大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第8回

2023年11月06日 21時18分01秒 | 小説
ハラカルラ    第8回




水無瀬が近づいて行く。

「よー、こんなとこで何してんの?」

「あれー? 水無瀬っち?」

だから水無瀬さんと呼べ。
バイト先の敬語を知らないやつである。

「やっぱ、ハワイじゃなかったんだ」

「だから違うって言っただろ。 何してんだよこんなとこで」

「迷子犬の届け出」

「犬? 犬なんて飼ってたのか? って、届け出って、あそこ落とし物の係りじゃねーの?」

「犬は物扱い。 で? 水無瀬っちは何でこんなとこに居んの?」

「あ、うん、ちょっとな。 でも空振りに終わった」

「ふーん。 ね、俺、昼食べそこなったんだけど水無瀬っちは?」

「俺もまだ」

「なんか食べに行かねー?」

幕の内弁当を買おうとは思っていた。 だが食べに出るとなるとそれ以上になる可能性はあるが、こいつをボディーガードにしても良いのではなかろうか。 ボディーガードになるかどうかは分からないが、誰かがいれば簡単に手を出してこないだろうし、日頃の俺への失礼をその身体で払ってもらっても罰は当たらないだろう。

「そうだな」

たしか駅前にファミレスがあったか。 ファミレスならそんなに高くもない。


「ライ」

振り向くといつの間にだったのかナギが立っていた。

「早いな」

「ついさっきまで長とここにいたからな」

「長と? どういうこと?」

「矢島の身体を引き取りに来ていた」

「ここ、に?」

「ああ」

水無瀬がここにやって来たのは偶然なのか?

「長をほっぽって来て良かったのかよ」

「葬儀屋の顔をしたおっさんたちの運転で帰った」

「あ、そういうこと」

「水無瀬は」

「中に入ってる」

「何をしに」

「そこまで知るかよ。 おっとー」

水無瀬が出てきた。

「あー、やっぱり」

「あれは水無瀬のバイト先の奴じゃないのか?」

「ああ、水無瀬に遅れて入って行った」

「偶然か?」

「知らねーよ。 バイクは?」

「駅前に停めてある」

行動の起点は駅前だったようだ。
多分大人しい顔をして長にくっついて行って泣いてでも見せたのだろう。 そんな奴がバイクになど乗っていては信用性にでも欠けると思ったのか、ライダースーツから着替えまでしている。 細かいことだ。

二手に分かれ周りを気にしながら水無瀬たちをつけたが、ここまでに怪しい影は見えなかった。
バスを降りた水無瀬たちがファミレスに入った。 駅前のファミレスだけに駐車場はない。

「あー・・・奥に入っちまった」

窓際ならここから見張ることが出来たのに。

「どうする?」

『外に居る。 ライは入ってこい。 あ、それと爺さんから水無瀬が見えるのかどうか、積極的に聞き出せということだ』

「了―解」

とはいっても、このシチュエーションでは訊くことは出来ないが。

ファミレスに入って行ったライを見届けると、辺りをもう一度見まわし怪しい者が居ないかを見ると、踵を返してコインロッカーに向かった。


「ねー、良かったのかなぁ?」

「うーん、でも仕方なかったしぃ」

親から再々、早く戻って来いと連絡があった。 そしてライが金をどこに隠しているかは簡単に想像がついた。

「父ちゃん怒ったら怖いもんね」

「うん。 それにライがお金をくれなかったのが悪いんだから」

「だよね」

「だよだよ」

「お土産もあるしね」

「ふふ、宝箱みたいだね」

「だね、ふふふ」

電車に揺られる小さな手には同じように小さな箱が乗っている。
同じ顔をした可愛らしい双子がにこやかに笑い合っている。 前の座席に座るお婆さんが、あまりの微笑ましさに思わずつられて笑みを零していた。


「ふぁ、腹いっぱい」

「よく食うよなー」

「育ち盛り」

「とっくに過ぎてんだろが」

「ね、今日これから予定ある?」

「いや、別にないけど・・・」

こいつがいれば簡単に手を出してこないとは思うが、たとえこいつを犠牲にして逃げられたとしても、それはそれで後味が悪い。 さっきまではボディーガードになどと考えていたが、段々と陽が斜めに傾いてくると人間は気が弱くなってくるのだろうか。

「んじゃ付き合ってくんない? ゲーセン」

「ゲーセン?」

ゲーセンなどと大声を上げて助けを求めても誰にも聞こえないところは御免こうむりたい。 それにあんな所ではいつ誰に連れ去られるか分かったものではない。

「断る」

「わっ、冷た。 んじゃ、第二候補、レンタルショップ」

「CDか?」

「それもあるけどブルーレイも」

ブルーレイ? こいつ、金持ってんだ。

「水無瀬っちも何か借りる?」

「どこのレンタル?」

「サンタルチー屋。 チェーン店でここら辺りにもあったはず」

「俺、サンタルチー屋の会員じゃないし」

「うーん? 俺の会員証で借りればいいし、おごるよ」

最寄りのサンタルチー屋を探しているのだろう、スマホを操作している。

「あ、あった。 徒歩・・・二十分ってとこかな」

「駅前じゃないんだ」

おごってもらう気はないが、そうだな、気晴らしにジャケットを見て回るのもいいか。 そう遅くさえ・・・いや、待てよ。 一人にならなければそれでいいのか。 こいつ一人にこだわらなくとも人目があればいい話である。 それなら簡単に手は出せないはず。 木を隠すのなら森の中。 ちょっと違うか。

「そうだな、行ってみるか」

「おし、腹ごなし腹ごなし」

お前は食べ過ぎなんだよ。


『出る』

「分かった」

会計を済ませ外に出るとラインの着信音が鳴った。

「ん?」

水無瀬がポケットからスマホを取り出そうとすると「あ、俺のライン。 ちょっと待ってて」 と、ラインを操作し始めた。 水無瀬と同じ着信音だったようだ。

「ほい、お待た」

“お待たせしました” だ。

こいつが言っていた通り、二十分ほどでサンタルチー屋に着いた。 夕方にさしかかっていたからか、客は制服を着た学生が目立つ。 頃良い客数ではないか。 それに制服なら間違いなく中高生だ、あの団体さんでないのは確かで安心して見て回れる。
ただ、帰りが考えものである。 駅の賑やかさから離れた方向に歩いたのだから、それなりの時間を見計らって帰らねば。

「水無瀬っち、何借りる?」

「うーん、適当に見て回る。 目当てがあるんだろ? そっち行ってていいぞ」

「そう? じゃ、借りるの決まったら持って来いよ、おごるから」

「へいへい」

“持って来てください” だろ。 あ? おごってもらうんだから “持って来い” でもいいのか? いやいや、俺は年上だしおごってもらう気もさらさらない。
後姿を見ているとスマホを取り出した様子が見て取れる。 ファミレスを出た時に着信があった、ラインでもしているのだろう、忙しい奴だ。

「はぁー、それにしても長い間音楽なんて聞いてないなぁ。 映画も見てないし」

ついでにテレビも殆ど点けていない。 今どきの流行り曲などサビ意外知らない。

「爺さんかよ・・・」

CDを一枚ずつ取ってジャケットを見る。 絵であったり写真であったり、雰囲気を醸し出していたり、ふざけていたり。 ジャケットで売り上げが左右されると聞いたことがあるが、こうして見ていると分からなくもない。

昔聞いていた曲のCDが目に入った。 手に取るがこんなジャケットだったっけ? と記憶に薄い。 レンタルではそこまで思い入れてジャケットを見なかったのだろう。
移動してDVDの棚を見て回る。 一度見た映画をもう一度見たい派ではないが、これから家に引きこもらなければならないかもしれないと考えると、DVDを借りておくのも一つかもしれない。

「明日にでも借りに行くか」

自分が会員になっているレンタル店に。

「プレーヤー・・・壊れてないよな」

長く使っていない。

「くそ、まるでヒッキーじゃないかよ」

何のために講義を詰めて出席したのか。

「水無瀬っち、決まった?」

「ん? ああ、いい。 特にってのもなかったし」

「そう? やっぱここ狭いから品揃えが少ないよな」

上げた手に何も持っていない。

「借りないのか?」

「借りたいの全部借りられてたし他に良さそうなものもなかった」

そうなのか。 全部借りられてたってことは、それは多くの人が借りに来たということ。 ということは、こいつは流行りというものが分かっているのか。 なんか腹立つ。

「どっか寄る?」

「いや、今日はもう帰るわ」

「そう?」

外に出ると・・・暗かった。

「ええ?」

「なにビックリしてんの?」

「いや・・・いつの間に。 って、俺らそんなに長くここに居たか?」

「結構居たね。 あんなのは見て回ってるとすぐに時間が経つからな」

「うそん・・・」

「予定ないって言ってただろ? なんか不都合?」

「いや、そういうわけじゃ・・・。 とにかく帰ろう、駅に行くんだろ?」

「あー、うん」

「なにそれ」

見放すなよ。 意地でもせめて駅まではついて来させるからな。

サンタルチー屋を出て街灯の少ない中、とぼとぼと二人で歩いているとラインの着信音が鳴った。

「あ、俺」

スマホを手に持つと操作をし始める。
間違いなくこいつの着信音だったようだ。 こいつは俺の着信音と同じということに気付いていないようだ。 まぁ、俺も今日知ったばかりだが。

「犬を見つけたって」

「へ?」

スマホをポケットに入れた姿が目に入る。 返信し終えたのだろう。

「ああ、そう言えば、迷子犬の届け出とかって言ってたっけ。 見つかったのか、良かったじゃん。 お前んちの犬?」

犬のことでラインのやり取りをしていたのか。 敬語は使えないし失礼な奴だが心根は優しいのかもしれない。

「知り合いの犬。 ってことで、ここでサラバ」

「はぁ!?」

止める間もなく駅に行く道から外れ走って行った。

「おいおいおいおい・・・嘘だろぉ・・・」

心根が優しいというのは撤回しよう。
辺りを見ると人っ子一人居ない。 それにこの街灯の少なさ。 決して前が見えないわけではないが、それでも心細い時には不安になる暗さ。 サンタルチー屋を出た時より一層暗くなっている気がする。

「走るか・・・」

そんなに複雑な道順ではなかった、道は覚えている。
走っていると時折車とすれ違う。 一瞬ドキッとするが、どの車も素知らぬ顔で通り過ぎて行く。
来る時には歩いて二十分ほどだった、走れば遅くとも十分で着くはず。 十分走ればそれでいい。

「・・・って」

足が止まった。 膝に手をついて息を上げる。
もう高校生じゃないんだ、マラソン大会も体育の授業も離れて久しい。

「こんなに体力落ちてたのかよ・・・」

それに間抜けなことに全速力で走った。 百メートルならおおよそ十二秒ほどで走れただろうが、百メートルではないのだ。 色んな意味で自分が情けない。 その上、これからヒッキーになろうとしているなんて。

「よー、お疲れだな」

え? 顔を上げるとこの暗がりの中、サングラスをかけたあの男が立っている。

「ぐふっ」

腹を打たれた。

エンジンの音が聞こえた気がした。 またこのまま車に放り込まれるのだろうか。

「奴ら」

『了解ぃ~』

バイクが来るまで走り去っていく車の後を自らの足で追うが、相手は機械、離されてしまう。 車が左折をした。 見失ってはどうにもならない。

「ナギ!」

前方にバイクが止まった。 ちょうど車が左折をした四つ辻だ。

「前方の車」

バイクの後ろに跨る。 すでにライダースーツに着替えている。

「了―解」

タンデムシートに収まりながら、インカムのついたメットを被りすぐに連絡を取る。

『どうした』

「たった今、車に乗せられました。 追っています」

『GPSで追う』

「はい」

「おいおい、信号無視かよ」

小さな交差点ではあるが、まだ塾通いの小学生が歩いているかもしれない時刻だというのに。

「応援が来るまでは大人しくした方がいい。 見失わない程度に」

「難しい注文だな」

前方の車は真っ直ぐに走っている。 こちらが追手と気付いていないのか。
停止線手前で止まりかけたが信号が青になった。 クラッチを握りニュートラルにしていたギアを上げる。


「二度目か・・・」

爺たちの元に連絡が入った。

「やはり水無瀬という青年に何某かの確証があるのでしょうな」

「それも昨日の今日、焦っているということか。 かなりこちらを気にしているということになろうか」

「まさか昨日あんなことになるとは思ってもいなかったのだろうて」

「で? 矢島はやはり何も持っていなかったような?」

「警察でも服を検めただろうが、やはりそれらしいものを持っていなかったということ」

「まぁ、我らとは違うからなぁ、隠し持つということはせんだろうて」

そこに木戸が開いた。

「煉と炭が戻りました」

入ってきたのは煉と炭の母親である。

「そうか」

「土産があると言うとるんですが」

「土産?」

「煉炭、入り」

「はーい」 というと、やはり二人そろって頭を下げ「ただ今戻りました」 とハモる。

「土産とはなんぞ?」

「怒りませんか?」

「怒るのなら、ライ」

爺たちが目を合わせる。 ライのこともよく分かっているが、この双子のこともよく分かっている。

「怒らん。 上がってこい」

双子が目を合わせて笑み合い土間から板間に上がる。 爺たちの前に座ると手の中の箱を前に出した。

「これが?」

これが何かは知っている。 この双子が作った妨害電波入りの箱である。 二人とも機械いじりが好きで訓練よりもそちらに精を出している。

「水無瀬の部屋で見つけた盗聴器」

「と、盗聴器!?」

他の者が手を伸ばし箱を開ける。 タオルハンカチに包まれたものを箱から出すと中から白い物体が出てきた。

「・・・こんなものが?」

「うん、USBスティック型盗聴器」

「まだ手を加えてないから機能は残ったまま」

「でもここまで来たら何も聞かれないけど。 ねっ」

「ねっ」

「待て、どうやって持ってきた」

「あ・・・だからぁ」

「それはぁ・・・」

「忍び込んだということか」

「な! なんちゅうことを! あんたら! 何を勝手なことをしたんかね!」

ああ、そうだった。 母ちゃんとは怒らないという約束をしていなかったのだった。

「父ちゃんが戻って来たら、こってりと絞ってもらうからね!」

母ちゃんと約束をしていたとしても、結局は父ちゃんに怒られるのか・・・。 怖い。

「まぁ、待て」

「向こうが仕掛けたということか」

「ならば・・・向こうの誰かに言わずとも、見たという独り言なり、誰かと話したことを聞いたかもしれんということか」

「その色が濃かろうな」

「長は?」

「まだ矢島についとります」

煉炭の母親が頭を下げながら応える。

「そうか・・・。 少々この話が遅れたとて何が変わるわけでもなかろう」

矢島のような立場にある人間を悼むのは長の役目である。

「煉炭、でかした」

指示以外のことをしたのは褒められたことではないが、褒めて伸ばせということもある。 細かいところは両親に任せ、爺の立場であるこちらからは褒めるが良いだろう。

「褒められた!」

「すごいすごい!」

「母ちゃん、父ちゃんも褒めてくれる?」

「くれるよね?」

煉と炭が振り返って訊くが、思った通りの答えは返ってこなかった。

「それはそれ! こってりと絞ってもらうのは変わらんからね!」

「えーーー・・・」 二人の声が重なった。


距離を置いて走っていると間もなく幹線道路に出た。 奴らの車との間に目隠しをするようにワゴン車を一台挟む。

「気付かれてないか?」

「ああ、多分な。 ここまで来るに気付かれていたら、もっと無謀な運転をしてただろうよ」

このライ。 方向感覚に優れていると言っていいのか、単なる当てずっぽうがいつも偶然に当たるだけと言っていいのかは分からないが、こいつと居ると任せることが出来る。
今だってそうだ、行き先もこの地域の道も知らないというのに、車からバイクの姿を隠すために細かな道を使ってショートカットをしたりしていた。 袋小路になっていたら、思ったところに出られなかったら、などとは考えないようで迷いなくバイクを走らせていた。

(それとも単なる野生の勘か?)

木などを上る姿は野猿のようであるのだから。

「水無瀬の様子はどんなだった?」

「腹に一発」

「へ? 一発で撃沈?」

「庇うわけではないが、それまで走っていたというところもあるのかもしれないが、まぁ、反撃は無かった」

「ひ弱だこと。 んー、あいつら高速に乗らないのかな?」

「昨日とは別ルートにするか、別の所に行くつもりか、というところだろう」

「車も一台だけって・・・何考えてんだろ」

「こちらの気付かぬ間に応援が付くかもな」

相手の車がどんなものかは知らないし、こっちは車ではなく二輪である、相手の応援の中にも二輪があるかもしれない。

「こっちの応援は?」

「まだ」

「まっ、そんなに早く来るわけないか。 けど相手の応援がどれか分かんねえ以上、いつまでも持たないぞ?」

一般道路でそうそう同じ道を長く走る車両はないだろう。
マークをしている車からバイクを隠して走行することはある程度できるが、それ以外の車、応援の車がどれか分からない以上は隠すことも出来ない。 ましてや隠れる為に使った車両が応援の車であれば間抜けもいいところである。
今のところ相手は車一台の様子、それならばと行動に出たとしても、こんな幹線道路で問題を起こすことなど出来ない。

「野猿の勘はないのか?」

「え? なんて?」

「いや、何でもない」

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