大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第125回

2017年11月02日 21時04分30秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第120回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha ~  第125回





「え?」 奏和に腕を取られた渉が驚いて目を見開いている。

「・・・なんで奏ちゃん・・・?」

「渉・・・」 二人が目を合わせる。

「・・・ショウ様?」 渉の目の前にいるシノハが驚いて渉と奏和を見る。

今度はそのシノハの声に驚いて奏和が顔を上げた。

「え?」 磐座がない。 それどころか見たこともない、山の中とは違った風景が目に入った。

「どうして奏ちゃんがここに居るのよ!」 

怒った渉の声に我を取り戻し、不細工に突っ張っていた片手を引いた。

「ど・・・どういうことだ・・・?」

奏和の言いたいことは分かる。 でも今は奏和の疑問に答える気にはならない。 何故なら、そこにシノハが居るのだから。

「ショウ様?」

逢いたかったシノハがそこにいる。 そのシノハの声がする。 シノハと二人で会話の時を持てると思っていたのに、思いもかけず奏和が居る。

「・・・シノハさんごめんなさい。 ついて来ちゃったみたい」

「渉・・・これはいったい・・・」 改めて周りを見渡す。

渓谷ではある。 渓谷の中の河原、それは分かる。 川を挟む片方の朱色の岩壁からは幾つかの木が横に飛び出ている。 

(朱色の岩壁って、日本にあったか? 何処か外国ではあったはずだけど・・・) 思いながら目を先に移す。

遠くに見える流れが静かな所では水鳥が浮かんでいる。 幅広の川の向こう岸は岩壁ではなく、川よりいくらか高く土が見え、その土には喬木が生い茂っている。 その木々の中で何か小動物が動いたような気配がする。 そして顔を上げると蒼穹。 気持ちよさそうに鷹らしきような猛禽類が飛んでいる。 だが、再び顔を下すと川の中の石や岩の色が黒や青、黄色と全く見慣れない色をしている。
奏和の様子を見て、ここまできては何も誤魔化せないだろうと、渉が腹を括った。

「信じられないかもしれないけど、ここは日本じゃないの」

「え?」 驚いて渉の顔を見た。

「ショウ様の兄様ですか?」 シノハが優しい目で渉に問うた。 

「アニサマ? ・・・あ、チガウ。 幼馴染」

「オサナナジミ?」 シノハが頭を傾げる。

一つの村に暮らす者は、似た歳であれば全員が幼馴染だ。 幼馴染などと言う特別な言葉などない。

「えっと・・・奏ちゃんは小さな頃から知ってるの」

「ああ、そうでしたか」 渉の表情から何を言いたいのかが分かる。

シノハにしてみれば聞いたことのない『オサナナジミ』 という言葉ではあったが、渉の言いたいことが分かる。 それは村で共に育ち、共に遊び、共に働いている友を示す言葉と同じだと理解した。
 
渉に言われずとも奏和は渉を小さい頃から知っている

[我はオロンガ村のシノハと申します」 

渉から目を外し奏和に向かい合うと、拳を左胸元に当て背は伸ばしたままで頭だけを下げた。

「へ・・・?」 思わず奏和の口から声が漏れた。

見たこともない所作をされ、改めて見慣れない服が目に入った。
目の前には、緑色の半袖を前併せに着、裾(すそ)は太ももの半分ほどまであるスリットの入ったものを穿き、色とりどりの紐で編んだ腰紐で括っている。 その紐には巾着がぶら下がってもいる。 裾の下からは生成り色の筒ズボンが見える。 足元は草履のような物を履いていて、その草履につながった平らな紐がズボンの裾を編み上げるように膝下まで伸びている。

「奏ちゃん、ご挨拶は?」

「え?・・・ああ。 俺は奏和」 まだこの状況に納得がいかないのか、シノハを訝しんでいるのか、眉を寄せた。

「なに、その挨拶の仕方とその顔」

「どういうことだ?」 渉に返事をすることなく疑問を投げかけた。

「どういう事って・・・。 私にもわからない。 ・・・でもここは日本じゃないことは確か」

「いや、そういうことじゃなくて・・・ああ、そういうこともあるけど―――」 まで言うと渉が遮った。

「奏ちゃん帰ってよ」

「帰ってって・・・どうやって帰るんだよ。 ってか、渉を置いて帰れるかよ。 って、そういうことじゃないだろ、いったいどうなってんだよ!」
何もかもに頭の整理がつかない。

「だから、私にも分からないって!」

「分からないって、何度もここに来てるんだろ!?」

「え?」

「磐座の前で消えたり現れたりしてるところを見たんだからな!」

「・・・」 渉が下を向いた。

「ソウワ様のお気持ちは我にも分かります」 渉と奏和の会話にシノハが入って来た。

え? と奏和がシノハを見た。

「我もショウ様の居られる所に行ったときには、何がなんだか分けがわかりませんでした」

「渉様?」 シノハが渉のことを『ショウ様』 と呼んでいることにやっと気づいた。

「渉って呼んでって言ってるんだけど、絶対に呼んでくれないの」

「二つ名は“才ある者”の名です。 ショウ様は“才ある者”ではありませんが、それでも二つ名を簡単にお呼びすることは出来ませんので」 シノハが奏和を見て説明する。

「意味が分かるような分からないような・・・」 首を捻じると言葉をつないだ。

「さっき、渉の居る所に来たって? それは―――」 最後まで聞かず渉が答える。

「磐座の所よ」

「え?」

「だから、シノハさんは磐座の所に来たことがあるの」

「ちょ・・・ちょっと待て」 額を押さえて頭を整理しようとするが、到底無理な話だ。

「渉と彼と、お互いに行き来してるってことか?」

「・・・じゃない」

「じゃないって、どう言うことだよ」

「最初はシノハさんが来たけど、今は私がこっちに来てるだけ」

「我は行けなくなりました」

奏和がまた額を押さえる。

「とにかく・・・ああ、なにが、とにかくなんだ・・・」 言いかけて顔を顰める。

「えっと・・・渉は何しにここに来てるんだ?」

「え?」

「何か目的があってきてるんだろ?」

「それは・・・シノハさんに逢いに来てる」

「へっ?」

「だから、シノハさんに逢いに来てるんだってば」

「逢って・・・それで?」

普通に考えればわかることだが、どうも受け入れられない現状に考えが普通でいられない。

「それでって・・・風景を見たり、色んな話をしたり・・・とか」

「え?」 一瞬訳が分からないといった顔になったが、やっと納得できた。

「あ・・・そういうことか。 ・・・って、それってどうよ」

「どうよって?」

「ここの場所も知らないんだろ? って、そんな話じゃない。 渉が痩せてきてるのはここに来てるのが原因じゃないのか?」

「・・・」 誤魔化すことが出来ない。

「ショウ様・・・やはり食べていないのですか?」

「シノハさんだって・・・この前よりまた痩せてる」

(どういうことだ、二人とも痩せてきてるっていうのか?)

「我は大丈夫です。 ですがショウ様はお身体が小さいのだから食べねばなりません」

「そんな言い方ズルイ。 それに二人でしっかり食べようって言ったじゃない。 私だけに食べろって言うのはズルイ」

「我は今、薬草を食べています。 身体に肉こそつきませんが、体調は悪くありません」 ニコリと微笑み腕を広げて見せると、渉が口角を上げた。

(な、なんだ? この、俺が邪魔者的空間は・・・って、暑っ!) ダウンベストの下で汗が一筋流れるのを感じた。

「奏ちゃんそろそろ手を離してくれる?」 無意識にずっと渉の手を握ったままであった。

「へ?」

「コートを脱げないじゃない」

「あ、ああ」 渉の腕を離すと自分もすぐにダウンベストを脱いだ。

向かい合ったシノハが、渉たちのずっと後ろで渓谷に入ってくる人影を見つけた。

「あ・・・」

ズークを引くアシリ。 そのズークの上にはセナ婆が乗っていた。

シノハの様子に奏和と渉が振り返る。

「婆様・・・どうし―――」 まで言うとその訳が分かった。

アシリのズーク、エランの後ろから少し離れて馬に乗ったトデナミが出てきた。

「トデナミ・・・どうして・・・」

「誰だ?」 奏和が小声で渉に聞く。

「知らない・・・ここに来て初めてシノハさん以外の人を見た」

シノハの服装もそうだが、現代ではないんじゃないかと思われる新たに現れた3人の服装。 それに馬は分かるが、鹿に人が乗ってるなんて。

「イミ分かんねぇ・・・」 頭をグシャグシャと掻いた。

アシリに引かれてエランがすぐ近くまでやってくると「ここでよいぞ」 セナ婆が言った。 トデナミは少し離れた所に馬を止めていた。 長い旅を共にしてきて少しは馬がズークに馴れたといえど、あまり近づくと馬が暴れるからだ。

「はい。 それでは少しお待ちください」 セナ婆に向かって言うと「エラン」 と声をかけ、上げた掌を下に向けスッと下におろした。

その手の動きを見止めたエランが、ゆっくりと前膝を折る。 アシリはセナ婆の手を取っている。 エランが後ろ脚も折るとアシリに支えられながらセナ婆がエランから降りた。

「岩の向こうで待っておれ」

セナ婆が言った岩、その岩を跳び越えてくればすぐに此処に来られる。 川の水をとりに来る時には村の誰もがズークに乗ってこの岩を跳ぶ。 が、トデナミの馬はそんなことを出来ない。 勿論、エランは跳び越えられるが、エランに乗っているセナ婆は耐えられず振り落とされるだろう。 だから遠回りの道からやって来た。

「はい」

手に持っていた杖をセナ婆に渡し立ち上がらせたエランに飛び乗るとサッと走り出し、右手に見える幾つもの大岩を跳び越えて向こう側に行ってしまった。

(スゲッ!) 奏和の目が大きく見開かれた。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする