大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第128回

2017年11月13日 22時26分08秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第128回





「奏ちゃん、こんな時に何を言ってるの!」

「いいから渉は黙ってろ」 シノハを見ていた目を渉に移して言うと、もう一度シノハを見た。

「これくらいの石を持っていないか?」 親指を立てる。

思わずシノハが巾着を握りしめた。 その素振りを奏和が目に留める。
渉から貰った巾着は大切に懐に入れてある。 今シノハが握った巾着は、幼い時から使っている巾着だった。

「その中にあるのか?」 その中、それを視線で示す。

「奏ちゃん、あれはシノハさんの宝物なんだから!」

「渉は見たのか?」

「え? ・・・うん。 でも今はそんなこと関係ないでしょ!」 

「磐座と同じ石じゃなかったか?」

「え?」

「ここの岩も石も俺らの居る所にはない色だ。 彼の持っている石の色はどうだった?」

「・・・奏ちゃん」 そう思えば石を見せてもらった時、見慣れた石だと思った。 磐座と同じ・・・。

「お婆さんの話からするとその赤い玉って言うのが、石に当たるんじゃないのか?」

「え?」


思いもしない奏和の言葉にこの場にいる者が皆、驚いた。 そして奏和の問いかけにセナ婆がシノハを見た。

「シノハ、それは石なのか?」 シノハに問う。

「・・・はい」

シノハの返事を聞いて確信が持てた。 間違いなく赤い玉とは、磐座と呼ばれるものの欠片であろう、と。

「渉がこちらに来る時には、磐座と言う岩の前に立っています。 帰って来る時もその磐座の前に帰ってきます」 奏和がセナ婆を見て説明すると、シノハに目を移した。

「その石はこの辺りにある色の石なのか?」

「・・・いえ。 見たこともない石でしたので珍しく思い、幼子の頃より持っていました・・・」

「間違いなくそれが赤い玉だな。 磐座の欠片だな」

「でも! 石よ、磐座よ!」

奏和の言いように納得できない。 確かに見慣れた石だった。 此処の石とは全く違う色だった。 だからと言って、シノハの持っている石が磐座の欠片などとは有り得ない。

「お婆さんの話の木の実じゃないって言いたいのか?」

「だってそうでしょ!? お婆さんは赤い玉って、それが木の実って言ったじゃない!」

「それは、その時によって違うんじゃないか? だから今は、彼と渉の間には磐座の―――」

まで言うと渉が言葉を重ねた。

「磐座よ! 欠片って何!? あの磐座が簡単に割れるはずないじゃない! 木の実みたいに簡単に取れて落ちるはずないじゃない!」

磐座を木の実を一緒にしたくはなかった。 それに、自分とシノハがオロンガの女の話と同じであるはずがない、そう言いたかった。
だが、そう言いたいのは、そう思いたいという事。

渉の言いたいことは分かる。 だが、今は事実を言わなければならない。 たとえ渉に聞かせたくない話であっても、それを聞いて渉が傷つこうとも、それを知ってもらわなければならない。

「それが割れた時があったんだよ」

「うそっ! 磐座が割れるなんてことない!」

「あったんだ。 磐座は割れてたんだ。 渉が見ていた磐座は割れた後の磐座だ」

「え?」 信じたくない心に否応なくブレーキがかけられた。

思いもしない奏和の言葉に表情が固まる。

「神社に記述が残ってる。 それも写真入りでな」 一つトーンを落とし、真っ直ぐに渉を見て言う。

渉をずっと見ながらも、二人の会話を聞いていたセナ婆がようやく渉から目を外して呟いた。

「そうか・・・そういうことか」

シノハが幼子の頃より腰にぶら下げていた巾着を思い返した。 だが、その先の言葉を発することは出来ない。 それはシノハ自身が決めること。
セナ婆がまた渉を見る。 が、今度は言葉が添えられている。

「娘、今の語りが分かるか? 二人が共に居ればシノハも娘もいなくなるという事じゃ」 渉を見て言うと、ゆっくりと視線を下に向けた。

「そして一つに戻った霊は、新たな赤子としてどこかに生まれる」

「・・・赤ちゃん?」 眉を顰めた渉がセナ婆を見る。 それに応えてセナ婆も渉を見た。

「ああ、親のない赤子としてじゃ」

「親のない?」 今は理屈なんてことは考えられない。

「霊は新たに肉を持ち、その肉がどこかに落ちる。 それが何処なのかはわしらには分からん」

肉というのは身体、肉体だという事と分かる。

「それで生きていけるって言うんですか? その、親もいなくてどこかに捨てられたみたいに生まれて生きていけるって言うんですか・・・!」

「ああ、そのまま誰にも見つけられずに終わることもあるじゃろう」

「そんなこと・・・」

あるわけないと言いたかったが、どこか遠くで小さく警笛が鳴る。 警笛が“どうして無いと言い切れる” と言っているかのように聞こえる。

「誰かに見つけてもらい、飯を食わせてもらっても、その霊は前を向いて生きてゆけん」

「根暗ってことですか・・・」

こんな時にこんな質問。 それには他意も悪意もない。 ただ正直に質問しただけだが、言葉のチョイスが悪かった。 良い意味なのか、悪い意味なのかは分からないが渉ならではだ。

「渉!」 思わず奏和が小声で叱責した。

だが“根暗” と問われたことには頓着せずセナ婆が続ける。

「それまで生きた全ての事、全ての出会いを忘れて。 互いがシノハのことも娘のことも忘れてな。 
シノハと娘が今まで生きたことが何もなかったこととなる。 
そして赤子は互いにそれぞれが最後まで生き遂げなかった事を、心の隅でずっと悔いていく生き方になってしまう」

「それが・・・それが何だって言うんですか? 私はシノハさんと一緒に居たい。 それでも・・・シノハさんと一緒に居たい」 渉が下を向いた。

「渉、今の話を聞かなかったのか? 一緒に居るってことは、二人とも居なくなるってことだろ。 それじゃあ一緒に居られないってことじゃないか」 語気を強めて言う。

「根暗じゃないもん」

「はっ!?」

「私は根暗じゃないし、これから根暗にもならない。 だから赤ちゃんなんかにならない。 シノハさんと一緒にいるだけ」

「渉、渉の言いたいことは分かる。 いや、分かんねぇ」 自分は何を言っているのだろうかと、瞳を出来る限り上に向けたが、何も整理がつかない。 だから思いつくままの言葉を紡ごうとした。

「自分の言ってることがおかしいって分からないのか?」 が、紡ぐほどにはならなかった。

「娘がここへ来るにはシノハのことを考えれば来られるはずじゃ。 そして元居た場所に帰るには、元の場所の誰かを思うからじゃ。 それがあるうちはまだ何もかも捨ててシノハと共に居たいとはなっておらんじゃろう。
シノハもそうじゃ、娘のことばかり考えておるが、まだ他の者のことを考える隙間がある。 互いが互いのことだけを考えたらそれで終わりじゃ。 そうならぬためにも絶対に触れてはならん。 肉に波を立ててはならん。
娘、お前にも帰れば誰かが待っておろう? その者を捨ててまでシノハと共に消えたいか? 
わしはシノハが消えてしまうことを望んでおらん。 わしだけではない。 このトンデンの“才ある者” トデナミも遠路はるばるシノハのことを気に病んでやって来てくれた。
待っている者のことを考えろ。 手を取ってくれているその男も娘のことが心配で止めに来たんじゃろう?  誰も悲しませるな。 互いの場所で最初に決めたことをやりぬけ」

「触れなければいいんでしょ・・・」

「渉!」 どこか投げやりな言いように奏和が言うが、投げやっているわけではないことは分かっている。

「ああ、そうじゃ。 多分、オロンガの女も 時の“才ある者” より話を聞かされそう思ったのじゃろう。 ・・・じゃが、消えた」

下を向いている渉の肩がピクッと動いた。

「じゃが、娘だけではない。 シノハもそう考えておる。 そうじゃな?」 声はシノハに問うが、ずっと渉を見たままだ。

「・・・はい」

「じゃがな娘、それで終れるか? さっき何と言っておった」

シノハが馬を抑えた後、トデナミに手を差しのべた。 その時、その姿を見て「・・・なんで? どうして?」 そう言った。
渉がこけた時に、手を取ってくれなかったのに。 

「・・・」 

「共に居れば支えて欲しいと思う。 娘が涙すればその涙を拭いてやろうと思う。 なにも触れずいることなど出来ん。 それに・・・」 

やっと渉から目を離して蒼穹を見た。 そこには鳥の影さえ見えなかった。 唯々、蒼が続いていた。
少し前までは、蒼穹を背に飛んでいた鳥たちは、枝にとまり木の実をくちばしで突ついたり、羽繕いをしている。 水鳥たちは穏やかな川面に揺られている。 どの鳥も今は蒼穹に縁を持っていないように時を過ごしている。
どこまでも蒼くオロンガの村を脅かす雨雲もどこにも見えない。 雨雲はオロンガを脅かす雲でもあるが、オロンガから邪を流してくれる雨をもたらす雲でもある。

「さっき、ずっとここで待っていると言ったな。 じゃが、待つことも出来んようになるぞ。 
待つということは今と同じじゃ。 離れている間ずっとシノハのことだけを考え、シノハが隣に居ないことに悲しんでいるだけになる。 シノハもそうじゃ」

「でも、それでも毎日会えます」

毎日会えなかったことを思うと、心臓が鷲掴みにされそうになる。

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