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五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

「わからない」という言葉を発する時

2012年06月18日 | 悔いのない人生とは?
わからない。

という言葉を発する時の心の内を読もうとせずに、安易に「わからない」ことへの対応をすることを早まると、損するな、、、ということを、最近しみじみ思います。

どんな時に人が「わからない」という言葉を発するか…

つまり、本当に解りたくても解らないから心の中で、解ろうとする情動が湧きあがっているのか?

それとも、

考えることや関わることが面倒なので、「わからない」という言葉を利用して、関わりから問題を遠ざけるために使っているのか?

それともそれとも、本当に、興味が無いことを「わからない」と云う言葉で置き換えているのか?

「わからない」
の中に潜む心模様は、さていかに。

確かに平家物語は、歴史に登場する人物と事象についてかなり勉強していないとわかりにくいかもしれません。

大河ドラマの清盛は、私にとっては面白い番組です。ドラマ制作に関わる人々の気迫と知力が詰まっています。

「わからない」に惑わされず、意志を貫き通して頂きたいと切に願います。
「わからない」という言葉に惑わされず、媚びることなく…。

よい作品は後世まで残ります。40数年間大河ドラマを取捨選択してきた私だから間違いない(笑笑^^)

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習い事の礼儀

2012年03月05日 | 悔いのない人生とは?
幼い頃から、多様な習い事をしてきて、それぞれ共通して学んだ礼儀があります。

それは、習っている師匠を差し置き、同輩を指導してはいけない、ということです。

そして、自分が習っている以上、先生は先生です。

プライベートに親しくお付き合いしているのであれば、習い事とは関係の無いところで「さん」付けするのはよいと思いますが、やはり「先生」と云うのが礼儀です。

同じ習い事をしている人を修正してあげたい気持ちは解りますが、ここはぐっと堪えて、口を出さないのが鉄則です。

修業を積んでいる人は、先生以外に絶対に他者を指導しません。する立場ではないからです。

そして、同種の習い事の師匠を掛け持ちする際も、気を遣うことが必要です。烈火のごとく怒りだす師匠の方が多いかもしれません。温かく見守ってくださる師匠が居たとしたら、物凄い大物です。(私の経験上…^^;)

こういうことを教えてくれる人は、なかなか居ません。空気を見て覚えるわけです。つまり、察するのです。
日本は察しの文化が根付いています。

武道や茶道や伝統芸能等、特にこれらの世界の礼儀作法は厳しいはずです。それができて初めて修業が許される世界かもしれません。

礼儀とは、人間関係を育むものです。

幸いなことに、私の諸々の師匠は、とてもとても謙遜な方々ばかりです。だからこそ、それに胡坐を掻かぬ様気をつけたいものです。

礼儀は日本だけのお話ではありません。欧米だと、それにもっと能動的な自己が要求されます。

「許」を待つことは、東洋の独特な考え方かもしれませんが、私は、それらに反発しながら生きてきた節があります。でも、案外その世界が好きなのかもしないと、年齢が重なるほどに思います。
温和に且つ受容力が備わってきた証なのでしょうか…。

謙遜が傲慢にならない程度に、謙遜でありたいものです。

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龍が飛ぶ如く

2012年01月01日 | 悔いのない人生とは?




photo:香取神宮

明けましておめでとうございます

曇り空と覚悟しておりましたが日の出の時、太陽の光が橙色に風景を照らし、まさに御来光を感じた朝でした。

ブータン王国のワンチュク国王のお言葉通り、自分の内に棲む龍をしなやかに大きく育てていきたいと思います。

天に一筋の龍を描き、その龍が天と地を自由に舞い飛ぶ姿を観ながら元旦の日を過ごしています。
空を舞った龍が私の身体に舞い戻り、新たに宿るとその龍は、きっとますますしなやかに大きくなっていくのだと信じています。

光源氏が須磨の嵐の夜に見た住吉の龍神に重ねながら、心新たに辰の年を過ごしたい所存でおります。

各方面でお付き合いのある皆様、そしてブログを読んでくださっている皆様、今年も徒然なる文章を楽しみつつ書かせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

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昔の経験を生かすこと

2011年12月17日 | 悔いのない人生とは?


Bon Noel! Paris ↑↑

昔の経験に囚われて、自信をつけているものもあれば、自信がないものもあります。

これをやると、また失敗しちゃうんじゃないだろうか…

また悲しい思いをするんじゃないだろうか…

いくつかある失敗の経験、怒られた経験、親から躾けられたことなどが頭に過り、二の足を踏むことは、案外多いような気がします。
それらが自分の命を守るための術だとしたら有難いことです。
でも、それらが自分の一歩を踏み出すための足かせになっているとしたらどうでしょうか?

一歩踏み出せないことが、昔の経験の囚われだとしたら、とてもったいないことかもしれません。

自分の人生は一度しかありません。

私は、人は亡くなる瞬間まで一歩踏み出せること信じてはいるのですが、自分の行動の力には限界があります。身の丈に合う行動は、自分の過去の経験の積み重ねで、多少は要領良くなっているようです。

年齢を重ねるにつれ、自分の要領の悪さを受容しながらも、自分の経験は宝物だと信じ、自分自身を生かしていこうと思うのです。

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境目はいつの世ももファジー

2011年10月13日 | 悔いのない人生とは?
源氏物語の光源氏が亡くなる章は「雲隠れ」ですが、その章は、空白です。タイトルしかありません。この世とあの世の境目を考えるとき、この「雲隠れ」が思い浮かびます。

奈良時代、中国に習い律令国家を目指します。杓子定規で測ることは簡単でしょうが、働いて税を納める義務を果たすことのできない人々は、隔離されていきます。

奈良豆比古神社が建てられた奈良坂は、平城京の外れであり、他の都市を結ぶ道の分岐点に位置しています。
奈良坂には多くの芸能者が育ち、集まり、そこから日本全国へと散らばっていき、取りまとめの組織も生まれたようです。

神社に祀られた志貴皇子は、万葉歌人であり、多くの歌を残していますが、政治を司ることには興味がなかったようです。その息子も芸能を愛します。奈良時代の血なまぐさい戦乱から一歩距離を置き、芸術に親しんだことで生き延び、桓武天皇を生むこととなります。
奈良坂の歴史を知るにつれ、境界線の存在は、日本人のアイデンティティを育んできたと言っても言い過ぎではないように思います。

光源氏の「雲隠れ」すなわち「曖昧」の中に、自分の心を糺し、真理を心の奥底に鎮座させる力が備わっているようにも思います。
奈良坂で見た境界線の曖昧さには、西洋で生まれた心理学の用語には該当しない日本人としての私の統御感の素地が隠れているようです。まだ、言葉は見つかりませんが、自分の腑に落ちる相応しい言葉を探しながら、言語化していくのが私の修業のようです。

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自覚と解放と受容

2011年10月01日 | 悔いのない人生とは?
自分は今、怒っている。

自分は今、無性に腹立たしい。

自分は今、とても喜んでいる。

自分は今、飛び上るほど、嬉しい。

自分は今、泣きたい。

自分は今、もどかしさでイライラしている。

・・・・・・

感情は曼荼羅のようです。確かにユングは「感情の曼荼羅」という言葉で表現しました。
身体は有限ですが、心には無限の広さを感じます。

無限の広さであるにも関わらず、三畳くらいの部屋の片隅で動けないで居る自分が居たりします。


そうはいっても、今、湧き出している感情を意識しているとしたら、自分を解き放つ準備ができている証拠かもしれません。
今、「この時の感情を意識化」することと「気付き」は、とても近いところにあるように思います。

感情を自覚することは、自らを解き放つことでもあり、受容でもあるように、いつも感じます。

自分の「感じ方」傾向に意識を向けてみることが、自覚と解放と受容への近道と言えそうです。

心には無限の広さと可能性があるのです。

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不安感は生きるための道標

2011年09月16日 | 悔いのない人生とは?
人の本質は不安感です。

不安感が無くては生き延びていけません。

怖い、怖くない。
危険、安全。
信じない、信じる。

これらの判断は、どこから生まれてくるのでしょう?

断崖絶壁を怖いと思わなければ、落ちないように注意しようとは思いません。
ナイフを怖いと思わなければ、直ぐに手を切ってしまうはずです。

落ちても生還すれば、それがその人の生きるための何らかの学習になるわけです。
ナイフで手を切って痛い思いをしたら、その人は、ナイフは危ないと学習するのです。


身体を成り立たせている遺伝子情報は勿論のことですが、自分自身が生まれてから今日まで得た情報、学習(親から教えられたこととか世間を見ながら学んできたこと)が、自分を判断させていることを忘れてはなりません。

だから、自分の不安感は、自分が生き延びるために必要な「情報」と言っても過言ではないのです。

何故、不安感に陥る自分が不安になるのでしょう…
不安感は、自分が生き延びるための道標だと言っても、不安感に獲り込まれている人にはなかなか通じるものではありません。

自分自身の不安感の何に焦点を当てるとよいのかは、自分自身が一番よく知っているはずです。

焦点に触れることを避けているのであれば、それが危険だと思っているからであって、今は触れる時期ではない、と自分の意識が答えを出しでいるのでしょう。そんな時は、無理やりこじ開けることは止めたほうが良さそうです。

私も触れたくないものは、避けて通ります。

ただ、この学びを通してできるようになったことが一つあります。それは、自分自身の触れたくない不安感の核を意識して避けているのか、無意識に避けているか、ちょこっとだけでも頭によぎらせることができるようになったことです。

「答えは、自分のうちにある」というのは本当のことだと信じています。

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高知と台風

2011年09月03日 | 悔いのない人生とは?
昨日は、台風のニュースの中で何度も私が5歳まで住んでいた奈半利町が映し出されていました。

昨年45年ぶりに訪れた町は、私が過ごしていた5歳までの記憶を蘇らす建物や風景が未だ残っていました。
私が強く印象に残っているのは台風の準備です。父の会社の関係者の方々が、長屋の社宅の雨戸を打ちつけに来てくださり、台風が通過している間は、母が作ったおにぎりが食卓に置かれ、必ず停電になるので、ロウソクが立てられます。

父が仕事で関わっていた山奥のダム周辺の村や町も台風の被害を受けているようです。

異常事態であっても、怖いという感情はありませんでした。むしろ、普段は居ない大人の男衆が、ワイワイやってきて作業ししている姿を眺め、いつもは忙しい母も腹を括って大人しく食卓の前でじっとしているので、いつもよりも自分が大事にされているような気持が湧いてきて安心感が湧き出していたようです。

荒れた海は怖いです。でも、嵐が過ぎた海は、濁り、うねりながらもいつもの深く青黒い海へと徐々に戻っていきます。
凪を待つまで、人の力ではどうしようもありません。ただ、ただ、海を眺めるばかりです。

空海が若かりし頃、暁の星が口に飛び込んできたのは室戸岬の洞穴での修業中の出来事です。
太平洋の海原の先にはほんとうに海と空しか無いと思わせるのが高知の海です。
空と海しか見えてこない風景は、私の心の原風景の一つと言うことができます。

天気図を見ながら、豪快な海原と水の豊かな山に育つ木々、そしてそのような環境の中で暮らす人々を昨年の旅と重ねながら、体感と共に思い出しています。

豪快な気候と自然は、やっぱり豪快な人を育てるのかもしれません。
坂本龍馬に中岡慎太郎、それと岩崎弥太郎…

政治に豪快さを必要としなくなった昨今、静かな水辺でドジョウの生活を維持できるのはいつまでかな(^^;)、とも思ったり・・・

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東急セミナーBE雪谷教室:「生き甲斐のための心理学講座」
10月21日、11月18日、12月16日計3回(いずれも金曜日)13:30~15:30

東急セミナーBEのホームページに詳細が書かれてあります.
左側から入ることができます。

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ありがとう、という言葉の効力

2011年08月27日 | 悔いのない人生とは?
スペインに半年留学した息子が、唯一変化したのは、何かにつけて「ありがとう」と、言うようになったことです。
2,3週間の短期ホームステーは何度か経験している彼ですが、身について習慣化したのは、やはり半年住んだお陰かもしれません。親の喜びなんて、そんなものです。

先日、山中湖で共に過ごしたK神父さんから葉書が届きました。「とてもExcellentな日々をありがとう」と書かれてありました。87歳になったK神父さんは、今年も母国スロベニアに滞在しますが、旅立つ前の3ヶ月近く、山中湖の築60年くらいの家屋を借りて住んでいます。自ら「庵(イオリ)」と名付け、そこで勉強したり文章を書いたりして過ごします。
勿論、身の回りのことはすべて自分でやっています。
K神父さんの目標は、100歳になったらスペイン留学することだそうです。100歳という年齢に行う事に意味があるようです。

山中湖に滞在している間は、近郊の教会や修道院でミサをおこなっています。気楽と云えば気楽な生活ですが、一人で住んでいると、お喋りする機会は減ります。そんな理由もあるのかと思いますが、私達が訪れると、楽しい話題を私達にたくさん提供してくださいます。
まるまる三日間、よく食べ、よく喋る一年に一度の大イベントは、私達だけでなく、K神父さんも心待ちにしてくださっていることを嬉しく思います。

ありがとう、と、言われると、よっしゃ!やったるかぁ~、と思うのが単純な私の傾向でもあります。

「ありがとう」という言葉の効力を充分知っているが故、私自身も大切に使ってるつもりです。

心から湧き出さない感謝の言葉を頂いても、困惑するだけですが、心から湧き出す感謝の言葉は、ジーーンと魂に響きます。

ふとしたことで、心の底から「ありがとう」と言う事のできる人は、それだけで一目置いたりします。

人との繋がりは、そんなところから始まるのです。

「ありがとう」

とても大事な言葉です。

・・・

東急セミナーBE雪谷教室:「生き甲斐のための心理学講座」
10月21日、11月18日、12月16日計3回(いずれも金曜日)13:30~15:30

東急セミナーBEのホームページ(左のリンクコーナーからクリックしてください)に詳細が書かれてあります。楽しく和やかな勉強会にしたいと思います。

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梅雨入りと掛け軸

2011年05月28日 | 悔いのない人生とは?


写真「数年前に仕立てた掛け軸。本紙は美術家の星野恵子さんの作品」(付け風帯です…風帯を付け合わせしている軸)

五月晴れは、どこに行っちゃったんでしょうね。

関東地方も早々に梅雨入りとなってしまいました。

じとじとした日々が7月過ぎまで続くことを覚悟しなくてはなりません。

これから二カ月近く、貴重な晴れの日を有効に使いたいものです。

本来なら作業を始めなくてはならない掛け軸の制作が先延ばしになっています。落ち着いて作業する日がなかなかとれず、来週こそは。。。と思っているうちに梅雨突入です。

木と紙と水の加減を見ながら作業していく表装作業は常に湿度を気にします。

水をたっぷり使う裏打ち作業の時は、雨の日だと湿りが塩梅良く入るので糊の付きが良く、裏打ちしたものを板から剥がす時は、湿度が低い方が仕上がりに張りが出ます。

幸い、これから裂地の裏打ちをまとめてしなくてはならないので、都合が良いと言えばそうなのですが、いつになったら湿度の低い、カラッとした日がやってくるのか、予定通りはいきそうにありません。

お天道様の機嫌を窺いながら、貴重なオフの日に表装作業ができることを祈りつつ、梅雨明けまでの期間を乗り切ろうと思います。

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自己カウンセリング5「体感と感情は如何?」

2011年03月20日 | 悔いのない人生とは?
震災10日目の日曜日です。お読みくださり感謝いたします。

今日の目覚めの感情は如何でしょうか?どのような気分でしょうか?
憂鬱な気分ですか?不安感は如何ですか?それとも爽やかな気分ですか?

起きて見た時の自分の体感は如何でしょうか?体調は如何しょうか?
体が重いですか?いつもの通り違和感ありませんか?風邪ひいてませんか?

たぶん、感情の整理ができている人は、昨日よりも今日、今日よりも明日という解釈を実感していることと思います。

でも、同時に疲労感は溜まっているはずです。その疲労の体感が気分を逆行させることもあります。

やらなくてはならないことが沢山あるでしょうが、自律神経の高ぶりが治まってきたら、ぜひぜひ寝てください。

体調の回復は心の解釈も変えていきます。

心の解釈が変わっていけば、体も元気になっていきます。

目覚めの体感
目覚めの感情
この二つを意識して、昨日の状態と比べてみてください。

横浜に住む私も考えてみれば帰宅困難者を経験し、「人はこうやって死んでいくんだなぁ~」と思いながら都心のビルがぶつかり合うような揺れを揺れている最中にぼんやりと眺めていました。今から考えてみると、揺れている最中にぼんやりと思うこと自体、心理学的に表現すると現実吟味力の欠落です。

東北や現在原発の関係で今現在不安の渦中にある方を思うあまりに、自分のストレスを意識化できていない方も多いかもしれません。

身近な家族や友人と声を掛け合う事はとても大切な心のケアーです。

追記:
ツイッターやミクシイも、不安を煽る発言や上げ足を取るような発言、皮肉が横行しています。私は不快な発言者はバサバサと切り捨てています。自分のことは自分で守るしかありません。自分が快く生き抜くために必要な情報だけを選択しています。

上記のような発言している人は、自分が抱えている悩みを投影してストレス曲線(テキスト無い方は前のブログ参照)
の「怒り」をぶちまけているに過ぎない、という考え方もあります。

自分の身体と心を自分で守るためにお役に立つことができれば幸いです。

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自己カウンセリング4自分のやるべきこと

2011年03月18日 | 悔いのない人生とは?
私達のカリタス・カウンセリング講座生は全国に散らばっています。現在100人位の方々が学びを続けていらっしゃいます。今回の地震でご本人やご家族が直に被害に遭った方は4人です。釜石の講座生とは未だ連絡が取れません。
そんな状況下、私も出来得る限りの関わりをしていきたいと思っています。

カウンセリングは大勢の人を相手にすることはできません。時間がかかるものだし、信頼関係も必要です。被災者の避難所に行って、いきなり「何かお悩みは?」などと聞いたところで、意味はないと思います。
特に日本の文化では難しいものがあります。言語化していくのに時間がかかるし、感情を吐露する西欧の性質とは違いがあります。

それよりも身近な友人が「聴く」ためのノウハウを身につけていれば、すでに信頼関係を結んでいる間同士、心と心が通じ合い、まさに深い友情と愛に包まれた傾聴ができるはずです。

私達は、暮らしの中のカウンセラー養成を目的とし、自分自身のこと、家族、友達、職場の人間関係と自分がどう向き合っていくか、関係していくかを自分の成育史を通して学んでいます。

他人を支援することより、まず自分自身をより良く生かしていくための学びです。

自分のことを差し置いて、他者の支援はできません。
だから、自分自身を見据える訓練を臨床心理学の理論を通してやっていくわけです。

自分が変わると世界が変わります。

自分が変わると他者も変わっていきます。

他人を変えることはできません。

あかの他人より、身近な人が肩を寄せ合いながら相手の話を聴く方が効果があるはずです。

そこで、傾聴のポイントをここに記しておきます。

✤カールロジャーズの積極的傾聴法:必要にして充分な6つの条件✤

1.二人の個人が心理的接触の状態にある。(つまり、二人がそれぞれの心と心を向き合わせ、向き合っている状態)

2.クライエントは不調和の状態にあり、傷つけられやすく、または不安の状態にある。

3.傾聴者はその二人の関係の中で調和を保ち、統合された状態にある。(傾聴する人が不安定、思い込みが強くては相手を混乱に陥らせます)

4. 傾聴者はクライエントに対して無条件の好意、肯定的な配慮と関心を経験(示す又は表現)する。

5.傾聴者はクライエントの内的枠組についての共感的、感情移入的な理解を経験し、この自らの経験を、クライエントに伝達しようと努力する。

6.傾聴者の感情移入的な理解と無条件の肯定的関心が、ある最小限度、クライエントに伝達される。

以上、、、なのですが、ちょっとややこしいですね。。。

つまり、傾聴する側は、クライエントと信頼関係があることが大事です。信頼関係の中で、吐露される言葉を、否定も肯定もせず聴いていきます。言葉を追いかけるようなことはしてはいけません。クライエントの言葉が出てくるまで待ちます。言葉以上の何かが表現されることもあります。泣くとか、わめくとか、叫ぶとか、無言になるとか、、、それをそのまま静かに受け容れてることが大事です。一緒に寄り添う中での沈黙の時間はとても大事な時間です。余計な言葉掛けは必要ありません。その方の感情に添ってください。
静かに静かに、寄り添う事で、少しずつですが、安定はしていくはずです。繰り返しでしょうが・・・
そして、しっかりと信頼関係が持てているのであれば、傾聴者の思っていることや解釈をクライエントに伝えてください。言い過ぎはいけません。最小限度の言葉掛けです。

静かに傾聴していく中で、大げさな励ましは、クライエントに後から「この人に、喋らなきゃよかった。。。」と思われかねません。それが、逆にクライエントの大きな傷になっていきます。

傾聴は、その点を注意されると良いかと思います。良かれと思ってやり過ぎないよう注意しましょう。(専門用語でいうところの感情移入のしすぎに注意)


それと、
子供は、普段先生に対して、なんだかんだ、文句は言っていても、親よりも関わりが深い子供達も多いはずです。
できれは、被災地では学校の先生との関わりが早急に必要ではないでしょうか?初めて会うカウンセラーとの関わりよりも身近な先生との関わりが子供達の精神を安定していくはずです。





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自己カウンセリング3「自分の精神も自分で守る」

2011年03月17日 | 悔いのない人生とは?



大地震7日目

このブログを読むことのできる環境にある方は、そろそろ自分が何をすべきか見えてきたかと思います。

私自身も、ほとんどの仕事がキャンセルになったり、交通事情で行くことができなかったりで、こういうときこそ人のお役に立ちたいのに。。。というジレンマに駆られ、イライラする感情も湧いてきます。(つまり、ストレス曲線で云うと「怒り」に当たるかもしれません)←テキストをお持ちでない方は、15日のブログを参照してください。

お店では入場制限。ガソリンも買えない。「ないない尽くし」の現状ではありますが、「物が無い」「放射線が怖い」たくさんの情報の中で、案外「恐怖感」を煽るような言葉ばかりを自分の脳が選択し、聞き取っていませんか?



いま、自分にとって一番必要なものを思い巡らしてみましょう。



昨晩、20キロほど離れたところに住んでいる母から怯えたような声で電話がかかってきました。

「友達から、あなただけには知らせようと思って。。。」から始まる電話です。

内容は、ブラジルに単身赴任している某大手商社の娘婿が、アメリカでは「原発」情報が大変なことになっているから、
充分注意してほしい、、、というようなものです。

でも、よくよく考えてみると、その人は、アメリカに住んでいるわけではありません。ブラジルから得た情報を、当事者である日本の家族に伝えているわけです。

私は母に云いました。
「あのね。日本に住んでいるのは、私たちなのよ。Kさんはブラジルでいくつもフィルターの掛かった情報をあたかも真実のように受け取って、当事者である日本に確信性のないデマを流しているのよ」

「だいたい、あなただけに伝える、、、と云って、商社マンの家族が日本の家族全員に電話で伝えたとしたら、それが枝葉のように広がり、パニックを作り出すのよ。わかった?!」

、と。

母は、ようやく振り回されていることに気付き、声の震えが無くなりました。


日本の経済を担う、優秀な会社員が、自らの手を下して、日本の経済を落としめようとしていることが信じられません。

海外駐在者の皆様、日本は大丈夫です。
「大丈夫だ」とあなた達が信じ行動しなくては、誰がするんですか?

海の向こうで、日本人を煽ることはやめてください。よろしくお願いします。


見えない不安感に翻弄されるより、自分の役割を考えていきたいものです。

「自分は何のために生きているのか?」
「自分の心と体と魂を大切にしているか?」
「自分の生き甲斐は何か?」

停電のロウソクの光の中で思い巡らしてみましょう

・・・落ち着いて・・・


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食べて祈って恋をして

2011年02月28日 | 悔いのない人生とは?


「ルーブルで建築と遊ぶ」

「食べて祈って恋をして」
映画の題名です。

想像通りの映画だろうな、、、と思いつつ、ついつい単純な直訳のタイトルに惹かれ、暮れに機内で見ました。

恋と訳すのは日本人の照れによるものなのか語呂合わせなのか、わたし的には恋より愛かな、と思いながら理屈っぽくなりながらも映画を楽しみました。

食べる
祈る
愛する

これらは、人の欲求である、ということを私は宗教心理学の学問を通して学習しています。

食は食べ過ぎれば、体を壊しますが、食べる欲求は生きている以上、命と直結しています。

祈りは、自然と人の心の底から湧いてくるものです。何かの問題にぶち当たったり、理不尽な現実を受け容れなくてはいけないとき・・・それだけではありません。嬉しい時にも祈る気持は自然と湧き出してきます。

そして、愛。
人から愛されない。誰々から愛されない・・・親から愛してほしい、恋人から愛してほしい、子供から愛してほしい。。。愛されることを求めるよりも、自分がどのくらい愛すべき対象の人を愛しているのかを吟味してみるほうが、自分の核のようなものが見えてくるかもしれません。

食べて、祈って、愛することを思いっきりできたら、どんな状況でもそれを乗り越えることを信じることができるようです。

昨日のミサで、「思い煩うな」という御言葉が響き、ふと、この映画の題名が浮かびました。

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シャルトル大聖堂

2011年01月14日 | 悔いのない人生とは?


17年ぶりに訪れたシャルトルの町は、パリから電車で一時間ほどのところにあります。かつて、シャルトルの寒さを語った詩人リルケの言葉をパリ在住の友人が教えてくれたおかげで、寒さの覚悟がつきました。

寒波のヨーロッパとはいえ、どこも室内は暖かいので、そのつもりで出かけました。でも、考えてみれば、訪れる先は大聖堂です。寒いに決まっています。この日に限ってホカロンを少しだけしか持っておらず、リルケ同様「寒い!」が体感に残った小旅行となりました。

シャルトル(サンピエール大聖堂12世紀~13世紀)と云えば、薔薇窓といわれる素晴らしいステンドグラス。シャルトルブルーと云われるステンドグラスのブルーは、名前が付くほどに美しい。聖杯伝説の小説のモチーフ。ロマネスクとゴチックが入り混じった壮大な建築。中世に作られたわりには、自由な表現…
聖堂の入口近くには、この世からあの世へと迷うことなく辿れたらまっすぐに天国に行けると言う円形の一筆書き風のラビリンス。そして、祭壇後ろのキリストの生涯の彫刻は、実は聖母マリアの生涯にすり替わっていて興味深い。

何日もここに佇んでいたら、きっと細部の色々なものが見えてくるのだろうな。。。と、日帰り旅行を恨めしくも思いました。

聖堂を中心に旧市街が広がっており、ウール川に添うように家が連なっています。

中世の家並みが残され、どこを撮っても絵になる町。

17年前は雨のシャルトル。そして、今回は霧のシャルトル。
その頃3歳だった子供は、たまたま大聖堂におられた神父様に走り寄られ祝福を受けました。日本の修道会におられた時を懐かしく感じ、思わず駆け寄ったと言われました。
17年後、その出来事を今度は私が懐かしく思い出し、多分、この世にはいらっしゃらないであろうその神父様を想う時間でもありました。

正面はただ今修復中です。地下聖堂も運良く入ることができました。通常はここでミサが行われているようです。
地下聖堂は、ロマネスクの香りでいっぱいでした。
一日では書ききれないので、続きは後日に。

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