大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第161回

2020年07月03日 22時23分04秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第160回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第161回



「葉月さんは食べないんですか?」

食べ始めた時からずっと横に座る葉月に尋ねた。

「お味見でお腹がいっぱいです」

とても無邪気な笑みを送ってくる。

「これ、葉月。 すこしは藤滝さんから離れなさい。 食べ辛くていらっしゃるだろう」

塔弥からは葉月が気落ちしていると聞いたがいつもの葉月だ、塔弥が思うほどでもなさそうか、と胸を撫でた。

(代弁有難う御座います。 全くもってそうです)

ピッタリと隣に座られ食べにくいことこの上なかった紫揺が心の中でささやいた。

プクッと頬を膨らますと、紫揺から離れた。 ・・・数センチ。
阿秀が握った手を口に当て横を向いた。

(絶対に笑ってる)

紫揺が横目で阿秀を見る。

(って、いっつもすました顔をしてるのに、あんな顔して笑うんだ。 へぇ~)

変な所に焦点を置いたものだが、セノギモドキと思っているだけに、セノギにはもう少し人間味が見られた。 このセノギモドキには今までそれが見られなかったからだった。

「お茶をお淹れします」

やっと紫揺の横から立って茶を淹れると一人一人の前に置いた。 そして何故かまた紫揺の横に座る。

「葉月」

領主にとがめられた葉月が紫揺から離れる。 やっぱり僅かに。

「・・・葉月」

今度は此之葉の声であった。

「あら、此之葉ちゃんはずっと紫さま・・・えっと、シユラ様とご一緒だったからいいけど、私は今日が初めてなんです。 ちょっとくらいいいでしょ」

「姉の言うことに従わなくてどうする」

「あら、領主。 領主だってそうです。 紫さ、シユラ様の一人占めはいけません」

「あの、今、姉って?」

紫揺がキョトンとした顔で領主に訊いたが、誰が返事をするよりも先に葉月が答えた。 この会話を誰にも横取りされたくない。 紫揺の顔は領主に向いているのだが、そんなことを考えていてはせっかくの会話を取られてしまう。

「はい。 此之葉ちゃんは私の姉です」

そこでやっと葉月を見た。

「え? 姉妹?」

初めての展開だ。 こんなことは北ではなかった。
それに妹という葉月の方が背が高いのか? そしてそして棒っきれのような此之葉と違って豊かな肉体。 でもそう言われれば、葉月の方は溌剌(はつらつ)としているが、此之葉の方は落ち着いた感じがする。

「此之葉は、先日お話しました “古の力を持つ者” です。 幼いころから先代と共に生活をし、教えを乞うていましたが、葉月はまぁ・・・自由に育ったと言いましょうか」

「え?」

“古の力を持つ者” と聞いて此之葉を見ると、此之葉が軽く頭を下げた。

「此之葉の持つ力で、藤滝さんの会社での後任を任すことが出来ました」

「それは、いったい・・・どういう風に?」

「はい。 私は人が触ったものから、その方のご様子を知ることができます。 藤滝さんが―――」

「紫揺でお願いします」

「あ、はい。 紫揺さまの座っていらっしゃったお椅子に座るだけで、どういうお仕事をされていたのかが分かります。 電話に触れれば、どういう会話をしていらっしゃったのかも」

「物から思念を読むようなもので御座います。 私には到底できませんが」

領主が言う。

「そんなことが?」

領主に向けていた顔を此之葉に戻す。

「まだ未熟でございます」

此之葉が言った。

置いてきぼりを食ってプクプクと左右の頬を膨らませていた葉月がここで入ってきた。

「領主も “古の力” があるんですよ」

「え?」

「これ葉月」

「そうなんですか?」

「お恥ずかしい程度です。 師匠からは匙を投げられましたから。 それに本来の “古の力” は男は持ちえませんので、此之葉の小指の先ほどしかございません」

四人が話している横で阿秀が知らぬ顔で茶をすすっている。
紫揺と領主も既に食べ終わっている。 時計を見る。 十四時五十分より少し前。

(腹を休めて・・・十五時三十分ぐらいか)

湯呑を置くと 「外を見て参ります」 と阿秀が場を辞した。

那覇空港からの飛行機に怪しげな姿を見なかったし、空港を下りてから車でも尾けられている様子はなかったが、万が一を考えるとじっとはしていられなかった。

北は紫揺の居所を掴んだのだから。 こちらは “古の力を持つ者” である独唱が幼い頃に記憶をしていた紫の気で追ってこられたが、北には紫の気を知る者などいない。 それなのに場所を特定してきた。 まぐれとは思えない。 領主はかなり力のある者が北にいるのかもしれないと言っていた。 それだけに油断はできない。

一通り家の周りをまわったが、変わったことなど見られなかった。 家の裏は岩がボコボコしていて歩き辛いが、逆に言えば身を隠すにはちょうどいい大きさの岩も点在している。 その裏も見て回った。 石畳を歩いて道路に出る。 車が行き買う様子もなければ、不審に感じるところもない。

(それにしても、塔弥はどこに行ったんだ)

本来ならこの役は塔弥のはずだったが、外に出てみると塔弥の姿が見られなかった。

「阿秀」

振り向くと葉月が居た。

「ん? 紫さまにくっついているんじゃないのか?」

「意地悪な言い方。 でもまぁ、そうしたいのは山々だけど領主から伝言」

そう言い始めると、独唱の具合を話し始めた。

「だから塔弥は領土に帰りました」

ここが領主からの伝言だった。

「そうか。 独唱様も無理を強いておられたようだからな。 塔弥もさぞ心配しているだろう」

「でもね、独唱様がお倒れになられた時、塔弥が付いていれば、そんなことはなかったと思うの」

「何を言ってるんだ。 そんなことはない、葉月らしくない」

そう言うと葉月の頭をポンポンと二回たたいた。

「紫さまはどうされている?」

これ以上の慰めは葉月を落ち込ませるだけかもしれない。 話を変えよう。

「此之葉ちゃんと話してる」

少し不貞腐れたように言っているが、紫揺を此之葉に取られたというわけではないであろう。 まだ独唱のことを気にしているのだ。

「いいのか? 此之葉に紫さまを取られるぞ」

「なに? 追い返したいの?」

「そんなこと思っているはずないだろう」

口をちょっと歪めると、目を左右に動かした。 納得できない時や、訊きたいことがある時の葉月の癖だ。

「ね、どうして紫さまって呼んじゃ駄目なの?」

「ああ。 そうだな、紫さまがご自分のことを、まだ紫さまと認めていらっしゃらないから、というところかな」

「ふーん。 シユラ様ってどんな字を書くの?」

「紫が揺れる」

「ふーん、紫揺さまか。 ふふ、紫揺さまそのものね」

「ん? どうしてだ?」

「紫さまになるにはまだお認めになっていらっしゃらないということは、お心が揺れていらっしゃるってことでしょ?」

阿秀が両方の眉を上げた。

「そうかもしれんな。 ほら、戻って紫さまと話しておいで」

葉月の肩を持つと回れ右をさせて、背中をポンと叩いた。
葉月が顔だけ阿秀に向けると、べーっと、舌を出して石畳を走って行った。

「そうか・・・」

それで塔弥が居なかったのか。

「無理を強いられた独唱様には是非にとも、紫さまにお会いしていただかなくては」

いや、是非になどと言うものでは無い、必ず。 でなければ、独唱の人生が報われない。
家の周りをもう一歩きすると、やっと家の中に引き上げた。
広間では紫揺と此之葉がシノ機械のことを話していた。 領主と葉月が居ない。 卓を見ると御膳は片付けられていたから、葉月は片付け物をしているのかもしれない。

台所に行ってみると一人あくせくしながら葉月が洗い物をしていた。

「葉月、領主は?」

「あ、お疲れになったようで・・・っていうか、腰がやられたようで、お部屋で横になってる」

一瞬振り返ったが、また顔を戻して洗い物の手を忙(せわ)しなく動かす。

「腰か・・・」

車や飛行機と乗り物に乗りっぱなしだったからだろう。 紫揺のことを考えて無駄な時間を取らないように運んだが、もう少し体を伸ばせる休憩を挟んだ方が良かったのかもしれない。

「かなりのご様子か?」

「けっこうきてそう」

振り返ることなく手を動かしている葉月の後姿を見て、背中を壁に預けると親指と中指でこめかみを一度押さえてから上を向いた。

(洞の中を歩けそうにない、か・・・)

一度様子を見ておいた方がいいだろう。
領主の部屋に向かうと襖が閉められていた。 正座をして襖の外から声を掛ける。

「領主」

「ああ、阿秀か。 入って構わん」

襖を開けると座布団を並べて領主が横になっていた。

「葉月から聞きましたが」

中に入ると襖を閉じた。

「ああ、無理がここできたみたいだな」

今日の飛行機に車と乗り慣れないここまでの移動はもちろんのこと、その前に金沢からも移動してきていた。 それも長い間電車に乗っていたのだった。

「配慮が足りませんでした」

手を着いて頭を下げる。

「阿秀のせいではない。 もうちっと、我慢してくれればいいものを。 この腰が・・・。 紫さまをお連れせねばならんというのに」

「領土へは伸ばして頂けるようお願いしてみます。 領主の具合はいかがでしょうか?」

「ああ、一日置けばどうにかなると思う」

「では、その様にお願いしてまいります」

領主の部屋を辞し、襖を閉めると広間へと足を運んだ。
途中、声を掛けられた。

「阿秀!」

振り返ると此之葉だった。

「此之葉、紫さまは?」

「それが・・・」

此之葉が言うには、葉月が洗い物をする前に、この島を紫揺に案内したいと申し出ていたようだった。 紫揺もそれに乗り 『是非とも』 と言っていたそうだ。
そして洗い物を終えた葉月が紫揺とともに屋敷を出たという。

「それで・・・」

葉月が洗い物を急いでいたのか。

「どこに行くと言っていたか聞いたか?」

「葉月は海を見せたいと言っていました。 紫さまはハルさんのところに案内してほしいと仰っておられました。 止めることが出来なく申し訳ありません」

「気にするな。 此之葉のせいではない」

踵を返した阿秀。

「阿秀」

走りかけだした阿秀を止める。

「私にも指示を下さい。 どこに行けば宜しいですか?」

今までに出したことの無いほどの声量だった。 今は自分以外誰もいない。 自分しか手伝う人間はいないのだから、知らぬうちに力が入る。

「ではハルさんの家を訪ねてくれ。 私は海沿いを見てくる」

「はい」

ハル家族への感謝の念は誰もが持っている。 それだけにずっと師の独唱に教えを乞うていた此之葉といえどもハルの家だけは知っていた。

阿秀が海岸沿いに出たが、紫揺の姿も葉月の姿も見えない。

「こりゃ、阿秀ちゃん。 久しぶりだの」

漁師のカクさんだ。

「お久しぶりです」

焦ってはいるがそれを見せることはない。

「何しとった?」

「ええ、魚の研究を追っていました」

「何かの発表会があったんか?」

「え?」

「背広を着とるから」

「あ・・・これは本土から帰ってきただけです」

「そうか。 阿秀ちゃんは勉強家だが、ワシらには分からんことをしとるからなぁ」

「そんなことはありません。 カクさんに沢山教えて頂きました。 カクさん、この辺りで葉月を見ませんでしたか?」

「ああ、葉月ちゃんか。 見とらんなぁ」

「そうですか。 葉月を探しているもので」

「あの撥ねっかえりは、そうそう見つからんだろうて。 その辺で子供たちにプロレスの技をかけとるかもしれんし・・・」

プロレスの技・・・葉月がここでどんなことをしているのだろうかと、阿秀の気が萎えそうになる。 その阿秀の顔を読み取ったのか、カクさんがその憂いを取ってやる。

「あ、気にせんでいい、子供たちとは戯れとるだけやから。 わしは真剣にかけられるけどな」

浮上しかけた阿秀の気が再び萎えた。

「そうだ、ハルさんのところを見てみーや」

「え?」

「葉月ちゃん、ちょくちょくハルさんの所に行ってくれとるから。 阿秀ちゃん、もうちっと、妹のことを見てやらんと。 寂しいんやないか?」

「あ・・・はい」

このカクさんは、葉月のことを阿秀の歳の離れた妹と思っている。

「ハルさんの所に行ってみます」

「ああ。 何があったか知らんが、怒んじゃねーぞ。 葉月ちゃんはようよう、ハルさんのことを見てくれとるんやからな」

「もちろんです」

そう言うと、すぐに走り出した。

(葉月が・・・ハルさんのことを・・・)

「おー、おー、青春やのう」

と言ったのはカクさんだった。

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