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五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

介護の時代

2015年07月01日 | 悔いのない人生とは?
介護の時代

今年前半は、個人的に病院、介護施設、地域包括センター、役所等等、複数の家族・親族の手続き、見舞い、介助に明け暮れた割には、よく遊びよく仕事もしたように思います。
「よく遊び」は、自己崩壊にならないための防衛機制だったようで、つまり反動形成的な現象が出ていたようにも思います。
一人、二人ならともかく、私の役割の大小合わせて、五人の家族・親族がドミノ倒しのように具合が悪くなり介護が必要な状況に陥ると、自分の仕事の役割に関して、思った以上に理論的になっていくことができたことも、何とかこなすことができたコツだったように思います。

「自分がどこまで関わるか。」「関わらなければならないか。もしくは関わることを拒否しても良いか。」「先延ばしでもよいか。」
一つの身体では対処できるわけがない事をこれからの老人社会に複数の人の責任を負わざるを得ない可能性のある人は、今から何らかのシュミレーションをしておくことが大事なようです。

介護や福祉、医療、行政の事や法律をひとつひとつ知ってゆくことで、自分の役割が整理され、決断も早くなるのです。
あとは、自分の性格がどんな傾向であるかを自分自身が解っておくと自分の行動をコントロールする事もしやすくなります。

今年の後半は、特に季節が秋へと傾いてゆくと突発的に何が起こるか解りませんが、ともかく、自分の身体を労わりながら役割遂行してゆきたいものです。

私の場合、今のところ継続的な介護を継続しているわけではありませんので、自宅で介護をしていらっしゃる方々にはほんとうに頭が下がります。
医療や福祉関係で一所懸命働く方々に感謝申し上げます。

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切り替えの季節と呼吸

2015年03月22日 | 悔いのない人生とは?
奈良東大寺二月堂のお水取りが終わると春がやってきます。春分の日の後にめぐってくる満月の日の後の日曜日がキリスト教の復活祭です。
そんなこともありディズニーランドのイースターも3月21日から始まるのでは、と推察しています。
昨日、下記に記している銀座での作品展示の搬入で電車に乗ると家族で電車に乗っている光景を多く見かけました。

春休み。
たぶん、学年の切り替わりなので、宿題の無い気楽な春休みでありましょう。
新たな環境で4月を迎えるため、今からわくわくドキドキな人もいらっしゃることでしょう。

楽しく遊ぶ事や暇な時間にぼーっとする事は生きてゆくためにとっても大事な事のようです。
休める時は大いに休み、いつもとは違う環境に身を置いてみることも大きな気分転換になるでしょうし、何といっても心身に元の気が注入されます。つまり元気になるということです。

私の場合、作品展を行うと身心が統合されます。平素何足も靴が必要なムカデの様な暮らしをしているため、展覧会という一つの目的に気持が向くからだと思います。そうはいってm、搬入を終えると次の役割が降りてくるわけですが、一瞬でもよいから自分に湧いてくる「達成感」という心待ちは、自分の思考と行動に区切りをつけることができるのです。

つまり、吐いた息を出し切ると自ずから自然に空気が体内に入ってくる、というような感覚です。

同じことを同じ感情で繰り返していると、疲れが取れません。

吐いて吸う息を意識してみると自分の内なる陰陽の循環に滞りを無くしてゆきます。

切り替えの季節であるからこそ、いつもとはちょっと違う事をして呼吸を意識することができるかもしれません。



銀座プロムナードギャラリー(地下鉄銀座駅~東銀座間の地下道・銀座三越の下)にて「江戸表具を愛する会」作品展。
3月22日から4月3日まで。地下道ですので、通行者が歩きながら見るショーウィンドーです。銀座に行かれたついでに覗いてみてください。日本文化の一つである「表装」を一堂に見る事ができます。

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木喰上人の仏たち

2015年02月27日 | 悔いのない人生とは?
木喰さんは、1718年に山梨で生まれ、45歳で出家。それ以降「木喰」=五穀・魚・火食を断った食事をし、93歳で生涯を閉じます。
今回の横浜そごう美術館では、円空さんと同時に木喰さんの仏たちも展示されています。

民藝の柳光悦が木喰を見い出したと書かれてあります。

この木喰さんは、50代に入ってから木彫を始めます。そこから亡くなるまでに千体以上の仏を彫ったそうです。

円空同様、彫る情動が湧きあがることが生涯消えなかったようです。

情動が湧く。

己に湧く情動のまま動く事は、ともすれば自分の現実吟味力の足りなさに繋がりかねないわけですが、創造する情動の行為は、あらゆる芸術の個人の象徴を生み出してゆきます。

円空らしい表現、木喰らしい表現は、ゴッホやピカソらしい表現と同じく、一人の人間を通して創造されたものは、その人らしさの個性が表現されていくということなです。

他者の個性の美を見い出すことは、その人らしさを見い出すことでもあり、その人らしさとは「個人の傾向」であることを思うと人は生まれ育つ過程で、既に芸術家であると云っても過言ではないように思います。

いつから始めても遅くは無いけれど、「自分の情動を何に向けるか」によって、人生の愉しみ方が違ってくるようです。

木喰さんのヘタウマのようでそうでないような仏たちの愛らしさは、きっと木喰さんの個性そのものだったに違いありません。


今日は東急セミナーBE「たまプラーザ」生き甲斐の心理学講座です。「NPO法人CULLカリタスカウンセリング学会」


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今日は花まつり

2014年04月08日 | 悔いのない人生とは?
今日はお釈迦様の誕生日です。

本来ならば、東大寺に真っ先に駆けつけ、馬酔木や椿で設えられた花筐の中にいらっしゃるお釈迦様に甘茶をかけたいところですが、昨年から地元のお寺に行くことを思い付き、行ってみると、これがなかなかいいものです。昨年は私が一番乗りで甘茶をかけ、頂き、気持良い思いをさせていただきました。

天気予報を見ると高気圧に包まれており、「のどかなる春の景色かな♪」と、つい口ずさみたくなります。

このような穏やかな日和に、まだまだ表装制作に集中しなくてはならず、今朝も出来上がった掛け軸を巻く夢なんぞを見て目覚める始末ではありましたが、気分転換に近所の日蓮宗のお寺に出向くことに致します。

いよいよ、私の2014年度が来週から始まりますが、もう一息頑張るぞ!と、自ら声かけしながら丹田に力を溜めて、丸包丁と刷毛に気を注ぎます^^。

ちなみにキリスト教の復活祭は、今年は4月20日です。こんなに春らしい季節であっても今年はまだ四旬節の真っただ中です。
復活祭に関しては月の満ち欠けを目安にしているため一カ月近くずれが生じるわけです。

さて、花筐に立つ天上天下唯我独尊のお釈迦様の天に上げる指に願いを籠めて、今日も一日張り切ってまいります^^//

皆様も、よき花まつりの一日でありますよう。。。


☆☆
4月22日(火曜日14時~)~27日(日曜日)世田谷美術館区民ギャラリーにて「江戸表具を愛する会」の作品展を行います。新緑の季節、砧公園をお散歩がてら、ぜひ!


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お身体ご自愛ください

2013年12月14日 | 悔いのない人生とは?
気候の変わり目は、体調が悪くなったり持病が悪化したりすることが多いようです。
このところの急激な寒さで、「身体がついていってないなぁ~」と感じていました。
一昔前なら、身体がついてくるとか来ないとかを深く考えることなく、そんな時は怖れることなく?風邪をひいていたように思います。若い頃は体力でなんとか乗り切ることができたようです。

急激に寒くなると、身体の保温力が低下して、疲れやすくなったり、お腹をこわしたり、色々な症状が出てくるのですが、この症状も自分の個性そのものです。

気候による体調の変化を事前に予測することができれば、体調を崩すことを回避できるはずです。少なくとも最低限の体調不良で済むかもしれません。

自分の心を大切にしているか?
自分の身体を大切にしているか?
自分の魂を大切にしているか?

心ばかりを優先していると、身体が追いついていかないこともありそうです。

今週はテストが終わった生徒さん方は、のびのびとしていることでしょう。
受験生は、これからが本番ですね。

寒さが一段と増してきましたので、身体を整えることを気遣いながら過ごしたいものです。

屋久島から取り寄せた魔女の薬の様な酵素ジュースを頂き、身体を温める食材を食し、身体を動かし、保温性のある服を着、とにもかくにも身体を温めて免疫力を高めることに努めております。

皆さま、お身体ご自愛くださいませ。



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利休の習い

2013年11月13日 | 悔いのない人生とは?
遅ればせながら読んでいる「利休にたずねよ」は、実に勉強になっています。この一週間で単行本がボロボロになっています(笑;)何故ボロボロになるかは、小説を既に読んでいらっしゃる方には頷いていただけるはずです。

出版当初に読もうと思っていたのですが、平家物語の勉強をしていたため頭の中に時代を移行する余裕が無く、後回しにした本の中の一冊です。

利休と同じ時代に長谷川等伯、狩野永徳がおり、美術界の繁栄華やかな頃であったとも云えそうです。

信長から秀吉へ政権が代り、派手さ極まる一方、茶の湯の表現が、それに対抗するように侘びと寂を求めて美の体系を創造していった時代であるとも云う事ができると思っています。

利休の最初の茶の湯の師匠は北向道陳(きたむきどうちん)。利休17歳の時。
その後、19歳から武野紹鴎に弟子入りします。

弟子入りと謂うからには、起きてから寝るまで、つまり一日中茶の湯の習いであったのでしょう。

道陳は足利義政の同朋衆であった能阿弥から茶を伝授されたそうです。その頃は唐物を中心とした晴れやかな茶の湯だったと「利休にたずねよ」には書かれてあります。

武野紹鴎は武具商人で侘び茶の名人。

伝統的手法と、いまようの侘びを習った利休が探究し続けた茶は、利休という一人の人間を通して独特な世界観をつくりあげていったわけです。

「形式」から一人の人間が解釈し成していくことは、形式があればこそあからさまに見えてくるものかもしれません。

習う師は、師であることには変わりありませんが、自分の中で習い解釈し、成していくということは、自分の身体と心と魂を通さなくては自分の身についていくことと同じことだと思うのです。

誰にも侵入できないのは、他者の心であり身体です。

利休のようになりたいと願っても、自分は自分です。

西行のようになりたいと願っても、同じく自分は自分であるのです。

修業を積むということは、自分に身につくものをひたすら求めることでもあるようにも思います。
それが出来る、出来ないかが、才能の分かれ道にもなっていくのかもしれません。
いくら持っている素地に光り輝くものがあっても、それを使いこなす自分自身が、自分の心と身体を大事にしない限り、持っているものを身につけることはできないはずです。

利休と関わる他者が語る利休を描いた「利休にたずねよ」は、面白い視点であり、言葉では語りきれない利休という人物を窺い知るには相応しい小説です。

歴史流るるなか、気鋭の人物が現在を生きる私達の指針にもなったりします。
であれば、歴史が重なれば重なるほど、自分が指針とした歴史的人物を学ぶ機会に恵まれやすいのですから悟りを得る人が多いのでは?と思ったりもしますが、赤ん坊から大人になるまでの成長期は、そんなに単純なものではないようです。

まずは自分の生育史から受け容れていかないかぎり、習うことは全て絵に描いた餅に過ぎなくなることを忘れてはならないな、とつらつら想うのです。人は裸で生まれ、裸で死んでいきます。しかも物理的には一人で生まれ一人で死んでいくのです。
「人は皆平等である」という言葉の所以がそこにあることに自らがはたと気付く日がくると、自分の役割に辿りつくかもしれませんし自分の本音の情動に気付くかもしれません。

:::
11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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笑う

2013年11月10日 | 悔いのない人生とは?
インドでは「笑うヨガ」もありますが、その通り、「笑い」は人の気を一気に陽の方向に巡らせる一番の方法です。

自分の表情は、いつもどんな風に他者に見られているのでしょう。

辛そうな表情だけでなく、フィルターがかかったような表情をしていたり、自分の意識と自分の身体が別々になっているような表情をしていたり、つまり、「私は私である」という意識が見えない表情は、ほんとうにお気の毒だなぁ、、、と、思います。

目は口ほどにものを言う

まさにその通りだと思います。

自分はおかめやひょっとこみたいな道化師みたいだ、と思っていても、お愛想を振りまく八方美人だと思っていても、自分の表情を自分なりに解釈し意識出来る状態であれば、私が私であることを意識できている証でもあるように私は思っています。

自分の顔の表情を時々鏡で見ることができることも、健やかさのバロメーターであるようです。不健康であると自分を鏡に映したく無くなります。

鏡で自分を見過ぎると、ナルシスのようになってしまうかもしれませんが^^;
自分の皺一本が醜さの概念に繋がってしまうのもどうかと思いますが^^;

せめて朝の出掛けに鏡を見て口角を上げにこりとするだけでも、一日が違う、かも、、、

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11月10日から16日まで有楽町交通会館ギャラリー1Fパールルームにて「表導会50展」を開催しております。銀座にお越しの際、お立ち寄りいただけると幸いです。日本の文化の象徴である掛け軸や屏風を身近に感じて頂きたいと願っております。
私は「池養右軍鳶」を表装しております。

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書の持つ力

2013年10月23日 | 悔いのない人生とは?
昨日は一日表装作業を行いました。
3年ほど前に亡くなられた知り合いの書道の先生の書です。
よれよれの厚紙から剥がし修復しながら裏打ちし直し、着せる裂を二週間ほどかけて思い巡らし、ようやく掛け軸のための作業に入りました。
来月に行う表導会の作品展に出品するため急ピッチでやらねばなりません。
とはいえ、正麩糊を使い全てを手作業で作る表装はそんなに早くできるものではなく作業工程に時間がかかります。

今手がけている某先生の書は「池養右軍鳶」

右軍とは書の神様と謳われている王義之=「右軍」
つまり、王義之に習い、王義之が好きな鳶を池に飼う、というこです。
簡単に言えば、尊敬する人の真似をし、それに習い自分を養うこと、といった解釈で良いと思うのですが。。。(?)

書の先生が、弟子の知人にこの書を贈ったということもあり、書の意味を知った時から、その書を見るにつれ、身体がぞわぞわしていました。
今回作業をしながらも、どうもその書が醸し出す強さに圧倒され、なるべく書に目を向けないよう作業を進めています。

書の持つ力に影響を受けながら表装作業をするのは、私にとっては本望ですし、とても嬉しいことです。
作者の筆に籠めた思いが伝わる体験できるのは、表装する者の特権であるかもしれません。

ふと、空海の書を表装したら、どんな気が伝わってくるのだろう…?と、思いました。

しなやかで自由自在な空海の書を手に取り表装したら、宇宙の中に放り投げられてしまうのではないかと、ぶるぶると身ぶるいする自分が居ります。叶わぬことですが一度味わってみたいものです。

自分と対峙するものから感受するものは、自分を養います。

「池養右軍鳶」に出合ってから、「養う」と云う言葉が好きになりました。
自分を自分がどこまで養えるか。
若く盛んな時期には見えてこなかった自分の養い方を考える時期になったとも云えるのかもしれません。

愉しきことなり。

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吉野詣 奈良旅4

2013年06月12日 | 悔いのない人生とは?
今まで何度奈良を旅したかきちんと数えた事はありませんが、長谷寺、室生寺方面、法隆寺や信貴山方面、二上山を眺めながらの當麻寺詣、山の辺の道、明日香、多武峰方面、柳生の里や浄瑠璃寺方面、奈良坂、高畑を抜けた新薬師寺あたりや春日原生林等、地図を頼りに自分なりにパーツに分けて随分歩いてきました。

修学旅行で奈良に行ったのが初めてであり、10代~20代の頃はインドやアジアの国々に興味を持ち旅しているうちに、改めて奈良を歩きたくなり、旅をしたのが、「私の人生の奈良期」のプロローグだったのかもしれません。

仕事や勉強会で年に数回関西を訪れる機会を与えられた10数年前から、一気に拍車がかかり、時間を作って奈良や京都巡りに費やしてきました。
でも、さすがに吉野は遠いというイメージが付き纏い、なかなか足を踏み入れることができずにいました。

今回の旅行は、ジャンボタクシーの定員9名に合わせて旅のメンバーを募ったことで、心身ともに楽に移動することができました。しかも、私達は金峯山寺まで行くのが精一杯だと思っていたのですが地元で育ったこの道30年の運転手さんが気を利かして上千本まで案内してくれたのです。

源氏物語に登場する現場に立ちたくなり、平家物語を読むにつれ、特に西行や義経にまつわる場所を訪れたくなり、現場に立つことで私の頭の中で物語の再現が成されていくこと自体が、今や私の趣味と生活そのものと言っても良いかもしれませんし、生き甲斐だと言いきることもできます。

吉野川を渡り、吉野杉の製材工場の脇を通り抜け、吉野駅に立ち寄り、グングンと山道を上って行くと道路の途中に後醍醐天皇御陵がありました。「鎌倉時代から室町時代を生き抜いた後醍醐天皇がこの山奥にあるの何故か?そして後醍醐天皇の怨霊を恐れ、御陵の入口を北にし京都に向け、怨霊を封じたのであろう…」と勝手な推測でタクシー内で盛り上がっているうちに上千本の水分(みくまり)神社に到着しました。
修験の香り漂う地であり、社殿は関東の香取神社をコンパクトにしたようなイメージを受け、時代を経るごとに役割が重なり、安産祈願へと変化していったように見受けられました。
分水嶺にある社であるゆえに修験道を確立した役行者以前の古層の祈り場であることは確かでありましょう。地が持つ力がとても強いと感じました。
神仏習合の名残である八角の御輿を拝見することもできました。

たぶん、この分水神社から先がさらに修験道の大奥になるはずで、豊臣秀吉が修験の山の奥の奥まで桜の山にしたことも修験者に対する制圧にも繋がるであろうし、現在では桜木を植えることが修験そのものであることを知り今回の旅の驚きの一つでもありました。

役行者(小角)も空海も西行も、そして芭蕉もこの山で多くを学んだはずです。そして、頼朝に追われた義経が静御前と別れた場所が西行が三年間住んだと云われている庵跡と同じ場所であろうことも感慨です。女人禁制の修験の山に女を入れることは危険極まりなく、歩けるはずもありません。静御前は後ろ髪を引かれる思いで都に戻り母の元に戻りますが、直ぐに頼朝に捕えれてしまいます。鎌倉に連れて行かれ、義経の子を宿ったことが解りますが、生んだ子供は無残にも由比ヶ浜に沈められてしまうのです。義経はこの吉野の山から平泉に逃れるのですが、日本海から東北に抜ける大きな関門が有名な安宅です。
東大寺再建のために勧進して巡る修行僧を装った弁慶の名シーンが、この安宅の関です。

吉野と云えば、能楽では「二人静」が有名です。里の女と静の合舞いによって、静御前の霊を間近に見ている様な感覚に成る演出がとても美しいです。

分水神社から少し下がったところには車も停車できる展望台があります。お天気の良い日は大阪城も見えるらしいのですが、ホンマカイナ!と思うくらい山々が連なっていました。役行者の生まれ故郷にである葛城山を望み、思わず手を合わせたくなる情動に駆られた風景に、憧れの吉野の地に立った臨場感が湧き立ちました。長きに渡り修験者しか見ることのできなかった風景を見ることができる時代に生きている自分は本当に幸運です。いや、、、昔々の自分の祖先は修験の山々を駆け巡っていたやもしれませぬが。。。( ^^;)

続く・・・
明日も吉野を綴ります。

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過剰反応は怖い

2013年01月17日 | 悔いのない人生とは?
突発的な事が起こった時、思いもよらぬ重大な問題を抱えた人に出会った時、それを対処する立場に居る人が一番気をつけなくてはならないことが一つあります。

現場に立つ自分が、目の前に起こっている現象に対して過剰反応すると判断を誤る可能性がある、ということを必ず意識し気を付ける必要があります。

もし、とっさの判断で過剰反応してしまった自分に気付いたら、早い段階で改め、修正することを恐れないことです。

私が関わる仕事場での合言葉は、「起こっている現実が変えようがなく、緊急を要するものでなければ、まず、一晩考えよう」というのがキャッチフレーズです。

大天使から受胎を告げられたマリアは、一人で思い巡らす傾向にある人です。「一人で悶々と悩む」というニュアンスとは違うのです。「起こったことについて自分がどうすべきか、まず自分の中で事実である現象に焦点あて、それを整理しようとします。」それが聖母マリアです。

「自分に与えられた事象をどう捉えるか、また、どう実行するか、つまり事象に対する判断」は、その人の成育史上の防衛機制が判断させていること事にも気付きたいものです。

とにもかくにも、過剰反応は怖いです。

ほどほどに思い巡らし、自分が過剰反応してるか否か、自分の防衛機制が身勝手な判断を下していないかのチェックを自分自身で出来る状態でありたいものです。


告知:
「江戸表具を愛する会」本日から地下鉄銀座線「銀座駅」近くの地下通路で開催中。

銀座三越の地下から東銀座にかけての地下通路のショーウィンドーです。
作家の常駐はありません。作品のみの展示です。

期間:2013年1月13日から2月9日まで、銀座プロムナードギャラリー(銀座三越下~東銀座までの地下通路・歌舞伎座の手前)


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至宝の歌声

2012年12月02日 | 悔いのない人生とは?
ホセ・カレーラスのコンサートを聴いてきました。

私の記憶では四半世紀くらいまえに白血病を患い、その後、三大テノールの一人として復帰され、現在に至り活躍しています。

母がカレーラスのファンということもあり、母&娘二人で堪能しました。

「体調不良であれば、代役を立てることを承諾してくださいますか?」というチケットセンターの確認事項に「はい」と、答えてチケットを入手したので、ここ数日は急の体調不良のニュースについて耳をそばだてながら過ごしました。

深く伸びる歌声は健在でした。

謡えば謡うほど(あれ?、、、最近、歌うではなく謡っているので、漢字に変換すると真っ先に「謡う」が出てきてしまいます<笑>)、、、歌えば歌うほど、深くなっていく声に、徐々に魅了され、コンサート後半からは最高潮に。いやいや、まだまだこれからでしょう!という観客に、カレーラスさんも答えてくださり、なんと3度のアンコールに二曲ずつ答えてくださいました。

アンコールに答えれば答えるほど、声が深く美しく透明に伸びていくのです。

クレッシェント、デクレッシェントの安定感も素晴らしく、ピニアニッシモの微細な抑えにも広がりがあり、まさに至宝の歌声。

私達の前に座っておられたスペイン人の女性が、目がしらを抑えていたのも印象的でした。

相変わらず日本人の熱狂的なファンも多く、久しぶりに華やかなコンサートを楽しみました。

カレーラスの甘いマスクは、若い頃よりも頑丈な顎となり、私としては今のほうが萌え~♪であるな、と、思っていると、横で「冥途の土産だわ」と呟く母。

久しぶりに音符の世界をひたすら楽しみました。

「冥途の土産だ」と、時々呟くことができる人生は、きっと幸せな人生であろうと、思うのでありました。

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源氏物語の大沢の池

2012年11月20日 | 悔いのない人生とは?
朝から源氏物語の本を積み上げ、探し物をしています。

記憶の彼方から大沢の池もしくは広沢の池で、光源氏が桐壷帝と語らうシーンがあったはず。。。と、その個所を探すべく、膨大なページをパラパラパラパラ。。。。。結局見つからず…。

いや、私の思い違いか、いつもの妄想癖による想像過多か、、、、

どの章かお解りになる方、どなたか、お教えくださいませ。

さて、

大覚寺&大沢の池は、嵯峨野側の北に位置しているので、なかなか行き着くことが出来ない場所でした。
私の心の内では、父と息子がしんみりと語り合うシーンが、印象的で(勝手な妄想だったらすみません!)、いつか静かな季節に佇みたいと願っていました。
久しぶりに嵯峨野を訪れ、嵯峨野と言えば小督の局、六条御息所の野宮、祇王に仏御前の祇王寺、西行、藤原定家がぱっと思い浮かぶわけですが、大沢の池の畔に佇む光源氏の姿は、私としては結構大きな心情構成になっているのです。

なのに、どの場面だったかが全く思い出せず、今回の嵯峨野訪問のメインの徒然がなかなか書き出せないでいました。

光源氏が須磨に流される直前に、父である桐壷帝の御陵(源氏物語では)の下賀茂神社を日が暮れた夕刻に牛車を止め弔う箇所もとても印象的で好きな場面です。
糺の森の暗がりの奥にある御陵をじっと見つめる光源氏の想いが、ひしひしと伝わる場面なのです。

実母を追い求めるあまりに多くの女性を愛していく光源氏ではあるのですが、男として成長していく場面においては、とても思慮深く政治の似合う男として描かれているのです。

光源氏の愛する女性は、本来の自己と向き合う事をほんとうに真剣に考えようとした女性ばかりです。
ただ一人、女三宮だけは、それが出来ないがゆえに、光源氏との間に大きな溝を作っていきます。

紫式部の生き抜こうとするシュミレーションとしても解釈できると私は解釈しているのですが、自己投影しながら描き続けた源氏物語の本当の主人公は、紫式部自身だったのだと思うのです。

話がずれてしまいましたが、大沢の池。。。もしくは、広沢の池(ここは、現在はお魚の養殖もしているようですね)に佇む桐壷帝「父」と光源氏「子」の会話を探し当てましたら?もしくは私の勘違いに気付きましたら、改めて大覚寺訪問について書かせて頂きます。

大沢の池のほとりで頂いた菊嵯峨野うどんのお陰で、北風に冷やされた散策に温もりを頂きました。

感謝。

合掌。

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再掲載「源氏と平氏」

2012年10月13日 | 悔いのない人生とは?
2012年7月20日の再掲載です。

↓↓

今の政治と国民の関係は、律令制度を制定した奈良時代とさして変わらないなぁ・・・、と思います。
奈良時代の頃の国家形成が、私達日本人のアイデンティティとして備わっているように思う事がしばしばあります。

平安後期、政治を変革すべく立ち上がった平氏と源氏も元を辿れば、桓武天皇、清和天皇なわけですが、皇位継承(後白河と崇徳)を争った保元の乱を皮切りに武士の存在価値を高めていったのが、源氏平氏です。

ここから平清盛が優勢となり、源義朝は平治の乱で敗れ、結局身内に殺されるわけです。

平家物語を読んでいると、戦いがあるごとに、落ち武者となり源氏が平氏に寝返ったり、平氏が源氏に寝返ったりと、大物の武将が生き延びるために自分の身の置き所を変えていく話が沢山盛り込まれています。

負けた武将に付く兵が、深い山の闇に紛れて、散り散りになっていく様を想像すると、果ててゆく最期までボスについていくことよりも落ちて生き延びることを選ぶことを良しとすることは、私の身体の中にも落ち延びの正当性がしっかりと根付いているように思います。祖先が生き延びてきた方法が自分の遺伝子の中に記憶させているからのように解釈しています。

奈良時代から生き延び、源氏と平氏、取ったり取られたりの戦乱の世を潜り抜けてきた祖先を思うと、今現在生きている自分は奇跡の生命だな。。。と、思うのです。

武士であった私の祖先が、大政奉還によって家臣を引き連れ北海道に渡ったことも、生き延びるための方法だったわけです。

「何か重大な岐路に立たされた時、自分は何を柱に生き抜いていくか。。。」
日頃の暮らしの中で自問自答してみることは、つらつら思う程度で良いとは思いますが、何か突発的な事が起こった時の判断に役立つことは嘘ではないと思います。平素考えていることが、生き延びる事に繋がるとしたら、自分は自分の心と魂と身体を大切にしているかをふと思い返してみるだけでも良いかもしれません。

源氏、平氏に囚われることなく、自分自身を大切にし、生き延びていきたいものです。

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ブログ再掲載2「山の辺の道」

2012年10月12日 | 悔いのない人生とは?
去年2011年10月13日のブログ再掲載です。

↓↓

10月9日はお天気も良く、長時間歩くには最適な天候でした。

いずれは歩きたいと願いながらもなかなか叶わず、ようやく実現した「山の辺の道」ハイキング。

天理の石上神宮から歩き始め、大神神社までのおよそ11キロ。昔はあぜ道だったところがほぼ整備され歩きやすいため、老若男女が気楽に歩くことができます。名残あるあぜ道はわずかとなってしまいましたが、田畑の間にぽつりぽつりと古墳、明治の廃仏毀釈で取り壊された寺跡、小さな神社、大きな神社、道端の石仏等を辿りながら、ゆっくりのんびり実りの季節を楽しみました。

いにしえの人々の様々な想いを知っている山の辺の道は、人の歴史と共に歩んでくれている道なのかもしれません。

9月の台風が田畑を荒らしたらしく、なぎ倒された稲田も見かけました。それでも金色の穂を揺らし、秋の陽を懸命に吸収しているように見受けられ、心強くも感じたり、たわわに実る柿の実に豊かな温かみを感じたり…

木陰を求めて神社の境内でお弁当を広げる人々が、愛おしくも感じたり…

目的の大神神社に着くころはすっかり日も暮れ、参道の燈明を頼りに三輪駅へ。

ほんわりと達成感が湧き出して、奈良の居酒屋で、女5人は俳句に夢中となり、生ビール片手に言葉が溢れ出し、いつしか宴は俳句の会へと…^^

というわけで、一句、

三輪山の 東立つ月 橙(ダイ)のそら

・・・お粗末さまでした~

奈良の旅編 3


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今日も再掲載「雲隠れ」

2012年10月11日 | 悔いのない人生とは?
2011年10月11日のブログ再掲載です。
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源氏物語の光源氏が亡くなる章は「雲隠れ」ですが、その章は、空白です。タイトルしかありません。この世とあの世の境目を考えるとき、この「雲隠れ」が思い浮かびます。

奈良時代、中国に習い律令国家を目指します。杓子定規で測ることは簡単でしょうが、働いて税を納める義務を果たすことのできない人々は、隔離されていきます。

奈良豆比古神社が建てられた奈良坂は、平城京の外れであり、他の都市を結ぶ道の分岐点に位置しています。
奈良坂には多くの芸能者が育ち、集まり、そこから日本全国へと散らばっていき、取りまとめの組織も生まれたようです。

神社に祀られた志貴皇子は、万葉歌人であり、多くの歌を残していますが、政治を司ることには興味がなかったようです。その息子も芸能を愛します。奈良時代の血なまぐさい戦乱から一歩距離を置き、芸術に親しんだことで生き延び、桓武天皇を生むこととなります。
奈良坂の歴史を知るにつれ、境界線の存在は、日本人のアイデンティティを育んできたと言っても言い過ぎではないように思います。

光源氏の「雲隠れ」すなわち「曖昧」の中に、自分の心を糺し、真理を心の奥底に鎮座させる力が備わっているようにも思います。
奈良坂で見た境界線の曖昧さには、西洋で生まれた心理学の用語には該当しない日本人としての私の統御感の素地が隠れているようです。まだ、言葉は見つかりませんが、自分の腑に落ちる相応しい言葉を探しながら、言語化していくのが私の修業のようです。

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