大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第131回

2017年11月23日 22時55分08秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou & Shinoha / Shou ~  第131回




「シノハ・・・」

セナ婆に呼ばれ僅かに頷くように顔を落すと、背を向け今にも崩れ落ちそうな足取りで岩のある方に歩き出した。 岩を前にすると絞れる喉から声が出ない。

「ァ・・・ィ・・・」 アシリと呼べない。

と、急に岩の向こうからアシリの叫び声が聞こえた。

「ラワン!!」 

ラワンが岩を跳んでシノハの元にやって来た。 遅れてエランに乗ったアシリが岩を跳び越えてくる。

「・・・と、シノハが居たのか」

「・・・ぉ・・ぁぁ」 あまりにも小さな掠れた声、アシリには聞き取れない。

「え? なんだ?」 エランに乗ったままのアシリがシノハを見下ろす。

シノハがセナ婆の方を指さした。 するとトデナミに手を取られてセナ婆がこちらに向かって歩いて来ているではないか。

「わっ! 婆様!」 慌ててエランをセナ婆の元に走らせると、エランから飛び降りた。

「話は終わった。 トデナミの馬をここへ」

アシリが頷きかけるとトデナミがセナ婆に申し出た。

「セナ婆様、わたくしをここに居させては頂けませんか?」

アシリが驚いてセナ婆を見た。

「なんと?」 アシリに見られた当のセナ婆は、アシリを見ることなく、驚いてトデナミを見ている。

「我が村トンデンの宝であるタム婆様にずっと添って下さったシノハ様を、このまま置いてはゆけません。 きっとタム婆様が居られたら、わたくしにそう命じられると思います」 

(トンデンの宝・・・。 ・・・姉様)

姉であるタムシルであり、トンデン村の“才ある婆様” であるタム婆に心を馳せる。 セナ婆がほんの少し皺を増やして目を細めた。

「そうじゃな・・・。 きっとトンデンの“才ある婆様” はそう仰るじゃろうな」 セナ婆がそんなことを言うとは思わなかったアシリが思わずトデナミに言った。

「長旅の疲れもあるだろうに、それにまだ何も食ってはいないですか」 

トデナミがアシリを見た。 
トデナミに目を合わせられると、長旅を共にしたとはいえ、道中トデナミと話すことなく、近づくこともなく過ごしていたからか、その美しさに慣れることなどない。 思わず後ずさってしまった。

「シノハ様は寝食を置いて我が“才ある婆様” にずっと添って下さっていました。 わたくしの疲れなど比ではありません」 アシリに言うとセナ婆を見た。

「セナ婆様、どうぞお許しを・・・」 ただ前を見ているセナ婆に願い出る。

「トンデンの“才ある者” に何かあっては、オロンガとして許されることではない。 じゃが・・・」 

(姉様には逆らえん) 

一度村に帰ってシノハにはアシリを付けようと思っていたが、トデナミの言うように、姉様であるタム婆なら必ずこの場にトデナミを置いていくだろう。 心に思うとトデナミを見た。

「日が落ちる前にシノハを村に連れて帰ってくれるか? 長くここへは置いておけん」

蒼穹の遠くに鈍色の雲がかかっている。 夜には降ってくるだろう。 だが、それだけが心配なのではない。 シノハが天に身を返すことが絶対にあってはならない。

「お許しに感謝いたします。 必ずや薄暮にはシノハ様と戻ります」

「では、頼むぞ」 言うとアシリに目顔で示した。

エランに乗ったセナ婆がゆっくりと去っていく。

「シノハさん・・・」

セナ婆が去るのを背で感じたシノハがラワンに背を向け、川に向かって数歩歩くと崩れ落ちた。
視界からは石や岩の色彩が消え、臓腑が絞られ身がよじれそうな痛みを感じる。 喉も絞られて声が出ない、慟哭が出来ない、悲しみを少しでも出すことが出来ない。 次から次へと生まれ出てくる悲しみが、絞られた身体中に居座る。

ラワンがどうしていいか分からず、高く膝を上げながら、シノハの周りをグルグルと回る。
そのラワンの姿を見たトデナミが歩を出した。
ラワンに近づき「ラワンいらっしゃい」 と言った。
ラワンが救世主を見たような目でトデナミを見ると、すぐにトデナミに走り寄った。

「今は離れておきましょう。 私と一緒にいらっしゃい」 言うと、シノハから離れた所に腰を下ろした。

ラワンがその後ろに回ると、まるで衛士にでもなったつもりなのか、トデナミを守るようにブフッと鼻から息を出し、そしてトデナミがもたれられるように背後で足を折り、首を長く上に向け辺りを見回すと、もう一度鼻から息を出した。


エランの背に座るセナ婆。

「笑っている顔と、嬉しそうにしている顔か・・・」 うかつに、小さくはあるが声に出してしまった。

「え? 婆様なんでしょうか?」 エランを引いていたアシリが歩を止めてセナ婆に振向いた。

「ああ、なんでもない」

アシリが頭を傾げるとそのまま歩き出した。

(あの霊は、喜びを求めていたのか・・・尋常ならぬ程に。 どれだけ辛い生を生きてきたのか) 苦い物が口に広がるような気がした。

(じゃが・・・誰もそうかもしれん) 天を仰いだ。



磐座の前に現れた奏和と渉。

(たぁー、良かった・・・戻れた) 磐座が目の前に現れ、何とも言えない安堵を覚える。

握っていた渉の手を離すことを忘れて、もう一方の手をGパンのポケットに入れた。

「奏ちゃん、離してよ」 掠れた声で言う。

「あ、おお・・・」 もう渉の腕を握る必要もない、すぐに離した。

渉はコート、奏和はダウンベストをそれぞれ羽織ると、思い当たることがあって奏和が後ろを振り向いた。

(良かった、誰もいない) イリュージョンを誰にも見られなかったと胸をひと撫ですると渉を見た。

「渉・・・その、なんて言っていいのか」

「なにが?」 突き刺すような目線を送ってくる。

(怖っ! 怒ってるよ。 って、なんで俺が怒られんだよ)

「言っとくけど、分かってるだろうけど、誰にも言わないでよ」

「言っても誰も信じてくれないだろうよ」

「だから! 言わないでって!」

「ああ、言わないよ。 渉、声が掠れてんだから、大声出すな」

「掠れてない! 大体、どうしてついて来たのよ!」

「掠れてる。 頼むから穏やかに話してくれ」 喉を傷めてこれ以上、食が喉を通らないのは困る。

「俺だって、まさかこんなことを想像してたわけじゃない。 ただ渉を止めようと思っただけだ。 まさかついて行くなんて思ってもいなかった」

渉の目がジワっと潤む。

(そうか・・・そういうことか。 向こうで何かあると・・・シノハってやつが、渉を受け入れられない何かを言うと、こうして磐座の前で泣いてたのか)

「渉、切り株に座ろう。 なっ」 言うと渉の背を押した。

切り株に渉を座らせ、奏和が渉のその前にしゃがんで、渉の座る切り株の端に両手をついた。

(言ったもののどうしようか・・・あんな非現実の後に何を言えばいいんだ) 頭を垂れる。

「・・・奏ちゃん」

「ん? なんだ?」 顔を上げた。

「シノハさんが私の周りの人のことを考えようって言ってた。 私のことを想ってくれてるって」

「ああ、そうだ。 小父さん小母さんが、どれだけ渉のことを可愛がってくれているか知ってるだろ?」

「パパとママ?」

「ああ。 獅子になれない小父さん、小母さんだよ」

「ししって?」

「獅子は我が子を谷に落とすって言うじゃないか。 そこまで厳しい小父さんじゃないし、渉がちょっと怪我をしただけで大騒ぎだろう? 翔が言ってたぞ。 渉に包丁なんて持たせたら小父さんが泡吹いて倒れるって」

「パパがミシンを使っちゃいけないって」

「うん?」

「針が指を貫通するからって」

「だろ?」

「ハサミは手を切るから危ないって」

「渉のことが大切だからだよ。 渉に怪我をさせたくないんだな」

「ママは私がお裁縫をするのを、長く見てられないって」

「どうしてだ?」

「身が持たないって」

「え?」

「いつ指を刺すか分からないからって」

「ああ、そういうことか。 言えてるな」

「・・・ほかに誰?」

「誰って?」

「私を想ってくれてる人。 その人たちのことを考えなきゃ、シノハさんの所に行けない。 シノハさんからの宿題だもん」

「・・・渉」

「言って、他に誰が居るの?」

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