことだと分かる。 震える声を押さえてセナ婆に聞く。

そこへトデナミの手を取ってやって来たシノハがセナ婆に進言をした。

「婆様、言わないでください」

訥々(とつとつ) と言うシノハの様子を見てトデナミがセナ婆を見た。

「セナ婆様、もしや・・・」

「ああ、そうじゃ。 この娘がシノハの片割れじゃ。 まさか今此処に居るとは思わなんだ」

奏和が眉を顰める。

「この方が・・・」 こんなに小さな身体で受け止めなければいけないのかと思うと、憐憫な眼差しで渉を見た。

「わたくしはトンデン村の“才ある者” トデナミにございます」 右手先で額と口に触れると、胸の上で両手を重ね、膝を軽く曲げた。

(・・・っと、オイなんだよこの美人は。 こういう人のことを手弱女っていうんだろうな・・・。 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花・・・まったくもって百合だ。 それも流れる百合だ。 座った姿は見たことないけど、きっと牡丹のようなんだろな) 奏和が見惚れる。

「シノハさん?」 不安な顔でシノハを見る。

「ショウ様、安心なさってください。 我が村の“才ある婆様” とトンデン村の“才ある者” です」

「ショウ・・・とな? “才ある者” か?」

「いえ、そうではありません。 ショウ様の住まう所では二つ名が“才ある者” を示すのではないそうです」

(さっきと同じ話か・・・) トデナミに見惚れていた奏和がシノハを見た。

(それにしても・・・これを現実と考えるのには、かなり無理があるな・・・。 こんな美人簡単に居ないだろう。 ・・・粗忽な渉達とえらい違いだ。 渉が蟻程度に見えるわ・・・っと、そんなことを考えている時じゃなかったな。 無理であっても、やはりこれは現実か・・・)

「この者は?」 奏和を見た。

「ショウ様の知己であらせられます。 ソウワ様と仰います」

「そうか・・・ソウワとな。 ・・・娘の手を取っておけよ」

「え?」

「娘に触れておらんと娘一人元に帰るぞ」

嘘、本当なんて聞く前に、慌てて奏和が渉の腕をつかんだ。

「痛いよ」 奏和を睨み上げる。

「あ、悪い」 思わず手に力が入っていたようだ。

その様子にシノハが目を逸らす。

「トデナミは姉様からの言伝を預かってきておるそうじゃ」 ここにはロイハノもアシリもいない。 タム婆のことを姉様と呼べる。

「タム婆様から?」 シノハがトデナミを見る。

「はい」 まさかこんな時に重なるとは思っていなかったが、それでも言伝を伝えなければ。

「婆様は唯々、願いを忘れないでくれ、一時と忘れず心に留めてくれ、と」 

トンデン村に居る時に言われたタム婆からの願い。

『クラノに願ったように、今わしはシノハに願う。 オロンガから居なくなるのではないぞ』 願いと言う言葉では収まらない、命令のような言葉、口調であった。
一瞬にして鼻の奥が痛くなり、トデナミから目を外した。

目を眇めてその様子を見ている奏和。 渉は何が何だかわからない。 その渉をずっと見ていたセナ婆が口を開いた。

「娘・・・我が村には語りがある」

「婆様! 止めてください!」 渉に聞かせたくない。

「シノハ、このままで良いわけがなかろう。 娘にも聞かせて考えさせねばならん」

「考えられるわけがありません! 何を考えても先など考えられないのですから!」

ここにロイハノが居ればシノハの物言いに大きく叱責したであろう。

「シノハさんどういう事?」 眉尻を下げて渉がシノハに問う。

「ショウ様・・・今日はお戻りください」

「戻るって・・・イヤよ」

「ショウ様、お願いです」

「シノハ、知っておかねばならんこともある」

「婆様! 今はまだ―――」

「シノハさんがいつも何か考え込んでいることがそれなの? その話なの? それなら私も聞く! でないと・・・私を迎えてくれないじゃない。 私がオロンガに来るって言ったら悲しそうな目をするじゃない。 毎日毎日シノハさんことを考えてる。 シノハさんが何を考えているかすぐに分かるのに・・・痛みも分かち合ったのに、それなのにそれだけが分からない。 私の何がいけないのか、悪いのかその理由を知りたいの!」

(え? 迎えてくれないって・・・渉がそんなことを考えていたのか?) 驚いて渉を見た。

「悪くなどないです! ショウ様は何も悪くないのです・・・なにも・・・」

「・・・シノハさんが私がオロンガに来るのを拒んでも私は来るつもり。 ここで、この川で毎日シノハさんを待ってる。 そう決めた。 でも、私の何が悪いのかは聞きたい」

「オイ渉、それってどういう事だ!?」

「ここで暮らす」

「バ! バカか!? 何を言ってるんだ!」 渉の腕を引っ張って自分に向かせた。

「ずっとずっと考えてた。 もう決めた」 言うとプイと奏和から目を離してセナ婆を見た。

「それにシノハさんが私に触れないってどういう事ですか? お婆さんの知っていることを教えてください」 

渉に問われたセナ婆。 が、問われようが問われまいが渉に言うつもりであった。 それをシノハに納得させねば。

「シノハ、シノハだけが知って決めることではないのじゃぞ。 娘は知っておかねばならん。 何も知らんということほど酷なことはない」 渉を見たままシノハに言う。

シノハが崩れ落ちるように膝をついた。 目の端でシノハを見たセナ婆が僅かに目線を下におろしてから話し出した。

「娘、我が村には居なくなった女の語りがある。 オロンガの女が、ある日突然消えたという語りじゃ」

言うと茫洋とした眼差しで詠うように始めた。

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