大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第47回

2024年03月22日 21時11分44秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第40回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第47回




雄哉から目を転じて助手席を見る。 俯いているライの僅かな横顔が見える。

「・・・ライ、起きてる?」

「うん」

「・・・ライが謝ることなんてない。 でもライはごめんって言ってくれた。 それを受け取らないって言っちゃいけないと思うんだ。 だから、ライが謝ってくれたことは受け取る」

シキミが頬を緩ませる。

「・・・言ってはない。 書いただけ。 だから・・・ごめん」

「うん、ちゃんと聞いた。 でもさっきも言ったけどライが謝ることじゃない。 謝んなきゃなんないのは俺の方だ」

短絡過ぎた。 後悔してももう戻れないと思っていた。 それなのに手を差し伸べてくれた。

「何も考えず言い過ぎた、それに言葉の選び方も間違ってた。 ごめん。 それと・・・有難う。 あんな酷いことを言ってこんなんじゃ、許してもらえないとは思うけど―――」

「違う」

「え?」

「騙したのは俺の方だから。 なんと言われようがそれを受ける覚悟で騙したんだから。 水無瀬が謝ることじゃないし、水無瀬を許す許さないじゃない。 許してもらえるのなら許してほしいのは俺の方だから。 朱門の方だから」

両眉を大きく上げたシキミ。 このままでは埒が明かない、互いが自分の方が悪いと言い合うだろう。 腹の中を全部吐き出させるのも一案だが結局ライは譲らないだろうし、水無瀬も一人になり色々と考えたのだろう。 第三者が取り持つことも一案だ。

「じゃ、お互いそれでいいんじゃないか? まぁ、朱門ってところでは長との話になるが、少なくとも水無瀬君とライは互いの謝罪を受け取り、そしてこれまでのことにも互いを許す。 それでどうだ?」

「・・・そうですね、自分が悪いと言い合っていても話が進みませんね。 ライ、それでいいか?」

「・・・」

「ライ・・・」

シキミがちらりとライを見る。 本当にライの意固地はいつまで経っても治らない。 一つ息を吐くと水無瀬に頼みごとをする。

「水無瀬君、ライは頑固でな、悪いが水無瀬君の方から先に許すと言ってもらえないか? それで水無瀬君は謝罪も許してほしいということも無しで」

「いや、それは出来ません、本当に酷いことを言ったんですから」

「・・・酷くはない。 水無瀬は当然のことを言っただけだから」

「・・・ライ」

「それにシキミさんに言われたからって水無瀬に強制するのはおかしい」

「ライ・・・」

あー、っと言ってシキミが頭を搔く。 確かにライの言うように朱門は偽言を吐いていた。 いや、そう思わせるように話していた。 そのことが発端で水無瀬がライに言った。 だからライの言う方が尤もだとは思う。

「それじゃなんだ、水無瀬君に本当のことを言わなかった罪は俺にもある。 水無瀬君、悪かった。 許してもらえるだろうか」

「そんなっ―――」

「じゃ、許してもらえるか?」

「あ・・・はい」

「だったらそのノリでライを許してやってくれ」

シキミの言いたいことは分かった、でもシキミの言うように簡単には終わらせられない。 だからと言ってこのままでは何も終わらないし何も始まらない。

「だからシキミさん、強制するものじゃ―――」

「ライ、許す。 謝罪も受け取った。 そして俺は謝らないし許してほしいとも言わない」

水無瀬の方が大人だな、とシキミの口角が上がる。

「でもこれだけは言わせてほしい」

なんだ? シキミの眉が上がる。 チラリとライを見るが、ライの頭はまだ上がっていない。

「一緒に居てくれた時、楽しかった。 それで今回のことは嬉しかった、ライが見つけてくれて嬉しかった。 だから有難う」

「あ・・・」

「ライ、水無瀬君に返事は」

「うん・・・。 俺も楽しかった。 それに俺に気づいてくれたのは嬉しかった。 ・・・有難う」

「そりゃ、気付くよ。 あの話を覚えてくれてたんだって思ったら余計に嬉しくなった」

「当たり前だろう、あの時の水無瀬の能天気さは忘れられるわけがない」

ライの頭が上がってきている。 これで一段落かと思う一方で、あのライが戻って来るのかと思ったら頭痛の種がまた出来てしまいそうになる。


翌日、シキミと同じようにハラカルラにさえも行けない、身体がシップだらけの祷平太が布団の中で転がっていた。

水無瀬が思う公民館のような建物に長と水無瀬が向かい合って座っている。

「水無瀬君、本当に申し訳なかった」

長が畳に手をついて深々と頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ言いすぎました。 その、長やライたちの考えや気持ちも考えずに・・・俺の方こそ申し訳ありませんでした」

全身筋肉痛の身体で長に負けじと手をついて頭を下げる。 水無瀬の行動を止めかけた長を置いてそのまま続ける。

「長がどれだけ俺に気を使って下さっていたか、あとで考えてよくよく分かりました。 それに俺が勝手に黒門と勘違いしていました」

「いや、とにかく頭を上げてくれ」

水無瀬の頭が上がる。

「水無瀬君の勘違いというわけではない。 こちらがそういう話し方をしたのだから」

烏が水無瀬に会えば必ず最初の守り人の兄妹の話を聞かせると思った。 そこに齟齬(そご)が出来るかもしれない。 だから先手を打ってこちらの門を黒門と思わせるように話を聞かせた。

水無瀬が頭を振る。

「何においても短慮が過ぎました」

「では、水無瀬君はこちら側がしたことを勘弁してくれるのか?」

ライの時のように自分の意思を通しすぎては話が進まない。 ここはスムーズに話が進むように自分の意思を曲げよう。

「はい。 それにあの状況から助けて下さったのは朱門の方々です。 お礼こそあれ許さないということはありません」

「そうか、感謝する」

長が安心したかのようにいかっていた肩を下ろす。

「向こうで何があったかはシキミから聞いている。 どうする? 戻るにしても黒門には既に住居が知られているし白門もすぐに調べるだろう。 ああ、誤解しないでくれ、引き留めているわけではない。 ただ、今回の水無瀬君に降りかかった災難を考えると、戻っても同じことの繰り返しになるだろう」

「はい、分かっています。 あの、長、一つお願いがあるんですけど」

「ああ、ライから聞いているが賛成しかねる話だな」


「父ちゃん、おはよう」

朝食を食べているワハハおじさんの前にやって来た練炭が声を合わせて言った。

「おはよう」

「水無瀬どうなった?」

「助けられた?」

「ああ」

やった! 二人が声を合わせ続けて訊く。

「妨害電波役に立った?」

「あー、それな。 今回は使うことがなかった」

「えー! せっかく作ったのに」

「仕方がないだろ、状況ってのは常に変わる。 それより約束を覚えているな」

「あ・・・」

「・・・うん」

上手くいって水無瀬が戻ってきたら、水無瀬を水無瀬と呼び捨てにしない、それとバカとも言わない、と言っていたことである。

「よし。 それと水無瀬君に会わせるのは当分先だ」

「え?」

「なんで?」

「水無瀬君自身や色んなことが落ち着いてからだ。 お前たちは今までサボっていた訓練に励め」

「なんでそうなるんだよー」

怒りのハモリであった。


ライと共に水無瀬がハラカルラを歩いている。 何度もハラカルラに入っている。 初めて入った時のように意図せず入るようなことは無く、ライと共にハラカルラに入った。
長には反対されたが水無瀬が言いきった。 今なら誰も水無瀬がハラカルラに入っているとは思わないはずだと。 そして昨夜、黒門と白門の村の場所をライに尋ねると朱門からかなり離れていると聞いた。 そうであればハラカルラでバッタリということもまずないはず。

「ここ」

そこはハラカルラに入ってほんの1キロメートルほど歩いた場所であった。 黒門の穴がどれほど遠かったかと思い知る。 そしてライの指さす方向を見ると、黒門のように岩の途中にある穴と違い目の前に山のような大きな岩があり、その下に洞が口を開けている。

「ここ? 黒門と随分違う作りなんだな」

ここは朱門の穴である。

「じゃ、ちょっと行ってくる」

「うん、俺も一緒に入れるけどここで見張ってる」

黒門の穴ではないのだ、自分たち朱門の穴なのだから自由に出入りは出来るが万が一がある。 朱門の村の者が数名同道すると言っていたが、それでは悪目立ちが過ぎると水無瀬が断った。

「うん、頼むな」

穴の中は水無瀬の背丈より少し高く、同じように横幅もある。 穴に入って数歩歩くと上り坂になっている。 穴の大きさは僅かに狭くなっていくだけである。 上り坂をどんどん上がっていくと、黒門の穴と同じように垂直に上がって行く形となってきた。 そこを泳いで上がる。 水から顔を出すとまるっきり黒門の穴と同じようなところに出た。

「烏・・・発想力薄くないか?」

門によって多少の違いを作れば良かったものを、と考えるがこれはハラカルラが作った地形なのだろうか。
辺りを見回すが黒門の穴のように机などはない。 水から上がってもう一つの穴に入っていく。

「うん? 朱から誰か来るのぅ」

「朱から? なんだ? 朱は守り人を見つけたのか?」

「さぁ、どうだかのぅ。 にしても鳴海が来んな」

「飽きたのだろうかな・・・」

「なんじゃお前、寂しそうだのぅ」

「そんなわけがなかろうがっ! 朱の守り人はどんな者かと考えながら言っただけだろが」

「おぅおぅ、ババ烏に恋の目覚めか?」

水無瀬が穴を抜けピロティに出た。 左を見ると黒門の穴がある。 烏たちの居る穴にはどちらも接していない。 烏たちの居る穴の左右に穴がある。 どちらかが白の穴でどちらかが青の穴。 チラリと右の方の穴を見る。 そちら側を烏は青だと言っていた。 だが広瀬の話からするとそちら側が白の穴になる。

「吾がババならお前は大ジジになるのが分かっていような」

「なっ! 何を言うか」

「お前の方が先なのは分かっていよう」

「そうと分かっておったら、もっとわしを敬わんかー」

「なに騒々しくしてんですか。 手が止まってますよ」

え? という目をした烏二羽。 黒烏がぴょんぴょんと跳ねて方向を変え、その黒烏の身体の横からヒョイと顔を見せた白烏。

「鳴海」

黒烏が言い、白烏が目を何度もぱちくりとさせている。 見ようによっては可愛らしいが口は相変わらずである。

「もう飽きたのかと思っておったわ」

「いいえ、そんなことはありません」

そう、そんなことはない。 そうだった、忘れていた。 そんなことなどない、どうして飽きようか。 単調な作業と言ってしまえばそれまでだが、飽きるなどということは無かった。

「ほぉー、では向こうで忙しかったということかのぅ」

「まぁ、そんなところです」

「で? 暇になったということか?」

せっかく黒烏が穏便に話を持っていってくれたというのに、この白烏、喧嘩を売っているのだろうか。

「暇ということではありませんが。 あの、烏さん確認をしたいんですけど」

しっかりと黒烏に目を合わせて言う。 白烏に茶々を入れられたくはない。
黒烏が、ん? という目をこちらに向ける。 白烏は羽を動かし始めた。

「右の穴、以前烏さんは青の穴と仰っていましたよね?」

右側にある青の穴の方を指さして問うている。

「うん? そっちは白じゃ」

「え? でも以前、右の穴のことを聞いた時は青って言ってましたよね?」

自分の聞き違いだったのだろうか、それとも記憶違い?

「何を言っておるか。 それに右の穴はこちらだろうが」

烏が自分の右羽を広げる。
向かい合っているのだ、以前も今も。 ということは左右が反対になる。 今はたまたま指をさしたが今も指をささなければ青と言われていただろう。

「あ・・・」

少し考えれば分かることだった。 体が脱力していきそうになる。

「それが何じゃ?」

「あ、いえ。 いいです」

身体がふにゃふにゃと崩れそうになるのをなんとか堪えて続ける。

「異変なんですけど、それって丸々二十年ごとなんですか? 月日が決まっているとか、そこまで決まっていなくても少なくとも季節は同じとか?」

「いや、決まってはおらん。 おおよそ二十年というところかの、その一年のうちのいつかは分からん。 なんじゃ? 何を知りたいのか?」

「いえ、ちょっと気になって。 それで異変を感じて開眼するのは全員一斉にですか?」

雄哉が開眼者とは限らないがもし開眼者であるのならば、水無瀬と雄哉の開眼の違いに疑問を持っている。 あまりにも違いすぎる。

「いんや、人それぞれ。 異変を感じてすぐに開眼する者もおるし、何年か後の者もおる。 それを知りたかったのか?」

「はい、気になることがあったので」

「ふーん、ではそれで良いな、それでは新しいことを教え―――」

「あ、すみません、教えてほしいのは山々なんですがあまり時間がなくて。 その、もう一つ教えてください、立派な烏さん」

「お? ふふん、まあいいじゃろう。 何でも訊いてみ」

「有難うございます」

ヨイショを忘れてはいない。 そして質問を続ける。 最初に黒の穴に来た時のことである。 水無瀬は魚の案内で黒の穴に入った。 どうして魚は黒の穴に案内をしたのか。

「魚と話してもいませんでしたし、どうしてなのかなって。 魚と話せるかどうかは分かりませんけど」

「ふむ、そのことはあの時、鳴海が帰ってからアヤツと話しておったのだがな、多分、矢島が印(いん)を聞かせたのだろうな」

アヤツというのは白烏のことだろう。

「印?」

「ああ、言葉で印を付ける。 ハラカルラの言葉でな」

「え? 俺、矢島さんからそんな・・・」

矢島からは日本語しか聞いていない。 それもほんの少しの話だった、いや、話というほどもなかった、言葉だった。 ハラカルラの言葉を聞いたのは長からだけ。 矢島から預かったあの紙を長が読んだ時だけ。 ハラカルラの言葉で読み上げると『この言葉は矢島たちに引き継がれていてな』と言っていた。 ライもテンプレートのようなものだと言っていなかっただろうか。 テンプレートであるのならば・・・いや、長は他にも言っていた。

『それと・・・最後の三文字なのだが』 そう言って考える様子を見せたあと『最後の文字は意味としては印(いん)だったと思うが』 そう言っていたではないか。
『こちらの言葉で言うならば “矢島、印” この二文字で矢島を表しているということになる。 日本風に言えば最初の二文字が矢島を表し、そこに判子を押したということになるのかもしれない』そう言っていた。 そしてそう言う前にハラカルラの言葉でそれを読んでいた。

(あの時、長が読んだ最後の三文字。 それが矢島さんの印だったのか)

矢島がこうなることを見越して書いていたのかどうかは分からないが、どうして魚が黒の穴に案内したのかは分かった。 だがあの時、印など関係なく朱門の穴に案内をしてくれていたのならば、こんなにややこしいことにはならなかったのではないだろうか。

(いや、それでも巻き込まれていただろうな)

黒門も白門も必ず水無瀬を探し出しただろう。

「なんじゃ?」

「あ、いえ、何でもありません。 そっか、印か。 だから魚が笑っていたのか」

「ん? 笑って?」

「あ、いや、何でもありません」

よく考えれば長から印を聞かされる前から魚たちは笑っていたではないか。

「いや、何でもなくはない。 魚が笑っておったというのか?」

「あー、笑っていたというか口角を上げてたみたいな?」

黒烏が白烏を一度振り返り顔を戻す。 白烏と目を合わせたようである。

「やはりわしらの見立てに間違いはなかったようだの」

「え?」

コホンと一つ咳をしてみせた烏が言うには、魚たちは何かを認めた時に口角を上げ笑っているように見せるということであった。 何かを認める、それはその人間を認めるということにも通ずる。 認めたというのは、水無瀬の力を認めたということ、このハラカルラにふさわしい者であることを認めたということ。

「ふさわしい?」

「ああ、このハラカルラにふさわしい者。 穢れを持たぬ者であり、またハラカルラに認められる力を持っている者」

「力って・・・俺、何が出来るわけじゃないですし、穢れだっていっぱい持ってます。 あれもしたいしこれもしたい、ああなりたいとか、欲しい物もありますし、人を羨(うらや)んだり口喧嘩もします。 欲の塊だし卑屈な人間ですよ?」

「鳴海がそう思おうとしておるだけで心底はそうではないということ。 このハラカルラに嘘は通用せんからな」

褒められているのだろうか。

いくら魚が水無瀬を認めたと言っても普通の魚に案内など出来ないし、矢島の印を感じることも出来ない。 案内をしたのは稀魚(まれさかな)であったのだろうと言う。 魚の中には稀に特別寿命の長い魚が居るということで、人間でいうところの仙人みたいなようなものであるらしい。 人間である仙人は神通力を持っているともいわれている。 稀魚もまたそれに似た力を持っていて、その稀魚により力は様々だということである。

ハラカルラの中で育った魚、魚だけではない、他の生き物たちもハラカルラからどれだけの力を得ているのであろうか。 それを思うと決して賛成をするわけではないが、白門が考えたことに納得をしてしまう。

「話を戻すが、鳴海の持っておる力じゃがな、初めてアヤツに水鏡の使い方を教えてもらった時のことを覚えておるか?」

「え? はい」

「アヤツが簡単なことと思っただろうと言ったことも?」

たしかにそんな会話をした。 白烏にそう言われて『ちょっとだけ思ったかもぉ』といったのを覚えている。

「アヤツがこれを習得するに何か月もかかる。 長い者では年単位と言っておったのも覚えておるか?」

単に円を描くだけのことだったのにそう言われた。 そして『描くだけというが鳴海だからそう言える』とも言われた記憶がある。

「はい」

「それが鳴海の力。 少なくともハラカルラの水を宥める力を十二分に持っておるということ。 魚たちもそれが分かって鳴海を迎えた。 その力は・・・鳴海が二人目」

「え?」

「一人目は最初の黒の妹」

「え・・・」

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